クレストル王立軍学校外伝 続デミルズ統一戦記5 リキの北伐編1
コロナがまた増えてきましたね。皆さんくれぐれもお体をお大事に。
リキがグレナ北部を攻略してから一年がたった。その間メニエ将軍とシーイのバヌ攻略やタヌルバルド元帥によるキョウセイ・ゲネスの連続撃破などがあったが、リキ軍は兵糧を溜め、兵を募集し訓練をして来るべき時に備えてきた。
いくつか出来事があり、まずシンがリキ軍に復帰した。イスティはまだ子供が小さく復帰のめどはたっていないが、シンは子供が生まれて一月ほどでホッカクへ戻ってきた。
それと准将になったショーンが独立軍を創設してリキ軍を離れた。というのも、バヌを攻略した事でクレストルは広大な領土を手に入れた。そのほとんどは湿地帯や針葉樹林など、田畑に出来ない土地ばかりなのだが、ドガ王国の大都市ケイからイヒョウ湖をはさんだ反対側に対ケイ・ラクアンの戦略拠点となる町を造る事になったのだ。バヌを得た事でキカ川の制水権は得たものの、イヒョウ湖の制水権は未だケイの水軍にあり、町はイヒョウ湖からは離れた場所に建設される。
大規模な投資を行う一大計画で、その担当者にショーンが手を挙げた。カーラは難色を示したが、タヌルバルド元帥とアンヌ議長が説得して了承、ショーンは兵五千をつけられて任地へ向かった。
そして春、リキとカルナは王都に呼び出されていた。
「リキ将軍、いよいよ北伐を開始するぞい」
御前会議の冒頭、タヌルバルド元帥から宣言された。
カーラが起立し、
「詳しい話は私から説明致します。今回の攻略目標はドガ王国第二の都市ケイ、元々はラクアン・ホッカクに次ぐ第三の都市だったが、我々がホッカクを奪った事でドガでは二番目に大きな都市となった。今回の作戦は陸路と水路の両面から侵攻する。水路に関してはシーイ指令に任せ、キカ川を遡上しイヒョウ湖の制水権を奪って湖側からケイ城を攻撃する。陸路はリキ将軍が指揮を執り、ハクケイとチワンから出撃してもらう。ハクケイは南から、チワンは南東からケイを目指せ。グレナの北方を押さえ、バサット将軍が守っているので南に心配はないし、昨年のバヌ攻略で西の心配もない。ほぼ全軍を投入して問題はないだろう。敵は恐らく三万ほどは居ると思う。元々ケイには二万ほどの兵しかいなかったが、バヌの兵が逃げ込んだ事、戦が近いので強制的に徴兵しているだろう事を考えるとそれくらいと考えていいだろう。後はラクアンからの援軍だ、今回は援軍を出してくる可能性が高い。一応バヌの海軍にラクアンをけん制させるが、援軍は来るものと思っていてくれ、チワンの軍に当たらせると良い。兵力はホッカク軍区全体から四万人集めろ、リキ将軍がハクケイから三万を、チワンからスラウ将軍が一万を率いて出陣せよ。できればこの戦いでコウシンを討ち取りたい、彼はドガ王国の家臣の中で最後の大物だ。それとコウシンの配下の中にライリュウという者がいる。武勇に秀で、実際に戦ったシーイによればその腕前はリキ将軍にも劣らないと感じたそうだ。だがリキ忘れるな、お前は剣士ではなく将軍だ。お前の生死は全軍の運命を左右する、決して軽率な真似はするな」
「わかっている。俺も自分の立場は弁えているつもりだ」
今回の作戦は過去最大の規模になる。あの『ワヌーサの大会戦』の時にクレストルが出した兵力は三万一千、今回はリキ軍・スラウ軍だけで四万、シーイの軍やラクアンをけん制する海軍を加えると五万に迫る大軍になる。これはクレストル全軍の三分の一程度になる数だ。
現在クレストルの全兵力はおよそ十六万ほど、これは九年前リキ達が軍学校に入学した頃の兵力八万と比べて倍増している。それら増加分は編入・合併した小国家連合、グレナ北中部と併呑したドガ王国各都市が基盤となっている。
「ケイの次はラクアン、そしてシュンピ山城だ」
リキが話を遮る。
「ラクアンに関しては戦い次第で占領出来るだろうが、シュンピ山城はどうするんだ?かつて聖王国軍が七万の大軍で一年八か月囲んでも陥ちなかったんだぞ?」
シュンピ山城は巨大な山城である。城中には田畑もあり、水源も豊富で何年でも籠城が可能だ。急峻な山の上に建てられており、大軍を以て攻めるのも難しい。まさに難攻不落、大デミルズ島随一の堅城である。
「シュンピ山城攻略については既にめどがたっている。今から発表するが、知るのは今ここにいる九人(ミアナ、カーラ、アンヌ、タヌルバルド元帥、ボーデンハウス宰相、セイア、リキ、カルナ、シャクリーン)のみだ。極秘中の極秘の軍事機密故、決して口にせぬように」
「わかった」
「わかりましたわ」
「わかったのだ!」
リキ、カルナ、シャクリーン以外には既に根回し済みの様だ。
「タイミングが重要なのだが―――」
――――――――――――
―――――――――
――――――
―――
「―――という訳だ」
カーラが語り終えたのを見て、リキは考え込んだ。
「とんでもない事を考えたな・・・。しかし、ならばチャスの力が必要か・・・」
「そうだな、意見を聞くと良い」
「でもいいのか?それだとシュンピ山城を奪ってもこちらの拠点にする事は難しくなるが?」
「構わんよ。この策が成功すればシュンピ山城の攻略法は内外に知れ渡る、巨大な山城というもの自体が過去の遺物となるかもしれん」
「確かに・・・。成功すれば山城というものの価値がひっくり返るかもしれないな」
「そういう事だ。だからそこらへんは考えなくていい」
ここでアンヌがリキに尋ねた。
「しかしリキ、いいのですか?この作戦はややもすると大量虐殺になりかねません。その結果を背負う覚悟はありますか?」
「・・・。一応実行前に降伏勧告はする。それに応じなければやるしかないだろう。やらなければこちらに犠牲が出るんだ。今のクレストルにそんな心配はないと思うが、二百五十年前の聖王国の例もある。同じ轍を踏む訳にはいかない。それにそれはこの策を考えた貴方達も同じ思いでしょう」
「ふん、それが参謀の仕事じゃわえ。ただなあ、あたしらは頭の中で敵を殺す、実際に手を下すあんた達とは感じる自責の念が違う。人殺しは気持ちのええもんじゃないわえ、心の弱い者は自責の念に潰され病んでしまう。将軍はまだ若い、あたしゃそれを心配しとるんじゃよ」
タヌルバルド元帥も優しく語り掛けた。
「ご配慮痛み入ります。しかし、心配はご無用です。自分とて今でも命を奪う事に抵抗を感じない訳ではありません。ですが、自分も全ての人が笑顔になれる国を、世界を創りたい。その為ならば血と泥にまみれ、業を背負う事も覚悟の上です」
「そうかえ・・・。そこまで覚悟しているんならもう何も言わん、武運を祈る。必ず生きて帰れ、陛下の為にもな」
「承知致しました。必ずやドガを平らげてまいりましょう!」
出陣は二か月後と決まった。
リキ達はホッカクへと戻り、兵・武器・兵糧・その他の手配をして二万五千の兵を連れてホッカクを出て、途中イケイによってからハクケイに入った。ハクケイではエリアス・ダイム准将が出迎えた。
「リキ将軍、お久しぶりです」
「ああ、出迎えご苦労さん。それでケイの動向は?」
「斥候の情報では徴兵を行い、兵は三万ほどに膨れ上がっているようです。しかし、ここ二、三年は農民を強制的に徴兵したおかげで農業にも支障が出ていて、今年も農作物の収穫がかなり落ちるのではないか?と言っています。軍は籠城戦よりもむしろ野戦の訓練に重点が置かれている様で、やはり野戦を挑んでくるのではないかと思われます。ケイの水軍については既に海軍のシーイ司令に伝えてあります」
「そうか。とりあえずは兵達を休ませてやってくれ、今夜にも軍議を行う」
「了解しました」
「エリアス、王都で御父上のダイム卿に会ってきたぞ。”娘を頼む”と言われたよ、お子さんにも会ってきた、母親に会いたがっていたよ。すまんなあ、俺に付いたばっかりに前線ばかりで。この戦いが終わったらシャクリーン軍に推薦しとくよ、あそこはシャクリーンの立場上王都常駐だからな」
「いえいえ、とんでもありません!私も軍に奉職したからには前線へ出される事は覚悟の上です。旧祖国ダンデロイの名誉の為にも戦場で功を挙げなければ」
「功もいいが命を粗末にするなよ、お前には帰りを待つ人がいる事を忘れるな」
「はい、肝に銘じます」
「じゃあ、兵の方を頼む」
「承知しました」
リキはエリアスに背を向けて立ち去った。
「・・・うちの将軍は不思議な人ね。将も兵も皆将軍の身内の様に扱われる。兵達が将軍の為に命を懸けるのも頷ける話ね」
エリアス准将やバーデル准将はリキ軍に配属されてからこの二年半余りで完全に打ち解けていた。
夜、首脳陣が集まって軍議が始まった。参加者はリキ軍からリキ、ペリッツ、エリアス、バーデル、カルナ、ラライネ、シン、ベリサ、スラウ軍からスラウ、クウリュウ、キィルだ。
冒頭リキが、
「スラウさん、お久しぶりです。早速ですがチワンのベムリー准将からはどんな報告が上がっていますか?」
と問うと、
「本当に久しぶりだねぇリキ君、それでチワンのベムリーからだけどねえ、ラクアンから援軍が来るなら進路は二つに絞れるそうだよ。斥候を放っておけば事前に察知は出来そうだって」
「そうですか。カーラ副議長はラクアンからの援軍は来ると思っておけと言っていました。そちらはスラウさんにお任せしたいのですが」
「どうするの?」
「それは私が説明致しますわ」
カルナが立ち上がる。
「今回の作戦ではここハクケイから三万の兵が北上しケイを目指します。これには我々リキ軍があたりますわ。さらにチワンからも一万の兵を出して北東へ向けて進軍します。このチワンの軍にはラクアンからの援軍にも対処していただきます。臨機応変な対応が必要ですので、ここはスラウ将軍にお任せしたいのです。斥候の報告ではケイの軍ではもっぱら野戦の訓練をしているとの事、戦いはまず野戦になるでしょう。そこで戦場となるのは」
ここでカルナは地図を広げ、
「ケイの南にある、このコウニ山とキカ川に挟まれたこの地だと思われます。ケイへ入るにはこの挟隘地を通るか、山越えをするしかありません。当然コウシンはここで待ち受けるでしょう」
「チワンはどうするの?」
スラウの問いにはリキが答える。
「チワンにはうちから偏将を一人やりますからそいつに任せて下さい。人選が決まったら紹介します」
「了解よ」
カルナが話を続ける。
「それで、重要なのがこのコウニ山を押さえる事です。この山は我々が陣を張るであろう地の南にあり、敵に奪われると我々の陣の横っ腹をさらす事になりますわ。従ってコウニ山を事前に占領しておく必要があるのです。これをリキ軍のランベルト隊にやらせます、その後リキ軍は本軍を率いて戦場に入り陣を構築します。スラウ将軍にはコウニ山の戦場とは反対側に出て、ラクアンからの援軍に対処していただきたいのですわ。首尾よく援軍を退けたら山沿いを北へ回り、ケイとラクアンを結ぶ街道を遮断し、援軍・補給を断っていただきます」
カルナに続いてリキが、
「今回の作戦は今までの様に速戦で片を付けるという訳にはいかないだろう。敵は名将コウシンで、配下にもライリュウの様な油断できない強者がいる。数か月単位での滞陣も覚悟しておいてくれ」
「「「わかりました!」」」
「出陣は一月後、各々出陣に向けて万全の態勢を整えろ!」
「「「応!!!」」」
一月後、まずランベルトが兵二千を連れてコウニ山を確保すべく先行して出陣した。
二日後、リキは本隊三万弱を率いてハクケイを出発、その四日後にはランベルトがコウニ山を確保したのを確認して戦場予定地に着陣。コウニ山の麓にリキ軍の本陣を置き、数百m先にあるキカ川の支流(というよりは農業用水路と思われる)に沿って諸将の陣を敷いた。
リキ軍に遅れる事二日、コウシン軍が二万五千の兵で到着、支流の反対側数百m先に鏡合わせの様に陣を置いた。
しかしここで戦況は膠着。お互いにらみ合ったままで時が過ぎていった。
一方でチワンから出撃したスラウ軍は、コウニ山の東側の麓に陣取った。斥候の報告では既にラクアンからの援軍は迫っており、そのまま南に下ってケイの町に入るか、コウニ山の東を回ってリキ軍の背後に回ろうとするかの分岐点に間もなく到着するとの事だった。
スラウがリキに言われていたのは”援軍がケイの町に入るなら素通りさせてから北の街道を塞げ、リキ軍の背後を突こうとするならこれを叩け”というものだった。
「ねえキィル、ラクアンの軍はどちらを選ぶと思う?」
スラウは娘で、参謀でもあるキィル・ファンに尋ねた。
「十中八九戦闘になると思うわ。今この状況でケイに兵を入れてもあまり役には立たない。背後を突く方が戦術的に有効よ。勿論こちらに備えがある事は十分承知でしょうけど、それを承知の上で来るでしょう。ケイに向かえば私達が街道を封鎖するのは分かり切っている、そうなればせっかくの援軍はケイの守備の為に町に張り付かざるを得ない。それでは援軍の意味がないでしょう?」
「なるほど、言われてみればそうだねえ。それじゃやっぱり―――」
「ええ、ここで迎え撃ちましょう。リキ将軍から託されたあれを使ってドガ軍の出鼻をくじいて叩きます」
三日後、リキ軍とコウシン軍は未だにらみ合いを続けているものの、コウニ山の東ではスラウ軍とラクアンからの援軍が衝突した。
「かかれー!」
ラクアン軍はおよそ一万、対するスラウ軍も一万ほど、兵力差はない。
ラクアン軍は縦隊を組んでスラウ軍に突撃を仕掛けた。対するスラウ軍は奇をてらわぬ通常の中軍、左翼、右翼の陣形。
力と力のぶつかり合いになるかと思われたその時、コウニ山から轟音が響き渡る。
≪ダダダダ―――ンッ!!≫
ラクアン軍の先鋒達がもんどりを打って転げまわる。突撃の勢いが消えた所で、
「左翼、右翼、突撃!」
キィルの指示と共に進軍の太鼓か打ち鳴らされる。
ラクアン軍は突然倒れた先鋒に動揺したところに突撃を喰らい防戦一方となった。
「ふふふ、上手くいきましたね。このくらいの数ではこうやって脅しに使うのが有効でしょう」
キィルが己の策の成果に満足していると、
「向こうもびっくりしたろうねぇ、突然先鋒が崩れたんだから。鉄砲っていうのもある程度数をそろえると戦場でも武器になるのねぇ」
スラウも満足げに頷いた。
「でもこれは本当に凄い武器ですね、今回我々がリキ将軍からお借りした鉄砲は四十挺ですが、それでもこれだけの成果がある。これを百挺、千挺集めたら戦いそのものを変えてしまいそうです」
「現時点では量産は出来ないみたいだからその心配はないと思うけど、今回の四十挺だってクレストル中からかき集めたものだからね。リキ君も今のところこういう出会い頭の奇襲みたいな使い方を想定してるみたいだし」
二人が会話を交わしている間にも左翼のクウリュウ准将と右翼のベムリー准将が上手くラクアン軍を分断し追い込んでいる。
「中軍を進めましょう!」
キィルの進言にスラウは、
「前進!」
と中軍に号令をかける。
スラウ軍は分断された前衛をベムリー准将の隊と挟み込むように攻撃し、さんざんに打ち破った。
形勢不利と見たラクアン軍は一旦退き、態勢を整えようと軍を収めた。
数km退がって陣を構築したラクアン軍に対して、キィルは深夜に再び鉄砲を放たせた。
闇夜に響き渡る轟音とどこから飛んでくるのかわからない銃弾、実際には被害はほとんどない。陣の明かり目掛けて闇雲に撃っているだけだ、四十挺程度では人に当たる事はまれだ。しかし撃たれた方の気持ちは全く違う、いつ、どこからやって来るのかわからない死の銃弾。それは兵達の精神を削り取ってゆくものだった。
翌日、一睡も出来なかったラクアン軍は固く守備を固め陣に引きこもった。キィルは敢えて挑発するにとどめ、攻め込まなかった。
そして夜、今度は前夜とは別方向から鉄砲を放つ。銃声はコウニ山に木霊し、その出所を掴めなくしている。ラクアン軍は陣を出る事も出来ず、周りに盾を置いて眠れぬ夜を過ごした。
こんな事が二、三日も続くとラクアン軍は明らかに寝不足で士気がドッと落ちていた。結局退却せざるを得ず、軍議の結果ケイに入城する事になった。
しかしキィルはこの事態を読んでいた。
「敵は休養するために必ず二、三日中にケイへと退くでしょう。その時こそ敵に打撃を与えるチャンスです!」
ラクアン軍が陣を払う準備をしている事を斥候の報告によって掴むと、
「騎射隊、機動力を生かして回り込み、敵軍の半ほどで分断せよ!前の軍はそのままケイに逃がせ!後ろの軍は本軍で追い立て、北に追い散らす!」
と命令を発し、伝令を走らせた。
スラウ軍でも騎射隊の有用性は知られており、二千ほどの騎射隊を養成していた。その虎の子を投入したのだ。
既に戦意を失ったラクアン軍は簡単に分断され、キィルの思惑通り、四千ほどがケイの町に逃げ込み、それ以外の大部分は北に追い散らされ、結局ケイ救援を諦めて兵を糾合してラクアンへ撤退していった。
スラウ軍は当初の指示通り、ケイの北の街道を塞ぎ、ケイの町に北からにらみを利かせて陣を敷いた。
水上でもクレストルとドガの戦いが起こっていた。
シーイは現在バヌを拠点港としていて、そこから艦隊を率いてキカ川に入り、ホッカクの海軍拠点を経て、イヒョウ湖を目指した。
クレストルがバヌを攻略した事でキカ川の北岸も支配領域となり、イヒョウ湖まで行けるようになったのだ。
「お頭ぁ!風が厄介ですね!」
この時期この地方では北東の風が吹く、冬になるころには南西の風に代わるのだが、今は向かい風、おまけに川を遡らなければならず、熟練の海賊たちでも船の取り回しに難渋しているようだ。
「湖に入りゃあそんな事は関係ねえんだが、入り口を詰めているだろうなあ?」
シーイが隣にいるリマ参謀に尋ねると、
「どうでしょう?風と上流という有利な点がある事を考えればイヒョウ湖を出て川の本流での決戦を選ぶのではないかと思いますが・・・」
「そうか・・・、と言っても俺達のやる事は変わらねえけどな!リキ達が陸路を抑えても水路から逃げられちゃあ意味がねえ、イヒョウ湖の制水権も俺達が貰う、水の上じゃあ俺達が最強だって事をドガの奴らに思い知らせてやるぞ!!」
「「「アイアイサー!!」」」
戦場はリマの予想通り川の本流になった。
「投石機、用意!撃て!」
今回は広いとはいえ川が戦場になる恐れがあったので、大型船はなく、中型船と小型船での艦隊編成になっている。
中型船の前方に取り付けられた投石機から十㎏以上ある石が飛んで行く、当たれば敵船には大ダメージだ。
しかし今回は前回の様な海戦ではなく川戦だ、しかもシーイ軍は遡っている関係で船首を川上、つまりは敵船の方に向けており、船尾の投石機は帆柱が邪魔になって使えない。前回の様に絨毯爆撃が出来ないのだ。
ケイ水軍は多少の被害を受けながらも一気に距離を縮めてきた。
投石機の欠点として射程の融通の利かなさがある。石を二百mも飛ばすことが出来るが、目の前十m二十mに飛ばすという事は難しい、というかほとんど出来ない。投石機は遠距離攻撃用であって、距離を詰められると役に立たないのだ。
近距離戦闘になれば小型船の出番だが、投石機の運用の為に小型船は後ろに下がっており、尚且つ強風と川の流れの速さに上手く中型船との入れ替えが出来ない。
「帆を張れ!風を掴んで退がる!逆帆にならない様に気をつけろ!」※逆帆とは正面から風を受ける事によって帆が柱に当たってしまう事。
シーイは後ろへの退却を選択した。しかし、船という者はその構造上バックする様には出来ていない。正面から風を受けて下がるというのは非常に高度な操船技術がいる、下手をすれば制御を失って味方同士衝突しかねない。
シーイの部下たちは必死で帆を回転させて逆帆しない様に帆を張り、絶妙な操船で下がっていった。
代わって小型船が前に出て接近戦に応じる。
驚いた事に接近戦でもケイ水軍はシーイ軍を苦しめた。それは川戦は海戦と違って船の揺れは小さく安定しており、海賊達の長所である揺れる船の上で縦横無尽に駆け回るというのが発揮できなかった事と、シーイ軍は流れに逆らわなければならないので常に櫂をこがなければならない事が原因だった。
さらにケイ水軍は船首に杭を取り付けた特殊な船(艨衝というらしい)で体当たりして杭を打ち込んで船と連結し、そこから乗船してきたり、そのまま艨衝ごと火をつけたりといったシーイ達が今まで経験した事がない様な戦い方をしてきた。
「畜生!奴らの船は随分安定感がいい、揺れない船じゃあ陸と変わらねえ!あの角付きの船も厄介だ、下流の俺達は避けるのが難しい。相当訓練されていやがる!!」
シーイは苦虫を嚙み潰したように吐き出した。
すると参謀のリマは、
「司令、もういいです、下がりましょう」
と進言した。
「やられっぱなしで退けってのか!!」
シーイは目を吊り上げて迫った。
船軍でしてやられたというのはシーイにとって屈辱だった。海賊島でリキに負けた時は船軍で負けた訳ではなく、あくまでリキ個人に負け、カーラの策略に負けただけだ。
シーイは船での戦いに負けた事がない。故にプライドを傷つけられ、つい興奮してしまった。
「シーイ司令、これは戦です。今ここで海軍を失えば、ケイ攻略だけでなく、リキ将軍の北伐そのものに支障をきたす恐れがあります。ここはアンヌ議長の指示通り下がるべきです」
今回のケイ攻略の作戦策定はホッカク攻略や㋑―㋩―㋠ライン封鎖作戦で対ドガ王国戦を任されてきたアンヌが中心になって行われた。
そのアンヌの指示では”船軍で押し切れるなら押し切りなさい、抵抗が激しい様ならタイフ(ショーンがイヒョウ湖の反対側に建設中の町の事)付近まで下がりなさい”と言われていた。
「お頭!敵が突っ込んできます!!」
ついにシーイの乗る旗艦にまで敵の水兵が乗り込んできた。
シーイはケイの水兵を斬り捨てながら、
「退却!全軍退却!銅鑼を鳴らせ!」
と叫んだ。
クレストル海軍は戦闘を放棄し、船首を返して下流方面に退却した。
その間もケイ水軍の攻撃は続き、シーイの軍は追い詰められてゆく。
しかし、逃げると決めてしまえば操船技術はクレストル海軍の方が上だ。逃げるクレストル海軍と追うケイ水軍との間が徐々に開いてくる。
そして両軍はタイフ付近に近づき、川岸の大きな森が途切れる。するとそこに大きな七本の柱がそびえ立っていた。
「何だ!?あれは!!」
ケイ水軍の船上で騒ぎが起こったのと同時に巨大な柱が動き出した。
「撃てー!!!」
ショーン・ワイズ准将の掛け声で数百人の兵が一斉に縄を引く。梃子の原理で巨大なアームが回転し、端に取り付けられた網に乗せられた直径一mはあろうかという岩がケイ水軍の船を目掛けて飛んで行く。これが七基だ。さすがに連射は出来ないようで、一発撃った後次の岩を装填するのにかなりの時間がかかるようだ。
しかし、数百㎏はある岩が飛んでゆくのだ、その破壊力たるや絶大なものがある。事実、甲板に直撃を受けた中型船は船体が折れ、あっという間に沈んでしまった。直撃を受けずとも岩が水面に落下した時の大波で小型船などは次々と転覆し、水兵達は川面へと放り出される。
直撃・転覆を免れた船が必死の救助作業をしているところに第二射が到達する。七発の大岩が飛来すると、先ほどは直撃は一発だけだったのに対し今回は三発が直撃、その内二発が中型船に当たり、さらに直撃した中型船の一つは旗艦であった。
直撃を受けた旗艦は沈没し、ケイ水軍は司令官を失い、てんでんばらばらに退却を始めた。
勿論それを許すようなシーイではない、完全に戦況がひっくり返ったと見るや、大いに太鼓を鳴らして追撃を始める。一転して逃げるケイ水軍、追うクレストル海軍。先ほども述べた通り操船技術ではクレストル海軍の方が勝っている。ケイ水軍はイヒョウ湖に入る前に捕まり、抵抗むなしく全滅した。
岸ではシーイ軍の勝利の報を聞いたショーンが胸をなでおろしていた。
「ふぅ・・・、こんな物を作った甲斐があったな。それにしてもすげえ威力だな」
ショーンは巨大な柱を撫でながら大きなため息をついた。
この巨大な装置は投石機だ。かつて巨大すぎて移動が出来ず、戦場での運用は困難として開発を断念した据え置き型の巨大投石機である。それを今回アンヌは敢えて据え置き型のままでタイフに設置を命じた。戦場で使用するのではなく、岸からキカ川を通る船を狙う事にしたのだ。
元々の目的はケイ水軍をイヒョウ湖から出さない事。キカ川流域はクレストルが押さえているとは言え、その海軍拠点はホッカクにある。ケイ水軍がイヒョウ湖を出てホッカクを突こうとすればリキは背後を脅かされ北伐に影響が出てしまう。
それを防ぐためにもケイ水軍に対する強固なストッパーとしてアンヌは巨大投石機の設置を命じたのだ。
そのアンヌの目論見は見事に当たった。
「准将、こいつどうするんですか?」
部下の将が投石機を見上げてショーンに尋ねた。
「二基だけ残してあとはばらしてタイフの町に運ぶ。ここには千五百人残してゆくから、大隊長!頼んだぞ、敵船の監視を続けて万が一に備えろ。ケイ水軍が動けば花火で知らせる事になっている」
「了解しました!」
大隊長はショーンがリキ隊の頃から行動を共にした腹心だ。
「良し、じゃあ一番と二番を残してあとはばらすぞ!資材はタイフの倉庫に運んでくれ、くれぐれも怪我の無いように注意しろ!」
「「「はい!!」」」
「リキ・・・、頑張れよ・・・」
ショーンはケイの町の方を見つめてそうつぶやいた。
ケイの水軍を打ち破ったシーイはイヒョウ湖へ侵入し、湖上から投石機によってケイ城に対する攻撃を始めた。既に水軍を失いケイのコウシンにはクレストル海軍に対して抵抗する術がない。投石機による絨毯爆撃でケイ城の北面は無残に崩れ落ちた。
「野郎ども、上陸の用意をしろ!!」
シーイは一気に城に乗り込もうと配下に号令をかけた。
シーイの艦隊は意気揚々と城に近づくも、先頭を進んでいた小型船たちがいきなり何かにぶつかって動けなくなった。
「どうした!?何があった!?後続!回避しろ!!!回避!!沖へ戻れ!急速回頭!!味方にぶつけるな!!!」
シーイの素早い判断と指示で何とか味方同士の衝突は避けられ、改めて現場の調査を命じ、その報告によると、
「水面下に杭や岩が沈められています。城の船着き場周辺百mあたりに点在していて全てを把握しきるのは時間がかかりそうです。把握したとしても中型船のでの乗り入れは不可能だと思います」
との事だった。
「奴ら(ケイ水軍)はケイ城から出航したんじゃないのか?」
シーイの独り言に参謀リマが答える。
「そういう事だと思います。これだけの準備は一月二月で出来るものではありません。彼らは最初から湖側からの上陸を防ぐつもりでこの仕掛けをしたのだと思います。上陸するには小型船よりも小さなボートの様なものでするしかありません。ですがそれでは城からの攻撃を防ぎきれないでしょう」
「手詰まりって事か?」
「はい。ここはリキ将軍に報告して善後策を練るべきです、早急に使者を出しましょう」
「ああ、お前に任せる」
スラウ軍がラクアンからの援軍を打ち破り、シーイがケイ水軍を全滅させても、依然リキ軍とコウシン軍はにらみ合いを続けていた。
リキの元にはスラウ将軍とシーイ司令からの報告が届いており、戦況が有利に進んでいる事も理解していた。ケイは北の街道をスラウ軍に塞がれ、イヒョウ湖をシーイ軍に握られ、南からリキ軍に圧迫され、孤立無援の状態に陥っていた。クレストル側からすればこのまま敵が干上がるのを待てば良いので敢えてこちらから仕掛ける必要はなかった。
こんな余裕な戦い方が出来るのもクレストルとドガの国力が逆転し、その差が圧倒的に開いているからだ。動員兵力もドガ王国は無理をしてもせいぜい5~6万、それに対してクレストルでは16万、ドガの様に強制的に徴兵すれば動員可能兵力は20万を超える。
事態を動かさなくてはならないのはコウシン軍の方だ。
そしてある日コウシン軍から一人の将が進み出てリキ軍に呼びかけた。
「我こそはドガ王国にその人ありと名をはせる剣士ライリュウである!!クレストル王国最強とうたわれる剣士『幻影』リキ・サーガ、我と勝負せよ!!!」
リキ軍の本陣にライリュウからの挑戦が知らされた。
「リキ、どうしますの?」
カルナがリキの顔を伺いながら尋ねた。
「ん?受けないよ。俺は総大将、あっちはただの将、そんなリスクを冒す必要はない。王都でもカーラにきっちりくぎを刺されたし。どんな罠が用意されているかわからないのに総大将の俺がのこのこ出ていく訳にはいかないだろ?」
「え、ええ、そうですわね。良かった、行くって言われたらどうしようかと思いましたわ」
リキは笑って、
「そういう時はビシッと止めてくれな、イスティがいりゃあ俺のケツを蹴っ飛ばしてでもそういう役目をしてくれるんだが・・・。」
と言うとカルナは、
「イスティですか・・・。あんなふうになるのは女性としてちょっと・・・」
「えっ!?そうなのか?」
リキがラライネを見ると、ふっとラライネも目をそらした。
(イスティ・・・お前同じ女性からはちょっとって思われてるらしいぞ・・・)
リキはグリを呼んで言った。
「グリ!騎射隊三百ばかりを連れてライリュウを脅してこい、討ち取れなくてもいい、拒否の姿勢を示せればいいんだ」
「了解!」
「気を付けろよ、罠があるかもしれん。遠くから射かけるだけでいいよ」
「わかった!」
グリが騎射隊を率いて向かうと案の定物陰に隠れていたドガ兵が矢を射かけてきたが、こちらは騎兵、すぐさま反撃に応じて蹴散らして帰還した。
「やっぱり罠だったね」
報告するグリにリキは、
「まあこんな物だろ?向こうとしちゃあ手詰まりで、俺を何とかすりゃあ崩せると思ったのかもしれないな。カルナ、ラライネ、奴らの次の狙いは何だと思う?」
「コウニ山でしょうね。こちらを崩せるとしたらコウニ山を取って本陣ににらみを利かせて前線を薄くするのが効果的です」
「だろうな、動きは掴めているか?」
「?どういう事ですの?」
カルナが問いただす。
「この後籠城戦があるかもしれない事を考えると、こちらとしても戦況を動かしたい。ここは敢えて敵を誘って決戦に持ち込もう。敵に動きがあれば、サゴラ隊、ガリオス隊はコウニ山へ増援に行かせろ。それからシムズの騎兵隊は第二列に控えて、どこか敵の陣に穴が開いたらそこから騎兵隊を突っ込ませて後ろをかき回させろ。そうしたら俺が中軍を率いて敵の本陣を突く」
「スラウ将軍とシーイ司令には?」
ラライネが尋ねる。
「二人とも経験豊富な人物だ、こちらと連動して上手くやってくれるだろう。一応方針だけ伝えてくれ、判断は任せると」
「わかりました」
果たして十日ほどののち、コウシン軍に動きがあるとの斥候からの報告が入った。
リキはすぐさまサゴラ隊、ガリオス隊に出動を命じ、コウニ山で戦闘が始まり次第全軍で攻撃を仕掛ける旨通達した。
二日後、コウシン軍は二千の兵を以てコウニ山を攻めた。しかし高所に陣取るランベルト隊からは丸見えであった。
「来るぞ!!最初に落石をお見舞いしてやれ!その後矢を射かけて叩く!こちらは高所に位置している、奴らは登山しながらの戦いだ!地の利はこちらにある、恐れる事はない!訓練通りに対処せよ!!」
ランベルトは兵達を鼓舞する様に呼びかけた。
「「「応!!」」」
戦端が開かれるとランベルト隊は一抱えもあるような岩を次々とコウニ山を登って来るコウシン軍に向けて転がり落とした。
そのいくつかは兵を直撃し、何人もの兵に被害が出た。
落石の次には矢の雨だ。落石とは違い、その速さは避ける事が難しい。さらに登山の為に盾を持つことが出来ず、これも被害を増やす原因になった。
そこに、
「西からもコウシン軍が一隊攻め登ってきます!西への防備をしなければ!!!」
と報告が入った。
「やはり別動隊がいたか・・・、さすがはリキだな。構わん!!そちらはサゴラ隊とガリオス隊が食い止める、我らはこのまま北からの隊に専念せよ!!」
「了解しました!」
敵の奇襲に備えがあった事を聞かされ、兵達は安堵の表情を見せ、一層の気合が入った。
コウシン軍のコウニ山奇襲部隊は五百人、隠密行動の為それほど大規模な隊ではない。
「クレストル軍、我々の存在に気付いた様です!!」
「ここまで近づけば気づきもしよう。敵は山上の陣で簡単には陣形は変えられぬ、このまま山上の陣を荒らし、本隊と挟撃するぞ!」
「「「応!!!」」」
高まるコウシン軍奇襲部隊の士気に冷や水を浴びせるように、頭上から矢が降ってきた。
「貴様らの策などリキにはお見通しだ!ここがお前達の墓場となるのだ!!」
右手からサゴラ隊千人が、左手からガリオス隊五百人が奇襲部隊を包囲する。
「おのれ!謀ったか!!」
奇襲部隊は最後まで抵抗を見せたが、衆寡敵せず、敗走し生き残った兵達も散り散りに逃走した。
「このままランベルト隊の援護に向かう!キツイと思うがもうひと頑張りしてくれ!」
ランベルト隊は山上の陣を良く守っていた。高所の利を生かし、登って来る敵兵を迎え撃つ形を崩さなかった。
そこに、
「サゴラ隊、ガリオス隊、別動隊を蹴散らして参上!!!」
サゴラとガリオスが大声で名乗りを上げて乱入した。
策が破れた事を悟ったコウシン軍は意気消沈し、ランベルト隊、サゴラ隊、ガリオス隊に大いに叩かれ、コウニ山攻略を諦めて撤退した。これをサゴラ隊とガリオス隊が追撃し、大いに戦果を挙げたのだが、この話はここまで。
麓の主戦場でも戦端が開かれていた。戦場の南西端、コウニ山の麓にペリッツ准将、中央にエリアス准将、北東端のキカ川沿いにバーデル准将が陣取り、その間を諸将・諸隊が埋めていた。
先陣を切ったのはペリッツ准将、コウニ山での両軍の激突を知るや、自ら先頭に立って農業用水路を飛び越え敵陣に突入した。
これをきっかけに両軍の全面衝突が始まった。戦況はほぼ互角、天秤はどちらへも傾き得る状況だった。中央のエリアス准将はやや押され気味、ペリッツ准将はほぼ互角の展開、バーデル准将は押していた。
均衡が破れたのはバーデル准将の所から、きっかけはシーイの船によるケイ城砲撃だ。
主戦場でリキ軍が戦闘を始めたのを聞いたシーイは、ケイ城の兵を釘付けにするためにケイ城に対して投石機による攻撃を開始した。その轟音に驚いたコウシン軍の隙をついてバーデル隊が攻勢をかけたのだ。
バーデル隊が敵の部隊を押し込み、横陣に穴が開くと、シムズ率いる騎兵隊がそこから侵入し、横陣の後ろへ回り込んだ。
さらにコウニ山側のペリッツ准将も側面からコウニ山を下ってきたサゴラ隊、ガリオス隊の援護を受けて敵陣を崩し始めた。
ここでリキが動いた。
「本隊!東のキカ川沿いを抜いて敵本陣を突く!!進軍開始!!」
進軍の太鼓を威勢よく鳴らしてリキ軍本隊八千が動き出す。リキ軍本隊はバーデル准将の後押しをしながら敵陣を突破、コウシン軍本陣に迫る。
リキ自身も馬に騎乗し、大太刀『夜叉王』を振るって敵陣を斬り開く。しかし突然本隊の進軍が止まる。一人の将が獅子奮迅の働きをし、その威勢にひるんだリキ軍の兵達が立ち止まってしまった。
「これより先はこのライリュウがいる限り一歩も通さん!!通りたくば我の頸を刎ねて行け!!」
ライリュウはリキ軍本隊の前に立ちはだかり一歩も退かぬ構えを見せる。
ライリュウの気迫にクレストル兵の中に動揺が走りかけたその時、
「下がれ!!俺が相手をする!」
リキが騎乗のまま駆け付けた。
リキはライリュウを一瞥すると馬を下り、その背に括り付けた鞘に『夜叉王』を納めて馬を返した。
「『幻影』リキ・サーガ・・・」
「俺を知っている様だな、ライリュウ」
「ふんっ!我が軍でお前を知らぬ者などおらん。死と恐怖の象徴『幻影』よ・・・」
「何か俺おっかねえイメージ付けられてんなあ、俺もお前の事を知ってるぜライリュウ?随分腕が立つようだな、シーイがほめてたぜ?」
「シーイ?」
「戦ったんだろ?バヌで。三人がかりでも勝てなかったって言ってたぜ」
「ああ、あの時の女か。あのような女子を戦場に出すとは恥を知れ!女に頼らねば戦も出来んのか」
「価値観の違いだろ?うちは女王に政務四役のうちの三人それに侍従と、国の首脳六人のうち五人が女だ。女が強い国なんだよ、うちで一番強いシャクリーンも女だしな」
「『ちっちゃな怪物』か・・・。お前よりも強いのか?」
「ああ、殺し合いじゃ勝てないな。文字通り怪物じみてるよ」
「面白いな、女が強いとは」
「そういうとこお前ん所は頭固いよ、女にも優秀なヤツはたくさんいる。お前が戦ってた中央軍の指揮官も女だぜ。ドガが衰えたのはそういう所だよ」
「女を活用していれば・・・か。価値観や風習はそう簡単には変えられん」
「変わろうとしないからだろ?先々代のワナード様やミアナは一生懸命国を良くしようと努力してるぜ?お前の所の王様は何をしてきた?お前も人の上に立つ将ならわかるだろう?将が兵を愛さなければ兵も将を愛してくれない。国だってそうさ、王が国民を愛さなきゃ国民だって王を愛さない。ワナード様やミアナ、先代のルーミガ様だってみんな国民の暮らしを良くするためにって日夜考え、努力なさっていた。その結果が今のクレストルだよ。王様と国民が一緒になって作り上げてきたのが今のクレストル王国だ、自慢の祖国だぜ」
「・・・・・・」
「時間稼ぎに付き合ってやったんだ、もういいだろう?今からじゃあコウシンにはたどり着けない。お前は主を逃がし、自分の役割を果たした。どうだ?俺達に降る気はないか?」
リキの勧誘をライリュウは驚いた表情で聞いていた。
「気づいていたのか?」
「ああ、まあ今から追っても捕まえられるかどうか微妙だったしな、お前に興味もあったし。で、どうだ?考えてみないか?」
「魅力的な誘いだが断る。私はコウシン様の家臣、最後まで我が忠心はコウシン様にささげるのだ!」
ライリュウはリキの誘いを蹴り、剣を構えた。
「いいだろう。仕方がない、力でねじ伏せて見せよう」
リキも鯉口を切り、刀を抜いた。
「剣士ライリュウ、参る!!」
「クレストル王国将軍リキ・サーガ、受けて立とう!」
両者が剣と刀を構えて対峙する。
(何てヤツだ・・・、全く隙が無い・・・)
ライリュウは対峙してみて改めてリキの恐ろしさを実感していた。構えて対峙しているだけで強烈なプレッシャーを感じ、目の前にいるはずのリキの姿が霞がかかったようにはっきり見えなくなる。気迫に押されて足がすくむ。
それらを無理やり押し込めて、ライリュウは渾身の一撃を放つ。
「ちぇあぁーっ!!!」
≪キンッ!≫
ライリュウの一撃はリキの刀によって弾かれる。
(奴とて人間、斬られれば死ぬ!)
一撃放ったことで硬さが取れたのか、ライリュウは怒涛の攻めを見せる。
リキは一つ一つ丁寧にさばいて行くが、ライリュウはお構いなしに斬撃を重ねる。
≪ピッ!≫
攻撃を続けていたライリュウの頬に一筋の赤い線が付き、そこから血が滴る。
(斬られた!?避けたつもりだったのに!?)
それでも攻撃を続けるライリュウの体に浅い傷が幾筋も刻まれてゆく。
リキはライリュウの斬撃を捌きながら隙を見て攻撃しているのだ。
(くそう!クレストルの『幻影』とはこれほどの化け物なのか!!)
「見切りが凄いな、斬るつもりでやってるんだが・・・」
リキは涼しい顔で言い放った。
ライリュウは一旦間合いを取り、
「このままでは勝てんか・・・。だが私にも奥の手はあるのだよ!」
ライリュウの体が輝きだす。【錬氣】の行使だ。
ライリュウは剣を納め、背負っていた棍を手にした。剣よりも少し長い。
「【錬氣】能力者か、さっさと決めればよかったな・・・昔の悪い癖が出た」
ライリュウが無言で棍を振るう。
リキは捌くのではなく避けた。
≪ガッ!!!≫
目標を失ったライリュウの棍が大地をえぐる、尋常ではない威力だ。
(これは・・・、何の[能力]だ?速くなった訳じゃない、鋭くなった訳じゃない、威力だけが上がっている。そういう[能力]なのか?)
ライリュウの攻撃をリキは避け続ける。捌かないのはライリュウの[能力]に”武器破壊”の効果がある事を恐れたからだ。
「見かけ上の変化はないな、[威力強化]といったところか?」
リキの問いかけにライリュウが答えて、
「正確には[衝撃力増強]だ、剣ではこの衝撃に耐えられん」
「なるほど、シャクリーンの[能力]の劣化版みたいなものか。しかし一つの【錬氣】能力で得られるなら効率の良い[能力]だ。が!」
リキはライリュウの攻撃をかわし続け、
「当たらなければどうという事もない」
「ぬかせ!!」
ライリュウの一撃がリキを捉えると思われたその時、
≪ギィィィンッ!!≫
リキはライリュウの棍を腰に差した短剣で捌いた。
「ふむ、”武器破壊”の効果は無い様だな。やはりあれは【錬氣】複数使用者のみの効果らしい」
リキは冷静にライリュウの【錬氣】能力を分析していた。そして脅威ではないとの結論に達する。
リキは後ろに跳びしさると愛刀『天雲切』を鞘に納めて鯉口を切り、抜刀術『雷光』の態勢に入った。
ライリュウはドガ王国一の剣士である。その実力はリキに及ばずとも”超”の付く一流だ。その”超一流”の剣士ライリュウが目の前のリキの剣圧に飲まれていた。始めて対峙した時の様にリキの姿が上手く認識出来なくなり、体がすくむ。
(化け物だ・・・、俺は初めて敵に恐怖している・・・こんなヤツがいるなんて・・・)
それでもライリュウは気力を振り絞ってリキに襲い掛かる。例え己が窮鼠だったとしても、猫を噛まなければ殺される。殺らなければ殺られるのが戦場だ、ライリュウは思い切り振りかぶってリキに棍を叩きつけた。
≪キンッ!≫
澄んだ音が戦場に響く。
「ふっ」
ライリュウは一言だけ発して笑い、その場に倒れた。
右わき腹から左肩にかけて斬り上げられ、手にした棍は真っ二つに切断されていた。
「斬鉄して刃こぼれ一つなしか・・・、『天雲切』とんでもない刀だ。おい!そいつを捕えて治療してやれ、傷は内臓にまでは達していない。血を止めてやれば助かる、捕虜にするぞ」
リキ軍の兵士がライリュウを捕縛すると、恐らくライリュウの配下と思われる兵達がライリュウの奪還を目指して集まってきた。
「リキ隊!敵を防げ!敵の数は多くない、もうすぐ包囲も終わる、踏ん張れ!」
けっきょくライリュウを失った事で中央もエリアスに破られ、コウシン軍はライリュウの部隊を残してケイ城に逃げ込み、ライリュウの部隊は全滅、生き残った者は捕虜となった。
「さて、これで籠城戦になる訳だが何かいい手はあるか?」
ケイ郊外での戦いに勝利した後、リキ軍では軍議を開きリキは諸将・参謀に意見を求めた。
「どちらにせよまずは市街戦になるでしょう。住民に迷惑がかかってしまいますね・・・何とかならないものか」
ラライネのつぶやきに一同が頷く中、シンの意見は違っていた。
「僕は市街戦をすべきでないと思う。城を囲まず、町を囲むべきと進言する」
「どういう事だ?」
「そうよ、町を支配下に置かないと敵の籠城生活が安定してしまう。籠城兵から日常を奪うためにも町を奪う必要があると思うけど」
ラライネの意見にシンは、
「斥候の報告を思い出して欲しい。ケイではここ2~3年農作物の収穫が落ちている。城の蓄えもそれほどないだろう、なんせ南部の穀倉地帯を全て失ってしまったんだから。ラクアンには蓄えもあるのかもしれないが、スラウ将軍に街道を抑えられて補給を受ける事も出来ない。そんなに長くは持たないだろう」
と言った。
するとラライネはさらに重ねる。
「だったら尚更町を攻略すべきでは?少ないとは言っても町にも蓄えはあるでしょうし、城の中に押し込めるという心理的効果も得られるでしょう?」
「いや、そこは発想の転換だ。町の食料を取られると考えるのではなくて、今ある食料を住民と共有しなければならないと考えるんだ」
「なるほど、テーブルの上のパイを二倍の大きさにしても食べる人間の数を四倍にしてしまえば一人当たりの取り分を減らすことが出来る、という事ですわね!?」
カルナが納得がいったと声を上げる。
一方でラライネから不満の声が上がる。
「でもそれって住民を苦しめる事になるわよね?あまり気乗りがしないなあ・・・」
しかしシンは、
「多少は苦しめてしまうかもしれないけれど、悲惨な事にはならないと思う」
と言った。
「どうしてだ?」
リキが問うと、
「コウシンはドガの中で最も有能な人物だ、能力的にはあのエンソウよりも上だと思う。ドガ王コウリュウが弟コウシンにケイを与えたのはエンソウ・エンパン兄弟への牽制だっていうのは有名な話だけど、国戦研ではもう一つの見方があって、コウリュウがコウシンにケイしか与えなかったのは、コウリュウがコウシンの才能を恐れていたから、という見解もあるんだ。それぐらい有能な人物だからこそ、兵や民が苦しむような事態になる前に降伏すると思う。ましてや民を道連れにする様な事はしないだろう。ラクアンからの救援が期待できないと知れば城を明け渡すと思う」
「なるほど、確かにそれはあり得ますわね。彼であればそのような判断をするかもしれませんわ」
カルナがシンの意見に賛同する。
するとバーデルが尋ねる、
「そうでしょうか?なぜそう思うのです?」
「彼が良将だからですわよ、あなたの目の前にもそういう判断をしそうな将軍がいるでしょう?」
リキは恥ずかしそうな笑みを見せ、
「俺も国戦研の報告書は読んだ、シンの読みもあながち間違っていないと思う。住民の状況が厳しくなれば避難を呼びかけてもいい、アオズの時の様にこちらで保護すればいいんだ。補給に関してはハクケイのベリサに頼めば融通してくれるだろう。ホッカク軍区の農地は近年豊作続きだからな」
「それでは?」
ラライネの問いにリキが答える。
「ああ、シンの進言を容れて町を包囲する。時間はかかるが、力押しで犠牲を出すよりははるかに良い方法だ。ペリッツ、兵五千を率いてスラウ将軍の指揮下に入ってくれ。ラクアンからの援軍を決してケイに近づけるな!打ち破ったらケイの町に対して大きく宣伝しろ」
「了解しました」
「ラライネ、シーイに伝令を出せ。投石機で不定期にケイ城を攻撃せよ、湖側から圧力をかけ続けコウシン軍を休ませるなと」
「わかりました」
「シン、ハクケイのベリサと連絡を密に取れ、補給の塩梅は二人で話し合って判断してくれ」
「わかった」
「このまま少し進んだところに本陣を置く、包囲はエリアス、バーデルが中心になって行う。シアダド、ランベルト、サゴラ達はその指揮下に入れ。グリの騎射隊とシムズの騎兵隊は本陣で待機、カルナは斥候の手配を頼む。奴らが捨て鉢になる可能性もゼロじゃない、警戒を怠るな!」
「「「了解!!!」」」
その後リキ軍は半年ケイの町を包囲し続け、二度に渡るラクアンの援軍を退けると、ケイ城に白旗が上がり降伏の使者が訪れた。
降伏の条件は”兵の助命”と”市民へ手出しをしない”事。
リキは両方とも受け入れてケイ城に入城、城内でコウシン以下側近八名が自害していた。リキはドガ兵に命じて遺体を清めさせ、ドガの風習に沿って丁重に埋葬させた。
リキはラライネに命じて王都に詳細を報告させ、第一次北伐ケイ攻略戦は終了した。
久々にリキが主人公らしい活躍をしました。ただ、リキも強くなり過ぎましたね、強さのインフレを起こしたくないので、どんどん強いヤツを出してゆく訳にもいかず、どうしてもリキやシャクリーンが絶対的に強くなってしまいます。もっと最初からバランスよくすれば良かった。
戦闘に関しては、スラウ・シーイ・リキとバリエーションに富んだものが書けたかと。
私の書くモノはあまり負けや苦戦がないですね。そのせいで話が薄っぺらくなるのが悩みどころです。
さて次回でドガ王国編は最後の予定です。終わりが見えてきましたね、最後まで何とかたどり着きたいです。
それでは!