老人型のオートマータは少女を見守りながら廃棄を待つ
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オートマータと呼ばれる意思無きからくり人形たちが当たり前に使役されている国がある。人間を使うよりもメンテナンスに金と手間が掛かるが、代わりに不平不満を言わず、病気になることもないので、人間の代わりに毒ガスの処理と言った危険な仕事に従事させることが多い。
だが、時に人は必要性のわからないものを作ることもある。そのオートマータは秀でた性能があるわけでもなく、唯一無二の機能を持つわけでもなく、何故か老人の姿を模して、ただ人の話を聞くことだけを役割として持たされていた。介護用に試験的に作られたものの、認知症老人相手では子供や動物を模した方が効果的であると判断され、生産中止にされたタイプである。
そして今日、この国に残る最後の老人型オートマータが寿命を迎えようとしていた。老人養護施設から送られてきたものだが、直せそうに無ければ廃棄してくれと言われている。
「これはもう駄目だな。肩関節の駆動系が完全に潰れちまってるよ。さてはなんか重い物持たせやがったな。おい、左腕は動くか?」
「すみませんね、整備士さん。どうも上手く動かせませんよ」
老人型は当時としては人間味を重視した設計をされており、現在のオートマータと比べてもその点は遜色がない。本当に申し訳なさそうな顔で笑う老人型を見て、つい苦々しい表情を浮かべてしまった。
「型式J-71。お前を廃棄する。頭脳チップに登録されている廃棄工場へ向かい、自壊申請をしろ。それくらいはできるはずだ」
本当なら俺が運ぶべき所なのだろうが、こいつは命令外の動きは一切出来ない。どうせ捨てるなら、これくらいの横着は良いだろう。
「わかりました。今までありがとうございました」
歩き去ろうとする老人型を見た俺の胸が、何故か少しうずいた。こんな旧式よりももっと性能の良いやつも、人間に近い奴もたくさん見てきたというのに。俺はこいつに同情してるってのか?
「おい、待てじいさん」
「……?私ですか。はい、なんでしょう?」
くそ、何がじいさんだ。確かにこいつはおんぼろの旧式だが、俺より年下かもしれないんだぞ。
「餞別だ。こいつを持ってけ」
「杖ですか?」
「元々お前のアタッチメントだ。ここに置いてあったって使う奴がいない。あんたにやるよ」
「おお、ありがとうございます。これがあると歩くのが楽なのですよ」
本当に嬉しそうに笑った老人型は、再び片足を引きずりながら歩き出していった。Jシリーズの初期型は、特に表情ユニットの出来が優れているせいで、ぱっと見だと整備士である俺でもオートマータだとわからない。
「……あんなおんぼろ、この世界に無くったって誰も困らねえよ」
ちくしょう。なんでこんなに気分が悪いんだ。俺は仕事を終わらせただけだってのに。
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「これは……困りましたね」
<警告!!工場閉鎖中!!>
「あれ?おじいちゃん、その工場に何か用?」
立ち呆けていた老人型に、一人の少女が話しかけた。年の頃は、10歳になるかどうかといった所だろうか。短めのパンツを履いたその活発な少女は、老人型を見たことが一度も無かった。元々一般家庭向けのオートマータでもないので、無理もないことである。
「ええ、ここに入りたかったのですが……入れませんね」
「その工場、3年くらい前から閉鎖してるんだって。りんりきていいはん?を犯したらしいよ」
老人型は瞬時にローカルデータベースを検索した。製造工場以外で犯される倫理規定違反は数が限られているのですぐに該当違反が分かる。
「廃棄工場での違反と言えば、倫理規定法142条3項のことでしょうか?」
「知らなーい、でも悪いことしちゃったんだし仕方ないよね」
老人型は思考ユニットをフル稼働させながら、少女に対しどう受け答えするべきか検討している。だが元々傾聴対応に特化しているため、結局無難な答えしか選べない。
「そうですね。人間はよく間違えますから」
「ふーん……?おじいちゃん、この後どうするの?」
工場閉鎖がされてしまった場合の第一優先事項に従うなら、別の廃棄工場に向かうべきだ。しかし自分の駆動ユニットは既に限界を迎えていて、恐らく隣町に行くまでには動けなくなってしまうだろう。その場合、動けなくなった自分を動かすために人間の手を借りることになる。それは対人倫理規定第3条に引っ掛かってしまうので出来ない。
結論として、この工場が再稼働するか、新たな命令者がやってくるまでどこかで待ち続けるしかない。
「どこか座れるところはありますか?脚を休ませられるなら何でもいいのですが」
「だったら、あそこの広場のベンチを使いなよ!ほら、私の手に捕まって!」
少女に促されるままやってきたのは、小さな鉄製ベンチ。老人型2台までなら座れそうな、よくあるものだ。ここなら太陽光発電システムを使えるし、エネルギーが枯渇する心配も無い。少女の配慮に感謝の意を伝えなくてはならないだろう。
「ありがとうございます。お名前を教えてもらえますか?」
「メラニー!おじいちゃんのおなまえは?」
残念ながら設定されていないまま使われていたのでわからない。型式でいいのだろうか。
「私はJ-71と言います。よろしくお願いします、メラニー」
「ジェ……?じゃあ、ジェイさんで良いよね。よろしくね、ジェイさん!」
メラニーとジェイ。二人の出会いは、廃棄処理寸前での出来事だった。
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「ジェイさん聞いて!今日テストで90点も採れたよ!」
それからメラニーとジェイは、毎日この広場のベンチで出会って話をした。廃棄を待つジェイと、キラキラと瞳を輝かせながら笑うメラニーは、傍目からは微笑ましい祖父と孫の関係にしか見えない。
「素晴らしいですね。ところで何点満点中でしょうか?」
「うっ!……150点満点……私ね、あんまり頭良くないんだ」
「おお、あと少しで正答率70%に到達するではありませんか。メラニーはとても頭が良いですよ」
「……本当にそう思う?」
「私が働いていた施設では、0点でも珍しくありませんでした。そして0点でも皆笑っていましたよ」
それは認知症患者が既に問題を解ける状態ではなく、笑っていたのも0点だったことすら理解できず、愛想笑いをしていた為である。だがジェイに限らず、オートマータが脳のバグを完全に把握することは不可能だ。
そうと知らないメラニーは、頭が良いと言ってくれたジェイに好感を持った。
「そっか!でもやっぱり悔しいから、もっと勉強する!そしたらジェイにも教えてあげるね!」
「それは頼もしいですね。たくさん教えてくださることを期待しますよ」
「わ、わかった!たくさん勉強してくる!」
ジェイはただ傾聴に徹している。ただ廃棄を待っている。
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「おじいちゃん!ついに満点を採ったよ!」
ジェイとメラニーが出会って1年。まだ迎えは来ない。
「おめでとうございます。メラニーの努力が実りましたね」
「うん!これもジェイのおかげだよ!」
「私のおかげですか?私は何もしていませんよ」
「そんなことないよ!いっぱい励ましてくれたし、いっぱいお話してくれるでしょ?私、ジェイと会えてよかったよ!」
自分と会えてよかったと言われた経験は、データベースには無い。新たな学習の余地があることを確認したジェイは、一瞬返答に窮した。だが、結局一番メラニーから好意的な反応を貰えそうな言葉を選ぶことにした。
「私も、メラニーと会えてよかったですよ」
ジェイは、その少女の笑顔はこれまでで一番大きく、最も愛らしいものだったと結論付けた。だが、その結論が多分に曖昧さを含んでいることには気付いていない。
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「おじいちゃん、私オートマータを作る人になりたいんだ」
ジェイとメラニーが出会って3年。メラニーの顔立ちも、少しだけ大人っぽくなってきた。
「整備士でしょうか?それとも設計士でしょうか?」
「うーん……どっちが良いんだろう?ていうか、どっちがどう違うのかわからないの」
「わからないのに目指しているのですか?」
メラニーの目には、幼いながらも決意のようなものがある。ジェイのセンサーでは体温がほんのわずかに上昇したことを確認することしかできない。
「うん!だってこれから先もオートマータはこの国に必要になるでしょ?勉強も頑張れば出来るってわかったから、目指してみたいんだ!」
「そう言う事でしたら、どちらを目指しても国に貢献できますね。頑張ってください、メラニー」
「うん!頑張るよ!」
一体いつ、自分は廃棄されるのだろうか。この少女がオートマータ技師になる瞬間を記録できるのだろうか。現在の段階では予測不可能である。もう少し高度な計算ユニットか、耐久性に優れた駆動ユニットが使われていれば良かったのだが。
まだ、迎えは来ない。
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「おじいちゃん。私ね、好きな男の子が出来たかもしれないんだ」
ジェイとメラニーが出会って5年。新たな廃棄命令はまだ出ていない。既に歩けなくなっているジェイは、あの日からずっと同じ場所で座り続けていた。時々杖を使って、なんとか立ち上がって埃を払ったり、雨水を使って清潔を保つことはしているので、薄汚さは感じられない。当然ジェイに体臭がないので、動物的な臭気も発生しない。だからこそ発見が遅れているのだが。
「告白したいんだけど、すごく怖いの。ごめんって言われたらどうしようって考えちゃうのよ」
好きな男の子という概念は、ジェイのデータベースにも一応存在する。だが、好きであることを伝えるのが怖いという感情までは理解できない。
ジェイに出来ることと言えば、物事を分解して組み立てなおすことだけだ。
「メラニーは、私の事が好きですか?」
「え?う、うん、好きだよ。どうしたの急に」
「それは毎日出会っているからでしょうか。それとも毎日話しているからでしょうか?」
「そんなの……分からないけど、一緒にいると楽しいよ。だから好きなんだと思う。でもそれとこれとは……」
「では、返事を聞かずに好意を伝えるのはどうでしょうか。先程からメラニーは、私から好きだと言われなくても、傷ついているようには見えません」
ごめんと言われるのが怖いなら、言われないようにすればいい。単純にそれだけを提案しただけだったのだが、メラニーはそう取らなかった。
「そっか……返事は後で聞けばいいよね!まずは好きってことを伝えて、私を意識してもらえばいいんだ!ありがとう、ジェイ!やっぱりジェイはすごいよ!」
「どういたしまして、メラニー」
メラニーは本当に嬉しい時、頬を桜色に染める。ジェイの中のデータベースの新着記録は、その日の天候を除けばメラニーの事ばかりが記録されている。
まだ、迎えは来ない。迎えが来たらメラニーともお別れだ。
その時、メラニーとの記録をこのまま廃棄していいのだろうかと、倫理規定違反ギリギリの思考をしてしまっているのは、ジェイに設定された人間性のためか、それとも思考ユニットが劣化してきているためか。ジェイ自身にもそれは診断不可能だった。あの口は悪くとも杖を手渡してくれた整備士であれば、正確に診断出来ただろうか。
その日から、メラニーがこのベンチにやってくる頻度は少なくなっていった。それでも一週間に一度は必ずメラニーはやってきた。あの日、告白した男の子と一緒に来たこともあった。
そしてさらに年月は流れ、左腕の駆動ユニットが全く動かなくなった頃。活発だった少女から美女へと進化したメラニーは、左手の薬指に指輪を着けていた。
「ごめん、ジェイ……私ね、結婚したらこの街を出ていかなきゃいけないんだ……彼の故郷で一緒に暮らすことになったの」
「そうですか。ご結婚おめでとうございます、メラニー」
「……っ!!ごめん……ごめんね、ジェイ……!!また、会おうね……!!」
「ええ。またここで会いましょう。今度はメラニーのお子様が見られるといいですね」
「そうだね……っ!そしたら、私の子供にも、ジェイのことおじいちゃんって呼ばせるから!」
「楽しみにしていますよ、メラニー」
「また会おうね!絶対だよ、ジェイ!」
この時初めて見せた泣き笑いが、ジェイにとってメラニーとの最後の記録になった。
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「ん……おい、まさかお前、J-71か!?」
データベースに記録していた声がした。この口の悪さと無精ひげは、最後に自分を整備してくれた男だ。
「お久しぶりです」
「お久しぶりって……!?いや、どうしてここにいるんだよ!?お前、廃棄工場に行ったんじゃ!?」
「ええ、向かったのですが、閉鎖されてまして」
ジェイは唯一動く右腕を挙げて、元々廃棄工場があった場所を指さした。
「困ったことに脚の駆動ユニットも駄目になってしまったので、こうして工場の関係者が私を見つけるのを待っていたのですよ。あなたが来てくれて良かった」
「あー……そういうことかよ……行動優先順位を律儀に守ったってわけか。それにしても今日まで誰にも気付かれないとは、お前も運が悪いな。俺もたまたまいつもの店に無かった工具をここまで買いに来なきゃ、お前に出会うことなんてなかっただろうし」
「いえ、運が良かったかもしれません。おかげさまでゆっくりできました」
15年ほど前に別れた時と全く同じ調子で話すオートマータに、老け込んだ整備士は苦笑いを浮かべた。やっぱりこいつやりずれえなと、内心でも笑っている。
「……まあ、それもそうかもな。じゃあ仕方ない、車を回してやるから、俺が隣町の廃棄工場へ連れて行ってやるよ。サービスだ」
「お願いします。ですが、一つだけご依頼をしてもかまいませんか?」
「ご依頼だ?」
「お世話になった人がいます。お手紙を残したいので、メモリーカードを私に譲っていただけませんでしょうか。お手紙はあの店の店主さんにお預けしますので」
それはオートマータの考え方からは相当にずれたものだった。廃棄命令を待っていただけなのだから、このまま廃棄工場に行けば済む話である。いくら保護対象に設定されている人間と定期的に接触していたからと言って、手紙を残す理由にはならない。
「……ビデオレター、ってやつか?まあ、良いけどよ」
整備士もその事には気付いている。だが倫理規定に違反する行為ではないし、彼自身この老人型なら何があってもおかしくないかもしれないと、どこか諦めにも似た感情をこのオートマータに抱いていた。
メラニーの言葉を借りるなら、彼もこの老人型を少しだけ好きになっていたのかもしれないが、彼の性格上絶対にそれは認めないだろう。
メモリーカードいっぱいにデータを入れたジェイは、整備士と共に廃棄工場へ向かい、口頭で自己廃棄処分を申請。
同日、午後16時42分。J-71の全ての機材を処理。この日、Jシリーズは完全に姿を消した。
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「ねえママー。ベンチなんか見てどうしたのー?」
メラニーはオートマータ製造総括係長としての激務の中、ようやく取れた有給休暇を使って、思い出の地へを帰ってきていた。自分がオートマータ技師を目指すきっかけをくれた老紳士に、自分の娘を会わせるためだ。
「うん。ここでね、小さい頃からお話し相手になってくれたおじいちゃんがいたの。ジェイさんって名前でね……ここであなたに会いたいって言ってくれた人なのよ」
「ふーん……?」
「おや?君はもしかして、そこでよく話していた女の子じゃないか?」
それは老人が座っていたベンチからほど近いパン屋の店主だった。
「あ、はい。あの、あそこに座っていたご老人について何か知りませんか?」
「ご老人……?ああ、あのオートマータか。君が来なくなってからしばらくして、整備士っぽい人に引き取られていったよ」
「……えっ!?」
あのジェイがオートマータだった。その事実にメラニーは激しい衝撃を受けた。確かにいつも同じ服を着ていた。だけどいつも清潔感があって、変な臭いもしなかった。笑顔がとっても素敵で、いつも自分の悩みや笑い話を聞いてくれた。年の離れた一番の友達だと思っていた。
「そうだ、そのオートマータからメモリーカードを預かっているよ。手紙が入っているそうだ。見た目通り、なんだか古風なタイプだったね」
メラニーは震える手でメモリーカードを預かると、プライベートで使っている多機能デバイスに差し込んだ。
「こ……これって……!?」
『あれ?おじいちゃん、その工場に何か用?』
『ええ、ここに入りたかったのですが……入れませんね』
『その工場、3年くらい前から閉鎖してるんだって。りんりきていいはん?を犯したらしいよ』
「あ……ああ……っ!」
そこに入っていたのは、ジェイと出会ってから別れるまでの全ての記録。
『ジェイさん聞いて!今日テストで90点も採れたよ!』
『素晴らしいですね。ところで何点満点中でしょうか?』
『うっ!……150点満点……私ね、あんまり頭良くないんだ』
「全部……全部、覚えててくれたんだね……ジェイ……!!」
ジェイから見た幼い自分は、ジェイがオートマータであることを疑っていなくて。
『おじいちゃん!ついに満点を採ったよ!』
『おめでとうございます。メラニーの努力が実りましたね』
『うん!これもジェイのおかげだよ!』
いつも励ましてくれるジェイのことが大好きで。
『おじいちゃん。私ね、好きな男の子が出来たかもしれないんだ』
恋の相談を出来たのもジェイだけだった。
『ええ。またここで会いましょう。今度はメラニーのお子様が見られるといいですね』
『そうだね……っ!そしたら、私の子供にも、ジェイのことおじいちゃんって呼ばせるから!』
『楽しみにしていますよ、メラニー』
「ごめん……ジェイ……!!私……約束、守れなかったね……!!」
メラニーにとって、ジェイは祖父であり、年の離れた友人であり、家族だった。
「ママー、この動画なに?」
「えっ……?」
最後の動画データはメラニーとジェイが別れてから割とすぐに撮影されたものらしい。もしやこれが手紙だろうか。涙で濡れている上に手が震えてしまい、デバイスのタップ操作がおぼつかない中、なんとかファイルを開いた。
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「お、おじいちゃん……っ」
その動画データはジェイが搭載しているカメラではなく、別のデバイスで撮影されたものらしい。画面の中央には記憶通り、足の不自由そうな、右手に杖を握りしめた老人が座っていた。
こんにちは、メラニー。いえ、お久しぶりと言った方が自然でしょうか。
ここで廃棄処分を待つだけのつもりでしたが、あなたと会えたことで充実した毎日を送れました。
ありがとうございます。心より御礼申し上げます。
もしかしたら私がオートマータであると知ったのは今日が初めてかもしれませんね。老人介護用に設計された私は、出来る限りオートマータであることを伏せるよう設計されていましたから。隠していたようになってしまい、申し訳ありません。
さて、私もついに廃棄処分の目途が立ちまして、この後隣町で廃棄されることとなります。
つきましてはこれまでメラニーと過ごした記録をメモリーカードに残しましたので、私に会えなかったお子様と一緒に楽しんで頂けたら幸いでございます。
……。
困りましたね。やはり思考ユニットが劣化しているようです。何を言うべきか判定出来なくなってきました。
もしこの後の発言が倫理規定違反でしたら、どうかこの動画だけ削除してください。
メラニー。もっとあなたの記録を残したかった。
あなたがオートマータ技師として活躍する姿を見たかった。
あなたのお子様を見たかった。
……。
もう一度、あなたからおじいちゃんと、呼ばれたかった。
ですが、私達オートマータの役割は、人間の役に立つこと。身体が動かなくなったオートマータでは、あなたの役には立てなかったでしょう。きっとこれで良かったに違いありません。
メラニー。あなたは頭の良い子です。きっとこの国をもっと豊かにできます。そして私よりももっとずっと便利で、性能の良いオートマータを創り上げてください。それが私からあなたへの、ご依頼となります。
それでは、整備士さんを待たせていますので、ここで失礼させて頂きます。
メラニー。これからも元気で。お幸せに。
「おじい……ちゃん……っ!!わ、私も……うあ……ああああああっ……!!」
メラニーは娘に頭を撫でて貰いながら、デバイスの中の老人を胸の中に抱いた。
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オートマータと呼ばれる意思無きからくり人形たちが当たり前に使役されている国がある。人間を使うよりもメンテナンスに金と手間が掛かるが、代わりに不平不満を言わず、病気になることもないので、人間の代わりに毒ガスの処理と言った危険な仕事に従事させることが多い。
だが、時に人は必要性のわからないものを作ることもある。そのオートマータは、秀でた性能があるわけでもなく、唯一無二の機能を持つわけでもなく、何故か老人の姿を模して、ただ人の話を聞くことだけを役割として持たされていた。ただし、旧式と比べて駆動系の信頼性が高められており、以前と比べればずっと整備性が高くなっている。
そして今日、一体の老人型オートマータが誕生しようとしていた。
「おはようございます、メラニー。大きくなりましたね」
「……うんっ!おはよう、おじいちゃんっ!」
その試作機には、最後の一体が遺したデータベースのバックアップが使われていた。
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