side:南魅雷 『輝きの裏の闇』
『姉さん』
私を呼ぶあの子が居る。
『姉さん、待ってよ』
あの子は私を追い掛けて来る。
『大好きだよ、姉さん』
止めて。私は貴方が大嫌いなのだから。
◆
「姉さん」
ふと我に返ると、いつもの明るい笑顔を振り撒くあの子が居た。
「どうしたの、雷稚」
「姉さんは大学に行ったら一人暮らしをするの?」
「えぇ、そうよ」
「そっか……寂しいな……」
私の言葉を聞いて、落ち込む雷稚。
ねぇ、どうして貴方はこんなにも真っすぐなの?
「……たまには帰ってくるわ」
「本当に!? そっか、良かった!」
嬉しそうに笑って言う。
その笑顔が眩しい。
あぁどうして、こんなにも私とこの子は違うのだろう。
どうしてこの子は周りから好かれ、溶け込み、幸せな生活をしているのに私は独りなんだろう。
憎らしくてしょうがない。
ずっとそうだった。
私は成績優秀で、見た目だって控えめに言っても良い方だと自覚している。
だけど周りはそんな私を疎んだ。
『何あれ、一人でも出来ますって? なら一人でやれば良いじゃない!』
『●●●くんが魅雷ちゃんのこと好きだって言ってた……自分が可愛いからって、そうやって他人の好きな人を惑わすのやめて欲しいよね』
『あいつ女子に嫌われてるんだってさ。そういうやつってろくなやつ居ないよな』
『頭良いからって調子に乗ってるんだろ、馬鹿じゃないの』
なんで、なんでそんなことを言うの?
必死に笑顔で接しても、その笑顔が男子に媚びを売っていると言われ、逆に一人で居れば調子に乗っていると言われる。
私の居場所はどこにもない。
そう思ったの。
家に帰れば雷稚が嬉しそうに「おかえり姉さん!」なんて言うから
「ただいま」
って笑って言うしかないの。
泣き言なんて、言えなかった。
雷稚は昔から成績は常に上位だし、見た目だって悪くない。
だけど雷稚は私とは違ったの。
あの子はみんなに愛された。
雷稚の側にはいつも人が居た。
雷稚がいつも輪の中心になって笑ってた。
ねぇどこが違うのかな、貴方と私。
私は貴方が嫌いだったの。
ずっとずっと、嫌いだったんだよ、雷稚。
大学に入っても私は独りぼっちだった。
今まで一人だったから、誰かと一緒に居るのは難しくて。
「あ、南さん!」
振り向くと男の人が居た。またか、と思った。
「……何?」
「時間あったら、お茶しに行かない?」
「……結構です」
男の人なんて嫌い。
みんな私の表面ばかりを見る。
それに私の身体は昔を思い出して、男の人を無意識に拒絶するみたいだ。
「はぁ……。どうして上手くいかないの?」
今日は、実家に忘れ物をしたから取りに行かなきゃいけない。
「会いたくないな……雷稚に」
つい溢した言葉は、誰に届くこともなく消えた。
◆
「姉さん!? おかえり! どうしたの?」
ちょっとだけ、居ないかなって期待したけど、そんなことはなかったみたいだ。
高等部に上がってすぐ友人が出来たと聞いていた。
雷稚は友達作りが本当に上手だ。
「忘れ物しちゃったの、すぐに帰るわ」
「そう、なのか……」
「また帰ってくるから」
「やった! 約束だぞっ」
あぁ本当に、どうして貴方はこんなにも眩しいの。
貴方を妬んでいる自分が恥ずかしい。
忘れ物をとって、早々に家を出た。
「あのっ、もしかして……雷稚のお姉さん、ですか?」
突然、声をかけられて振り返る。
知らない人だったけど、雷稚と同じ制服の少年だった。
「……そうですけど、どなた?」
「俺、同じクラスの黒川瑞希っていいます。後ろ姿が似てたので、そうかなって」
雷稚と似ていると言われて、ちょっと不機嫌になる。
似ているのは、容姿だけだわ。
「あぁ、瑞希くんね。雷稚が言っていたわ、『新しい友達が出来た』って。有難うね、雷稚と友達になってくれて」
瑞希という少年はちょっと照れながら、でもとっても嬉しそうにして。
「いえ、雷稚に声をかけて貰って、俺すごく嬉しかったんです。だから、お礼を言うのは俺の方。雷稚には感謝してます」
雷稚がこの子にどんな影響を及ぼしたのかを私は知らない。
けれど、なんで雷稚はこんなにも人と上手くやっていけるのだろう。
どうして私はダメで、どうして雷稚は……っ
けれど私は、そんな想いを表には出せない。
「そう……それは良かったわ。雷稚を、よろしくね。それじゃあ私は大学に戻るから、これで」
「あ、引き止めてすいませんでした。こちらこそ、よろしくお願いします」
そう言って笑顔で私を見送る彼をとっても良い子だと思った。
雷稚の友達はこんなにも良い子なんだね……。
雷稚を羨ましく思う。
どうしたらあんな風に、なれるんだろう。
◆
「南さん」
またあの人だ。
「……お茶なら、行かないわ」
「今日は違うんだ。ちょっと紹介したい人が居て……神楽」
「こんにちは、南魅雷ちゃん。魅雷だし、みぃちゃんで良いよね。俺は神楽ミカル、よろしくね」
「みぃちゃん……?」
聞き慣れない呼び名に驚きを隠せない。
何、この人。
初対面で馴れ馴れしい彼に、不快感を覚える。
「仲良くする気なんてないわ」
「あらら、冷たいなぁ。まぁみぃちゃんらしいかな、それも」
「まるでずっと見ていたような言い方ね」
「見てたよ、君のこと。すごく浮いてるし」
はっきり言われてカチンとくる。
私、この人大嫌い。
「私、もう行くわ」
「そっか。じゃあね、みぃちゃん」
「……みぃちゃんって呼ばないで」
なんでこんな奴ばかり構ってくるんだろう。
本当に、大嫌い。
雷稚もこの人もみんなみんな、大嫌い。
どんなに優れていても、何も上手くいかないわ。
「……大嫌いよ」
雷稚、私は貴方がとっても妬ましい。