リオリースの不思議と
「ねえ。なんで父上はレオン兄上のこと『レオリード』って呼ぶの?アラン兄上のことは『アラン』って呼ぶのに」
シグルドの執務室での、仕事の合間のお茶の時間
お茶と一緒に運ばれてきたクッキーを頬張りながら、リオリースは以前から不思議だったことを口にする。
「リオリース?それはどういう?」
「それそれ!オレのことも『リオリース』だし。なんで『リオン』って呼ばないの?」
「それ・・・・は」
シグルドが言葉に詰まると、珍しく同席していた王弟カイルドが「ぷっ」と吹き出す
「つまり、リオンはアランだけ兄上から愛称で呼ばれることが不満なのかな?」
「不満って言うか、不思議?」
「たとえば?」
カイルドが促すと、リオリースは首をかしげながら「うーん」と言葉を探す。
「オレとかいずれは叔父上みたいに、どこかに婿入りするよね?で、叔父上とはちょっと違うけど、王籍離れたら『リオリース』じゃなくて『リオン』って呼ばれるようになるでしょ?最初から『リオン』って呼んでた方が良くない?」
「なるほどね。でも、将来『リオン』と呼ぶようになるからこそ、いまは『リオリース』と呼ぶのかもしれないよ?」
「そうなの?」
カイルドに優しく言われて、リオリースはシグルドを見上げるけれど
「まあ・・・・そんなところ」
「叔父上、違うみたいだよ」
何食わぬ顔でカップを口に運ぶシグルドだが、リオリースはその言葉を遮る。
「リオリース!?」
「だって、オレの方見ようともしないし」
シグルドが焦った声をあげるのを横目に、リオリースが「父上、気まずいことあると視線合わせないよねー」と言うと、カイルドは肩を震わせながら頷く。
「ああ、リオンは良く見てるな」
「だてに八年も息子してないよ。ねえ、叔父上は理由知ってる?」
「まあ、なんとなくは」
「教えて!」
カイルドは笑いながらお茶を飲むと、気まずそうにしているシグルドをちらりと一瞥し
「先代国王、つまりリオンのお祖父さまだが、その名は知っているかな?」
「えー?たしか、レオルド?」
「当たりだ。では、リオンのお祖母さまがお祖父さまのことをなんて呼んでいたかは?」
「え?」
リオリースの祖父は、リオリースが生まれてすぐに亡くなっている。祖母も五歳の魔力検査のころには亡くなっているし、なにより祖母と会ったのも数えるほどだから、リオリースはほとんど覚えていない。
「えー?まさか『レオン』とか?」
「当たりだ」
話の流れから推測してリオリースが言うと、カイルドはにこりと微笑む。
「母上と父上は仲が良くてね。家族だけのときには『レオン』と呼んでいたんだ」
「家族だけのとき?『レオン』って他の人は呼ばなかったの?」
「そう。父上のことを『レオン』と呼んで良いのは母上だけで、父上の親姉弟ですら許されてなかったんだ」
「へぇー。お祖母さまだけの特別だったんだね。だから父上は『レオン』って呼びにくかったの?」
「・・・・まあ、そんなところだ」
シグルドは「はぁ」とため息をつきながら頷く
「『レオン』は、母上だけに許された呼び名だからな」
「なるほどね。でも、それならなんで『レオン』って兄上に名付けたの?」
「レオリードの名は父が決めたからな」
あっさり言われて、リオリースはぱちぱちと瞬きをする。
「え?そうなの?」
「ああ」
「父上が付けたと思ってた」
「まあ、私も考えてはいたのだが」
苦笑しながらシグルドはリオリースに向き直り
「レオリードが生まれたときは、まだミリアリザの懐妊は分かっていなかった。そして生まれた子は王子で、「将来の王太子」の可能性があるから「国王が名付けた方が良いだろう」と判断されてな」
どことなく憂いを帯びたシグルドの様子から、なんとなく政治的な思惑を感じて
(王妃さまに子どもができたときに「側妃が生んだ王子」の立場が悪くならないようにとか、そんなとこかな?)
そのときのことを思い出しているのか、シグルドは少し遠い目をしていて、それ以上は聞きにくい。
だけど、リオリースはもう少しこの話題を続けたくて
「じゃ、アラン兄上は?」
リオリースが尋ねると、シグルドはゆっくりとリオリースへ顔を向ける。
「ああ、アランは我が国とミリアリザの祖国と繋がりを考慮して、家臣たちが出した候補のなかから私と父で決めた」
「そうなんだ。どんな繋がりがあるの?」
「この国からミリアリザの祖国に嫁がれた『アンディーナ』さまの名をいただいた。ミリアリザの祖母にあたる方で、私も一度お会いしたが聡明な方だったよ」
「そっか。キアル兄とカザル兄上は?」
今度はカイルドへ向けてリオリースが尋ねる。
「カザルはカーマイト家の後継ぎだからね。カーマイトの義父は私が決めて良いと言ってくれたのだが、義父と二人で決めたよ。キアルの場合は王族に名を連ねることが決まっていたから、王族名の『キリアルト』は父上と私で決めて、『キアル』は「王族名と響きが似ている名を」とアディルアから言われて、二人で名付けた」
「へー!叔母上も考えたんだ!じゃあ、オレの名前は?」
ドキドキしながら、再びリオリースはシグルドへと顔を向ける。
シグルドも聞かれると予想していたのか、今度は懐かしそうに目を細め
「それは私が決めた。もっとも、最終的に選んだのはリネアラだが」
「母上?」
「ああ。いくつか候補をだしたが、ことごとく却下された。やっと『リオリース』だけ認めてくれたのだ」
「そうなんだ。なんでだろう?」
「レオリードと似ているからではないか?」
「そんな単純な理由ー?父上はどうして『リオリース』にしたの?」
「『リースオーザ』からもらった。あまり有名ではないが、平民に教育を行きとどかせることができたのは、この者の尽力があってこそだ」
「そうなんだ」
なんだかくすぐったい、ふわふわした気持ちになったリオリース
シグルドとこんな話をしたのははじめてで、そのあとも気分良く公務を手伝って
「まさか、リオリースがあんなことを聞いてくるとはな」
リオリースとカイルドが去った部屋で、シグルドはひとり椅子に深く腰かけて窓の外を見る。
本当なら、リオリースが言うようにレオリードのことは『レオン』と、リオリースのことは『リオン』と呼ぶのが正しい。
「側妃の生んだ子は、いずれ王籍を離れる」
そのために、側妃の子の二つ目の名前はつくられた。
「側妃の生んだ子は、公の場でのみ王族名をつかう」
公に決まっているわけではない『暗黙の了解』
それに則った名をシグルドも考えていた
それが覆ったのは
レオリードが生まれた日
あの日、シグルドが連絡を受けたのはレオリードが『生まれた後』
シグルドがリネアラの元へ急いで向かうと、すでに先代国王夫妻がいた
「生まれた子の名は『レオリード』。側妃の子であることから『レオリード・レオン・フォーレスト』とするが、問題ないな?」
真っ直ぐに見つめられながら、静かに、それでいてきっぱりと言いきる父に圧倒され、反論できなかったことはいまでも忘れていない
それに連鎖して
「『レオン』と呼ぶのは、呼びにくいでしょう?『レオリード』と呼んではどうかしら?」
シグルドの耳に「それ以外は許さない」と、そんな決意を含んだ母の声が蘇り
「王太子妃さまが懐妊されたたとしても、この子がシグルド殿下の、王家の血をひく王子であることに変わりはありませんわ!」
生まれたばかりのレオリードを腕に抱く、疲れきった、そして我が子を護るため、シグルドへ威嚇するかのような鋭い視線を向けたリネアラの姿が思い出さる。
シグルドにとっても初めての子ども
ミリアリザの手前、表立っては平然を装いながらも、心のなかでは無事に生まれてくることを望み、自ら考えた名で呼ぶことも楽しみにしていた。
けれど、その気持ちは霧散し
シグルドが考えていた名とは違う
けれど、それは些細なこと
そのときにシグルドが感じたのは
『信用されていない』
『いずれ、正妃に子どもが生まれれば、側妃の子をないがしろにする』
そう思われていることが、三人から伝わり
『陣痛がはじまった』
そのことすら、報告がなかったことが拍車をかけ
『分かりました。ですが、王族の子は王妃もしくは王太子妃が育てるのがきまり。レオリードの教育はミリアリザが担います。リネアラ、そなたは口を出さぬように!』
怒りに任せて、なかば叩きつけるように宣言した
(私もまだ若く、未熟だったな)
いまなら両親の懸念も分かるし、リネアラの威嚇も当然だと受け入れられる。
だが、当時は『信用されていない』との、怒りしか持てなかった。
(・・・・・・)
コンコンコン
物思いにふける間もなく、控え目に執務室の扉が叩かれる。
「陛下、少々よろしいでしょうか?」
「入れ」
苦い思い出を振り切り、シグルドは姿勢を正して仕事へと戻った。
おまけ
「ねえ。叔父上はレオン兄上のこと『レオン』って呼ぶのに抵抗ないの?」
シグルドの執務室を出たあと
リオリースは隣を歩くカイルドを見上げながら尋ねる。
カイルドは可笑しそうにくすりと笑いを溢し
「リオン」
「なぁに?」
「私は亡くなった父上を敬愛して、いや、いまも敬愛しているよ」
「うん」
「だがね」
立ち止まり、リオリースに晴れやかな笑みを向けて
「誰からも咎められることなく親を呼び捨てにできる機会なんて、そうそうないだろう?」
「え?」
思いもよらないカイルドの言葉にリオリースはぽかんとする。
「それって・・・・」
(レオン兄上を呼びながら、お祖父さまを呼び捨ててたってこと?)
まじまじとカイルドを見上げるリオリース
なにも言わずに、いたずらっ子のように笑うカイルドの笑い方は、キアルにそっくりだった。
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