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【ダーク】な短編シリーズ

看板の多い田舎道

作者: ウナム立早

 長い、渋滞というのはこうも長いものなのか。俺は車のハンドルをとんとんと叩き、その眼前に広がる、赤いブレーキランプの列をながめていた。もうあたりは、すっかり暗くなってしまっている。


 今日は、サッカーの日本代表が試合をする日だ。それも、決勝トーナメント進出を賭けた、重要な試合。このライブ中継を見るために俺は、ノルマの仕事を全力で片付け、あらゆる誘いや要望も断って、見事に定時退社を決めたのだ。大のサッカーファンである俺の、秘められたガッツがなした技に違いない。


 だというのに、最後の最後、帰り道で渋滞が発生してしまったのだ。いつもは渋滞が起こるような道じゃないが、この様子なら、事故が起きたのであろう。いつになったら解消されるのか、検討もつかない。このままだと、試合開始時刻、22時に間に合わない。スマートフォンで試合の経過を把握することはできるが、やはり、自宅の大画面テレビと、用意していた酒とツマミで、優雅に観戦する楽しさに比べたら、幾分見劣りする。


 俺は大きな溜め息を吐きつつ、一本道を示すカーナビをいじってみた。


「おっ、これは……?」

 少し進んだところに、分かれ道があるのを見つけた。この道を通ると、今まで行ったこともない町を経由することになるが、その町を出れば、自宅の近くまで、ほとんど一直線に行けることがわかった。


 とはいえ、この分かれ道は自分にとって、初見の田舎道なのだ。この辺りは平地が続いていて、山を越えることはないと思うが、それでも今の国道よりは、神経を使うドライブになるだろう。


 どうしたものかな……。このまま無難に、国道を進んだほうがいいか? 外も真っ暗だし……。


 そんな考えを繰り返していくうち、とうとう分かれ道の分岐点へとやってきた。決断するなら、今だ。


「よし、行こう!」

 ハンドルを切り、ブオオォンと勇ましいエンジン音を車内に響かせつつ、俺の車は未知の領域へと進んでいった。


 少ししてから、俺はカーナビに自宅までのルートを検索してもらった。予想していた通り、ほとんど曲がることもなく、一直線に自宅のある町へと到達できるようだ。しかし、その到着予想時刻は22:06。そう、試合開始時刻を、わずかにオーバーする見積もりである。


 だが、この、少しスピードを出せば間に合いそうじゃない? という感覚が、ドライバーにとってはクセモノなのだ。


 少しばかり、この田舎道を走ってみたところから、その悪魔のささやきのような考えが、さらに加速していった。


 この道は、思っていたよりもずっと走りやすい。ところどころ民家があって、他には田んぼや、黄色に点滅した信号があるぐらいの、典型的な田舎道だ。調子に乗った俺は、ろくに制限速度の確認もせず、70キロ以上のスピードで走っていた。


 しばらくすると、車のライトに反射する物体があった、それは車のスピード出し過ぎを注意する看板だった。


『スピード、出し過ぎていませんか? ゆっくり走ろうぼくらの道』


 まさに、俺みたいなドライバーに向けて設置された看板なのだろう。少し後ろめたい気持ちになり、スピードを抑えてみた。それでも、実際は60後半ぐらいだったのだろうが。


 そのまま少し進んでいくと、またも看板があった。


『スピード注意! 近隣で事故が多発しています』


 今度は特に気にもせず通り過ぎていったが、その内容を忘れる間もなく、次の、そのまた次の看板が、光を反射して現れた。


『スピード違反はドライバーの責任です。本当に必要ですか? その速度』

『事故多発中! 安全運転でいこうぼくらの道』


 ここまで念入りに設置していると、もう最初から無視してやろうかという気持ちにもなる。とはいえ、暗い夜道で、車のライトに反射するものがこれしかないのだから、走行していると嫌でも目に付く。無論、注意喚起の看板だから、そうでなければ意味がない、それはわかっているんだけど。


 ところが、看板たちは追撃の手を緩めることはなく、さらに頻度をあげて、俺の目に飛び込んできやがる。


『私たちは安全運転を守ります。急がず慌てず落ち着いて!』

『スピード違反は非常に危険です! 近隣で事故多発中!』

『守ろう子どもたちの命、そして、あなたの命!』

『スピード、落として! 周り、気を付けて!』

 ……


 白地だったり黄色地だったり、民家の壁にあったり、電柱の隣に立て掛けてあったり、色々とバリエーションは工夫しているようだったが、もはや俺はウンザリしていて、ただただ、時間短縮に熱をあげていた。おお、見ろ、とうとう到着予想時刻が22:00ピッタリになった、このまま行けば、試合開始に間に合――


『いい加減にスピードを落とせ! 死にたいのか!』


 俺の意識に、看板の文字が飛び込んできて、思わずビクっとなった。道路の右側の、田んぼの脇に設置されていた、赤地に白文字の強烈な色彩の看板だった。思わず、アクセルを踏む足をゆるめる。


 死にたいのか! って……、かなり物騒な物言いだ。地元の人はこんな看板を許可したのか? 少し心の中で文句を言ったが、注意としては効果的だったようだ。冷静に考えてみると、さっきの時点で予想時刻は22時に到達しているのだ。つまり、もうそんなに急ぐ必要も無い。俺は、法定速度をわずかにオーバーする程度に、スピードを落としはじめた。


 しばらく進むとまた白地の看板が見えてきた。はいはい、もうスピードは落としてますよ、と、つぶやいたが、その看板は明らかに異様なものだった。


『ギリギリセーフだな』


 ん? なんだこの看板は? いったい何が、ギリギリセーフなんだ? 疑問を解消する間もなく、交差点の右側に、黒地に赤文字のおぞましい看板が見えた。


『次は無いと思え』


 え、え? なんだこれ、どういう……。


 そう思った次の瞬間だった。


 ビュオッ。


 車の前を、白く大きな物体が、一瞬のうちに、右側から通り抜けていった。大きく風を切る音とともに、心臓が座席を突き抜けて、車の奥に叩きつけられたような思いがした。俺はしばらくの間、放心した状態のまま走行していた。


 グワシャッ!


 後方から、凄まじい衝突音が響き、ようやく我に返ることができた。路肩に車を停めて、震える指先でハザードランプを点けてから、車外に出た。


 交差点の方まで走っていくと、右手に少し進んだところで、白いワゴン車が道路からはみ出している。そして、その先にある電柱が、わずかに折れ曲がっているように見えた。衝突したのだ。


 急いでワゴン車のほうに駆け寄っていく。近くで見ると、ものの見事に電柱へと突っ込んでいる。左半分、助手席の方はほとんど潰れていたが、運転席はまだ損傷が少ないようだ。エアバッグが膨らんでおり、短髪で白髪のある中年の男性が、包まれていた。


 すぐにワゴン車のドアを開け、運転手の男性に呼びかけた。


「もしもし、大丈夫ですか!?」

「ううん……」


 男性は低い声で唸った。男性の顔を見てみると、真っ赤に染まっている。しかし、何か様子が変だ。近くで見ると、どうやら顔は血でぬれているのではなく、単に紅潮しているだけのようだ。それに、妙なニオイが鼻をつく。


 これは、酒? アルコールか? 飲酒運転してたのか、このおっさんは。


 今までの緊迫した感じが、一気に萎えていくのがわかった。体のほうを見ても、おっさんに目立った怪我はなく、ぐしゃぐしゃになった助手席には、幸いにも、誰も乗っていないようだった。俺は、ワゴン車から離れると、スマートフォンで警察に緊急通報をした。


 間もなくして、衝突音を聞いた近所の人たちが何人か集まってきて、その数分後ぐらいに、警察と、救急車がやってきた。俺はそのあと、警察官に状況説明などをしていた。正直なところ、まだ頭の中がグラグラと動揺していたので、どんな説明をしていたかは覚えていない。その横で、近所の人や警察官が話していた内容は、やけに耳に残っていた。


「あいつ、とうとうやったか……」

「前から車で飲みに行ってたよな」

「はい、車内のドライブレコーダーを調べてみると、どうも3キロほど離れた所からスピードを超過しており、意識ももうろうとしていたようです」

「飲ませる奴も飲ませる奴だ。車で来たら飲ませんの止めとけって言ったのに」

「来訪していた知人宅へ連絡したところ、代行サービスを頼んだが、来る前に一人で出て行ってしまったという情報を……」


 それから、どのくらいの時間が経っただろうか、事故を起こしたおっさんは救急車で運ばれ、警察は現場検証を続け、近所の人は家に引き上げはじめた。俺も、状況説明が終わって、そのまま車に乗って、帰宅することにした。


 事故から家に着くまでの道のりは全く覚えてないし、家に着いても、まだ頭の中に霧がかかった感じが抜けなかった。リビングに用意していた酒を一口飲むと、そのままベッドに潜り込んだ。


 もしあのままスピードを出し続けていたら、横から思いっきりぶつけられたのでは……。


 そんな憶測が頭の中をよぎったが、もう目をつむって、考えないようにした。日本代表が無事、決勝トーナメント進出を決めたのは、翌日の朝になってようやく知ることができた。


 あれから半年が経ち、俺はふたたびあの道を訪れた。その日は天気がよく、特に予定もない休日だったから、ふと行ってみようと思ったのだ。


 今度は、何事もなく、初めから終わりまで、太陽の光が心地よい、平凡なドライブだった。しかし、あの時と比べると、看板の数が少ない気がした。



-END-

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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