2話
「……では、今日の講義はここまで」
そう言い終えた教授が資料をまとめ講義室から出ていく。窮屈な講義が終わったとばかりに早々と席を立つ学生たちの中で、どこにでもいる黒髪黒目の平凡な大学生、山城武己は黒板に書かれた内容と、自分が書き写したノートに間違いがないか確認をしていた。
「武己、帰ろうぜ」
「うん。わかった。もう終わるから後少し待ってて」
「はいよ。相変わらずマメだねぇ〜」
離れた位置に座っていた友人が苦笑いをつくる。そんな彼を武己は横目で見た後に、確認し終えたノートをカバンの中に入れた。
「そんな事言うと、試験前にノート貸さないよ。前回の講義、達也は休んでたよね?」
「それは困る! 武己様〜、お情けを〜!」
大学生デビューで金髪にした、一見するとチャラくみえるこの男は村田達也といい、武己が高校生の頃からの友人である。同じ大学に進学し2年となった今でも付き合いは続いており、お互いに軽口を叩きあえる関係だった。
「なら、また今度昼飯奢ってね」
「へいへい。今日もう帰るのか?」
「うん。今日はバイトあるし」
「わかった。ならまた明日な!」
「また明日。じゃあね」
武己は達也と講義室で別れ、帰路につく。講義が4コマ目だった事とあり、校舎から出ると日が暮れ始めていた。カバンを抱える武己は足早に歩を進める。
(とりあえず家に帰って、それから軽く何か食べて……)
考え事をしながら武己が大学の敷地から出た時だった。
『ごめんなさい……』
「えっ?」
周囲に人が居ないにも関わらず、武己は女の声を聞いた気がして周りを見渡す。ぐるりと一周、その場でまわって確認してみてもやはり誰も居ない。
気のせいかと思い、彼が一歩踏み出した時の事だった。武己の足元に突如として青白く光り輝く魔法陣が展開する。理解を超える光景に武己は驚くことしか出来ないでいた。
「な、なんだ!? これ!?」
思わず叫ぶ武己。その声は思い切り叫んだだけあってかなり大きかったが、魔法陣に遮られて外部に漏れることはなかった。出現した時と同じように、武己を捕らえたまま魔法陣が消失する。それが消失した後、元から人など居なかったように彼の姿は消え失せていた。
誰も武己を見ていない一瞬の出来事であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
眩い光に包まれた武己は目の前が真っ白になり、思わず固く目をつむる。まぶたに感じる光が無くなったと感じた彼が恐る恐る目を開けると、見慣れぬ光景が広がっていた。
立っていたはずの大学周辺ではないのは明らかだ。
先ず、屋内に居る。豪奢な作りをした室内はとてもきらびやかだった。そして、次に目についたのは鎧を着込んだ騎士たちの存在だ。武己を囲うように立つ騎士たちの姿に、彼は訳がわからず混乱してしまう。
「な、なんだ!? こ、コスプレ!?」
無意識のうちに後ずさる武己の反応にも騎士たちは全く動くことなく彼を見続けている。騎士たちも本当に異世界人を召喚出来たという事実に驚いてしまっているのだが、武己にそれを知る術がなく、黙っている騎士たちから威圧感を覚えてしまっていた。
そんは騎士たちの後ろからドレス姿のミズハが前に進み出る。白を基調にアクセントで赤色を用いたドレスは、彼女の大きな胸と容姿の良さを際立たせるデザインをしており、可愛らしい顔立ちをしたミズハの視線を受け、武己は硬直してしまった。
(この女の子も、コスプレ……!? ドレス姿なんて実際に初めてみた……。それに、きれいな子、だな……)
動揺すら吹き飛び、ミズハに見惚れてしまう武己の前で、彼女は握っていた両手を開く。彼女の手の上ではペンダントのクリスタルが青白く眩い光を放っており、その光を見た騎士たちから感嘆の声がもれ、どよめきがおこる。
「適合者殿だ」「本当にお呼びする事が出来たんだ」「これで我らにも希望が……」「適合者殿……」
一方で、魔法陣と同じ色の光に武己はビクついてしまう。また何か起こるのではないか? と、疑心暗鬼に捕らわれ警戒心を顕にする。同時に、ペンダントを持つミズハへ不信感を募らせた。見惚れていたのも忘れ怪訝な目つきをしたまま、騎士たちのざわめきで言葉が通じることのわかった武己が口を開く。
「適合者殿って……なんなんだ。それに、ここはどこなんだ……」
武己に言葉を返すのはこの場で最も地位の高いミズハだ。
「突然の召喚、誠に申し訳ありません、適合者様。ここは島国ディアマンテの王城、その一室になります」
「島国? ディアマンテ? それに、召喚……?」
状況が直ぐに理解できず、武己はオウムのように言葉を返す事しかできない。そんな彼に努めて冷静に、優しい声音でミズハは言葉を続ける。
「はい……この世界は適合者様の生まれ育った世界ではありません。適合者様にとってこの世界は異世界になります」
「えっ……異世界……?! そんな、どうしてっ!?」
「その説明は我らが国王陛下から……。適合者様、申し訳ありませんが玉座の間にお越しくだいませ」
狼狽える武己の両サイドに騎士が立つ。心の底から申し訳無さそうに眉を寄せたミズハの表情を前に、武己は喉までせり上がって来ていた言葉を飲み込む。
こうして武己は玉座の間に案内されることになるのであった。