クレストル王立軍学校第38期外伝 続デミルズ統一戦記4 閑話女王ミアナの一日
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女王ミアナの朝は早い。
日の出とともに起き、早朝から鍛錬を始める。これは軍学校時代からの習慣で、シャクリーンやティア、最近ではカレンやホウショも一緒に参加している。以前はカーラも参加していたのだが、ミアナが女王として即位し、侍従に就任してからは仕事が忙しいらしく、ほとんど参加できなくなっている。
今日はシャクリーンが教官の様だ。
「剣を正眼に構えて切っ先をまっすぐ相手の視線に合わせるのだ!そうすると刀身が点になって相手は遠近感が分からなくなるのだ!これはリキが得意なやつで、リキと対峙すると刀の鍔だけになって刀身が消えてしまうのだ!最初に見た時はびっくりしたのだ」
「リキが!?」
「そうなのだ。シャクリーンもリキのを見るまでここまで有効な技だとは思わなかったのだ。ミアナは相手を斬るより自分の身を守る技を身に着けるべきなので、この技は覚えておいた方がいいのだ」
「わかった!」
「それとミアナの場合はとにかく致命傷を避ける事が大事なのだ。それさえ避ければ側にはシャクリーンがいるので二撃目は撃たせないのだ。致命傷になるのは首、脇、内腿などの急所を斬られる事、それと刺突、つまり刺される事なのだ。このうち急所を斬られるというのはあまり考えなくてもいいのだ。急所を的確に斬るというのは非常に難しいのだ、相手も止まっている訳ではないし、狙いを外しやすい。これもリキが得意なのだ。リキとディオ・バウンスの戦いを覚えているか?あの時リキはディオの脇を突き刺し、その後首筋を刺した。見事に急所を狙っていたのだ!シャクリーンが使っている薙刀は遠心力を使って叩き切るのだが、リキの刀は基本的に刃の鋭さで引いて斬るのだ。だからリキは刃こぼれを嫌い急所のみを斬る様にしているのだ。リキの刀術は非常に繊細なのだが、その分非常に合理的な殺人術なのだ。だけどリキみたいなやつはそうはいないからミアナが警戒すべきなのは刺突、刺される事なのだ。ただ突き、というのは躱しにくい。そこでさっき教えた事が役に立つのだ。剣を正眼に構えて剣先を相手に向ける、相手が突いてきたら相手の得物に剣の腹を添えてひじの外側へはじき出すのだ。ちょっとシャクリーンがやって見せるからミアナは突いてくるのだ!」
シャクリーンは薙刀を置いて剣を手に取った、勿論模擬刀である。
「さあ!突いてくるのだ!」
剣を以て対峙すると、先ほど言ったようにシャクリーンは切っ先をミアナの視線に合わせてくる。
(えっ!?本当に刀身が見えない!何これ!?距離感がわからなくなる!!)
「間合いが分からなくなるだろう?これがこの技術の利点なのだ。さあ、来るのだ!」
シャクリーンは少し剣をずらしてミアナにも間合いが分かるようにした。
「やあ!!」
ミアナが渾身の突きを放つ、勿論シャクリーンに通用するはずがないのをわかっているので、本気の突きだ。
「ほいっ!」
シャクリーンはミアナの剣に自分の剣の腹を添えて外へ弾いた。
「な?剣先と両肘の三角形で体を守るのだ!相手の剣にこちらの剣を添えて滑らす様にひじの外へはじき出す。さあ、ミアナもやってみるのだ!」
「ええ、お願い!」
二人が鍛錬を続けるのを見てカレンは、
「シャクリーンは流石ですね、こと武術に関しては天才的だ。ホウショ様、今シャクリーンがミアナ様に言った事はホウショ様にも当てはまります。良い機会です、ホウショ様もあの技術を身につけましょう」
そういって”カマキリ女”の代名詞でもある自分の大鎌を置き、模擬剣を手に取った。
「うん、まずは剣先を相手の視線に合わせるんだったね」
ホウショとカレンも鍛錬を続ける。
鍛錬は朝食の時間まで続けられた。
朝食の時間にはカーラが合流する。基本的にミアナ、カーラ、シャクリーンの三人で食事をとり、カーラからの報告と今日の予定が知らされる。
食事が終われば午前中は執務の時間だ。書類に目を通し、サインや承認印が必要な物を処理したり、政務四役(宰相、元帥、議長、財務)との会談をこなしたりして過ごす。その間カーラとシャクリーンは常にミアナの傍らに侍して、カーラはミアナに助言を、シャクリーンは警護を務めている。
今日はヴォルフ・ボーデンハウス宰相が訪れていた。
「先に陛下からご提案があった軍学校増設の件ですが、試験的にレクロスに第二軍学校を開設する事で調整をしています」
「レクロスですか。なぜレクロスに?」
「ご存じの通り我が国はここ五年ほどで急激に領土を拡大いたしました。その為に本来国境の軍事拠点であった三大副都の戦略的価値が低下し、経済発展が重視されるようになりましたが、三大副都は人口も多く、前線からも離れているので軍学校を設置するには丁度良いと考えました。なかでもレクロス周辺にはワヌーサ、ダンデロイ、カリスロ、ベルヌの旧小国家連合南方四か国があり、今回はその四か国の子弟を中心に募集をする事を考えています。これが上手くいけばその先はギョウ、ベッテト、ゆくゆくはその先へと考えていますがいかがでしょうか?」
「それでよいと思います。急ぐ必要はありません、国家百年の大計と考えて進めてください」
「かしこまりました」
「宰相殿、陛下からご提案があったもう一つの案、軍学校と士官学校の統一についてはどうなっていますか?」
ここでカーラがボーデンハウス宰相に質問を投げかけた。
「それに関しては時期尚早との意見が大勢を占めています。それよりも行政に携わる文官の育成学校の設立を望む声が大きいです」
カーラとボーデンハウス宰相は親子なのだが公式な場での会話はこの様に互いに敬語になる。
「ふむ・・・。軍学校ではなく政務学校という訳ですか・・・」
「副議長、支配領域が広がって広域行政というものが重要になってきました。各都市都市の統治は良いのですが、その点と点を結びいくつかの都市を包括して治める仕組みが必要になっているのです。軍でいう軍区のようなものです」
「行政単位を広げるという事ですか?」
「それも一つの方法です。こればかりは試行錯誤するしかない。クレストル王国建国二百五十年弱にして初めてこれほどの領土拡大に成功したのですから」
「陛下、この件は宰相殿にお任せして、国戦研と共に研究させるのがよろしいと存じます」
ミアナはカーラの進言に頷き、
「宰相殿その問題に関しては宰相殿の裁量にお任せします。国戦研と検討し、方向性が決まったら報告をお願いします」
「かしこまりました」
有意義な会談を終え、ボーデンハウス宰相は閣議室を後にした。
次に現れたのはタヌルバルド元帥だった。
元帥は、
「陛下のお耳に入れなければならん話がありましてな、カーラとシャクリーン、特にシャクリーンは良くお聞き。実は『闇の目』の頭目から知らせがありましてな、どうやら聖王国が刺客を入れたらしいんですわえ。それも少し前に。どうやらグレナからリンカ峠を通して入国したらしくまだその尻尾は掴めておりません。シャクリーンがおれば滅多な事はないとは思うが、シャクリーン、より一層警戒せにゃあいかんぞい」
「わかったのだ!メリー様何か刺客についてわかっていることはないのだ?」
「すまんのう、単独犯という事しかわからんわえ」
「うーん・・・それはあまり当てにならないのだ。王都に協力する奴がいるかもしれないから一人と決めつけるのは危険なのだ」
「ふぇっふぇっふぇっ、この道はシャクリーンの方が上手だわえ。お前さんに任しときゃ安心じゃな」
ミアナが独りになるのは風呂とトイレと寝るときくらいで、風呂とトイレでは部屋のすぐ外(勿論個室の、ではない)で待機しているし、寝室もシャクリーンには隣の部屋があてがわれていて、扉でつながれている。
タヌルバルド元帥はシャクリーンに念を押して部屋を辞した。
昼食は仲間を交えてとることが多い。今日は午後から基地の視察(という名の息抜き)があるので、シャクリーン軍からフェイ・デンボー連隊長が迎えがてら来ていた。
「なあカーラ、妹に手紙でも書いてくれよ。お前に会えなくて寂しいとか俺の所に手紙よこすんだよ、カーラの所にも来ているんだろう?何とか頼むよ、愚痴ばっかり書いてきやがる」
フェイの妹とはリキ軍の参謀武官カルナ・デンボーの事だ。
「そうなのか?私の所にも手紙は来ているし、返事も月に一回ぐらいは出しているぞ?」
「手紙の内容が素っ気ないとか、事実確認の仕事用の通信みたいだとか書いてたけど・・・」
「まあその側面は否めないな。実際カルナの手紙はリキ軍の状況を知る良い情報源だからな。まあカルナにはあまりフェイに迷惑をかけるなとでも言っておくさ」
「それであいつの愚痴がおさまりゃいいんだが・・・」
今日は比較的静かな昼食となったようだ。
昼食が済むと基地の視察だ。基地は王都の東にあり、そこまでの移動の最中に市民と触れ合うのがミアナの楽しみでもあった。
「ミアナ様~!」
「女王様~」
市民たちの声にミアナは笑顔で手を振る。
「ポンコツ姫~」
「ポンコツっていうなー!!」
ミアナは両手を突き上げて、ムキーッ!!という感じで言い返す。そんなやり取りもミアナと市民の間のコミュニケーションである。ミアナが即位して明らかに王家と国民の距離は縮まっている。ミアナ政権は確固たる国民の支持に支えられているのだ。
基地に着くと、シャクリーンはティアを引っ張り出して立ち合いの相手をさせる。最近ではカレンも進んで相手をするようになったし、フェイやシャクリーン隊の副隊長バロイドなどが複数で挑む事もある。
その間ミアナはというと、イリアやベリサ(ベリサは今はリキ軍に出向中だが)とおしゃべりの時間だ。さらにはシャクリーン軍に所属している軍学校の同期や先輩・後輩などもいて、ここではミアナは立場を忘れて一人のミアナという女の子(と言ってももうミアナも二十一歳)に戻れる貴重な場所だ。
「ミアナ!!」
そこに一人の男がミアナに声をかけた。
男の名はヴィクトル・タヌルバルド、かのメリーシュメリー・タヌルバルド元帥の曾孫でタヌルバルド家の次期当主とされている。ヴィクトルの祖父はメリーシュメリー・タヌルバルド元帥の長男で十一年前に病死、父も長男で軍人だったが十二年前の聖王国との戦いで戦死しており、直系の長子であるヴィクトルがタヌルバルド家を継ぐ事になっている。メリーシュメリーが隠居しないのは彼が一人前になるのを待っているからだと言われている。以前にはカーラとの縁談の話もあったが、お互いに固辞した事もあって立ち消えになっていた。
彼は幼い頃ミアナやカーラ、シャクリーンと共に遊んだ幼馴染であり、その関係は彼が父親に従って父親の赴任地であるレクロスに移住する十一歳の時まで続いた。ちなみに彼はミアナとシャクリーンよりも四つ年上、カーラとは三つ違いだ。
「ヴィクター!王都に戻っていたの!?久しぶりね、もう十年ぶりくらいになるかしら!?」
「俺が士官学校を卒業したのが八年前だから、八年ぶりだよ。今回将軍に任命されたので王都にきているんだ。ミアナから任命されるんだぜ?知っていただろう?」
「そうだったわね、ダムラン将軍の退任で後任をヴィクターにするんだったわ」
「そういう事、それにしてもカーラもひどいぜ、ミアナを王位につけるなんて一大事に俺を呼ばないなんて」
「仕方ないわよ、だってあの時ヴィクター、カリスロ軍区に居たんでしょう?あまり大きな動きをすると敵にばれてしまうし」
かのクレビー事変の時ヴィクトルはカリスロ軍区に赴任していた。今回退任したダムラン将軍の副将を務めていたのだ。
「それでも俺はミアナのために戦いたかったよ」
「ありがとう。気持ちだけでもうれしいわ」
そこにティアとの立ち合いを終えたシャクリーンが加わる。
「お!?ヴィクター様、今日は出てきたんだな!シャクリーンと一緒に稽古するか!?」
ヴィクトルが王都に来て数日になるが、まだ一度もシャクリーンとの立ち合いは実現していない。というかヴィクトルの方がシャクリーンを避けている節がある。
「冗談言うな、お前みたいなのと戦ったら体がいくつあっても足りんわ!」
ヴィクトルは猛将というよりは智将というタイプで、個人の武勇に関してはそれほどでもない。とてもシャクリーンの相手が務まる様な腕は持っていないのだ。
「シャクリーン、ならば私の相手をしてもらえますか?」
カレンが声をかけてきた。
「良し!やるのだ!」
シャクリーンはカレンと共にその場を離れる。
するとそこへ、
「姫様!」
ゴダール館での仕事を終えてカーラがやってきた。
「ヴィクター、あなたも来ていたのですね、お久しぶりです」
カーラがにこやかに話しかけると、
「よう!カーラ、相変わらず美人だな」
「まあ、お上手ですね。ありがとうございます」
カーラとヴィクトルは縁談が持ち込まれて以来なんとなく態度がよそよそしくなってしまっている。特に最近カーラの方にその傾向が顕著だ。
「カレン!鎌の利点はその特異な攻撃軌道にあるのだ!まっすぐ突っ込まずに、もう少しトリッキーに動け!ただ振るったのでは単なる楕円軌道になるだけなのだ!」
隣ではカレンにシャクリーンの叱咤が飛んでいる。
「あれがグレナの”カマキリ女”か、よくシャクリーンについていけるな」
ヴィクトルがあきれ顔でつぶやく。
「いやいやあれはシャクリーンが合わせてやっているからですよ。本気のシャクリーンはあんなものではありませんよ」
カーラが教えると、
「あれで手を抜いているのか!?あいつと戦える奴なんているのか!?」
と驚きを口にした。
それを聞いたミアナは、
「リキなら戦えるわよぅ!シャクリーンもリキとなら本気が出せると言っていたもの」
「リキ?」
「ええ、ホッカク軍区司令官リキ・サーガ将軍です。私達とは軍学校の同期でして、かつての姫様の軍で副将を務めていた部下です」
「部下っていうよりも仲間、同志って感じよねぇ」
カーラ、ミアナが答える。
「リキは純粋な武術の腕ではシャクリーンよりも上です。さすがに【錬氣】を使えば【錬氣】複数使用者であるシャクリーンの方が上ですが」
「リキも【錬氣】を使うと勝てないって言ってたわ。もしかするとシャクリーンがいま世界最強かもしれないって」
「ほう、リキはそんな事を言っていましたか?」
「ええ、もっとも世界は広いからもっとすごい強者がいるかもしれないけどって言ってたけど」
「でしょうね、ただデミルズ島にはそんなにいないとは思いますが」
「そういえばミアナ、レクロスに軍学校を作る話が持ち上がってるけど、あれはミアナの発案なんだって?よくあんな事思いついたな」
「そうですね、最近姫様は積極的に国政に意見をおっしゃいますが、何か心境の変化でも?」
ヴィクトルとカーラが尋ねると、
「この間リキが王都に来た時にリキに言われたのよぅ。せっかく理想を実現できる立場にいるのに、見ているだけなんてもったいないって」
「ふふっ、あいつらしい」
「ねぇ!リキはいつも私に道を示してくれる。その道を行くのに手を貸してくれるのがカーラ、あなたよ」
「勿体ないお言葉です」
「・・・・・・」
夕方には国戦研からの報告があるので今日はいつもよりも早く基地を後にすることにした。カレンも一緒にゴダール館へ帰る事になり、カーラとシャクリーン、数人の供を連れて馬車に乗り込んだ。
あともう少しで大通りへ出るという所でミアナが窓を叩き、御者に馬車を止めるように指示した。
ミアナは馬車を降りると道端にしゃがみこんで泣いている子供に声をかけた。
「どうしたの?お母さんは?そろそろ暗くなるわよ、お姉さんがお家までおくってあげるわよ?」
子供(女の子だった)は肩をビクッと振るわせると、顔を上げてミアナを見上げ、
「姫様~」
と泣きついてきた。
「どうしたの、何があったの?」
ミアナが優しく尋ねると女の子は、
「お母さんが”今日は暗くなるまで家に帰ってきてはいけません”って言ったの」
それを聞いたカーラが、
「子供を追い出したのか?」
と言うと女の子は、
「違うの!お母さんがそう言う日は怖いおじさん達が来るの。おじさん達はお家の中をめちゃくちゃにするからその日は外に居なさいって言われるの」
「何だと!?」
「姫様!お母さんを助けてください。お母さんはおじさん達にぶたれるの!いっつもこの日はお母さん血が出てる!」
女の子の必死な訴えを聞いてミアナは、
「あなたのお家を教えて?私がおじさん達にお母さんをいじめないでって言ってあげるから」
と答えると女の子は、
「うん!お願いします」
と小さな頭をペコリと下げた。
ミアナがカーラ、シャクリーン、カレンを連れて女の子の後についてゆくと、ひと区画離れた所からも怒鳴り声が聞こえていた。
「借りたもんは返すのが当たり前だろうが!!」
「返せねえんなら手前が体売るか、ガキ売ってでも金を作れ!!」
「ガキをどこへやった!?あのクソガキさらうぞこの野郎!!」
「子供に手は出さないでください!!」
カーラは顔をゆがめて、
「聞くに堪えませんね」
カレンも
「こんな事を平気で言う輩がいるとは・・・」
と怒りをあらわにし、ミアナに至っては表情をなくし、静かに怒りを溜めていた。
「シャクリーン、開けなさい」
ミアナが静かに命じる。
シャクリーンが扉を開けまず中に入り、続いてミアナ、カーラ、最後にカレンが入ってきた。
「何だ!手前ら・・は・・・?」
王都に住む者がミアナの顔を知らぬはずはない。中にいた男は三人、相当暴れたようで室内はめちゃくちゃに荒れていた。
「騒がしいですよ、何事です?」
ミアナが冷たく言い放った。
「こ、これはミアナ様!!申し訳ありません、この者が借りた金を返さないのでございます!なのでつい声が大きくなってしまいました」
「そうなのですか?」
ミアナは母親に優しく尋ねた。
「お恥ずかしい話ですが、一年半前に夫が戦場で大けがをしましてその治療にお金がかかってしまいました。結局夫はなくなり借金だけが残ってしまったのです」
母親の言う事を聞き、カーラが言った。
「ちょっと待て、戦場での傷病の治療は全て公費で賄われるはずだ。それに亡くなったのなら賞恤金も支払われたろう?一体いくら借りたんだ?」
「金貨三枚ほど・・・」
母親が答える。
「金貨三枚なら利息制限法の上限目一杯の二割だったとしても銀貨十二枚、賞恤金があれば払えただろう?」
「いえ、その・・・。実は賞恤金はいただいていないのです」
「何だと」
「ちょっと待ってカーラ。ご主人がなくなったのは一年半前と言いましたね、まさかご主人は・・・」
「はい・・・。ミアナ様の軍に所属しておりました」
「まさか・・・リキ隊か!?」
「はい、イケイ撤退戦で負傷し、ホッカクで治療を受けましたが亡くなりました。その後軍から治療費の請求が来て賞恤金を差し引いても金貨三枚足りないと・・・」
「何て事だ!!これは私の失態だ!!当時ホッカクの責任者はあの処刑されたマドセン・ライハニ少将だ、奴が懐に入れたに違いない!おい、お前達こちらのご婦人が借りた金の借用書はあるか?」
「えっ!?あっ、はい・・・あのー」
男たちは見るからに不審なそぶりを見せる。
「借用書もなしに金を貸した訳ではあるまい。取り立てに来たなら当然借用書はもってきているだろう?」
「えっ!?いや、あのですね・・・」
男たちの態度に遂にカーラがきれた。
「いい加減にしろ!!借用書もなしに取り立てに来るヤツなどいるか!もういい!カレン、こいつらの荷物を調べろ、貸金業法違反の疑いだ!」
抵抗は無意味だ、カレンはグレナではその名を知られた将軍だし、ミアナの横にはあのシャクリーンがいる。逃げられる訳がない。
「ありました」
カレンがカーラに借用書を手渡す。
「ご婦人、あなたの名前はロザーナで間違いないですか?」
「はい」
「貴様ら・・・、年利四割五分とはどういう事だ!!利息制限法では年利二割を超えるのは違法だぞ!!貴様ら貸金業の許可はとっているのか!?」
「「「・・・・・・」」」
男たちはうつむいたまま微動だにしない。
「カレン、済まないが詰所へ行って警備隊を呼んできてくれ」
「わかった」
カーラは借用書を見て、
「この支払いを一年続けたならとっくに返済は終わっている。従ってこの借用書は既に無効だ」
と言い渡した。
ミアナは母親の前で跪いて、
「申し訳ありません。全ての不手際は私の責任です。直ちに捜査して全てを明らかにし、御主人の忠魂に報いる事をお約束します。本当に申し訳ありませんでした」
と涙を流して頭を下げた。それを見たカーラとシャクリーンもそれに倣い、カレンまでもがその場で頭を下げた。
やがて警備隊が到着し、カーラは男たちを引き渡し、
「貸金業法と利息制限法違反だ、これがその証拠だ」
と借用書を渡した。
男たちが連れていかれると女の子は母親に抱き着き、
「もう怖いおじさん達にいじめられない?」
と聞いた。
母親も子供を抱きしめ、
「ええ、ミアナ様がちゃんとおじさん達に話してくれたからもうおじさん達は来ないわ」
と言うと女の子はミアナに向かって頭を下げ、
「姫様!ありがとござました!」
と舌ったらずの口調で感謝の気持ちを伝えた。
「ううん、あなたが勇気を出して私に伝えてくれたからよ。お母さんを大事にして仲良くね」
「はい!」
去り際にカーラが母親に、
「本当に申し訳なかった。今回の事は必ず何等かの補償はする。ご主人は勇敢な英雄だった、あの時ミアナ様を逃がしてくれた兵達二千四百人の犠牲があったからこそ、今ミアナ様や私はこうしていられるのだ。ご主人には感謝してもしきれない」
と言って再度詫びると、
「その言葉を聞いて主人もあの世で鼻が高いでしょう」
と母親は微笑んだ。
馬車へと戻る道すがらカーラは、
「申し訳ありませんでした。私がしっかり確認していればこんな事は起きませんでした」
とミアナに謝罪すると、
「仕方ないわよ。あの時は色々ありすぎてそこまで気が回らなかった。ただ、この事は宰相殿と元帥に徹底的に調査してもらいましょう」
「承知しました、すぐに手配します。はあ、しかしこの事をリキに告げるのは・・・胸が痛いです。怒るでしょうね・・・」
「リキは部下に対する愛情が深いから・・・。特にあの時に犠牲になった部下たちには特別の思い入れがあるみたいだものね・・・」
「でも隠してもいい事はないのだ!正直に言って謝ればリキなら許してくれるのだ」
「そうだな・・・」
「そうね、そうよね」
カーラの予想通り事実を知らされたリキは激しく怒ったが、怒りの矛先は軍の人事局(軍の厚生業務も行う)に向けられ、タヌルバルド元帥が内部調査と組織改革を約束してやっと怒りを収めたという。
ゴダール館での夕食は他の王族たちを交えての者だった。
ミアナ、カーラ、シャクリーン、セイアに加えてミアナの弟タンドナ、妹ルーリー、兄嫁マチュワ、その子で甥のヤモンド、叔父のクベロの九人でテーブルを囲んだ。
夕食には食前酒が出る。未成年であるタンドナ、ルーリー、ヤモンド以外は食前酒を進められたが、シャクリーンだけは『護衛任務に支障が出る』と普段から酒は一滴も飲まないので、代わりにぶどうジュースを進められ、それをガブガブ飲んでいた。
その後は寝るまでプライベートな時間だ。風呂に入ったり、手紙を読んだり、日記を綴ったりして過ごし、就寝の時間を迎える。
「それじゃあいつもの通りシャクリーンは隣で寝るのだ。何かあったら大きな声を出せばすぐに駆け付けるのだ」
「ええ、お願いね。それじゃあおやすみなさい」
「お休みなのだ!」
深夜、シャクリーンは目を覚ました。
「う~、ぶどうジュースを飲み過ぎたのだ」
どうももよおしてしまったらしい。
ちょっとだけだから黙ってトイレに行こうかとも思ったのだが、昼間タヌルバルド元帥から聞かされた話が頭にあって、睡眠を邪魔して申し訳ないのだがミアナに一言告げてゆくことにした。
「ミアナ、ミアナ、起きるのだ」
揺り起こされてミアナが目を覚ます。
「ん?ん~?シャクリーン?どうしたの?」
「起こしてごめんなのだ、シャクリーンはちょっとトイレに行きたいのだ。すぐ戻ってくるから鍵をかけて起きて待っていて欲しいのだ」
「大丈夫よぅ、心配性ねぇ」
「いいや、今日のメリー様の話を聞いたからには念には念を入れるべきなのだ。手元に剣を置いて待っていて欲しいのだ」
「わかったわ、いってらっしゃい」
シャクリーンを送り出すと扉に鍵をかけ、剣を手元に置いてベッドの縁に座った。
シャクリーンはミアナの部屋の扉を守る兵士に声をかけ、
「シャクリーンはちょっとの間離れるのだ、その間ミアナを頼むぞ。油断するなよ?」
と言ってトイレに向かった。
その時二人の兵士の目が妖しく光ったのにシャクリーンは気づかなかった。
室内のミアナはいち早く異変に気付いた。シャクリーンが離れたと思ったらすぐに隣のシャクリーンの部屋に入ってきた者がいたからだ。ミアナは剣を抜き、扉の脇の壁に身を潜めた。
侵入者は扉に鍵がかかっていることを確認すると、体当たりで扉を破った。ミアナの部屋の前の扉ならばこんなに簡単に破れる扉ではないのだが、これはシャクリーンの部屋とを繋ぐ扉、そんなに頑丈にする必要はない。
転がり込んでくる侵入者の頸筋にミアナは剣を叩きつけた。
「ぐあっ!!」
侵入者の一人は首から血しぶきをあげて倒れ、もう一人がミアナに剣を向けた。どちらも正規軍の制服を着ている。
ミアナは冷静にもう一人の侵入者に剣先を向ける。
「うっ!?」
侵入者に動揺が走る。
今朝学んだ事が早速役に立った。剣先を視線に合わされた侵入者はミアナとの距離が測れなくなっていた。
グズグズしていれば騒ぎを聞きつけたシャクリーンが戻ってきてしまう。暗殺者にとってチャンスは一瞬しかない。この暗殺者はいわば鉄砲玉だ、暗殺後に生還するつもりもない。
暗殺者はもう一人を斬ったミアナを見て見抜いていた。ミアナの腕はさほどではない、自分ならば易々と殺せると。
構えたミアナは隙だらけだが、間合いだけがどうにも測れない。しかしこのままではシャクリーンが戻って任務は失敗してしまう。暗殺者もシャクリーンには敵わない事は百も承知だ。その為に細工をしていたのだ。ミアナを独りにする為にわざと夕食時にシャクリーンが好みそうなぶどうジュースをを出し、夜中にトイレに立つように仕向けたのだ。実は先にミアナに斬られた男は協力者でしかない。この男がミアナの部屋の警護につく日を狙って相棒を殺し、なり変わったのだ。
(やるしかない!)
暗殺者は意を決して渾身の突きを放つ。時間がないのだ、一撃で仕留めなければならない。しかし、ミアナはこの対処も今朝習ったばかりだ。
「死ね!!」
「ミアナ!!」
暗殺者の突きとシャクリーンが部屋に飛び込んでくるのはほぼ同時だった。
「ふっ!!」
ミアナは冷静に暗殺者の剣に自分の剣の腹を添えて滑らし、右に弾いてそのまま体をかえた。
そこでシャクリーンが暗殺者に飛びつき、首を力任せに後ろにねじって殺害した。
「ミアナ!!怪我はないか!?」
「ええ、大丈夫よ!」
「すまない!側を離れるべきではなかったのだ」
「陛下!!」
「ミアナ様!ご無事ですか!!」
騒ぎを聞きつけた近衛隊員がバラバラと集まってくる。
「皆静かになさい!私は大丈夫、傷一つありません。それよりもシャクリーン、この者達は何者ですか?」
ミアナが将軍であると共に近衛隊長も兼務しているシャクリーンに侵入者の素性を問う。
「うーん・・・こっちの奴は見た事があるけど、ミアナを襲ったこいつは見覚えがないのだ。おい、こっちの奴は何て名前だったっけ?」
「この扉の所で死んでいる男はノウチです。先々代のワナード様の頃から近衛に所属しています」
「そうか・・・おい、お前達!このノウチという男の部屋へ行って何かないか捜索してくるのだ!実家が分かればそっちにも人をやるのだ」
まだ他にも侵入者がいる可能性も考えてゴダール館内の一斉捜索を行った。やがて報告を受けたカーラ、セイア、アンヌ、ボーデンハウス宰相、タヌルバルド元帥らが相次いで出仕し、緊急の御前会議が開催された。
「こりゃシャクリーン!警戒せいと言ったじゃろうに!」
タヌルバルド元帥は顔を真っ赤にしてシャクリーンを叱りつけた。
「ごめんなさいなのだ・・・」
「まあまあ元帥閣下、生理現象では致し方無いではありませんか」
アンヌが何とかとりなそうとする。
「たわけ!!何かあってからでは遅いわえ!先王、先々王が暗殺されたのを忘れたか!この上ミアナ様に何かあればクレストルは大混乱じゃわえ!!!」
しかしタヌルバルド元帥の興奮は静まらない。
「確かにこの様なケースは想定外でしたな。何か対策を考えねばなりますまい、我慢せよと言っても限度がある問題ですからな」
ボーデンハウス宰相が話をまえに進めようと軌道修正を図る。
「現実的に考えて今出来るのはミアナ様とシャクリーンの部屋の間にお手洗いを設置するくらいしかないのでわ?」
セイアの発言にカーラは、
「そうだな、陛下が御独りになってしまう状況に一つ一つ丁寧に対処するしかあるまい。要はシャクリーンが陛下から離れないで済む様にすればいいのだからな」
と言い、
「宰相殿、業者の選定はそちらでお願いします。シャクリーン、お手洗いの設置が終わるまで夜はあまり飲み過ぎるなよ」
とボーデンハウス宰相とシャクリーンに声をかけた。
「引き受けましょう」
「わかったのだ」
話がまとまった所でミアナはため息をつきながら言った。
「はぁ・・・。もう日が明けちゃうわね」
気が付けば東の空が明るくなりかけている。
「今日は昼頃まで寝てようかしら?」
ミアナがつぶやくと、
「いいえ陛下、今日は午前中にワヌーサ軍区のソルダ将軍から聖王国軍に関しての報告があります。他にも○○伯爵と××子爵との面会も入っていて、午後からはヴィクトル将軍の任命式も予定されています。寝ている暇などありません」
カーラが今日の予定を告げ、ミアナの希望を却下する。
「ミアナ!鍛錬は続ける事が重要なのだ!昨夜は実戦も経験したし、早速おさらいをするのだ!」
「ええ!?今から鍛錬をするのぅ?」
「良いではありませんか、久しぶりに私も参加しましょう」
カーラが微笑みながらそう言うと、
「ならば私も参加しましょう」
「あたしもたまにゃあ体を動かすかね?」
「元帥殿まで参加するのですか?それでは私も参加せざるを得ませんな」
セイア、タヌルバルド元帥、ボーデンハウス宰相までもが鍛錬へ参加すると言い出した。
「もぅ、朝から賑やかねぇ」
女王ミアナの賑やかな一日がまた始まる。
リキ軍学校入学時の大デミルズ島勢力図
という訳で最近出番の少ないミアナ回でした。
今後の展開を考え中なので本筋と関係ない話を、と思って閑話として書いてみたのですが、これが非常に難しかった。ミアナの女王らしさが上手く出てるといいんですが。
次話からは本筋のドガ王国編になります。久々に主人公リキの話になります。
それと最後に大デミルズ島の地図を載せておきました。手書きなので見づらいかもしれませんが、そこはご了承ください。過去の話にもいくつか地図を載せようと思っています。具体的にはとりあえず動乱の胎動編と最悪の初陣編です。どちらも軍の動きが激しい話だったので読者様の理解につながればと思います。
それでは今回はこのへんで。