side:高宮椎名 『死神で在る理由』
「怖い、怖いよ、椎名……」
「泣かないで、陸。ほら、僕と一緒に練習しよう?」
それは、小学生の頃の記憶。
死神見習いとして、師匠に特訓を受けていた頃の話。
俺が死神になった理由は、霊感が生まれつき強く、同時に霊を引き寄せる体質であった幼馴染の少女、陸を守るためだった。
生まれつき特別な体質であった陸は、何度も怖い思いをしてきた。
生まれたばかりの頃はまだそれほどではなかったが、年々引き寄せられる霊は増えていた。
そんな幼い頃、俺と彼が出会ったのは偶然だった。
たまたま“仕事”で近くに来ていた彼が、霊から逃げて隠れていた俺達を見つけて助けてくれた。
「しに、がみ……?」
「そうだ、《死神》だ。君達は強い霊感がある。……そして彼女には、霊を引き寄せてしまう力がある」
「ひきよせたら、なにがあるの? りくは、りくはきずつく?」
「分からない。……だが、悪霊が近づいて来ることもあるかもしれない。そしたら、彼女は――」
会ったばかりの俺達に、彼は《死神》という存在について詳しく教えてくれた。
まだ幼かった俺達には、その話の全てを理解することは叶わなかったが、それでも構わなかった。
理解は出来ずとも、今の状況が良くないことはわかるし、彼が自分達を助けてくれたのは変わりがない。
つまり、彼と同じになれば陸を助けられる。俺にはそれだけで十分だった。
「ぼく、りくをまもりたい。しにがみさん、だからぼくも“しにがみ”にして!」
「し、しいな?」
俺の言葉を聞いて、陸が不安そうに俺を見つめる。
そんな不安そうな陸の手を、俺は強く握ることで応える。
「……《死神》になりたい、か。辛い仕事だ。なるまでも、なってからも」
「いい。それでもいい!りくをまもれるなら、ぼくは――!!」
「……良いだろう。ならば、明日からまたここでこの時間、君を待つ。《死神》になる為には、君にはやってもらわねばならぬことがあるからな」
「わかった!」
今日の俺達の様子を見て、彼もこのままにしてはおけないと思ったのか、すんなりと俺の願いは聞き入れられた。
そして次の日、言われた通り俺は一人師匠の元へと向かうはずだった。
「ねぇ、しいな。ほんとうに、いくの?」
陸は俺を追いかけてきた。
「りく!?」
「しいな……わたしをおいていかないで」
「さっきいったでしょう? ぼくは“しにがみ”になる。だからりくは、まってて」
「いやだ。わたしも“しにがみ”になる! しいながわたしをまもってくれるっていったから、わたしはしいなをまもる!」
「りく……」
結局俺は、追ってくる陸を一人置いていくことは出来ず、そのまま約束の場所へと向かった。
「来たようだな。……ん? 何故その子がいる?」
「わ、わたしも“しにがみ”にしてください! わたしも、つよくなりたい、から……」
陸の言葉を聞いて、師匠は俺の方へ視線を向けると、難しそうな顔をして俺に問うた。
「……それで良いのか、お前は」
「……りくはぼくがまもる。なにがあっても」
本当は、俺だけでいいと思っていた。
陸は今のままでいいと思った。
でも、陸自身が「強くなりたい」と願うのなら、その方がきっと陸の為だと思うから。
「ならば、これから二人は《死神》となる修業をすることになる。お前達は今日から《死神見習い》として俺の元で特訓しろ。教えられることは全て教えてやる」
「「はい!」」
こうして俺は、《死神見習い》として師匠との特訓が始まった。
通常、《死神見習い》から《死神》としてランク付けされるまでに五年くらいかかるところを、俺は三年でマスターした。
「よし。これでお前はもう一人前の《死神》だな、椎名」
「有難うございます、師匠。でも俺は、陸の修業が終わるまではここに居ても良いでしょうか」
「そうだな……分かった。じゃあお前には俺の手伝いを任せるとしよう。正式に《死神》としてのランクはまだ取得せず、あくまで俺の補佐として」
「はい! 有難うございます、師匠!」
そうして俺は、俺の修業が終わってから二年、陸の修行が終わった五年後の十二歳で、正式な《死神》になった。
「椎名、一緒だね!」
「あぁ」
陸は知らない。
俺がとっくに修行を終え、《死神》の仕事をしていたことを。
『あの人よ、歴代トップクラスの速さで修行を終えたんですって!』
『でもすぐに《死神》にならなかったんでしょう?』
『そうなのよ、なんでかしらね?』
そして俺はそんな噂が《死神》達の間で流れていることなど知らず、任務をこなしていった。
仕事は順調だったし、陸も昔みたいに泣くことは減ってきた。
最初は魂を送る度に泣いていたが、Cランク任務は送るだけの任務だから、次第に陸も慣れていった。
俺は一年足らずでBランクになり、Aランクへはまた一年後へ上がった。
陸は俺がAランクに上がったときはまだBランクになりたてだったが、ランクの違いは別に仕事に影響はなかった。
俺は陸を守るためにずっと頑張ってきた。
陸の霊を引き寄せる力は、時々任務外の霊まで呼び寄せることがあったから。
俺は十五歳になり、中学の卒業を控えた頃、死神主人から呼び出しがあった。
「椎名、お前はSランクへ上がれ」
「え……?」
「お前の実力なら、もう鎌を持っても良い」
死神主人から鎌を差し出される。
でも俺はその鎌を受け取らなかった。
「……俺はまだ良い、です」
「何故?」
「……俺が今ランクが上がったら、陸と組めなくなる。俺は陸を守るために《死神》になったんです、死神主人」
俺が死神である理由。それは変わらない。
「なるほど。残念だが……仕方ない、その時まで待とう」
「すみません、死神主人」
そして今、陸がランクAになって二人で仕事をしている。
他の《死神》は俺が断ったことを知っているから、それをよく思わないやつらとは色々あるのだが、構わない。
陸を守ることが、俺の《死神》である理由だから。
【高宮椎名】
死神の少年。ランクはこの当時でA。陸を守るために今回死神になった。
死神だが普通の高校生。クールな印象が強いが、可名や陸にはよく振り回されている。
死神の中で一番舞が上手いことで有名。陸の体質のため、日々舞は今でも磨いている。
甘いクレープが好物。特にイチゴ生クリームが大好きである。
美形でだいたい何でもやれちゃうくらい要領がよく優秀なので、学園では結構人気がある。
【如月陸】
生徒会長で死神の少女。椎名の幼馴染でパートナーでもある。
真面目で仕事は完璧にこなすので、生徒や先生からの信頼は厚い。
しかしその反面、死神仲間の前では素が出て失敗したり弱い面を見せたりする。
Aランクの死神の中では一番戦闘向きではなく、霊を引き寄せる力があるため日々椎名の心配が絶えない。
可愛いもの好きで、同じ生徒会仲間の可名をとても可愛がっている。
椎名との関係を疑われているが、めんどくさいのでただの幼馴染だと言い流している。
コーヒーとケーキが好き。辛いものが苦手である。