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妖魔術師 vs 私 (2)

ジークさんがそこに居る。

彼の姿を見る事は出来ないが、車椅子に乗せられているという事は動きを封じられているのか?

皇帝はジークさんにも魔眼の力を使っているのか?


名前を呼びたいのに、私の首を絞め上げている妖魔術師のせいで声が出ない。

身体は痺れて動かないし、左眼は釘が刺さっているような激痛が続いている。

左眼から流れる血で視界がぼやけてジークさんの居る位置もよく分からない。

こんな不甲斐ない姿の私を見たら、怒って怨嗟竜になってしまうかも・・・。

ダメだ、それだけは避けなければ!


私は腕を動かそうと必死で指に力を入れようとした。

けれども、ほんの指先を揺らすことしか出来ない。


「中々の見せ場だった。さあ、娘を助けたくば怨嗟竜になるがいい」


皇帝のジークさんを唆す声が聞こえた。

暫しの静寂が流れる。

ジークさんの姿を見る事は出来ないが、きっと彼は抗ってくれているのだろう。

皇帝の薄ら笑いが聞こえてきた。


「強情な奴だ。ならば、仕方あるまい。殺れ」


その声に、妖魔術師は待っていたと言わんばかりに私の首を掴む手に力を込め、顔を近付けた。


「短い付き合いだったな、これが最後だ。その眼を喰らってやる!」


首にかかる力が強まり、呼吸が出来ないのと同時に気が遠くなる。

左眼に抉られるような激烈な痛みが加わり、みしみしと軋む音が耳に伝わってくる。


「うあああ・・・っ!」


ジークさんの呻き声?

ダメ!!

ジークさん、堪えて!!


心の中で必死に叫ぶ。

ジークさんを安心させたいのに、早くこの状況から脱したいのに・・・。

視界が霞み、ジークさんの苦しそうな声も聞き取れなくなってきた。


このまま、ここで死んでしまうの?

この物語のストーリーはバッドエンドなの?

何か間違った選択があった?

死んだら、また、元に戻って新しくやり直せる?

次は竜牙剣を失くしたりしない。

あの剣があれば、今、この時だって、始祖竜さんの力を引き出して窮地を脱していたかも知れない。

そうしたら、ジークさんの運命も彼の望むものに変えて、毒ちゃんにだって魔力を戻してあげられるのに!


このまま、何も出来ないままなんて嫌だ!!


『ルナ!!』


毒ちゃんの叫び声が響いたと同時に、私の胸元から毒ちゃんが飛び出した。


「なんだ?こいつ・・・」


私の首を掴む妖魔術師の腕に飛び乗った毒ちゃんは、赤い血のような液体を両眼から噴射した。

妖魔術師の眼に赤い液体がかかると、ジューっと焼けるような音がして奴の眼に浮かんでいた魔法陣が消え、私の左眼に伸びていた糸のような戒めも無くなった。


「ぎゃあああーっ!!」


妖魔術師が私から手を離し、焼け爛れた眼を抑えて悶え始めた。

吊るされていた身体は支えを無くし、受け身も取れず私は舞台に顔を打ち付けた。


痛ったいっ・・・泣。


打った拍子に、急に身体に空気が入り、上手く呼吸が出来ずにむせ込んでしまった。

頭はクラクラして身体にはまだ痺れがあるが、動かすことが出来るようになった。


『大丈夫か、ルナ?』


毒ちゃんの気遣う声が聞こえる。


『ありがとう!毒ちゃんのお陰で、私、生きてる・・・!』


毒ちゃんに感謝しながら、私は左眼の血を手の甲で拭い視界を確認した。


「このおっ!!」


叫んだ妖魔術師は眼が焼けて見えていないのか、残った腕をでたらめに振り回し毒ちゃんを追いかけていた。


「ちょっ・・・と!毒ちゃんに、何・・・すんの、よ!!」


息も切れて掠れた声しか出せないから、相手に聞こえているか分からない。

震える身体を何とか起こして、私は立ち上がろうとした、その時。


『ぐあっ!』


バシッという打撃音と共に毒ちゃんの悲鳴が頭に響いた。

妖魔術師が見境なく振り上げた腕で、毒ちゃんが跳ね飛ばされるのが見えた。


「毒ちゃん!!!」


毒ちゃんは、舞台の端に横たわる銀狼の身体に当たり動かなくなった。

脚が縺れるが、必死で毒ちゃんの元に転がるように駆け寄る。


「毒ちゃん!毒ちゃんっ!」


銀狼の毛深い体毛に埋もれて、ぐったりした毒ちゃんを両掌に掬い上げる。


『お願い!!返事して!毒ちゃん!!』


掌の上で仰向けの毒ちゃんのお腹を必死で擦る。

毒ちゃんの瞼は閉じて愛嬌ある金眼は見えない。

呼吸が止まった口の端からは、舌が力なく垂れ下がっていた。

痛む左眼からも血に混じって涙が溢れてくる。


いやだよ、毒ちゃん・・・。

まだ、魔力を返していないのに。

まだ、一緒に居たいのに。

お願い!始祖竜さん!

毒ちゃんを返して!!


「本当に興味深い娘だな、其方は」


テラス席から皇帝の声が広場に響いた。


「闇魔法使いの集大成とも言うべき存在だ。竜族の守護者(ガーディアン)として、竜族の最後を迎えるに相応しい役者が揃った」


銀狼の傍らで蹲る私の背後に、音もなく忍び寄った妖魔術師が立っていた。

毒ちゃんに眼を潰されて身を捩っていた時と様子が違い、奴は真っ黒な殺気を放って静かに佇んでいる。


『さあ、今度こそ死ぬがいい』


皇帝の声と重なった妖魔術師は、ふらつきながら一本しかない腕を私に伸ばしてきた。

奴の腕を吹き飛ばそうと光魔法を掌に集めようとしても、直ぐに霧散してしまう。

痺れた身体では魔力を集中させる事が出来ない。

魔眼がこれ程厄介な力だとは知らなかった。


掌の毒ちゃんに一瞬頬擦りしてから、私は銀狼の柔らかな毛の海に毒ちゃんを横たえた。

力の入りにくい身体を叱咤して、地面を転がり奴の手から逃れる。

妖魔術師は幽霊のように私の居る方へとフラフラ迫ってくる。

もうその身体は抜け殻のようで、まるで操り人形だ。


「其奴も、単に土塊と闇魔法使いを継ぎ合わせたガラクタではないぞ。竜の血を混ぜ込んで造った、嘗て例を見ない妖魔術師だ。卑しい竜の血に強く縛られ絶対服従を強いられる、哀れな生き物だがな」


テラス席から皇帝が嘲るように説明してきた。

そうか、皇帝の血が混ざっているから、こいつ自身で好き勝手出来なかったのか。

つまり、皇帝を倒さなければ、妖魔術師を仕留められない訳だ。

ここから離れた皇帝を討つには魔法が必要だが、魔眼で痺れた今のこの身体では無理だ。

であれば、ここはまず妖魔術師の動きを一時的にでも封じなければ。


何か使えそうな物を探していると、少し先に、妖魔術師が自身で引き千切った鉤爪の付いた腕が眼に入った。

私が勢い良く走り出すと、突然、妖魔術師の全身から蛸のような幾つもの足が伸びてきた。

鉤爪に手が届く寸前のところで無数の足に掴まり、私は腹這いに引き倒されてしまった。

手を伸ばし鉤爪を掴もうと藻掻くが、手足ばかりか首にまで蛸の足が絡み付き背後の妖魔術師の方へとぐいぐい引き摺られてしまう。


くっそおー!

このまま殺られてたまるかーーーっ!


両足を突っ張り両手は地面に爪を立てて、その先に転がる鉤爪に手を伸ばす。

首に巻き付く蛸足の力が強くなり息が出来なくなった。

慌てて蛸足と首の隙間に差し込もうと踏ん張っていた地面から手を離した途端、身体が宙に浮き妖魔術師の元まで引っ張られてしまった。


ふらつく妖魔術師の火傷で爛れた顔が近付いて来る。


「お・わ・り・だ」


そう言って裂けた口で悪意に満ちた笑いを漏らすと、奴は宙高く私を持ち上げ首に巻き付く足の力を更に強めてきた。

此奴には首を絞められてばかりだ。


『ルナ!!』


ジークさんの悲痛な叫び声が頭に響いた。

絞め付ける蛸足のせいで頭を向ける事が出来ず、テラス席へと眼だけ動かす。

テラスの柵に凭れながら此方を見ているジークさんが居た。


ああ、魔眼の戒めから解放された・・・?


よく見えないが、何だかジークさんの様子がおかしい?

肩で呼吸をしているような、苦しそうな・・・?


「そうだ、ジークよ。もう我慢することは無い。其方の力を解放するのだ!!」


皇帝が興奮気味に叫ぶ。

周囲の空気が冷たくなり、天井高い広場に赤黒い靄が立ち込めて来た。


まさか、ジークさん、怨嗟竜になろうとしているの?!


こんな所で、毒ちゃんや銀狼さんまで失って、その上ジークさんまで失うのか?!

冗談じゃない!

これ以上、此奴らの好きにさせて、たまるかーーーっ!!

くうっ!


私は渾身の力で首に絡みつく蛸足に爪を立てて首の間に隙間をつくると、ジークさんに向かって絶叫した。


「約束を破って、私を怒らせたら、即、婚約解消です!!そこで、黙って、見てな、さいーーっ!!」


私の叫びが聞こえたのか、ジークさんの動きが止まったように見えた。


「黙れ。とっとと死ね」


妖魔術師は力無くヘラヘラ笑っているが、蛸足の力は恐ろしいほど強い。

このままでは、首がへし折られてしまう。


絶対死んでやるもんかっ!

始祖竜さん、何でもいいから力を貸して!!


私は滅茶苦茶に祈った。

と、その瞬間、私と妖魔術師の間に暴風雪が湧き起こると同時に辺りは赤黒い靄で一瞬にして覆われた。

直ぐ先も見通せない暗闇の中、広場に地響きのような咆哮が響き渡り、今度は眼を開けていられないほどの強烈な風が吹きつけた。

急に首や身体を絞め付けていた蛸足の力が無くなり、身体が軽くなったと思ったら、本当にふわふわと浮いていた。


??!


靄の中、下に視線をやると、銀の巨体の狼が妖魔術師の頭に喰らい付いているのが見えた。


銀狼さん?!

生きていてくれたの!?

よかった・・・っ!


両眼に涙が込み上げてくる。


『・・・ルナ』


安堵の涙を流す私に、ジークさんの心配そうな声が頭に響いた。

赤黒い靄の中、温かい風を感じて後ろを振り返ると、そこには私を掌に乗せ翼を広げた黒竜さんの大きな顔があった。


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