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ジークさんの選択

ゼインさんと共に帝都の外れにある救護院を訪れた。

城下街の中心が戦いで被害を受けた為、治療が必要な患者さん達は自ずと遠くの救護院に運ばれた。


大人や老人が多くいる中で、10歳前後の小さな男の子が目に留まった。

頭から右眼にかけて包帯を巻かれベッドの上に座っている。


「薬なんか要らない!どうせもう見えないんだから!」


癇癪を起こすこの男の子は、先日の災禍で両親と妹を亡くしてしまったと救護院の院長さんが教えてくれた。


「何でなんだよ?!父さんも母さんも妹だって何にも悪い事なんかしてないんだぞ!この国の為に真面目に働いてただけなのに!皇帝のクセに何でこんな事するんだよ!」


今回の惨事について、ジークさんは国民に真実を伝えた。

それまでルシュカン族がひたすら隠して来た竜族との醜い争いを、帝国の歴史を正そうとして。

国民の反応に心配が無かった訳ではない。

皇室に好意的な反応もあれば、反発もある。

こと帝都アーデンは、皇帝の傲慢な所業で、こうして命を落とした人もいるのだから。


「皇帝なんか要らない!皇帝だって死ねばいいんだっ!!」


責任を感じる一方で、ではあの時、どうすれば良かったのだろうと苦しくなる。

自己弁護は自分以外の誰にも通じないけれど、ああするより他は無かった。

あの時も最善を尽くした。

だから、今も最善を尽くそう。


院長さんの腕の中で泣きじゃくる男の子の頭を撫でると、私は彼の横に腰掛けて巻かれた包帯を外し始めた。


「なっ!何すんだよっ!止めろよ!触るなって!」


周りの患者さんも私たちのやり取りを気怠そうに見ている。

自分たちの言いたい事を、この少年が代弁してくれていると思っているのかも知れない。


暴れる男の子を押さえ付け、包帯の下の右眼を見る。

爛れて引き攣れてしまった瞼の下の眼球は赤く腫れ、膿が纏わり付いている。


「痛くないわ。じっとしていて」


嫌がる男の子の頭を右手で固定し、左掌に闇の魔力を集める。

竜牙剣が身体の中にある為か、瞬時に力が集中する。

この子の心を癒す事は出来ない。

それでも、この眼は元に戻す事が出来る筈。

闇の魔力は仄暗い光を灯し、ゆっくりと男の子の眼を修復してくれた。

いつしか涙も止まり大人しくなった男の子は、再生した焦げ茶の両眼で私を凝視していた。

もう一度頭を撫でて立ち上がると、私はニッコリ笑ってみせた。


「綺麗な茶色の瞳ね」


室内の患者さんたちの視線が、一斉にこちらに集まっていた。

珍獣か化け物でも見ているような驚愕の表情だ。

闇魔法使いは珍しいから仕方が無い。


「他の方々も、お力添え出来ればと思います」


その後は院内の怪我人を魔法でどんどん治していった。

軽い傷から失った手足の再生まで、出来る事はやった。

人々は次第に喜びの表情に変わり、涙して感謝を告げてくる人もいた。


意図してこの人たちを巻き込んだ訳では無いけれど、あの男の子のようにジークさんを恨む人たちがいる。

この国にいる間は、少しでもジークさんに向けられた批判や誤解を払拭したい。

その為に、私が出来る事をしよう。

お屋敷に長く厄介になったお礼だ。


患者さんの傷を癒し終えた私は、そろそろお暇しようと辺りを見た。

そう言えば、ゼインさんの姿が見えない。

護衛夫妻アルバートさんとジェニファーさんは、馬車の準備と私の上着を取りに外へ出た。


これって脱走のチャンスでは?


ここで私が消えたら、あの方々の責任だとジークさんに怒られちゃうのかな?

まあ、一時の事だ。

許せ!美男美女夫妻、泣。


緊張を悟られないよう笑顔を貼り付け出口を目指す。

すると、私のドレスを後ろから引っ張る手があった。

驚いて振り向くと、あの焦げ茶色の瞳の少年だった。


「あの、あ、ありがと・・・」


先程の威勢は鳴りを潜め、男の子は眉根を下げて泣きそうな顔をしていた。

勇気を振り絞ってお礼を言いに来た男の子の頭を撫でる。


「お互い頑張ろうね!」


男の子にとってこれからが大変だ。

くじけずに生きていって欲しい。


「あ、あの、僕はルカって言います。お姉さんは・・・?」


恩人と思って名を教えてくれたのか。

可愛い子だ、笑。


「私は、」

「ルナ、迎えに来た」


へ?

この声は・・・汗?


入り口の扉を振り返ると、簡素なマントを羽織ったジークさんが優しい眼差しでこちらを見ていた。

仕事じゃ無かったのか?

私の脱走計画がバレてしまった?

いや、計画も何も、ただ外に出ようとしていただけだ。

こちらに歩いてくるジークさんに、ちょっと後退る。


「えっと、お仕事は済んだのですか?」

「小休止だ。救護院の視察も兼ねてルナを迎えに来た」


いやー、もう戻らないのでお迎えは不要ですが・・・涙。


皆が彼を知ってか知らずか、院内が騒がしくなる。

院長さんが慌てた様子でこちらに走って来た。


「殿下、お出迎えもせず申し訳ございません」

「構わん。患者の様子を見に来たが、粗方ルナが治したようだな」


そう言って私の腰を抱き寄せたジークさんは、またもや私の頭に口付けた。

それを見て、更に周りがどよめく。

私の前にいるルカもボーッとジークさんを見上げている。

まあ、滅多に見られない色男さんだからね、ジークさんは。

老若男女を問わず見惚れちゃうよね、笑。


「何だ坊主?」


直ぐ側で茫然とした様子のルカは、ジークさんに鋭い視線を向けられ音がするほど飛び上がった。


「っ、あ、の・・・」

「私はルナよ。貴方の名前と似てるわね」


ジークさんに威圧を受けている姿が可哀想になり、助け舟のつもりで答えた。

ジークさんは無言でルカを見てから頭の上に乱暴に手を置いて、髪をクシャクシャにした。

ルカは吃驚して固まった後、恐る恐る視線を上げた。

少年の視線を捉えたジークさんが口の端をちょっとだけ上げた。

私から離れたジークさんは正面に向き直り院内を見回すと、皆が一斉に静まった。


「ここにいる者たちよ、今回我ら一族の不祥事で其方たちに辛い思いをさせた事を、ルシュカン族の長として謝罪する」


大きな声を張り上げてジークさんが怪我を負った人々に謝罪した。

皆が微動だにせずジークさんを見ている。


「誹りは当然だ。言いたい事が有ればこの場で申し出るがいい」


真剣な黄金の瞳に皆が魅せられている気がする。

人々は口を開けて動けずにいる。

ジークさんが見回すと、恐る恐る院長さんが肩を縮めながら手を挙げた。


「あの、無礼を承知で申し上げます」


ジークさんの鋭い眼が院長さんに向けられる。

眉間の皺は深く、その表情は以前私も散々見たから院長さんが気の毒になる。


「救護院は古く、あちこち雨漏りや隙間風が入り患者を治療する環境としては問題がございます。補修改修のお力添えを頂けないでしょうか?」


先の災禍の批判では無く、現実的なお願いをする院長さんに少しほっとする。


「ああ、勿論だ。具体的な要望を纏めて副官に伝えるように」

「ありがとうございます!」

「他の者は無いのか?」


周りを見渡すジークさんに威圧されているのか、皆、目を伏せてしまう。


「ルナ、戻るぞ」


そう言ってジークさんが手を差し出して来た。

うう、まだ戻りたくないのですが・・・泣。

仕方無くジークさんの手を取り、心の中でガッカリしながら出口に向かって歩き出す。


「あの、ルナ・・・さま、ありがとうございました!」


後ろからルカが私に大きな声をかけてきた。

さまなんて付けなくていいのに。

私は笑いながら手を振って救護院を後にした。


帰りは馬車ではなくジークさんの前に乗せられ、馬でお屋敷に戻った。

本当はちゃんと跨って乗りたかったが、変な女を乗せているとジークさんの評判が落ちては困る。

慣れない片倉乗りでジークさんの腕の中、大人しくしていた。


「済まなかった」


頭の上から元気のないジークさんの声がした。

顔を上げると、ジークさんは金眼を揺らしながら私を見ていた。


なんの事だ?


首を傾げて黙っていると、ジークさんは片手を私の頭に乗せて優しく撫でた。


「俺のせいで非難されただろう?」


ルカの事かな?


「ジークさんのせいではありません。今までの皇族と皇帝のせいです」

「それでもルナのせいではない」


私が何を言ってもジークさんは否定するだろう。

自分のせいだと言って。

私は無言で首を横に振った。


「ルナ、俺は皇帝になる」


その言葉に私は顔を上げてジークさんを見た。

澄んだ黄金の瞳。

その瞳に見つめられて、意識がジークさんの中に溶けていくような眩暈を感じた。


「この国を少しでも建て直したい。ルシュカンが欺いてきた民に報いたい。どうか、ルナ、俺の側にいて力を貸してくれないか?」


ジークさんらしい真っ直ぐな決意だ。

この人こそ皇帝に相応しい。


「私が力になれる事はします。でも、ジークさんの側にいる事は出来ません」


眉根が寄せられ金の瞳が翳りを帯びた。


「・・・俺はルナを怒らせるような事をしたのか?」


私はまた首を横に振った。


「私が我がままなだけです」


ジークさんを独占出来ないなら離れたい。

自分が可愛いくて、自分の事しか考えない、そんな私がジークさんの側にいたら、そのうちきっと愛想を尽かされてしまうだろう。

沢山の女性に囲まれるジークさんなんて見たくない。


本当は、ひと言だけが欲しいんだ。

お前だけだって、他の女は要らないって。

そんなドロドロの、女剥き出しの不様な感情を、生き様も格好良いこの人にぶつけて呆れられたくない。

どこまでも自分本位な自分に嫌気がさす。


ジークさんの綺麗な金眼をずっと見つめる事が出来ず、眼を伏せて彼の胸にもたれかかった。

そんな私を、ジークさんは何も言わず抱え込むように抱きしめてくれた。


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