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糖度高めの腹黒皇子

「まだ、ルナからの信頼を得られていない事は分かっている。だが、必ず手に入れる。後悔はさせない。俺と共に歩む人生が、ルナにとって幸せをもたらすと約束する」


私の手を握るジークさんは、初めて見る晴れやかなお顔だった。


・・・主従関係のお誘い、では、無さそう・・・だよな・・・?


ひとりボケた後で我に返った。

まだ始祖竜さんに落とし前を付けて貰っていない!


「ま、ってください!!まだ終わってません!全て片付いたらって約束ですよね?!」


そう、怨嗟竜だって、皇帝だってまだそこに居るのだ。

私は始祖竜さんに向き直った。


「と、とにかく!先ずは皇帝を退治しましょう!」


始祖竜さんに指を突き付けて叫んだ。

私の手を握ったままジークさんが立ち上がる。

フッと影がかかり体温を感じたと思ったら、ジークさんが私の目尻に口付けた。


うっーー!!

何で急に甘くなるんだっ?!


指を差しながら固まる私に、ジークさんはクスクス笑っている。

きっと、いつもの意地悪顔をしているに違いない。

私の両肩に手を置き、背中を抱いて笑うジークさんは楽しそうだ。


笑い声が途切れ急に静かになったジークさんを不審に思い、後ろを振り向こうとした。

けれども、肩にあったジークさんの手は私の胸と腰に回り、背後からきつく抱きしめられた。

ジークさんの顔が私の肩にもたれかかる。


「無事で良かった、ルナ・・・、本当に」


泣きそうな掠れた声で囁くジークさんは、更に私を抱きしめる腕に力を込めた。

息が苦しいけれど、それ以上に安堵の想いで胸がいっぱいだ。


「ジークさんが無事で良かったです」


私もジークさんの腕に手を重ねた。


『ルナー!』


クロの安否を気遣う念話と共に、背後が騒がしくなって来た。

ジークさんと振り返ると、黒豹のクロとニクスさん、そしてバラーさまを乗せた銀狼の毒ちゃんがこちらに駆けて来ていた。

皆、無事でいてくれた、笑。

手を振ると、クロが飛びついて来た。


『良かったよー!!怪我は大丈夫?綺麗に治っているみたいだけど?』


黒豹姿で顔を舐め回すクロの頭を撫でる。


「心配してくれてありがとう、クロ。この通り、ぴんぴんよ。ニクスさんもありがとうございます。ニクスさんのお陰でジークさんを守れました」


クロの頭の上をふわふわ漂う美人さんが笑った。


『アンタが頑張ったのよ。無事でホントに良かったわ』


緑の柔らかい風が頬を撫でた。

眼を閉じて優しい風にもう一度感謝する。

本当にありがとう、ニクスさん。


「ふたりとも無事で何よりだ」


銀狼から降りたバラーさまが、ジークさんの肩を叩きながら労ってくれた。

バラーさまはジークさんに誇らしげな笑顔を向けた。


「毒ちゃんもありがとう!無事で本当に嬉しいよ!」


毒ちゃんのもふもふな銀の毛に顔を埋めながら抱きしめる。


『我もルナが無事で嬉しいぞ』


出会った時は決して良好な関係では無かったけれど、今や毒ちゃんとは仲良しだ。

始祖竜さんが言っていたように、毒ちゃんを説得出来て良かった。

毒ちゃんがこの時代に来てくれたお陰で、妖魔術師に殺されかかった私は救われた。

お礼に、後で沢山ブラッシングしてあげよう。


『ルナ!そこにおわすのは始祖竜殿か?!』


お?

毒ちゃんのミーハーぶりに火が付いたか?


『初めてお目にかかる。我は第79代皇帝ハインツの長子ジェスリードと共に生まれし力なり』


歩み出てお座りをすると、毒ちゃんは光る湖に浮かぶ虹色の竜の顔に向かってお辞儀をした。

始祖竜さんが眼を細める。


『白竜の化身をよくぞ守ってくれた。礼を言う』

『我も竜の魔力の端くれ、当然の事をしたまで』


毒ちゃんの顔はキリっとしているが、尻尾が凄い勢いで揺れている。

尊敬する存在に会え、更に褒められたっとあって、恐らく、毒ちゃんの心は羽根が生えて舞い上がっているだろう、笑。


「アルスランドは何処だ?」


バラーさまがジークさんの顔を見て片眉を上げた。

よく見ると、あのムカつく聖剣を手にしている。

あのバカ聖剣、身内には大人しく従うのか、怒。

バラーさまが拾って来たのか?

そのまま捨ててしまえば良かったのに。


ジークさんが始祖竜さんに向き直って口を開いた。


「さあ、奴をここに連れて来い」


ジークさんの言葉に一度目を伏せると、始祖竜さんの浮かぶ湖面にゆっくりと渦が巻き始めた。

渦は次第に広がり中心が深く窪んできた。

真っ暗な穴のように窪んだ湖から虹色の大きな球体が現れ、中に左顔を失った皇帝が身体を畳んで眠っている様子が見えた。

怨嗟竜を締め上げていたものと同じ古代文字の戒めが身体中に巻かれている。

皇帝を包んだ球体は、陸に居る私たちの元に漂って来た。

私たちの目の前まで来ると破裂音と共に球体は壊れ、中にいた皇帝は地面に落とされた。


「・・・っうう」


皇帝の呻き声が聞こえる。

虹色の戒めは消える事無く奴の身体に巻き付き、食い込んで切れた皮膚からは血が流れていた。


『寝るな!起きろ!』


クロが豹の鉤爪で顔面を引っ掻いた。

痛そうだけど同情なんかしてやらない。

寧ろ、もっとやってやれ、ふん。

こいつのせいで、何度死にかけた事か、怒。


「っ痛う・・・!何をするのだ!」


左眼が吹き飛ばされ黒く焦げた歪な顔の皇帝は、残った右眼を見開き恐怖で身を縮めながらこちらを見た。

戒めで身体の自由が利かない皇帝は、状況が理解できないのか私たちを見ながら無言になった。


あれ程余裕を見せて高笑いしていた皇帝が、今は小さく見窄らしく見える。

ジークさんにはどう見えているのだろう。

私の隣に立ち無表情のジークさんを伺った。

この表情のジークさんは、その心の中で感情を揺さぶられている事を知っている。

知らず知らずのうちに、ジークさんを掴む手に力が入る。

私の心配が分かったのか、掴まれていた手を上げて私の頭を優しく撫でてくれた。


「心配ない」


短く言うと、ジークさんは一歩前に出て地面に転がる皇帝を無言で見下ろした。


「・・・おのれ・・・、我が命に従わず生きているなど許さぬ」


皇帝の顔は、夜会で玉座に座っていた時の上品さは無く、汗と血で汚れている以上に心のうちが現れて醜かった。

貴賓の欠片も無い、憐れとさえ思う。


「不様だ」


声は怒りと憐憫の音を含んでいた。

ジークさんの背中しか見えないが、きっと無表情なのだろう。


「・・・なっ!この、小僧が・・・っ!!」


自分の息子に対して何て言い草だ。

こんなのがジークさんの父親なのか。

皇帝は醜い顔を更に歪め歯軋りした。


「バラー、剣を」


背後のバラーさまを振り返る事なく声を掛けると、ジークさんは右手を前に掲げた。

バラーさまがジークさんと同じ動作で聖剣を前に翳すと、バラーさまの手から剣が消えた。

すると、前に掲げたジークさんの手に光と共に聖剣が現れた。

まるで手品だ。

それにしても、皇族には素直に従う聖剣に、やっぱり腹が立つ。


ジークさんは聖剣を真横に持ちながら古代語で何か詠唱を始めた。

ジークさんの声に応えて、皇帝を縛る古代文字の鎖が虹色に煌めきながら空間に溶けていった。

戒めが消えた皇帝は、身体を支えるように両手を前に付いた。


ジークさんは皇帝が手を付いた直ぐ目の前の地面に勢い良く聖剣を突き刺すと、膝を突いて静かに口を開いた。


「全てを終わらせたいのだろう?望む通りにするがいい」


そう言ってジークさんは立ち上がり、聖剣から手を離した。

皇帝がもし剣を取って、またジークさんに飛びかかって来ようものなら、この手でぶっ飛ばしてやる!

私はジークさんの背後で、不測の事態に備えて身構えた。


「くっ・・・、このぉ・・・っ!」


悪態を吐きながら、皇帝は震える手を聖剣の柄に伸ばした。

奴の手が聖剣に触れた瞬間、私が掴んだ時と同じ様に聖剣は皇帝の身体に雷を放った。

顔から突っ伏して小刻みに震える皇帝に、ほんの少しだけ同情する。

アレ、物凄く痛かったからね、怒。


「聖剣からも拒絶されたようだな」


地面から聖剣を引き抜くと、ジークさんはその切先を皇帝に向けた。


「最早、ルシュカンを名乗る事も許さん。何か言い残す事はあるか?」


肘を突いて上体を起こした皇帝に、ジークさんは氷の様に冷たい声で告げた。


「・・・お前の、ような半端者・・・に、情けを乞う、つもりは・・・ないっ」


皇帝は歯を食いしばりながら掠れる声を振り絞った。

これで終わりとするには気分が悪いと思った私は、つい叫んでしまった。


「待って下さい!!」


ジークさんの隣に走り出て、聖剣を握るその手に両手を添えて下げさせた。


「ルナ、此奴に情けなど無用だ」


ジークさんが金眼を眇めて私を見た。


「このまま、ただ引導を渡すのは軽過ぎます!時間を下さい!」

「この男に更生の機会を与えてやると言うのか?」


私は屈んで皇帝の胸倉を掴み顔を上げさせると、ジークさんを見てニヤリと笑ってみせた。


「まさか!!」

 

左手を握ると、私は皇帝の顔に拳を思いっ切り叩き込んだ。


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