表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

side:黒澤紫 『記憶の奥に』



 繰り返し、同じ夢を見る。

 真っ赤に染まる地を見つめる、僕によく似た少年の夢を、繰り返し、繰り返し。

 彼の手には、二丁の拳銃。

 愉しそうに笑っているのに、どこか悲しげで。

 そして彼は愛おしそうに、ある人物の名を呼ぶのだ。


『早く来て、―――』



 ◆



 目を開けると、目の前には見慣れた天井。

 また、あの夢を見ていたようだ。


「……思い出せない」


 彼が呼んでいた名前を、僕はいつも覚えていない。

 まるでそれは、「忘れろ」と言われているようで。


「忘れてはならない、そう思うのに」


 どうしてだろう。

 忘れていた方が、いい気がする。


「おはよう、紫」


 玄関の扉を開けると、いつもと同じく彼が居た。


「おはよう、霧夜」


 薄い水色の短髪が、とても似合う整った顔立ちの少年。

 僕の大切な、幼馴染。

 そのまま僕は彼と並んで、ゆっくりと学校へ向かう。

 途中で同じく幼馴染であり、同学年の友達でもある銀來と紗羅と合流した。


「今日、紫たちは?」


 紗羅の問い掛けは、仕事のことだとすぐに分かる。


「今日は休み」


「そっか。じゃあ私達は仕事あるから、先帰ってて」


「分かった」


 僕達は、《死神》だ。

 霊感がある僕達にしか出来ない、特別な仕事。

 銀來と紗羅は前世から《死神》だったと聞いた。

 霧夜はそれ以前から、ずっとこの仕事をやっている。

 現世から《死神》になった僕は、何も知らない。


 僕と霧夜は、小さい頃からずっと一緒だった。

 家も近いし、霧夜は気がついたら僕の隣に居るのが当たり前になっていた。

 霧夜は小さい頃から大人びていたけれど、その理由を知ったのは、僕等が小学校に上がったときだ。


『しに、がみ……?』


『そう、《死神》。紫、俺と一緒に《死神》にならないか?』


 僕は霊感があったから人には見えないものが見えていたし、ずっと傍に居たから霧夜もそうだと知っていたけれど、《死神》にならないかと突然問われ、僕は困惑した。


『きりやは、しにがみなの?』


『前世は、《死神》だった』


 “前世”

 言われて初めて意識した。

 自分が“自分”である前の、自分。


『ぼくのぜんせは、しにがみ?』


『紫は、違うよ』


 あぁなんだ、僕は違うのか。

 そう思って少しだけ落ち込んだ。


『きりやは、ぜんせをおぼえているの?』


『あぁ、覚えてる』


『そっか』


 だから霧夜は僕よりずっと大人なんだな。

 そう納得した。


『うん、きりやがしにがみなら、ぼくもしにがみになるよ』


『良い、のか……? 本当に……?』


 霧夜は不安そうに尋ねる。

 でも僕は、決めているから。


『ぼくは、きりやのそばにいるよ』


 それはまるで愛の告白のような言葉。

 甘い甘い、束縛の言葉。


『紫……っ』


 急に抱きしめられて、また困惑する。

 霧夜は僕を力強く抱きしめて、僕に聞こえないくらい小さな声で呟く。


『紫、今度こそお前を守るから……』


『きりや?』


『大好きだ、紫』


『ぼくも、きりやがすきだよ』


 愛の言葉を交わし、抱きしめる。

 いつからだろうか。

 こんなにも、愛おしく思ったのは。

 それはまるで魂に刻まれているかのように、ごく自然に生まれた感情だった。



 ◆



「ごめん霧夜、遅れ―――……霧夜?」


 僕は先生に呼ばれていて、霧夜には教室で待っていてもらった。

 教室に戻ってきたら、霧夜は机で頬杖をついて眠っているのが見えたので、思わず言いかけた言葉を飲み込む。

 起こさないようにそっと近づいて、霧夜の前の席に座った。

 霧夜の綺麗な顔を見つめるのは、好きだ。

 水のように透き通った髪がさらさらと揺れて、霧夜の頬に触れて離れる。

 ――そう、僕は霧夜が好きなんだ。


「紫稀」


 聞こえるか聞こえないかくらいの小さな呟き。

 けれどそれは、確実に僕の耳に届いて。


 “紫稀”


 懐かしい響きがするのに、僕の記憶には刻まれていない。

 知らない。

 知らないはずなのに。


 “思い出せ”


 そう、誰かが言っている。

 霧夜を見つめれば、彼は穏やかに笑っていた。

 その顔を見て、僕の胸が酷く痛む。

 あぁ、嫉妬しているのか……僕は。



 しばらくすると、霧夜が目を覚ます。

 目の前に居る僕を見て、不思議そうにしていた。


「どうした、紫」


「別に……」


「……あぁ、すまない。俺はいつの間にか寝ていたのか」


「……別に、それは良いよ。待たせたのは僕の方だし」


 「紫稀」と呼んだ誰かを想って、霧夜が幸せそうな表情をしていたから――だなんて言えるわけがない。

 僕は霧夜の、幼馴染でしかないのだから。


「紫……」


「さぁ! 仕事行こうか」


 気分を変えよう。

 笑顔を見せれば、霧夜は何故か悲しそうな表情を返した。



 ◆



「お疲れ様、霧夜、紫」


「有難うございます」


 仕事を終えて拠点へ戻れば、隊長が迎えてくれた。


「さすがだね、二人とも」


「僕はまだまだ霧夜に追いつけていません」


「そんなことはないさ。霧夜にここまでついていけるのは、君だからだよ、紫」


 隊長はそういって穏やかに笑った。

 そんな隊長の言葉を聞いた霧夜は、何故か今度は幸せそうに笑っていた。

 仕事を終えて帰り道。

 霧夜の少し前を歩く僕。


 “ねぇ、―――”


 突然過ぎる、あの夢。

 夢にしては妙に引っ掛かる。


『僕が死んだら、君の鎌で引き裂いてくれないか、僕と世界を』


 今度ははっきりと、まるで記憶の一部であるかのように映し出された。


『好きだ、』


「……子瑠斗」


 ――思い出した。

 あの夢に出てくる青年の名を。

 子瑠斗。子瑠斗。

 ひどく懐かしく感じる名だ。

 すると、僕に続いていた足音が消えた。

 どうしたのかと振り返れば、何とも言えない顔をした霧夜がそこにいた。

 よく見れば、少し雰囲気が彼に似ているかもしれないな、とか考える。


「むら、さき……今……なんて……」


「夢に出てくる人の名前、子瑠斗って言うんだ。今思い出した」


 ずっと思い出せなかった、名前を。

 霧夜は泣きそうになって、少し離れた距離を走った。

 そして重なる。


「紫……紫……!」


「い、いきなり何!!? びっくりするじゃないか!」


「好きだ。俺はお前が、好きだ」


 好きだと繰り返す霧夜に驚きつつも、僕は彼の背中に手を回した。


「僕も……霧夜が好き」


 僕の好きは“幼馴染として”の好きではないけれど。

 霧夜の好きと僕の好きは、きっと違う。


「……ねぇ、霧夜」


 霧夜に問い掛ければ、「なんだ」と震えた声が返ってきた。

 泣いているのか……?


「さっき、お前寝言を言っていたんだ」


「寝言?」


「ねぇ、紫稀って誰?」


 “紫稀”という名が紫の口から出るとは思わなかったのか、霧夜はひどく動揺を見せた。

 僕はそれに、苛立ちを覚える。


「霧夜」


 見つめて名を呼べば、ばつが悪そうに視線を逸らす。

 答える気はなさそうだ。

 霧夜が僕に知られたくないこと。

 悪い考えばかりが浮かんでくる。


「……霧夜の、好きな、人?」


 口にしてしまうと、今にも泣きそうだ。

 霧夜は僕の方を見る。

 そして驚いたような顔をしていた。

 あぁ、きっとそれは僕がひどい顔をしているからだろう。


「……紫稀は、」


 言いかけてやめる。

 どうして、そんな顔をするんだ。

 僕は耐えられなくて、逃げ出そうとした。

 それに霧夜は気づいたのか、向きを変えて走り出そうとした僕の腕を引いて、自分の腕の中へ納めた。


「待ってくれ、紫」


「嫌だ! 離して霧夜!」


「紫稀はっ…………お前の前の名だ、紫」


 躊躇いがちに言われたその言葉は、僕が想像してものとはまったく違っていて。

 上を向けば、霧夜も下を向いて僕を見ていた。

 距離が、とても近い。


「僕の、名前……?」


「お前には、前世も来世も気にせずに今を生きてほしかった。だから、言うのを躊躇ったんだが……」


 そういう霧夜の顔は、複雑な感情をあらわにしていたけれど、僕は霧夜が僕を想ってくれていたことが嬉しくて、笑った。


「僕の、前世……初めて、知れた……」


「前世を知りたかったのか……?」


「あぁ。だって僕だけ知らない。銀來も紗羅も知っているのに、僕だけが。だからずっと、知りたかった」


「俺は、紫に今を生きてほしいから、知ってほしくなかった。知れば、紫はきっと過去に囚われてしまうから」


 そういう霧夜は、ひどく辛そうで。

 そんな風に僕を大切に想ってくれる霧夜を、愛おしいと思った。


「紫」


 名を呼ばれたと思えば、霧夜の唇が僕の額に触れた。

 顔が朱くなるのが分かる。


「きり……っ……」


「愛してる、お前を、今も昔も、愛している」


 霧夜が僕の身体を離す。

 僕は霧夜の方へ向き直る。


「あ、愛してるって、その、お前のは」


「幼馴染としてじゃない。お前を、ずっと俺は好きだった」


 霧夜はふわりと笑った。

 その笑顔がまた僕の心臓を跳ねさせる。

 記憶の奥に眠るあの人は霧夜なのだと、確信した。

 僕もずっと、前世からずっと、お前が好きだったんだ。

 僕は言葉をうまく紡ぐことができなくて、唇を重ねることで、気持ちを彼に伝えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ