エリック・マーシャルとお買い物
『シスツィーアが同郷のものかもしれない』
たったそれだけのことなのに、エリックの心は浮足立って、シスツィーアを迎え入れる準備にもそれは影響していた
香夜祭当日
マリナが学園へ出かけたあと、珍しくエリックから「外出する」と言われて、ルークは付き添ってきたのだが
「おい。正気か?」
「なにがだね?」
不思議そうに首を傾げられて、ルークは言葉に詰まる。
最初に向かったのは洋服店
これまでエリックの付き添いと言えば、書店くらいしか行ったことのなかったルークだが、シスツィーアを迎えるにあたって、多少は着替えを用意しておこうとエリックが思いついたのだと、そこまで気にはしていなかった。
強いて言えば「妙に張り切ってるな」と思ったくらいだが、ルークが仕入れてきた情報を基に王都にある老舗の、そのなかでも特に若い女性に人気のある店へと馬車を走らせた辺りから、何とも言えない奇妙な想いが広がって・・・・・・・・・
「そこまで買う必要あんのかよ!」
「ふむ。マリナはこれ以上持っていたと思うが?」
「比べるな!」
ルークは呆れを含んで、エリックと隣にある箱の数々を見やる。
洋服店を2件と靴屋をまわり、いま向かっているのは装飾店
「だが、若い女性だ。お洒落に興味があってもおかしくはあるまい?」
「限度があんだろ」
(洋服はまだわかるがよ)
着替えは必要だし、シスツィーアが多少は持っているだろうとはいえ、あんなところに閉じ込めるのだから、少しくらいおしゃれして気を紛らわせてほしいと、エリックの気遣いも理解できなくもない
(まぁ、それでも買いすぎだとは思うが)
「彼女はどのような服でも似合うだろう?これでも、ずいぶんと減らしたんだが」
「まあ、選びがいはあるだろうがよ」
シスツィーアならばどの服も着こなせると、ワンピースを数着に、ブラウスとスカートもそれぞれ数着
大人びていたり、可愛らしかったりとデザインは違うし、生地の色もシスツィーアが着ることが多い淡い色だけでなく、大人向けの深い緑などもあるのだが、どれも地味すぎす派手すぎずの色合い。
ブラウスにしても、襟元がすっきりしているものや全体的に柄あったりと少しずつ違うし、スカートもワンピースもそれは同じで、ワンピースにいたってはレースをふんだんに使ったものや、裾にまで小花の刺繍が施されていたりと意匠が少しずつ違う。
けれど、エリックが選んだのはどれも趣味が良い、洗練された品々。
そして、それに合う靴も数足
エリック自身は、公爵としての威厳を備えた身なりであればなんでも良いと、着る服はすべて執事任せなのにも関わらず、シスツィーアの着る服には並々ならぬ気合の入りよう
それだけでも、ルークは精神的にどっと疲れているのに
公爵直々のお越しとあれば、店の者は張り切って一級品を持ってくるし、説明だって愛想よく丁寧なことこの上ない
エリックも興味深そうに次々に手に取って吟味し、気に入った物は片っ端から購入しようとするから、さらに店員の対応には熱が入って
「全部着る前に冬が終わるだろうが!」
と、ルークが怒りながら止めるのを幾度くり返したことか
それでも、エリックの買い物熱は冷めることなく
生き生きとするエリックとは対照的に、ルークは馬車のなかでぐったりとして
最後にきたこの装飾店
「こんなん、どこにつけて行くんだよ」
「眺めるだけでも楽しいのではないかね?それに、服に合わせて種類が必要だろう?」
目の前には、緻密な細工の装飾品の数々が並べられ、エリックはその一つ一つを服よりも吟味しながら選んでいる。
店員の前だからひそひそと小声でのやり取りだが、明らかにルークは咎めるような声音。
それも当然で、ひとつふたつならまだしも、エリックはここでもルークが注意しなければ目についたものすべてを買う勢いだ。
(服の値段の比じゃねぇぞ)
提示される金額は、マーシャル家にとってはたいした額にはならないが、それでも一番安いネックレス一本だけでも、平民ならば一年は暮らせる額。
はぁとルークは深いため息をつくと、仕方ないと攻め方を変える。
「本人の好みだってあるだろうが。趣味じゃないと突っ返されたらどうする」
「そのようなこと、するような子ではないだろう?」
呆れた顔をするエリックに、「たしかに他人さまから貰ったものに、ケチ付けるこたぁしねぇな」とルークは黙るしかない。
(クソが!)
洋服や靴を選ぶときは、最終的に「成長したら買い替えるんだから、ほどほどにしとけ」と言うと、エリックも「それもそうだな」と頷いた。
領地へと移動するから、荷物になるのは少ない方が良いとの考えもあったのだろう
楽しそうに「彼女の意見を、いや、実際に試着してもらう方が良いな」と、ルークがげんなりする言葉を呟いていたとしても、だ。
けれど、装飾品はそうかさばるものでもないし、成長しようが身に付けることはできる。
「嬢ちゃんが嫌がらない程度にしとけよ」
「ふむ。それもそうだな」
そう言いながらもエリックは、店員に説明を受けながら選び続けて
淡いピンク系の宝石を使ったネックレスとお揃いの耳飾り
シトリンやアクアマリン、珍しいシトリンとアメジストが混じり合った宝石のネックレスと、ネックレスだけでもすでに4本。
そのうえ、少し大人びたラベンダーアメジストの銀細工の髪飾りと、この国では採れないオレンジ色と白乳色の宝石を使った髪飾り
「オレは髪を結ったりできねぇぞ」
「ふむ。では、使いやすいのはこの2つだけだな」
残念そうにしながらも、髪飾りはそれで終わり
「もう終いだ。馬車を呼んでくるから会計しとけ」
そう言ってルークが席を外すも
「ブレスレットがまだだな」
「お待ちくださいませ」
公爵であるエリックに言われて、店員はにこりとしてブレスレットを並べだす。
「ほう。この色は珍しいな」
「はい。こちらの商品も、他国より仕入れた宝石を使用しておりまして、この国ではまだ流通しておりません」
記憶の遥か彼方にある、海外で見た海のように深い青色
(レオリード殿下も、このような瞳の色だったな)
レオリードの人柄もだが、成長するにつれて深みを増していく瞳の色に、エリックはときおり惹きつけられていた。
そっと持ち上げて明かりにかざしてみると、宝石はさらに艶めいて光り
「ネックレスもございまして、こちらの方が宝石が大きく、色がはっきり見えますわ」
「そうだな・・・・・・いや、ブレスレットでもらおう」
エリックは躊躇うことなく購入を決め
そして
「ふむ。こちらも頂こう」
「ありがとうございます」
最後に店員が持って来たのは、華奢なチェーンにルビー色の宝石のついたお揃いのネックレスとブレスレット。宝石の色が深い赤色と薄い赤色が混じり合っていて、特に透けるような赤色の部分は、ウサギの赤い瞳を連想させる。
「こちらは、ヘルドヴィッツの街で採掘から加工までされたものです。この宝石も、同じ石のなかにここまで濃度が混じり合うのは珍しく、希少価値の高い一品となっております」
「ふむ」
(たしかに、深紅のなかに少し軽めの赤色が混じって、珍しくはあるな)
明りにかざすことをしなくても、反射して透けるように見える色は、どこか優し気な色を帯びて
(きっと彼女に似合うだろうな)
はじめてシスツィーアと会った日
シスツィーアは高位貴族たちに囲まれて委縮してもおかしくないところを、小さな身体を震わせながらも気丈に振る舞っていた
そんなシスツィーアの姿が、震えても可愛らしいウサギと重なって
思わずクスリと笑みを溢し、エリックはすぐに購入を決める。
「ああ、もうこれ以上は良い。彼に叱られてしまうからな」
「かしこまりました」
先ほどからのルークとのやりとりを思い出したのか、店員は愛想笑いではない笑みを浮かべて品物を包みに行く
一人残されたエリックは、満足そうにだされたお茶を口に運び
(そうだ。白いコートも必要だな)
この宝石と雪のような真っ白いコートを纏ったシスツィーアは、きっとウサギそのもの
先ほどの洋服店にはなかったから、もう数件探して、それでも気に入るものがなければ仕立てれば良い
そんなことを考えながら、エリックは戻って来たルークに買った品を持たせて、店を後にした。
最後までお読み下さり、ありがとうございます。
次話もお楽しみいただければ幸いです。
 




