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皇帝アルスランドという男 2

「命を脅かす者が強ければ、生き抜く為に其方は更に高みを目指すであろう?そう思い、始めは妖術師を当てがってやった。覚えているか?まだ、其方が力に目覚めて間もない頃を」


皇帝の魔眼で動きを封じられた俺に、さも愉快そうに問いかけてくる。


ドラゴンの姿になっては、どうしたら人型に戻れるのか分からなかったあの頃。

そんな時、背後から妖術師に襲われた。

翼に大きな傷を負い、飛ぶ事は愚か再生しない身体に恐怖した。

だが、妖術師はそれ以上俺を追う事は無かった。

あれも此奴の所業だったのか。


「あの様に翼に大穴を開けるとは、けしからん事だ。もしも其方の再生が追いつかなければ、命取りになったかも知れぬ。あの馬鹿者(妖術師)は魔獣の餌にくれてやった故、安心するが良い」


皇帝の黒い靄は俺の頭まで締め付けてきた。

ズキズキと頭に痛みが響く。


「暫くは其方の回復を陰ながら見守っておったのだ。ようやっと完治したと聞いて心底安心したぞ」


奴は動けない俺の頬に指を滑らせ満足そうに笑った。


「だが、時に人生とは予想だにせぬ事が起こるものだ。其方の前に、まさか闇の力を持つ者が現れるとはな」


頭の痛みに意識が混濁しかける。

身体を何重にも縛られ息する事も辛くなって来た。

この男にこれ程の力があったとは・・・。


「気概ある興味深い娘だ。どうやら武骨者の其方にも、ルシュカン族の情熱に浮かされた血が流れているらしい。娘の身を案じて此処まで来たのであろう?余程執心の様だ」


割れる程の頭痛に吐き気を覚える。

身動きの封じられた俺を、皇帝は満足そうに眺めている。


「何、その気持ちはよく分かる。こう見えて、余にも其方の様に青臭い時分があったのだ。そう、出会い、恋焦がれたあの時。余と同じ色の、艶めく黒髪を持つ美しい女だった」


そう言って、奴は俺の前髪を一房掬った。


「初めて恋を知った。だが、儘ならぬのも人生だ。恋した女は兄との将来を約束されていた。それでも転機が訪れたのだ、死竜紋が発現した兄に変わり余が皇帝に就くというな」


俺の髪を指で弄びながら奴は続けた。

この男は、兄の婚約者に恋慕していたのか。

そして、それが奴の精神を蝕んでいる。


「しかし、全てを統べる至高の座を前にしても、あの女は余を拒んだのだ。狂っていく男と添い遂げると言って。其方に分かるか?力を手にしても、竜の血に勝てないこの苛立ちが?我らルシュカン族を狂気に貶める、この醜い血に」


皇帝は弄んでいた俺の髪を乱暴に引っ張った。

不意に頭を揺らされて眩暈を覚える。


「いつ迄も傷心に浸っている程、余は腑抜けでは無い。狂い死ぬ運命を分かち合いたいというのであれば、無碍にはすまい。ほんの少し手心を加えてやったのだ、二人への手向けとしてな」


皇帝は背を向けて持っていた小瓶をテーブルに置いた。


「余は竜牙剣で愛する者を貫けば、狂いゆく兄を救えると教えてやった。そしてあの女、ルーネリアはその通りにしたのだ」


肩越しに俺を振り返り、奴はクスクス笑っている。


「ほとほと恋に溺れる女は愚かだ。剣で貫けば結果は死だ。そんな当たり前の事実に眼を瞑り、不確かなものに縋ろうとする。兄を刺し殺したルーネリアは、結局耐えられず自害した。まあ、そうならなかった時に備え使いの者たち(暗殺者)を配しておったがな」


此奴、兄と初恋の相手をその手にかけたのか?

その時分であれば、まだ10歳を超えて間もない筈だ。

この男の闇は、そんな幼少の頃から始まっていたのか・・・。


「事を隠せず、皇室はルーネリアの家を取り潰した。身分を剥奪された伯爵家の者は、平民に身を窶し世間から消えた。だが、それを納得しない者もいたのだ。不憫に思った余は、その者に手を差し伸べ施しを与えてやった」


黒い瞳を細めて皇帝は何処か遠くを懐かしむ様に言った。


「弟の黒髪も美しいであろう?あの艶めきを見るたびにあの女(ルーネリア)を思い出す。あれ(デンゼル)は純朴な男だ。姉の死を目の当たりにして竜の血を憎むようになったのだ。同じ目的を持つ余の手足になると言ってな」


そうか、デンゼルもそんな幼い頃から皇帝に取り込まれていたのか。

だが、ゼルの苦境を気の毒と思いこそすれ、同情はしない。

世の中を知らない幼少期に唆されたとは言え、今はもう分別くらいつく大人だ。

いくらでも自身で道を選べた筈だ。

ルナを危険に晒してきたそんな愚か者を許しはしない。


皇帝は顎を手で摩りながら視線を俺に戻した。


「其方の飛躍のために、あれ(デンゼル)に命じて小神殿ナバルで新しい生命体創造の研究をさせたのだ。当時の神殿長・・・エイダン、とか申したか、酷く研究熱心な男だったが、奴にとっては神事は些末事だった。その為、神官府から再三に渡り更迭の嘆願書が出され、諫めるのに余も苦労したものだ。だが、その甲斐あって、其方の好敵手を用意することが出来た」


テーブルに腰を預けて此方に向き直った皇帝の瞳は、光さえも吸い込んでしまう暗闇だった。


「この身体を流れるこの血は醜い。ルシュカン族を、人族を不幸にする。其方もそう思わぬか?」


両腕を広げて同意を求めた皇帝は、俺に対する魔眼の力を更に強めてきた。

視界が潤み、焦点がぼやける。

全身に冷や汗が吹き出してきた。


「これ以上、醜悪な竜の血など、この世に栄える必要など無い。其方も疲れたであろう?その薄汚れた竜族の膿(竜毒)で生命力を奪われ続ける苦痛に」


皇帝はテーブルから腰を離し動けない俺の元まで来ると、跪きその真っ黒な瞳で俺を覗き込んできた。

頭に殴られたような痛みが何度も押し寄せる。


「さあ、ジークバルトよ、全てを終わらせよう。世界を在るべき姿に作り変える力を、その忌まわしい血の辿り着く最後の力を見せてくれ!」


この狂った男は、俺を狂ったバケモノ(怨嗟竜)に仕立て上げ世界を滅ぼせと言う。

俺の耳元で叫ぶその姿こそ、狂人化した皇族そのものでは無いのか?


視界も意識も混濁しかけているこの状態で竜の力を開放しては、自我を失い怨嗟竜となる可能性もある。

駄目だ、それは出来ない。

ルナと約束した、バケモノにはならないと。

・・・ルナ。


眼を閉じルナを想い心に浮かべる。

俺から何度も逃げ出そうとしたルナ。

怒って俺を睨みつけるルナ。

そして、抱き上げた腕の中で柔らかく笑うルナ。


どんな表情も見ていたいと思うほど愛おしい。

身体の自由は利かないが、ルナを思い浮かべると、不思議な事に頭痛が軽くなり呼吸が楽になった。

俺は、相当のぼせているな・・・。

ひとり忍び笑いが漏れる。


その様子を観察していた皇帝は急に無表情になった。


「その様に無理に感情を抑える必要はない。思うとおりに爆発させれば良いのだ。・・・それとも、昔話では何ら感慨深いものは無かったか」


身体を起こした皇帝が合図をすると、侍従たちが俺の身体を左右から支え身体の自由を奪われた俺を立ち上がらせた。

もうひとり従者が車椅子を引いて俺を座らせる。


「其方と随分長く話し込んでしまった。お陰で其方の為に整えた舞台に遅れている」


皇帝が壁に掛けられた大きな絵画の前に立つと、侍従の一人が絵画の脇にある壁に飾られた燭台を手前に引いた。

軋む音をさせながら絵画が左へ移動していく。

その背後に現れたのは、人が二人横並びに入れるほどの洞窟への入り口だった。


「さあ急がねばな。其方の到着まで、演目が終わっていなければ良いのだが」


俺を振り返り歪んだ笑みを浮かべると、皇帝は暗い洞窟の中へと足を踏み入れた。

後ろから従者に押され車椅子でそれに続いた。


暗闇の中、皇帝が歩く少し先だけが洞窟に備えられた魔鉱石の灯りで明るくなる。

俺の斜め前を歩く皇帝は歩きながらまた振り返った。


「この洞穴はその昔、闇魔法使いを捕らえてきた魔障壁の獄に通じている。だが、魔障壁の獄は彼奴らだけに用いてきた訳ではない。高度な知能と魔力を持つ魔獣にも使われてきたのだ」


一見煌びやかな皇城の敷地に、この様な禍々しい区画も存在している。

ルシュカン一族の光と闇か。

帝国民を欺き、闇魔法使いを騙し、それ程までに血脈を繋いでいきたかったのか?

傲慢な一族に反吐が出る。

自分もそのひとり。

そして前を歩くこの男も、またそのひとり。

竜の血を絶やしたい、その思いは理解出来る。

だが、無関係な臣民、世界の全てを巻き込む必要は無い。


「其方の良き好敵手を創造する為に、此処も少し手を加えたのだ。捕らえた魔獣を競わせ、より強いものにその資格を与える事にした。そして、選ばれし強者には褒美として竜の血を与えてやったのだ」


皇帝は名案だろうとばかりに笑っている。


「我が息子の形見(第二皇子の血)も大切に使っている。死して尚、親孝行な息子だ。それに引き換えあの愚か者(第一皇子)は髪の一筋すら材料にもならぬ」


自分の息子たちの身体さえ研究の材料にするこの男は、本当に人間なのか?

口元に薄ら笑いを浮かべて皇帝の話は続いた。


「だが、親孝行の息子であっても力が強い訳ではなかった。竜の血を注がれた魔獣はそれを拒絶し、幾度繰り返そうとも死んでいく。竜の血だけでは足りない、変化や服従の魔術が必要だった。その為、魔術国家ガジュールの手を借り、そして、とうとう完成したのだ、美しい竜魔獣が」


魔鉱石の仄かな灯の中、洞窟を進む皇帝は玩具に興奮する子供の様に喜びの表情だ。

まさに狂人だ。

帝国の闇、一族の闇がこの男に凝縮されている。


「やっと成功したと言うのに、愚かなナバルの神殿長は欲を出し、大切な我が息子の形見(竜の血)をガジュールに売り渡そうとした。他国になど渡せるものか。ここで絶えねばならぬのだ、我らの血は」


酷く冷めた声で皇帝は呟いた。


「奴を始末したお陰で、続く研究は頓挫してしまった。だが、それもこれも不要だ、いや、不要()()()な」


前を向いたまま、皇帝は立ち止まった。

暫しの静寂の後、不意に皇帝は笑い出した。


『中々面白かったぞ。だが、余興はこれまでだ。そろそろ終焉と行こうではないか』


声がおかしい。

誰か他の者の声と重なって聞こえる。

皇帝は足を止めたまま振り返り、獲物を見るような眼を俺に向けてきた。


『準備が整った。其方には最後の仕上げを飾って貰おう』


だが、その黒く濁った瞳は此方を見ている様でいて、視線の先に俺は居ない。

一体誰に話しているのか?


「其方にとってこれ程の存在だと分かっていれば、何も下らぬ動物実験なぞ繰り返す必要は無かったのだ」


また前に向き直り皇帝は歩き出した。


「だが、折角其方の為に創造した生命体だ。お披露目しない訳にはいくまい?」


出口なのか、前方が明るくなってきた。


「其方と言う主人公が舞台に上がるまで、代役を立てておいた。主人公ほどの見せ場は作れぬと期待はしていなかったのだが、思いの外、よく踊ってくれた」


先程から見世物の話ばかりだ。

自由を奪われ気怠くなった頭で思考する。

まさか、ルナを造った魔獣の前に立たせているのではあるまいな・・・?

少しずつ頭の芯が冷えていく。


暗がりの洞窟から出た先はテラスの様な場所で、柵がなされたその前方は松明が灯された明るい空間だった。

かなり高い位置にあるのか、テラスの向こうは階段状に迫り上がった客席のようだが下の方は見えない。


「ほお、丁度良いタイミングだったようだな?」


俺の前に立つ皇帝は、テラスから下に向かって声を上げた。


「か弱い女の身で竜魔獣相手によく奮闘してくれた。礼を言うぞ。お陰で、素晴らしいこの舞台に客を招く事ができた」


本当にルナがそこに居るのか?

耳を澄ませるが声は聞こえない。


「きっと其方も満足するだろう、なあ、ジークバルトよ」


皇帝が俺の前から移動すると、従者は俺を乗せた車椅子をテラスの縁へと前進させた。

高さのあるテラスの縁に近付くにつれ、階下の様子が見えて来る。

松明で灯された広場中央は舞台の様な作りをしていた。

その舞台の端には銀色の魔獣らしき巨体が血を吐き横倒しになっていた。

そして、車椅子がテラスの縁まで寄せられて初めて、俺の目に飛び込んで来た光景に心臓が凍りついた。


それは、左眼から血を流し妖魔術師に首を掴み上げられ、まるで人形の様に動かなくなった愛しい娘の姿だった。


お読みいただきありがとうございます!

祝祭日土日はお休みして、次話は7/26に掲載します。

物語も終盤です。

またお読みいただけると嬉しいです!

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