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クレストル王立軍学校第38期外伝 続デミルズ統一戦記3 北方統一への布石編

何とか正月中に書き切りました。


「城の制圧完了しました!」


「隠れている兵に警戒せよ!誰か町の有力者を探してきてくれ、話がしたい。兵達には乱暴・略奪の(たぐい)は厳禁である事を徹底せよ!」


 バヌ攻略を命じられたメニエ将軍はシンヨウを出発し、周辺の小領主を攻め落としながらバヌを目指して北上していた。


「それにしてもタヌルバルド元帥の見立て通りですね」


 メニエ将軍の参謀のタルーフが忙しく方々に指示を出すメニエ将軍に話しかけた。


「確かに元帥は”封建国家の領主は独立志向が強いので、統制に欠け連携が上手くいかない。小領主を潰していけば勝手に自壊する”と言っておられたがな」


「小領主たちは全く連携する気がない様ですね、それすらも王や有力領主が音頭をとらなければ出来ないようです」


 メニエ将軍のドガ侵攻は順調に進んでいた。シンヨウを発して三か月、中小七つの町・城を落とし快進撃を続けた。

 その後も順調に勢力を拡大し、さらに三か月後にはバヌを射程圏内に捉えていた。


「しかしドガ国王のコウリュウは本当にバヌを見捨てるつもりなのか?全く援軍を出す気配がないが」


 メニエ将軍がタルーフに尋ねると、


「そうですねえ・・・、戦略的に見てバヌは首都ラクアンからするとあまり重要な都市でないのは確かです。バヌの東側は湿地帯ですし、ラクアンに攻め込むには山越えと峠越えをいくつかしなくてはなりませんので。バヌを失ってもラクアンに脅威はないと考えているかもしれません」


 と答えた。


「そう思い込んでくれるとこちらとしてはありがたいんだがな、元帥閣下の戦略ではラクアンのシュンピ山城攻略にバヌは欠かせぬ戦略拠点になる」


「その通りです。なんとしてもバヌ攻略を成功させなければ」


「向こうからの連絡は?」


「明後日にも到着する予定だと聞いております」


「待つか?」


「いいえ、城攻めはともかく野戦では当てにできません。先に城攻めのおぜん立てをしておくべきかと」


 タルーフの助言でメニエ軍は翌日にも戦を挑む事を決定した。



 翌日バヌのシュエン軍は野戦に応じて門を開いて打って出てきた。その数四千。

 当初の予想ではバヌには全軍で四千ほどとの目算だったので、どうやらかなり無理をして兵をかき集めたらしい。

 対するメニエ軍は八千ほど。シンヨウを発した時は一万五千の大軍だったが、途中制圧した町や、補給用に割いた兵の為に半分弱を置いて来ていた。それでも敵の倍ほどの兵力があるし、クレストル側には援軍の当てもあった。


 戦いは意外にも互角の展開を見せる。兵力に差はあるものの、半年に及ぶ行軍でクレストル兵達の疲弊は想像以上に大きかったのだ。

 戦況は互角なものの、メニエ軍の戦意は挫かれシュエン軍の勝利と言っていい内容だった。


「一旦退いて態勢を立て直しましょう。兵達に休養を与えなければ何度やっても結果は同じです。申し訳ありません、私の目論見が甘かった。兵の疲労を軽く考えすぎました」


 タルーフは頭を下げて謝罪し、全軍をバヌから数㎞下げて陣を敷き、五日間の休養をとる事とし、その旨援軍に伝えるように命じた。


 しかし、ドガ軍はメニエ軍に休養を与えてはくれなかった。ドガ王コウリュウはバヌを見捨てるというメニエとタルーフの推測も間違っていた、コウリュウは少ない手間で最も効果を得られる時と場所を選んでいたのだ。

 翌日もバヌのシュエン軍は門を開いて打って出て、野戦を挑んできた。前日と変わらず、戦いは拮抗していたが、突如南東方面からドガの援軍が現れた。ケイのコウシン軍がイヒョウ湖を北に渡り駆け付けたのだ。

 この中入りによって戦況はドガ側へと傾き、メニエ軍は窮地に陥った。


 この頃、バヌ沖の海上でも動きがあった。ラクアンからの援軍が船で到着したのだ。バヌ・ラクアン間の陸上の行軍は困難だが、海上輸送ならば、潮にもよるが最短で三日、遅くとも十日あれば着く。バヌは港町故このような軍事行動が可能なのだ。

 ただし、クレストル軍も全く同じ事を考えていた。メニエとタルーフが話していた援軍とは海軍の事だったのだ。

 互いに相手の策を読んだ訳ではない。互いに打った手がたまたまかち合ってしまったのだ。

 両軍は直ちに戦闘態勢に入る。クレストル軍は大型船一隻、中型船四隻、小型船十五隻と小型船による襲撃と白兵戦を念頭に置いた艦隊だ。ドガ軍は中型船十隻小型船五隻の兵の輸送のための艦隊だ。


「野郎ども!投石機を準備しろ!ドガの奴らに俺達の新兵器を見せてやれ!」


 旗艦である大型船に乗った司令シーイが先科研が開発した新兵器『投石機』を搭載した中型船に命令を下す。

 この『投石機』とは、てこの原理を利用して大人の頭大の石を200m以上も飛ばす兵器で、今回実戦に初投入された。

 元々は一抱えもある数百㎏級の岩を飛ばす事を目的として開発が始まったが、それでは装置が大きくなりすぎて戦場での移動が難しく据え置き型になってしまう事、さらには船への搭載が不可能な事などから小型化が図られ、飛ばす石の大きさも小さくなった。

 これが中型船には前後に二基、大型船には四基装備されていた。合計十二基の投石機から人の頭大の石が飛んでくる、着弾すればその破壊力は絶大だ。甲板に落ちればまず間違いなく穴が開く、帆柱に当たれば折れかねず、人に当たればただでは済まない。

 百発も撃ったところで、


「撃ち方止め!!白兵戦隊、進め!」


 シーイの号令で、クレストル海軍の白兵戦隊(多くはシーイの部下の元海賊)を乗せた小型船がドガ水軍めがけて突撃する。

 白兵戦隊は投石機の攻撃で穴だらけになったドガ水軍の中型船に鉤縄をかけて侵入し、帆に火をかけるなどして暴れまわった。元々これが海賊の得意戦術であり、大デミルズ島と大陸の間の海を支配した彼らの前ではドガの水軍など赤子の様なものだった。

 さんざん暴れまわった後、小型船に戻り、とどめに火玉で船に火をかけてドガ水軍を完膚なきまでに叩きのめした。

 ドガ水軍は全ての船を失い、五千人の兵もそのほとんどが海の藻屑へと消えた。


「お頭~!!陸の方じゃあ結構苦戦してるらしいですぜ!!」


「何だと!?」


「何でもケイってとこから敵の援軍が来たとかで危ねえって!」


「リマ!!どうすりゃいい!?」


 シーイは指令になってから付けられた参謀のリマに尋ねた。

 このリマというのは軍学校の三十三期生でリコン川流域で漁師をしていた家の娘だ。


「先にバヌ城を落としてしまいましょう。帰る場所を失えば彼らも戦い続ける事は出来ません。投石機をありったけ繰り出して城へ向けて撃ちましょう。その後上陸して城を制圧します」


「わかった!!野郎ども、投石機だ!ありったけぶっ放せ!」


「「「へい!!」」」


 再び投石機による絨毯爆撃が始まる。今度は動かない城が標的だ、一度距離感をつかめれば命中率はグンと上がる。

 城門を徹底的に破壊し尽すと、


「撃ち方止め!!上陸するぞ!戦闘だ!ふんどし締めてかかれよ!!!」


「「「応!!!」」」



 バヌ城郊外で戦っているメニエ軍は窮地に陥っていた。

 突然現れたケイのドガ軍に横っ腹を突かれ、陣形を崩されてしまったのだ。

 メニエ軍は退却を余儀なくされ、撤退戦を行っていたが、そんな両軍にもバヌ城の異変は届いていた。

 凄まじい轟音と共に煙か砂塵の様なものが上がり、それが絶え間なく続いた。

 さすがにバヌ城の危機を察し、バヌ軍とケイ軍は撤退を始め、今度は逆にメニエ軍が追撃する側に代わった。既に両軍はバヌ城から数㎞も離れてしまっている。追撃をかわし戻るのは容易ではない。


「海軍の方が派手にやってるらしいな!皆の者!今こそ反撃の狼煙を上げるぞ!奴らをバヌ城へと帰すな!我に続けええええ!!!」


 ここが好機と捉えたメニエは自ら先頭に立って追撃軍を指揮した。


 数㎞の撤退戦を繰り広げ、バヌの町に戻ったドガ軍が見たものは城内に掲げられたクレストルの旗と討ち取られた城主シュエンの姿だった。


 町の門が開き、兵を引き連れたシーイが姿を現す。


「既にバヌ城は制圧した!城主シュエンも既に討ち取ってある、お前達に逃げ場はない、大人しく降伏しろ!!」


 シーイの呼びかけにドガ兵達の戦闘意欲が見る見るうちにしぼんでゆく。

 しかしそこに、


「諦めるな!!ドガの勇士達よ!!!バヌが落ちようとも我らが主コウシン様のケイは健在だ!!南東へ転進しケイを目指すのだ!殿は私自身が務める!!」


 ドガ兵を一喝する声がする。


「ライリュウ様だ」

「あのライリュウ様がいるぞ!」

「最強剣士のライリュウ様だ!」

「ライリュウ様なら何とかしてくれる!」

「ライリュウ様!」

「ライリュウ様!」


 ドガ兵達の目に再び生気が戻る。

 このライリュウという男、かつてリキが戦ったゲンボクの弟子で、その実力はゲンボク以上とされている剣士だ。その実力は十六の時にドガ王の前の御前試合で、師ゲンボクを一刀のもとに降したという。

 その折ドガ王コウリュウより、その名リュウを与えられライリュウと改名したとされているドガ王国の英雄でケイ領主コウシンの家臣である。


 シーイは一目で見抜いた。”こいつはヤバい”と。と同時に強いヤツと闘ってみたいという願望も持ち上がってきた。


「そいつに手を出すな!お前達では絶対に敵わん!無駄死にするだけだ!!」


 シーイが叫ぶとライリュウは、


「貴様が大将か、悪いが時間を稼ぐために貴様には死んでもらう!」


「へっ!簡単に俺が殺れると思うなよ色男、吠え面かかせてやる!!」


 シーイの得物は曲刀、ライリュウは所謂サーベルの様な片刃の剣、撃ち合うたびに鋭く火花を散らす。


(ヤベえ!!こいつ本当に強ええ!)


「若いのになかなかやるな、貴様幾つだ?」


 余裕で尋ねるライリュウにシーイは、


「十七だ!!」

 

 と答えた。

 そう、シーイはまだ十七歳なのである。クレストルでは成人年齢は十七で、それまでは軍には入れない。

 リキがシーイを海軍に誘ったのは二年前、その時シーイは十五歳だったのだが、十七歳だと主張した。

 しかしこれは勘違いというか、習慣の違いから出た間違いだったのだ。

 クレストルでは年齢は満年齢で数える。しかし海賊たちは数えで年齢を数えるのだ。つまりクレストルでは生まれた時は0歳で、来年誕生日が来れば一つ年を取る。ところが海賊たちの風習では生まれた時は一歳で、一月一日を迎えると全員一つ年を取るのだ。

 シーイは11月末の生まれなので、生まれた時は一歳。約一か月後には二歳になってしまうのだ。

 クレストルでは0歳児が海賊では二歳児になってしまうのだ。

 シーイはカーラに連れられて王都を訪れた際にその事を話し、実は十五歳だったことが発覚した。勿論シーイは噓をついていた訳ではなく、習慣上の違いに過ぎなかった。

 今更シーイを解任する訳にもいかず、今まで通り海賊島に赴任させることで軍務から外させて十七歳になるまで海賊たちとだけ行動させていたのだ。

 この度シーイも十七歳になったので、本格的に軍務に就かせようという事になり、今回の作戦に参加させたのだった。


「ほう、十七か。顔に幼さが残るのはそのせいか。将来が楽しみだ、と言いたい処だがこれは戦だ死んでもらう!」


 実際シーイの顔は幼い訳ではないのだが、シーイが女性である事からそう勘違いをしたのだろうか。


 ライリュウの猛攻にシーイは防戦一方になってしまっている。何とか致命的な攻撃は避けているが、それも時間の問題のように思えた。

 しかしそこに、


「シーイ殿!!助太刀いたす!」


 とメニエ将軍が現れた。

 シーイとメニエ将軍でかかって尚ライリュウは強かった。

 メニエ将軍は将軍に出世しただけあって、ダグ将軍やソルダ将軍ほどではないものの、決して弱くはない。

 しかし、二人掛かりでもライリュウに押し込まれていた。そこに、


「将軍!!私が行きます!」


 メニエ将軍の配下ニメニス准将も加わった。

 ニメニス准将はメニエ軍きっての槍使いで、その腕はメニエ将軍をも上回る達人であった。


「うおおおおお!」


 ニメニスが加わる事で、シーイとメニエが切り込み、外からニメニスが攻めるという形が出来上がった。

 それでもライリュウを攻めきれない。むしろ三対一で尚押しているのはライリュウの方だ。


(信じらんねえ!こんなに強えのはリキか、王都で一度だけやったシャクリーン以来だ!)


 シーイのライリュウへの評価はリキやシャクリーンに劣らないものだった。

 そして遂に均衡が崩れる。


「うおっ!!」


 ライリュウのサーベルが浅くメニエを捉える。


「将軍!!!」


 とっさにメニエをかばったニメニスの肩口にライリュウのサーベルが食い込む。


≪ギンッ!!≫


 しかしライリュウのサーベルがニメニスを斬り伏せる前に、シーイの曲刀が下からすくい上げ、何とか致命傷だけは避けた。

 しかし、これでニメニスはもう戦えない、満身創痍のシーイと傷を負ったメニエだけではライリュウとは勝負にならない。それでもシーイは闘志を失わなかったが、


「畜生!!お頭に近寄るな!!」

「これでもくらえ!」


 シーイの部下の元海賊たちがライリュウに向かって火玉を投げつけた。

 ライリュウは下がってこれを躱し、標的を海賊たちに切り替えた。


手前(てめえ)の相手は俺だろうが!!!」


 部下を狙われてシーイは興奮して叫んだ。

 ゆっくりと振り返るライリュウに、


「ライリュウ様!撤退してください!軍は皆退きました!」


 ライリュウの部下から声がかかる。

 ライリュウはシーイに向かって、


「この場で殺せなかったのは残念だ。追ってくるなら相手をしてやるぞ、女」


 そういって背を向けて去っていった。


「俺が女だって気づいてたのか・・・。リマ!奴らの軍を追跡しろ、手は出さずに本当に退却したかだけ確認させるんだ!」


「わかりました!斥候を何組か付けます!」


 後に斥候が戻ってきてライリュウ率いるドガ軍はイヒョウ湖を渡ったと報告を受け、バヌ攻略戦は終了した。




 一方でグレナ地方でもまた新たな問題が起きていた。

 レノームのキョウセイ軍に動きがあるとの報告が入ったのだ。

 バサット将軍は直ちに軍に警戒態勢をとるように指示し、王都に伝令を走らせた。


 報告を受けた王都では緊急の御前会議が開催された。


「まだ先の戦から一年も経っとらんのにまた戦とは、キョウセイの奴本当に耄碌したんじゃないのかねえ?グレナの国力でそんな事すりゃ国がもたんじゃろうに」


 タヌルバルド元帥はあきれ顔でそう言った。


「確かに正気とは思えませんね、ラズール、ランダールを失いキョウセイのグレナは国土の三分の二、経済力の八割を失っています。独立国家として存続する事さえ難しいのに戦を仕掛けるとは・・・」


 レノームは聖王国との国境に近い都市だ。聖王国との交易で栄えた都市だが、その交易品がランダールやラズールから入らなくなった今、レノームの都市としての価値も急速に下がっている。

 それ故にセイアも理解できないといった表情だった。


「やはり国戦研の分析通りキョウセイの心が壊れているのでしょう。戦いに囚われ己の優越性を証明したいのではないですか?この間リキ将軍にやられたのが相当屈辱だったのでしょう」


 アンヌの言う通り、国戦研がキョウセイについて分析した結果は、承認欲求が強く独善的、欲望に歯止めがかからず、理性が働いていない状態というものだった。加齢によるものか病気によるものかは断定できないが、精神に変調をきたしているとも推測されていた。


「私が独自に調べたところによると、レノームには聖王国軍が一万人以上入っているという事で、その援助を後ろ盾に行動を起こすようです。聖王国としてはキョウセイ不在時にレノームを乗っ取るつもりではないでしょうか?」


 カーラがそう述べると、


「おや、よくそんな事がわかったねえ。どうやって調べたんだえ?」


「以前ルーリー様のグレナ訪問に同行した時に手の者を何人かグレナに潜り込ませておきました。その者達からの報告です」


「なるほどねえ、良く手が回ったもんだわえ」


「恐れ入ります」


「で、どうしますか?」


 ボーデンハウス宰相が話を前に進めようと皆に意見を求める。


「バサット将軍とキョウセイでは相性が悪いのではありませんか?」


 こう疑問を呈したのはカーラだ。


「確かにバサット将軍は勇猛だが直線的、海千山千のキョウセイでは分が悪いかもしれませんね」


 アンヌも同じ考えのようだ。続けてアンヌは、


「私がランダールに行ってバサット将軍を補佐しましょう。バサット将軍とはかつてギョウ軍区で一緒でしたし気心も知れています」


 と自らグレナへ向かう事を志願した。


「いや、アンヌは去年行ったばかりだ。今回は私が行こう」


 カーラも自ら志願する。しかし、


「お前達、今回はこの年寄りに譲っておくれ。キョウセイは長年あたしの盟友だった、あたしがヤツに引導を渡してやるわえ」


 何とタヌルバルド元帥が自ら(おもむ)くと言い出した。

 タヌルバルド元帥とキョウセイとは”稀代の魔女”、”麒麟児”と呼ばれ、クレストルとグレナを代表する参謀として時に同盟国として協力してドガ王国や聖王国にあたり、意見を戦わせてきた。

 互いの能力を認めていただけに、タヌルバルド元帥はキョウセイの狂乱っぷりを見ていられないのだろう。


「陛下、このメリーシュメリー、いくつかお願いがあるんですが・・・」


「何でしょう?」


「実は―――」



 ランダールのバサット将軍はラズールのロッカリン少将と連絡を取り、ランダールから七千、ラズールから五千の兵を出して当たることを決めた。

 参謀のサクザは、


「相手は”麒麟児”キョウセイです、何をしてくるかわからない。ランダール・ラズールの守りは固くしておくべきです」


 との進言から両都市には五千づつの兵を残すことにした。

 バサット将軍はレノーム方面に多数の斥候を放ちつつ、ロッカリン少将の軍と合流し陣を敷いた。斥候の情報ではキョウセイ軍はレノームからまっすぐ北上しており、このままだとランダール・ラズールと等距離の場所にある草原で激突する事になりそうだった。

 草原と言っても季節は晩秋から初冬と言って良く、草は枯れ、見通しも悪くない。キョウセイ軍の規模はおよそ八千人、正面衝突ならばクレストルに分がありそうだが果たして・・・。



 一方王都を出発したメリーシュメリーはラズールに早馬で伝令を出し、兵二千に工兵隊の装備をさせてリンカ峠へよこす様に命じていた。

 ラズールの留守を任された将はその意図が分からなかったが、軍のトップ元帥の命令に従ったのだが、この話はここまで。



 両軍は予想通りの草原で対峙した。意外なことにキョウセイは軍をいっぱいに広げた鶴翼の陣を敷いてきた。あまりに広げ過ぎて層が薄く、途切れている個所もある。

 不信を抱いたロッカリンはバサットに報告し、サクザに尋ねた。


「サクザ、これはどういう事だろう?少数のキョウセイ軍が目一杯広げた鶴翼の陣とはどう考えてもおかしい。奴らの狙いは何だ?」


「わかりません、思惑がある事は確かですが、キョウセイ相手に思い込みで行動する事は危険です。まずは軽く一当てして相手の出方を探るのが良いでしょう。いきなり全面衝突すれば敵の罠に陥る可能性があります」


「何かわかる事はないのか?」


 ロッカリン少将がイラつきを隠しながらサクザに詰め寄る。


「申し訳ありません。ただ気になるのは現在南西から強い風か吹いており、敵にとって追い風、我らにとって向かい風になっている事です。大きく展開した事から弓矢の様な飛び道具が考えられます。恐ろしいのはその中に大量の鉄砲がある事ですが、聖王国がそれほど貸し与えるとは思えません。それ故一当てして様子を見るべきと進言しました」


「敢えてこちらからは動かぬ、という選択肢はないのか?」


 バサット将軍が尋ねる。


「あまり良い選択とは思えません。彼らには聖王国の後詰めがあるかもしれませんが、我々にはありません。数で勝っている今、利は速戦にあります。こちらから戦況を動かすべきです」


 バサットはサクザの意見を容れ、オーソドックスな中軍・左翼・右翼を擁した陣で前進した。

 未だ両軍の距離は数百m離れており、矢は届かない距離だし、鉄砲でも射程距離には入っていない。しかしキョウセイ軍で太鼓の音が響き、全軍が動き出した。

 それを見たサクザは足元に目を落とし、取り乱した様子で叫んだ。


「退却!!全軍退却!!!火が来るぞ!!将軍、申し訳ありません!敵の狙いは火計です!!!このままでは火に巻かれてしまいます!!足元に注意すべきでした!」


 足元には鬱蒼とした枯草、そして南西からの山越えの乾いた強風、一塊(ひとかたまり)になった大軍、逃げ場を塞ぐように包囲展開した敵軍、すべてが火計におあつらえ向きだった。


 クレストル軍はやかましいくらい退却の銅鑼を鳴らし、全軍で火を避けようと退却した。しかし、折からの強風にあおられ、火は勢いよく燃え広がる。

 バサット軍はただただ下がるしか出来ない、しかしその先に待つのは絶望だ。


「サクザ!!このまま下がると運河に突き当たるぞ!」


「それでも下がるしかありません!火に巻かれるよりは生き残る可能性が高い!!」


「もう冬だぞ!?運河に飛び込めというのか!?」


「申し訳ありません!」


 火はさらに勢いを増し、運河が段々と迫ってくる。

 クレストル兵の叫びが炎に飲み込まれあたり一面を焼き尽くした。



「破れかぶれで炎に向かって来るか、とも思ったが寒中水泳を選んだか・・・」


 キョウセイが燃え盛る炎を見つめてつぶやいた。


「キョウセイ様、この後はどうされますか?ランダールとラズールどちらを攻めるべきでしょう?」


 部下の将が足元に跪いて尋ねる。


「ラズールだ。リンカ峠を再び封鎖し、首都(王都)との連絡を断つ」


「では西へ転進ですね?」


「そうだ。だが先に連中の生き残りを掃討してからだ」


 やがて小一時間もすると、辺り一面を焼き尽くし、火が沈静化してきた。

 そしてキョウセイたちの目に映ってきた来たものは。


「馬鹿な!!!なぜ対岸にいる!?」


 全軍運河を渡り、対岸で整然と隊列を組むクレストル軍の姿だった。


「どうやって・・・?」


 キョウセイが目を凝らしてみると、運河に何本もの橋がかけられている!


「橋を架けたのか!!」


 キョウセイが狂ったように叫ぶと、一人の女性が進み出てきた。


「この時期、この場所であんたが寡兵で大軍と戦うなら、こんな事になるのは簡単に思いつくわえ。あんたの好きそうな策じゃ」


 メリーシュメリー・タヌルバルド元帥である。


「キョウセイよ今更こんな事をして何になる?本当に狂うてしまったのかえ?今頃レノームでは聖王国軍が町を奪っているじゃろうて。昔命がけで守った国をなぜ捨てるような真似をするんだえ?」


「”魔女メリー(メリー・ザ・ウィッチ)”か・・・。貴様にはわかるまい、己の命よりも大事な者を奪われる苦しみを!」


 そう叫ぶキョウセイの目には狂気が宿っていた。


「おぬしはまだホウジュン殿を恨んでおるのか・・・」


「そうだ!!あの男が私からコウリンを奪った!!私達は愛し合っていたのに!あの男が無理やりコウリンを奪い、妻にしたのだ!!!」


「もう三十年以上前の話じゃろう、いつまでその心を憎しみで埋め続けるのだえ!?」


「黙れ!元はと言えばお前が私のモノにならなかったから―――」


「またその話かえ・・・。あたしがお前さんと会った時にはあたしにはもう子供もいただろうが?」


「うるさい、黙れ!コウリンはやっと見つけた理想の女性だったんだ!それを奴が奪った!だから私はホウ家から国を奪った!それの何がおかしい!!」


「・・・何を言っても無駄じゃな、お主はお主の心の中に閉じこもってしもうた。世界を閉じ、他者を拒み、恨みと憎しみを糧に生きとる。せめてもの情けじゃ、あたしの手で苦しみから解き放ってやろう。全軍!再び橋を渡って突撃せよ!!」


 クレストル陣に進撃の太鼓が打ち鳴らされる。

 キョウセイ軍は陣形も何もない、一方的に蹂躙され敗走した。


「元帥閣下!!お恥ずかしい所をお見せいたしました!おかげで命拾い致しました!!」


 バサット将軍がタヌルバルド元帥の前に進み出て頭を下げて感謝の意を伝えた。


「将軍、勇猛果敢なのはええが、もう少し知略も磨いた方がええのう。サクザ、これはお主の失態じゃぞ、もう少し周りを観察せい!有利な時こそ大逆転の一手に思いを馳せよ、参謀に息つく暇などありゃせんぞい!?」


 タヌルバルド元帥に叱責され、サクザは恐れ入って小さくなっていた。


「で、元帥閣下、こちらは?」


 サクザがタヌルバルド元帥に尋ねると、


「ああ、今回の戦いに必要だったので連れてきたわえ」


「???」


「さあ!これからが本番じゃぞい!?バサット将軍は左翼を、ロッカリン少将は右翼を率いよ!中軍はあたしが率いる!直ちに陣形を整えよ!」



 クレストル軍が陣形を整えて進軍すると、敗走したはずのキョウセイ軍が何者かと交戦中だった。


「聖王国軍です!聖王国軍とキョウセイ軍が戦っています!!」


「やはりか・・・。キョウセイ、お主もこの結末は分かっていたろうに・・・」



 キョウセイの軍では悲鳴が上がっていた。

 なぜ味方のはずの聖王国軍から攻撃を受けているのか!?

 クレストル軍の追撃に怯え、聖王国軍を見た時には”助かった!”と思ったのに、その聖王国軍が自分達に牙を剥いた。

 混乱の最中(さなか)に一人の兵が聖王国軍の中に一人の女を見つける。


「キョウセイ様!あれは!!」


 兵の指さす先を見たキョウセイは、


「セイラン・・・、貴様も私を裏切るのか!!!」


 キョウセイは血を吐くようの形相で喚いた。


 聖王国陣に入り込んだセイランは、


「ふふふ、どうやら復讐には失敗した様ね、おじいちゃん。もうあなたは用無しだわ」


 そういって右手を挙げた。

 するとセイランの背後に控えていた弓隊が前に進み出て、一斉に矢を放った。その矢は過たずキョウセイの上に降り注ぎ、キョウセイの体を貫いた。

 そこにクレストル軍が到着し、


「グレナ軍下がれ!!武器を捨てて降伏する者は助ける!!武器を捨てて町へ帰れ!」


 と触れ回った。

 戦意を失ったキョウセイ軍の兵達は武器を捨てて我先にと逃げ出し、ラズールやランダールに向けて逃げて行った。


 タヌルバルド元帥は倒れているキョウセイの下に駆け寄り、傍らに座ってその頬を撫でながら言った。


「キョウセイ、因果が(めぐ)ったのう。もうよかろう、休むがええわい。もう苦しまんでええんじゃ」


「メリーさん・・・、どうかホウショ殿をお願いします。あの子を、コウリンの孫をどうかお助けください・・・」


「ふん、やっと素直になれたのう。安心せえ、ホウショ殿にはゆくゆくはルーリー様との縁談を進めるつもりじゃ。クレストル王家に迎えられる事になるわえ」


「ありがとうございます。ホウリョウ殿はホウジュンに似ていた・・・、コウリンの子だと知っていてもどうしても受け入れられなかった。ホウショ殿はコウリンに似ている、笑った顔など瓜二つだ・・・。それでもホウジュンの血を引いていると思うと平静さが保てなかった。ホウリョウ殿には悪い事をした・・・。憎むべきはホウジュンで、子や孫には何の罪もないのに」


「お主がやらんでもいずれホウリョウ殿は破滅していたじゃろう、彼は国を率いる器ではなかった。お主の様な者が補佐してやらねばとても総統など務まらんかったんじゃ、その意味でもホウジュン殿は選択肢を間違えた。お主を敵に回してしもうた」


「身に余る評価です。ああ、思えばあなたが私の初恋だった・・・、そしてコウリンと本当の恋をした・・・。最後に老いらくの恋でとんでもないのを捕まえてしまいましたが」


「あたしが十以上年上で、コウリン殿は十以上年下、セイランに至っては四十以上も年下。お主も物好きじゃのう?」


「セイランの名前までご存じでしたか・・・。あなたとセイランに看取られてコウリンに会いに行く・・・、私の人生の最後は案外悪くありませんね・・・」


「ふぇっふぇっふぇっ、それだけの軽口が叩ければあの世でコウリン殿も快く迎えてくれるじゃろう。最後の最後で正気に戻ったな」


「メリーさん・・・あなたと会えたことは・・・私の人生・・にとって宝・・・だった・・・。でも愛している・・のは・・・コウリン・・です・・・よ・・・」


「ふん、わかっておるわえ。あたしだって未だに死んだ亭主の事を愛しておるからのう?ふぇっふぇっふぇっ」


 タヌルバルド元帥の笑い声を聞きながらキョウセイは静かに目を閉じた。享年六十八歳、不世出とも言われた”グレナの麒麟児”は初恋の女性(ひと)メリーシュメリー・タヌルバルドに看取られてこの世を去った。


 タヌルバルド元帥は兵に命じてキョウセイの亡骸を丁重に運ばせ、自ら陣頭に立って指揮を執る。


「さあお前達!!聖王国の奴らをぶちのめすよ!!ヤマアラシ隊、前へ!敵の弓隊を打ち砕け!右翼・左翼は広がるな!敵を真ん中に集めるんじゃ!工兵隊、花火を上げい!!」


 タヌルバルド元帥の戦術で、戦いは衝突するのが一点に絞られるような戦いになった。

 すると、聖王国軍の中から一人の将が前に出て、八面六臂の活躍を始めた。


「我こそは聖王国軍上将軍ゲネスである!我こそはと思う者は前に出よ!」


 と名乗りを上げた。

 このゲネスという男はかのディオ・バウンス上将軍の後釜に座った男で、現聖王の三男という歴とした聖王国の王族だ。その実力はディオに次ぐと言われているが、真偽は不明。今回の作戦の総大将を務めている。


 前線ではクレストル兵がゲネスの圧倒的実力で蹴散らされている。

 それを見てタヌルバルド元帥は傍らに控える将に、


「ほれ、あんたの出番だよ。行って奴を討ち取っておいで」


 と声をかけた。

 その将はニンマリと笑って、


「わかったのだ!」


 と言って一目散に駆け出した。

 その将シャクリーンはゲネスの前に立ちはだかると、


「おい、シャクリーンが相手をするのだ!」


 と名乗った。


「貴様が”ちっちゃな怪物(タイニービースト)”か、面白い、ディオの時の様な奇跡は二度は起こらんぞ!」


「お前は結構強いと聞いているので楽しみなのだ!」


 対峙するとゲネスは何を思ったか手にしていた槍を投げ捨てた。


「本気で相手をしてやる」


 ゲネスの体が輝きだし、【錬氣】を行使し始めた。

 ゲネスの手に輝く剣が現れる。

 ゲネスの【錬氣】能力は『武器具現化』、『氣』を武器の形に具現化できる能力だ。所謂(いわゆる)『闘氣剣』の様なもので、形状は剣でも槍でも『武器』と認識できるものであれば自由自在だ。


 ゲネスは3m以上離れた場所から剣を振るった。

 シャクリーンは慌てずこれを手にした薙刀で払いのける。

 いつの間にかゲネスの手にしていた剣は形状を変え、3m近い長さの薙刀状に変化していた。


「面白いな!途中で長さが変わったのだ!」


 シャクリーンは目をキラキラさせて嬉しそうに言った。


「ふん!」


 ゲネスが再びシャクリーンの間合いの外から『氣』の薙刀を叩きつける。

 シャクリーンもまたこれを払いのけようと薙刀を合わせた瞬間に、『氣』の薙刀は硬度を失い、鞭の様にしなってシャクリーンに襲い掛かる。


「おわっ!!」


 シャクリーンは驚きの声と共に横に転がりこれを避ける。


「今のはびっくりしたのだ!柔らかくもなるのか!?」


「驚くのはまだ早い、こんな事も出来るぞ!」


 ゲネスはそう言うと、両手に『氣』の剣を出した。

 ゲネスの『具現化』した武器は質量をほとんど持たない。それ故(こん)(つち)と言った打撃系の武器には適さないのだが、切断・刺突系の武器とは非常に相性が良く、両手に武器を持つ事もまるで苦にならない。

 ゲネスは両手の武器でシャクリーンの間合いの外から一方的に攻撃する。

 斬り、突き、鞭のようにしならせて攻撃する(鞭で叩かれてもほとんどダメージはないが、その先端に『氣』の刃が仕込まれている)。

 ゲネスは一方的に攻め立ててはいるが、シャクリーンも丁寧に一つ一つの攻撃を捌いていた。


 戦いを見ていた将の一人が、


「元帥閣下、大丈夫なのでしょうか?助太刀は要りませんか?」


 と尋ねる。

 するとタヌルバルド元帥は笑って、


「そんなもん要りゃせんわえ。あやつめ、まだ遊んどる」


「は?」


 タヌルバルド元帥は目の前で一方的に攻められているシャクリーンが遊んでいると言う。


「それはシャクリーン将軍がですか?」


 将には信じられない。少なくとも自分の目にはゲネスが攻めて、シャクリーンが必死にそれを防いでいる様に見える。


「そうだわえ。お前さん知らんのか?シャクリーンは世界唯一の【錬氣】複数使用者(ダブルキャスター)じゃぞ?そのシャクリーンが【錬氣】を一つも使(つこ)うとらん、使わんでも捌ける自信があるんじゃろう。第一、王都で見たシャクリーンとリキ将軍の戦いはこんな(もん)じゃなかったぞい?」


「はあ・・・」


「こりゃ!シャクリーン、遊んどらんでさっさと決めんか!!」


 タヌルバルド元帥に尻を叩かれたシャクリーンは首をすぼめて、


「わかったのだ!」


 と答えた。


「何をぬかすか、先ほどから手も足も出ないではないか!」


 攻撃を続けるゲネスが(うそぶ)く。


「んー、思ったより強くないのだ。なのでそろそろ終わりにするのだ!」


「やってみ・・・ろ?」


 目にもとまらぬ速さで一気に踏み込んだシャクリーンの薙刀がゲネスの胸板を貫いた。

 引き抜いた薙刀を返しそのまま首を落とす。


「終わったのだ!」


 シャクリーンがタヌルバルド元帥の方を振り向き、ニカッと笑った。


「聖王国軍上将軍ゲネス、ミアナ・ポンフォス・クレストルの家臣、シャクリーン・ペスカニが討ち取ったのだ!!!」


 シャクリーンが勝ち名乗りをあげる。


「これ、いつもリキがやっていて、シャクリーンも一度格好よく名乗ってみたかったのだ!!」


 戦場に於いてもシャクリーンはシャクリーンだ。


「ほれ、お前達!敵は浮足立ってるわえ、三方から囲んで攻め潰すぞい!!」


 タヌルバルド元帥の号令と共に東西から新たな軍が混乱した聖王国軍に殺到する。


「元帥閣下、あれは!?」


 バサット軍の参謀サクザが尋ねる。


「アオズの兵じゃわえ。ホッカクのリキ将軍にアオズの後援を頼んで、アオズの兵を使って東西から回り込ませていたんじゃ。さっきの花火が一斉攻撃の合図じゃよ。アオズは安全地帯じゃからな、リキ将軍の後援があれば多少兵が少なくとも心配はないわえ」


「元帥閣下は聖王国が攻めてくるのをご存じだったのですか?」


「ああ、カーラ・ボーデンハウス副議長の情報でな。ゲネス上将軍が来ている事も掴んでおったよ。じゃから陛下にお願いしてシャクリーンを貸してもらったんじゃ。そしてラズールの兵をリンカ峠に呼び寄せて、峠の拡張工事で出た岩や木材を運搬して運河に即興の橋を架けたのさ」


「信じられません!元帥閣下は神の如く物事を見通しておられる」


「馬鹿をお言いでないわえ、分析と観察と思考、これをしっかりやればわかる事じゃ。あたしらは神じゃなく人間だ、神の如く全知全能でないからこそ努力して成長するんじゃ。お主ももっと精進せい!!」


「肝に銘じます」


 タヌルバルド元帥の叱責を受けてサクザは小さくなって引き下がった。


 戦場はタヌルバルド元帥の思い通りに進んだ。

 聖王国軍もかつての失敗から反省し、総大将を失っても指揮系統が壊滅するという事態は起こらなかったが、王族であり、軍の頂点に立つ上将軍の討ち死にに、もはや戦闘継続の意思はなく、尚且つ新たな二軍から包囲され、とにかく退却を目指して軍を立て直して、少なくない犠牲を出して撤退した。


 タヌルバルド元帥はレノーム攻略は時期尚早と判断して、こちらも兵を下げ、グレナ地方の脅威はひとまず去った形になった。



 タヌルバルド元帥とシャクリーンは後処理を終えてから王都に帰還した。

 ゴダール館に入るとカーラとアンヌが出迎えた。


「元帥殿、お疲れ様です。玉座の間で陛下がお待ちです」


 カーラがねぎらうと、


「いやあ、あんたの情報が役に立ったよ。あれを知らなんだら、ちと面倒な事になっていたわえ」


「それは良うございました」


「それでは元帥閣下、こちらへ」


 アンヌの先導で玉座の間へと向かう。

 玉座には既にミアナが控えており、その両脇にはボーデンハウス宰相とセイア財務担当が控えていた。

 四人が部屋に入ると、シャクリーンはツツーっと歩いて行き、ミアナの傍らにちょこんと立った。ミアナの護衛としてすぐに立場を切り替えたのだろう。


 タヌルバルド元帥は玉座の前に進み、膝をついて、


「メリーシュメリー・タヌルバルド、グレナ地方の騒乱を平定し帰還いたしました」


 と帰還の報告と戦の平定を報告した。


「ご苦労様でした。詳しい説明をお願いします」


 ミアナの求めに応じてタヌルバルド元帥が語りだす。


「そもそもの起こりはキョウセイの野心・狂気から出たものでした。彼は元から前々総統のホウジュン殿に対して恨みを持っていました」


「元帥殿、ここには我々しかいません。いつもの様に気楽に話していいですよ?」


「ふぇっふぇっふぇっ、恐れ入ります。で、ホウリョウ前総統にも意趣があって、病気と称して出仕をやめておったんですわえ。ところがここ数年でホウリョウ殿への国民の支持の低下を見て、ホウジュン殿の子息ホウリョウ殿を排して国を奪い、私怨を晴らそうと考えたのですわえ。たまたまそこにクレビーの謀反が重なり、これを利用してグレナの実権を奪ったのですじゃ。無理な戦をしたのはキョウセイが狂うていたから、国の事などこれっぽっちも考えず、己の気の向くままに戦いを仕掛けていただけですわえ。聖王国軍を引き込んだのもやはり奴でした、後先考えずに今使えるモノを使っただけでしたわえ」


「なぜキョウセイはホウジュン殿に恨みを抱いたのですか?」


「それは・・・ホウジュン殿の奥方コウリン殿が・・・、いや、最初から話すべきじゃろうなあ・・・。陛下、少し長くなりますがお聞きください。今から五十年ほど前、我が国とグレナは共同で軍事作戦を行いました。その時クレストルの代表として、当時参謀部の副議長だったあたしがグレナの臨時首都、当時はランダールはドガに奪われていましてな、ラズールが臨時の首都となっておったんですじゃ。その臨時首都ラズールにあたしが出向いて作戦会議に出席したんですじゃ。その時のグレナ側の代表が売り出し中の”麒麟児”キョウセイだったんですわえ。あたしはキョウセイに気に入られましてな、はっきり言ってしまうと口説かれたんですわえ。十三も年上の子持ちの年増だったんですがなあ。キョウセイは十代の頃から知能がずば抜けておりましてなあ、あたしは初めて対等に議論できる人間だったらしいのですわえ。そんな事から気に入られたらしいんですが、勿論あたしにゃあ亭主もいれば子供もいた、受け入れられるわけはないわさ。帰国してヤツとはそれっきりだったんじゃが、その十五年後くらいに今度はコウリン殿に懸想したらしい。キョウセイはコウリン殿と愛し合っていて先々代総統のホウジュン殿がそれを無理やり奪ったと言っておったが本当の所はどうだかわからん。あやつはねえ陛下、頭だけが成長して、心が成長しないまま大人になってしまったんじゃよ。だから好き嫌いが激しく、思い通りにならない事が我慢できない。少数を以て大軍を討つような痛快な勝ち方を好むのも幼さの表れじゃ。時に残酷な面を見せるのもまた(しか)り、陛下も幼い頃シャクリーンと山を飛んで歩いていたので経験がおありでしょう?子供というものは虫などに思いもよらない残酷な仕打ちをするものじゃ。それと一緒じゃわえ。

 とにかくコウリン殿はホウジュン殿の奥方になった。そしてその事でキョウセイはホウジュン殿に恨みを抱いたんですわえ。そして前総統ホウリョウ殿はホウジュン殿に似ておりましてなあ、キョウセイはそれも許せなかったのでしょう、ホウリョウ殿を陥れ国を奪ったんですじゃ、ホウジュン殿がキョウセイからコウリン殿を奪ったように。

 後はその狂気を暴走させただけ、戦を仕掛け、聖王国軍を引っ張り込み、自滅して死んでしもうたわえ」


「そうでしたか・・・」


「あやつは理解者が欲しかったんじゃろうなあ、あたしが拒絶したのがトラウマになったのかもしれん・・・」


「元帥、あなたが気に病む事ではありませんよ。キョウセイ殿の境遇には同情しますが、今日(こんにち)の結果は彼自身が招いたものです。確かに彼は理解者を求めていたのかもしれません、しかし理解者というものは与えられるものではありません、自ら求めて得るものです。心を開き、心情を吐露して理解してくれる人を得るのです。かつて私も悩みを抱えていました。ですがある時、気持ちを吐き出し、心の内をさらけ出したところ、理解してくれる人を得て、道を示してもらいました。ですがキョウセイ殿は元帥にそれを求めなかった。その時彼が心を開いていれば、とは思いますが、元帥が責任を感じる事ではありませんよ」


「おおおおぅ!!」


 タヌルバルド元帥は目に涙をためて嗚咽を漏らした。彼女は今回の件は自分の過去の振る舞いに責任があるのでは?とずっと悩んでいた。

 自分が戦場に出ると主張したのも、自分の過去に自分でけじめをつけてキョウセイに引導を渡すつもりだった。最後の最後にキョウセイは正気に戻ったとはいえ彼女にとっては苦い思い出以外の何ものでもなかった。

 しかし、ミアナの言葉にタヌルバルド元帥は救われた。キョウセイには同情すべきだが、その責任を負うのはタヌルバルド元帥ではないとミアナははっきり言ったのだ。

 思えばタヌルバルド元帥は誰かにそう言ってもらいたかったのだ。ミアナが言ってくれた事によって心の奥に溜めていた感情が一気に噴き出してしまった。


「陛下、ありがとうございます。このメリーシュメリー・タヌルバルド長年の胸のつかえがとれましたわえ。”理解者は与えられるものではない、自ら求めて得るものだ”、あたしゃ八十年も生きてきてそんな事もわからんかった。陛下のお言葉であたしの心が救われましたわえ」


「まあ!それは良かったわ!」


「ところで陛下、陛下のご自身のお話は惚気(のろけ)ですかな?」


「へ!?」


「陛下の理解者とはあの男の事でございましょう?」


「えっ!?ええ、そうです・・・」


 ミアナは耳まで真っ赤にして答えた。


「ふぇっふぇっふぇっ、こりゃあてられましたな」


 タヌルバルド元帥が一矢報いたところで、


「ちょうどリキの話が出たところで今回の事とこれからの事を陛下に報告しておきましょう」


 敢えてタヌルバルド元帥が”あの男”とぼかしたのに、カーラは身も蓋もなくリキの名前を持ち出した。


「えっ!?リキ!リキが何か関係があるの!?」


 ところがミアナの方も食いついた!


「今回の作戦はリキの北方統一の為の布石です。バヌを奪ったのはラクアン攻略のための海軍の軍事拠点とするためです。さらにその時海軍の中心に考えているシーイに実戦を経験させました。シーイに関してはケイ攻略時にもキカ川を遡ってイヒョウ湖へ出てもらうつもりです。その為にもバヌ攻略が必要でした。グレナ側に関しては突発的な事件でしたが、元々もう一度聖王国を叩いておこうという事になっていたのでちょうどいい機会でした。リキが北の事にかかりっきりになっている間に聖王国に動かれると面倒でしたからね。ですので、ゲネス上将軍を討てたのは幸いでした、聖王国軍はまた軍編成をやり直さなければならなくなるでしょうから」


「そうだったの・・・。でもケイ攻略は分かるけど、ラクアンのシュンピ山城の攻略はどうするつもり?難攻不落で、過去に聖王国軍が一年半以上包囲しても落城しなかったのよ?」


「シュンピ山城攻略に関しても既に我々の頭の中には攻略法が出来上がっています。条件を整えなくてはなりませんが、お任せください」


 カーラの言葉にタヌルバルド元帥とアンヌ議長も力強く頷いた。


「わかりました!それではこれよりドガ王国統一の為に動き出しましょう!」


「「「ははっ!!」」」




 リキ達の戦場は再び北方対ドガ王国戦に舞台を移してゆく。

 今回は初めてリキが全く出てこない話になりました。シーイとメリーシュメリーのお話です。シーイの話の方はほぼ構想通りでしたが、メリーシュメリーの方は全く違う方向へ行ってしまいました。当初グレナへ出向くのはカーラの予定でした。しかし、クレストル軍首脳トップ3のなかでメリーシュメリーの活躍だけが未だ書かれていないなあと思い、急遽元帥出陣の運びとなりました。そうしてみると、キョウセイとの関係をもう少し掘り下げてみようとか、キョウセイの過去と狂気の原因について触れておこうとか色々アイデアが浮かんできて結構スムーズに書けました。ゲネス上将軍についてはもう少しいい役のはずでしたが(その為にわざわざディオにゲネスの名を言わせたんですが)、シャクリーンの咬ませ犬になってしまいました。おかげで聖王国編は考え直しです。

 と、今回の話はこれくらいにして、次話ですが本編とはあまり関係ない短編を書きます。予定ではまたしても主人公リキの出番なし!戦争の話ではなく、日常の話になります。


 さて、今回この場を借りてこの物語の世界観の内、”名前”に関する話をしたいと思います。

 この世界の名前には二つの系統があります。聖王国系とドガ王国系です。

 聖王国系は聖王国、クレストル、旧小国家連合がこれに属します。これらの国では人名は、[名]・[姓]の順番で表記します。これはこの系統に属する国がもと聖王国だったことに起因します。さらにクレストルでは王族に限り[名]と[姓]の間にミドルネームが入ります。このミドルネームという習慣はクレストルが発祥でいくつかの小国家でも採用されています。もうひとつクレストル王家の名前の慣習に”ミドルネームはパ行で始まる”というのがあります。ミアナはポンフォス、父ワナードはポグニス、兄ルーミガはパレッカ、クレビーはペカント、弟タンドナはピレリー、妹ルーリーはプルワスイ、甥ヤモンドはパーライズと皆パ行から始まります。

 実は同じような習慣がリキの両親の祖国楼丸国にもあります。楼丸国では王族の名は、ら行で始まります。母はレイラ、母の兄がレオ、母の弟がリョウゴ、そしてリキです。

 聖王国では王族には[姓]がありません。これは日本の皇室をイメージしてもらうとわかりやすいかもしれません。聖王国では[姓]は王が臣に与えるもので、与える側の王族には[姓]がないんです。なのでゲネス上将軍にも[姓]はありません。聖王に至っては即位と同時に[名]も無くなります。第○○世聖王と呼ばれるだけです。日本の天皇陛下と違って名前自体がなくなります、それまで呼ばれていた(例えばゲネス)名前はなかった事になるのです。

 一方のドガ王国系ですが、こちらはドガ王国とグレナがこれに属します。[姓]・[名]の順で表記します。こちらも両国が元々ドガ王国であった事に起因します。姓・名ともに短く、昔の(三国志くらいの)中国の名前をイメージしています。例えばドガのエンソウ、エンパン兄弟はエン家のソウ、パン兄弟という事です。グレナならホウ家のリョウ、ショ親子という具合です。

 ただし、グレナの場合はラディオリやレフィ、ロイの様に聖王国系の名前を持つ者もいます。これは元々グレナは聖王国の領土だった時の名残で、グレナ(当時はドガ王国)に占領された後もその地に残り、名を伝えていった人達の子孫という訳です。

 地名にも同じような事が言えます。地名を見るとかつて大デミルズ島が聖王国とドガ王国で二分されていた境界線が分かります。東からアオズ、イケイ、ホッカク、ギョウ、リッキョウ、サボイ、バンドウ辺りまでがドガ王国の領土でした。ランダール、ラズール、クレストル王都、ベッテト、カルード辺りまでが聖王国領でした。ですからグレナには聖王国系の名が残っているんですね。逆にクレストルにドガ王国系の名が残っていないのはクレストル王国が改姓を強要したからです。グレナは国家の規模が小さく(小国家2~3か国分程度の国力)、改姓を強要する事で国民に分断が起き、国が割れる事を恐れたために出来なかったのです。


 地図が出せればもっとわかりやすいんですが、「みてみん」とかよくわからんのですよ・・・。

 また気が向いたらこの世界の設定とかを書いてみたいと思います。

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