side:子瑠斗 『お前のいない世界で』
「ねぇ、子瑠斗」
「なんだ、紫稀」
これはいつもと変わらない日常の、一欠片。
俺と紫稀の、記憶の一欠片だ。
「僕が死んだら、君の鎌で引き裂いてくれないか、僕と世界を」
紫稀が突然そんなことを言い出すから、俺は吃驚して問い返す。
「いきなり、なんだ」
「ずっと考えてたことだよ。僕は君の手で、天へ送られたい」
紫稀はそういって静かに微笑んだ。
他意を含まないその微笑みが眩しくて、俺は目を細める。
「……分かった、約束する」
この日が訪れることを、俺は恐れていた。
でも、目を逸らすことは許されない。俺は《死神》なのだから。
◆
「今日は何の日でしょーか!」
無邪気に笑う紫稀。
知っている、今日はお前の。
「紫稀の、誕生日」
「当たり! 僕の二十五歳の誕生日だ。子瑠斗、僕は君に追いついた。君と同じ、二十五歳だよ!」
「あぁ、おめでとう」
大人になった紫稀は、前よりずっと綺麗で、強い人になった。
あの頃から変わらぬ、その無邪気さを残して。
けれど、俺は知っている。その時はもう近くに迫っていた。
(もうすぐ……もうすぐだ……)
覚悟を決めなくては、ならなくて。
彼の死期が近い。
紫稀が、死ぬ。
そのことを考えるだけで、苦しい。人の死など、今まで数え切れないほど見て来たのに。
俺はいつからこんなにも、紫稀を愛おしく想い始めたのだろう。
今ではもう、分からないことだ。
俺の《死神》としての生は長い。
それに死してなお《死神》として生き続ける俺は、もう規定の何倍もの時間を死んでからの《死神》――SSランクの《死神》として生き続けているのだ。
死神主人に「いい加減転生しろ」と言われながらも、わざわざ転生を先延ばしにしてまで彼の側に居る理由。
元々、もう新たに人として生きる必要はないと思っていた。
だから転生を断っていたし、このままで良いと言っていたのだが。
紫稀が心配だから?
紫稀が可哀相だから?
紫稀が寂しがるから?
……違う。
俺が紫稀を、好きだから。
気づいたのはいつだろう。
紫稀が幸せになることを祈ってた。
紫稀の仕事は、紫稀を傷つけるものだ。
紫稀が誰かを好きになれば良いと、ずっと思っていた。
俺ではない、ちゃんと「生きている」誰かを。
――あぁ、彼が愛おしい。
死した身で何が出来るわけでもない。
ただ側に居て、紫稀を見守るだけしか出来ない自分。
《見えない人》にとって俺は、存在しないものなのだから。
◆
「紫稀!!」
紅く血で染まった紫稀の身体が、冷たくなっていく。
「子瑠、斗……」
かろうじて聞こえるくらいの囁き。
お前が死ぬことを、俺は知っていた。
「やっぱり、僕一人じゃ……、無理だった、かなぁ……ねぇ、子瑠斗……」
弱気な紫稀なんて、珍しくて。
最期だと紫稀も分かっている。だからこそ、俺は彼に言う。
「紫稀は、強い」
「知ってる」
「弱気に、なるな」
「子瑠斗に説教されるなんて、御免だ」
「生きろ」
「……死神がそんなことを言うの?」
紫稀が微笑む。あの約束を、口にする。
「――、忘れないでね」
「忘れさせてくれないだろう?」
「フフッ。まぁ、ね」
「どうせ誰かがやるんだ。それに、俺は紫稀専属の《死神》だぞ」
俺の言葉を聞いて彼は一瞬きょとんとした顔をすると、面白そうに笑った。
「あぁ、そうだった……忘れてた。ずっと側に居たから」
街へも一緒におりた。
買い物だってした。
……なぁ、紫稀。
どうして俺達は。
息を引き取ってから、紫稀の魂を狩る。
紫稀の声を聞けば、霊でも良いとかきっと思ってしまうから、そうなる前に送天した。
冷えた身体だけが残って、俺はその身体を抱きしめる。
俺も、そろそろお別れだ。
◆
「霧夜」
紫が俺の名を呼ぶ。
俺の大切な、幼馴染。
「ねぇ、霧夜は前世も《死神》だったんでしょ?」
「そうだ」
「良いなぁ……銀來も紗羅も《死神》なのに、僕だけ……。なんかずるい」
あれからすぐ、死神主人は俺に転生の儀式をした。
『子瑠斗』
『はい』
『お前は、転生を先延ばしにした分、周りより多く仕事をしてくれた。だから一つだけ、何か褒美を与えようと思う』
『褒美、ですか?』
死神主人のその言葉に、俺は首を傾げる。
『あぁ。……迷ったんだが、お前と目黒紫稀を同じ時間、同じ世界に転生させる。目黒紫稀の方に記憶はないがな』
『!!?』
それは思ってもみなかったことで、なんて言って良いのか分からずしばらく沈黙が続いた。
そんな我侭が、通るなんて思わなかった。だから願う事すらしなかったというのに。
『……有難うごさいます、死神主人』
『いや、これは私達の為でもあるんだ。目黒紫稀には、来世は恵まれた環境に生きてほしいからな』
それで紫稀は、黒澤紫として転生した。銀來と紗羅として転生した椎名や陸も同じ世代なのは、きっと死神主人からの紫稀へのプレゼントだろう。
「紫、置いていくぞ」
「あ、銀! ちょっと待てよ! ほら霧夜!」
少し先を行く銀來が、紫を呼ぶ。
彼に置いて行かれまいとする紫が、俺の手を引いた。
「銀來、紫が可哀相でしょ。それに霧夜を置いて行かないで」
「悪い、今行く」
紗羅が銀來を叱ると、仕方ないと言うように溜め息を一つつき、足を止めてくれた。
紫に手を引かれながら俺達はは彼等の元へと向かう。
お前が居ない世界で生きていくなんて、もう俺には不可能だ。
大切な幼馴染。
大切な仲間。
たとえお前が覚えていなくとも、俺が覚えている。
銀來も、目黒紫稀という存在を覚えている。
そして今目の前に、紫が居る。
たとえつかの間でも、幸せな日々を送れたら良い。
来世や前世なんて関係ない。
現世を幸せに生きてほしいと、俺はただただ願うのだ。
「紫」
名を呼べば、彼はその足を止める。
手に持っていた、彼の紫色の髪によく似合う黄色のピン留めを、そっと髪につけてやる。
「ん? ピン留め……? 有難う、霧夜」
突然のことに驚きながらも、彼は嬉しそうに笑った。
今度はちゃんと、肩を並べて歩んで行こう。
「好きだ、紫」
「な……っ!? いきなりなんだよっ! き、霧夜のばぁーかっ」
脈絡もなく告げれば、彼は俺の手を離し、顔を真っ赤にして叫びながら銀來達の元へ一人駆けていく。
今度はちゃんと、お前を守るから。
パートナーとして。
幼馴染として。
大切なお前を、守るから。
「ははっ、ごめん。行こうか」
「霧夜、いい加減置いてくけど」
「銀!! もう少し待ってよ!!」
「霧夜ーっ、紫ーっ、はーやーくー! 遅刻するよー?」
いい加減追いつかねば、このまま俺は銀來に置いて行かれるだろう。
仕方ないと、少しだけ足を速める。
既に銀來のところまで追いついた紫の、まだ恥ずかしそうにして真っ赤に染まっている顔を見つめながら、俺は彼の幸せを願った。
【目黒紫稀】
暗殺者の少年。だが暗殺の仕事より、己の快楽のための殺しが多い。武器は二丁拳銃と小刀。仕事じゃないときは鞭も使う。
女には興味がない。ただし強い人なら話は別。
戦いを好むわりに時折悲しい顔を見せる。快楽を得ることに恐怖心を抱いているが、普段はそんな様子は見せない。
戦いは何かを試すような戦い方をする。仕事は冷めた顔で淡々と行う。
仕事がないときは私服で街へ出歩いたりする普通の人。小刀だけは常時忍ばせている。
霊感があるため、死神が見える。紫稀に関する仕事が多すぎるため、死神側が紫稀専属の死神を配置したのが子瑠斗。子瑠斗は好きだが、それを伝える気はない。椎名とは子瑠斗繋がりでちょっとした仲だが、友人とまではいかない。
【子瑠斗】
SSランクの死神。25歳のとき、仕事中に命を落とした。
パートナーはいない、イレギュラーな死神。過去に二回ほど転生しており、死神としてはベテラン。
紫稀の専属の死神になってからは穏やかに笑うようになったり、表情が豊かになった。しかし相変わらず口下手。
他の死神との交流は少ないが、信頼はされている。露々や椎名とはそこそこ仲が良い。普段は担当地区の拠点にいるか、紫稀といる。
名字を名乗らないのは、彼が生きていたときに関係があるらしい。家柄が関係あるとかないとか。詳しくは死神主人以外誰も知らない。
紫稀には過保護な面があり、彼の生活を気にしている。紫稀に恋愛感情はあるが、伝える気はない。紫稀が幸せになることを願っている。