side:目黒紫稀 『たった一人の友達』
別の場所で掲載しているものとはタイトルを変えています。
『温もりのない身体』と中身はほぼ一緒です。
だいぶ昔に書いたものたちなので、タイトルがしっくり来ないものは変えています。ご了承ください。
気がついたときには、僕は一人ぼっちだった。
生きていくのも困難で。
そんな僕を拾ってくれた人は、僕に戦う技術を身につけさせ、死んでいった。
そしてまた、僕は一人になった。
生きていく為に学んだその技術で、暗殺の仕事を請け負った。
僕が十二歳のとき。
幼心に負った傷は、いつしか癒えぬほどに深く、深くなっていた。
赤い液の滴る剣。
返り血で汚れた服。
僕はいつの間にか、暗殺者となっていた。
人を傷つけることは快楽に変わり、仕事外では鞭を振り回し遊ぶ。
こんな自分が、怖くて堪らない。
「ねぇ、もっと僕を愉しませてよ?」
◆
僕には昔から霊感があって、人を殺る度に魂を見てきた。
僕に対する怨みも、死に対する恐怖も、彼らにぶつけられた。
だから死ぬのは、とても怖い。
ある日、一人の青年を見かけた。
それは周りに似合わず、とても儚く綺麗で。
「君、何してるの?」
声をかけたら酷く驚かれた。
どうしてそんな顔をするのかと思ったが……あぁ。僕がこんなにも血で汚れているからか。
「君、綺麗だね。ここに似合わない」
血に汚れたこの場所には。
彼は透明感のある薄い水色の髪で、真っ白な服を着ていた。
そんな彼を見て、とても綺麗だと思った。
「俺が見えるのか……?」
しかし彼は、僕が思っていたのとは違うことを問うた。
何を馬鹿なことを。
「見えるけど……それ、鎌?」
彼は僕を真っすぐに見据える。
僕に臆することなく近づいてきて
「目黒紫稀、だな」
僕の名を口にした。
「……君は何者?」
反射的に距離をとる。
すぐに攻撃に移れるように銃に手をかけた。
「俺は《死神》。お前の調査に来た。……霊感があるんだな」
死神?
確かに、僕には霊感はある。
死神という存在も、居てもおかしくはないと思っていた。
でも、
「なんで僕?」
「お前の、専属の《死神》を任された」
「僕の、専属死神……?」
どういうことだろう?
「お前関連の仕事が多過ぎて、この地区の《死神》の手には負えなくなった。だから他の地区だった俺が呼ばれて、お前関連の仕事にあたる」
「ふーん……」
まぁ僕には、関係ないことか。
「で、君はどうするの? まさかずっと僕について来るわけじゃないんでしょう?」
「あぁ、仕事の時だけだ」
「そう……」
期待などしていない。
僕は一人で生きてきた。
だから別に、これからだってそれでいい。
期待なんか、していない。
「なら死んでくれ」
当たったはずだ。なのに。
「なんで、無傷なんだ……?」
僕の驚きに対し、彼は静かに答える。
「もう既に死んでいる」
その日は、それ以上何もなく。
彼はそのまま僕を振り返ることもなく去って行った。
◆
「何故泣く」
振り向けば彼が居た。
彼が居ることに、僕は気がつかなかった。
暗殺の仕事を負うようになってから、ずっと感覚は鋭くなっているはずなのに。
「別に、お前には関係ない」
あれから幾度となく現れる彼。
いつもはただそこにいるだけで、会話なんてしていなかった。
僕が殺した人の魂を、ただ回収していくだけ。
僕のことなんて何も興味がないとでもいうように。
そんな彼に、こんな姿を見られてしまうなんて。
「お前は、何がしたい」
珍しく彼が僕に興味を示している。そのことに少しだけ驚く。
僕がしたいこと……。
ふと頭に過ぎった言葉をすぐに消し去る。
「何も望んでなどいない」
「……そうか」
なんで悲しそうな顔をするんだ。
お前にとって僕は、ただの仕事相手のはずなのに。
「泣きたい時は、泣けば良い」
後ろから手で目を覆われた。
冷たい手の平。
「何するんだよ」
「お前を、もっと知りたい」
なんでそんなことを言う?
「意味分からない」
「俺自身も、よく分からない」
冷たい手の平を握る。
本当に、死んでいるんだな。
「……名前」
「ん?」
「お前の名前、僕知らないから。呼べない」
「……子瑠斗」
「子瑠斗か。うん、子瑠斗」
その名を、何度も何度も胸の内で繰り返した。
僕の、たった一人の友人の名だ。
君は、そうは思っていないかもしれないけれど。
◆
「子瑠斗」
いつしか彼が居るのが当たり前になっていた。
彼が来るのは決まって仕事の後だったけど、最近では何もない時でも居たりする。
「紫稀、ちゃんとご飯食べてるか?」
「過保護」
それに、何故か最近は過保護に僕の生活に口を出してくる。
君が来る前から僕の生活はこうだし、今更そんな風に口を出されても困る。
「ねぇ、子瑠斗。《死神》について教えてくれない?」
「なんだ、いきなり」
「お前ばっかり僕を知ってて、僕はお前のことを知らない。教えてよ、お前のこと」
「……分かった。何から話そうか」
僕はそうして子瑠斗の話で《死神》について知った。
そしたらその仕事に興味が出てきた。
いつか、僕は子瑠斗の舞が見たい。
きっと、彼の舞う姿は誰よりも綺麗だと思うから。
◆
「また、泣いているのか」
もう君と出逢ったばかりの頃みたいに、この涙を隠そうとはしない。
子瑠斗は悲しげに笑って、背中を合わせた。
「変わらないな」
「煩い。これでも、もう僕は十五だ」
「まだ、十五だ」
「……すぐに追いついてやる」
涙の理由は聞かない。
でもきっと、子瑠斗は分かっている。
僕はくるりと回って、子瑠斗の背中に抱き着いた。
「……珍しいな、紫稀」
「煩い。あと冷たい」
「仕方ない、死んでいるんだから」
少し困ったような声で、子瑠斗は答える。
改めて言われるとグサリとくる。
子瑠斗は死んでいる。
周りの人には見えないし、霊感がないものには存在さえないものとされる。
だからこそ、僕の特別。
僕だけのモノだ。
冷たい身体。
いつしか僕も、君のように死ぬのだろう。
怖い。
死ぬのは、とても怖い。
けれど、いつか死ぬのなら、僕は君の鎌で最期を迎えたい。
「子瑠斗」
「なんだ」
「僕が死んだら、君の鎌でこの世界から切り離してほしい」
僕はそう言って笑えば、子瑠斗は驚いた様子を見せる。
これは僕の願い。
君に送ってもらえるなら、きっと死ぬのも悪くないと思える。
――あぁ、そうだ。
そしたら死ぬ前に、あれも伝えよう。
一度も言ったことがない。言うつもりもない言葉。
でも、最期くらいはかまわないだろう。
「君は僕のたった一人の友達だ」って。