第2話
世界観については必要があれば後でまとめるので、ぼんやりと読んでいただいても大丈夫です
「あの伯爵、その折り入ってお話が――」
「大変です!道にモンスターの群れが!」
「ヘルマ殿、あとで話そう。よし、打って出るぞ!力に覚えのあるものは一緒についてこい!」
ああ、またか。街道整備の追いついていない田舎だからか、道中ずっとこんな偶発的な戦闘ばかりだ。もういい年だというのに伯爵は喜々として出撃なさるし、それに仕える臣下たちだからこそ、まるでこちらが飢えた狼かのようにモンスターを殲滅していく。
「またお父様は……」
「いつもこうなんですね」
「ええ。まあ大きな怪我も病気もしないことは良いことですが、いささか元気過ぎるというのも問題ですの……」
「それはいったい?」
「言葉に衣を着せずに言うならば、弟や妹がまだ増え続けてますわ」
「あー……それは元気なことで」
英雄色を好むを体現したかのようなお方だ。きっと酒も好きだろう。
「ちなみにお父様は酒も嗜んでおりますが、その代金だけで邸宅がもう1軒建ちそうですわ」
予想通りである。
「ヘルマ様は戦闘に参加されないのかしら?」
「ええ、戦闘が得意というわけでもないですから」
「盗賊相手に圧倒していたじゃありませんの」
「あれは相手が油断していたからですよ。それに……」
馬車のカーテンの隙間から外を見る。
「私の手は必要なさそうですから」
すでにモンスターの群れは蹂躙されつくしたあとである。返り血をメイドに拭いてもらいながら豪快に笑う伯爵は、噂通りの『血まみれ伯爵』であった。
「私としてはソフィ-嬢が退屈でないか心配ですが」
「あら、お気遣い感謝いたしますわ。でも、もう慣れましたの」
まあ王都との往復路が毎度このようであるし、血を好む令嬢のようにも見えない。
というより、すごく失礼なのだが、あの筋骨隆々の伯爵の娘とは思えないほど、ソフィー嬢は華奢で可憐だ。盗賊たちが目をつけるのも仕方がない。
しかし……こっそりかけた鑑定魔法の結果で言えば、
(鑑定、ステータス参照、ソフィー・アンダーソン)
『スキル:精霊魔法(滅)』『種族:ハーフエルフ』
うん、間違いなく伯爵の血を引いている。
精霊魔法は固有スキルとして珍しくはないし、ハーフエルフという固有種族も《《第6世代》》の子供であればおかしくはない。しかし、(滅)という文字は初めて見た。(初級)や(中級)はよく見るし、(上級)と言うものがあればパーティから引く手あまたといった感じである。確か報告では、(極)という文字が発見されたと冒険者協会の新聞で見たことがある。
しかし、(滅)……?文字としては滅ぼし尽くすイメージが強いが、精霊魔法にそのような強力な攻撃スキルは確認されていなかったはずである。新たな発見であれば冒険者協会で話題になるはずだが……
「ソフィー嬢、失礼ですが今のご年齢はいくつですか」
「私?今年で15になりましたわ」
「なるほど、それで……」
「それがどうかしたのかしら?」
「いえ、少し気になったものですから」
この国の貴族は、16歳になる年の春に王都に集まり、王の御前で鑑定の儀を執り行うことになっている。実力主義の貴族社会で、子供の能力による不平等な教育を許さないためだ。ここで強力なスキルがあれば将来が約束され、そうでなくともこれまでの教育を糧に市井に繰り出し王都を発展させるのだそうだ。
まあ実状としては、15歳までに失踪する子供を増やしているだけなのだが、思想だけは立派であったということにしておく。これ以上は不敬になるし。
まあつまりは、ソフィー嬢はまだ鑑定の儀を行っていないため、スキル内容を知るものは私しかいない。それにきっと、伯爵は娘のスキルに興味がないのだろう。あれは典型的な実力主義だ。しかも固有スキルや固有種族のなかった《《第1世代》》的な考えである。伯爵本人は《《第2世代》》だろうに、珍しい考え方だ。
「ところでヘルマ様はおいくつですの?」
「私ですか?25ですよ」
「じ、10歳差……」
貴族社会においては無い話ではないが、まあ若い子は嫌だろう。私だって、10歳年上の得体の知れない人物と結婚だなんて身の毛がよだつ思いをする。
「でも25の顔つきには見えませんわ。私と同年代の騎士たちのほうがもっと老けて見えますもの」
「それは……、そうですか」
コメントに困る。きっとソフィー嬢を狙い切磋琢磨している騎士たちなのだろう。とくに《《第6世代》》は発育が良く成りがちであるから、すでに大人顔負けの体格の持ち主だっていそうである。
「それにお肌も女の方のように綺麗ですし」
「それが実は――」
「おうおう、馬車の中で密談とは良い身分だなソフィーよ」
「お、お父様!?」
また打ち明けようとしたタイミングで邪魔が入った。この世界に創造神がいるとしたら、絶対に私のことを嫌っているだろう。
「今後についてだが我が邸宅に着いたら婚約の宴の準備を――」
「お父様!私はまだこの婚約を受け入れてませんわ!」
「ソフィー、いつからそんな我儘を言うようになったんだ?」
「わがままだなんて……私の人生ですのに」
「私はそう教えたか?自分の人生を何だと思っている!」
「……っ!わ、私、私は!」
ソフィー嬢はうつむいていた顔を上げ、キッと実の父親を睨みつける。
「お父様、何か試練を課してください。そしてその試練を超えた暁には、私の結婚に関して二度と手出しをしないでくださいまし!」
「ほう、試練と来たか」
伯爵の口角が上がる。あれは面白いものを見たというより……手のひらで踊る相手を嘲笑うかのような……
まずい、『試練を課す』というのは伯爵の思惑どおりだ。
「セバス、あの領は今どうなっている」
「街道は引きましたが、整備は愚か、住民たちの懐柔すらまだ手がつけられていません」
「ほう、ちょうど良いではないか」
側仕えとのやりとりは、まるで芝居のようだった。しかし冷静さを欠いているソフィー嬢は気づかない。
「よし、我が娘ソフィーよ!領地”サンドリッジ”を与えよう!いち貴族として立派にこの領地を収めた暁には、お前を自由にしよう!」
「わかりましたわ!我が家名、アンダーソンの名の下にこの契約が成立したことをここに宣言いたしますわ!」
ああ、終わった。ソフィー嬢の負けである。
二人を取り巻く空気が旋風のようにうずまき、そして両者の腕が光る。初歩的な契約魔法を応用させたもので、履行違反をすれば文字通り《《家名を失う》》という貴族らしい魔法だ。
「あの、ちなみに私はどうなるんですかね」
「ヘルマ殿は好きにすると良い。私の下で仕事を学ぶも良し、将来の伴侶である娘と共に困難に挑むも良し」
「それは……」
ちらりとソフィー嬢のほうを見る。ソフィー嬢の顔にはデカデカと
”べ、べつにあなたの助けなんかいらないんだからね!でもどうしても付いてきたいって言うなら特別に面倒を見てあげるわ!あなたのためなら仕方がないわよね。あなたが付いてくることを望んでいるのだからこれはしようがないことなのよ!だから来なくても何も思わないわよ!ひ、一人で不安じゃないかって?そんな訳ないでしょう!これは武者震いよ!”
と書いてあるかのようだった。
ちなみに伯爵の方はというと……
”娘についていくよな?”
である。まったくなんて親子だ。
「ソフィー嬢の手助けとなるのならば、付いていきましょう。かくいう私も冒険者の端くれ、ソフィー様の盾くらいにはなりましょう」
「それは何よりだ。では決定だな」
そう伯爵が言うと、再びつむじ風が起こり腕が光る。先程と同じ契約の証だ。
「な、何故これが」
「省略詠唱と無言詠唱くらいはヘルマ殿も知っているだろう?それにこれは私が一番得意とする魔法だ」
契約魔法が得意な魔法とは、とんでもなく嫌なやつである。しかし……
「契約魔法には対象指定にフルネームが必要ではという顔をしているな、ヘルマ・ヴァレンティン殿」
「っ!?」
「待て、剣を抜こうとするな。こちらも昂ぶってしまうではないか」
思わず剣に手をかけてしまったが、本能で悟る。この化け物には単純な剣の腕ですら敵わないと。
「私の年代を何というかわかるかね」
「《《第2世代》》ですか?……まさか神聖スキル?」
「そのとおりだ。スキル名は『看破』。文字通り相手の情報を一方的に看破するスキルだ」
そんなスキルがあってたまるかと言いたいが、現に未だ名乗っていない私の家名が看破されている。
「まあ与太話もこれくらいにするか。とにかく、娘のことは任せたぞ、ヘルマ殿」
とんでもない御方だ。冒険者という命知らずの代名詞でもある職業の私が、一方的に圧されてしまった。
「はい、この身をもってお守りします」
しかし、違和感があった。
一度ソフィー嬢を救ったとはいえ私は得体の知れない冒険者。
そしてまだ鑑定の儀を終えておらず婚約にも早い娘。
なにかが、おかしい。伯爵はいったいどこを見据えているのだろうか。