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竜魔獣 vs 私

地下広場を揺さぶる程の咆哮を上げながら、銀の竜魔獣は私目掛けて急降下してきた。

周りには武器になるような物が無い。

一先ず回避するしかない。


私は竜魔獣を十分引き付けてから後ろに飛び退いた。

着地した銀の魔獣は大きな鋭い爪を土で固められた舞台にめり込ませ、ゆっくりと私を振り返った。


『毒ちゃん、コイツに勝てる作戦思いついた?』

『難しいな。彼奴は竜の血で造られた魔獣だ。体力・魔力共に通常の魔獣や魔族の何倍も強力だろう』


うげ、マジですか・・・。

以前、ジークさんを追いかけ、ガレオンに到着した先で魔族と戦った事があった。

あの時の相手も巨体だったが、かなりの魔力を消費してやっと倒せた。

それなのに、目の前の銀狼は、以前の相手には無い飛んだり跳ねたりのスキルも持ったハイスペックな奴だ。


『来るぞ!』


うひーっ!


何と、竜魔獣はその口から氷の暴風を吐き出した。

慌てて横に転がると、それまで立っていた地面に私の胸の高さの氷の壁が出来上がっていた。


『毒ちゃん!コイツ、魔法が使えるの?!』

『だから、魔力は強いと言ったであろう?』


身体を私に向けた竜魔獣は、続け様に氷の剛風を吹き出した。


凍ってなるものか!

お?

魔法が使える?

と言うことは、ここなら私も使えるのか?


『ねえ、アイツの弱点って何?』

『竜魔獣などと言うケダモノは初めてだ。知る訳無かろう?』


地面を転がり氷の吹雪から逃げ惑いながら、頭の堅い毒ちゃんに怒鳴った。


『いや、だから!竜族の弱点と、狼魔獣の弱点を聞いているの!!』

『ああ、成程。合体した生命体であれば、弱点も元の身体から引き継いでいるかも知れんな』


呑気に話す毒ちゃんにイライラする。

こっちは必死で逃げてるってのに!


会話に気を取られていたせいで、突進し眼前まで迫っている竜魔獣に気付くのが遅れた。

立ち上がったと同時に、右腕から斜めにかけて鉤爪で切り裂かれてしまった。


痛ーーーーっい!!!


瞬間、カッとなり恐怖心が消えた私は、左の拳を竜魔獣の右眼に叩き込んだ。

一瞬よろけた狼に向かい、今度は裂けた腕に力を入れて右拳を叩き込む。


うぉぉぉーーーおっ!!


右眼への連打で視界が悪くなったのか、竜魔獣は至近距離から爆風雪を放ってきた。

距離をとらざるを得なくなった私は、直ぐさま飛び退って相手の攻撃から逃れた。


先程よりも走り易い。

よく見ると、右腕は結構深い2本の爪の痕から血が滴っているが、その爪が上手い事ドレスまで切り裂いてくれていた。

ドレスのペチコートがクッションになって脚は切られていないが、太腿近くまでスリットが入り動き易い事この上ない、笑。


よくやったと不敵に口角を上げて銀狼を見る。

だが右眼から血を流す竜魔獣は、足元がふらついていた。


うん?

この程度で立てなくなる程弱いのか?

よく見ると、腫れた右眼は分からないが、左眼の赤色が変化し深い青色になっている?

・・・クロの瞳と同じ色?


竜魔獣は上手く息が出来ないのか、しゃくりあげる動作を繰り返し嗚咽の様な声を出している。

何かを吐き出そうとしているのか?


『どうしたのかな?私の拳が相当痛かった?』

『どうだろうな。あの程度で倒れるようなバケモノではあるまい』


じっと観察していると、眉間に皺を寄せ苦し気だった竜魔獣の表情は元の鋭い顔に戻り、足元の震えも無くなった。

低く唸り出した竜魔獣の全身から黒い陽炎のような揺らぎが立ち昇り、見ると青かった右眼が再び真紅に染まっていた。

今までの様子とは違い、更に殺気を漲らせた銀の魔獣は、牙を剥き涎を滴らせて私に向かいゆっくりと前脚を出してきた。


うっ。

これは何処かのゲームでもあった激昂モードだ。

破壊力は通常モードの何100倍。

つまり、次の一手は即死攻撃だ。

ゲームでは、よくある神がかった武器なんかでこちらの攻撃力を高めるのだが、如何せん近くに得物が無い、泣。

こうなったら防御力を高めるしかない。


私は魔力全開で狼の眼を睨みつけた。

その直後、消えたと思った狼の顔が目の前にあった。


何て速さ?!


驚くと同時に、竜魔獣は氷の爆風を正面から叩きつけてきた。

飛び退く余裕も無く、全開にした光魔法で受け止める。

あまりの冷たさに両手の感覚が無くなっていく。

見ると、両腕が氷で凍結し始めている。


これはマズイ!!


慌てて身体を捻り爆風を横に逃がそうとしたが、飛びかかって来た竜魔獣の両前脚で身体を倒され地面に押さえつけられてしまった。

何とか光魔法で氷魔法と爪の物理攻撃を凌いでいるが、このままでは時間の問題だ。


『狼魔獣の弱点は?!』


毒ちゃんに歯を食いしばりながら叫ぶ。


『炎だ』

『無理!』


私が操れるのは光と闇だけ。

炎なんてものはマッチでしか起こせない、泣。


『竜族の弱点は?』

『再生能力が低い事だ。だが、コイツの右眼は既に治り始めている。魔獣の強い再生能力で相殺されているのだろう』


うがーっ!

どちらの弱点も攻められない!

ここで終わるのかヒロイン?

いや、終わっちゃダメだろヒロイン!


私はヒロイン、私はチート。

チートなんだから、炎くらい出せるだろーっ!!


目の前に迫る銀狼の禍々しい赤い眼を睨みつけ、祈るように叫んだ。


お願い!

私の中の竜の力よ、少しでもあるなら力を貸して!!


すると、私の身体の奥から太く赤黒い縄の様なものが飛び出し、生き物のように蠢きながら竜魔獣に巻き付いた。

よく見ると、赤黒い炎を纏った大蛇がシューシューと音を立てながら竜魔獣の身体に食い込んでいく。

竜魔獣は堪らないとばかりに私の身体から前脚を離し後退った。

蛇は竜魔獣の首にまで這い上がると、首を締め上げその力を強めていく。

大蛇の炎が銀の魔獣の毛を焦がす嫌な匂いがしてきた。

氷風を吐き出せなくなった銀狼の口からは呻き声が漏れ、苦しそうに身を捩っている。


よ、よし!

良くやった私!

よく分からないが、取り敢えず炎っぽいものは出せた。

流石は私、流石はチート!


直ぐさま立ち上がり、光魔法を解いて両の腕に闇の魔力を募らせる。

癒しの魔法で凍りかけた腕の感覚が戻ってきた。

腕を摩りながら銀狼に視線をやる。

大蛇に締め上げられ喘ぐ両眼は、先程のように赤と青とが明滅するように変化を繰り返していた。

ふと胸のあたりを見ると、赤黒い大きな塊が心臓のように脈動している。


これは、もしや竜毒?


そして苦しそうにする銀狼の顔を見て悟った。

銀狼は竜毒に抗っているのか?


『この子、竜毒を拒んでいるの?』


毒ちゃんに話しかける。


『この子?随分と可愛い呼び方になったな』

『魔獣と竜毒は相性悪いとか?』


私は毒ちゃんを無視して続けた。


『本来の交配では無い、竜の血と魔術を駆使して出来た生命体だ。竜の血は竜毒と呼ばれる程、他種族には強すぎる魔力を持つ。人族より遥かに強い魔力を持つ魔獣であれば、互いの力が反発し拒絶するのも無理はない』


毒ちゃんは、安全地帯の私の胸元からひょこっと顔を覗かせて悶える竜魔獣を見ながら教えてくれた。


巻き付く大蛇の戒めの中、翼を広げようと藻掻き身を捩る銀の魔獣。

胸の竜毒は次第に膨れ上がって歪な形を成し、爆発でもしそうに脈動している。

そこから逃れようと、竜魔獣は身の置き所なく狂ったように暴れ出した。

巨体を揺らしながら、見境なく壁や地面に身体を打ち付ける。

大蛇の戒めは緩むことは無かったが、赤黒い炎は勢いを失っていた。

呻き声をあげて頭を上下に揺さぶった後、竜魔獣は口から大量の血を吐き出した。


!!

その時、弱々しく頭を上げた銀の魔獣と眼があった。


『殺してくれ・・・』


深い青の瞳が、悲しそうに揺れていた。

離れていても分かる程、胸の竜毒が一際大きく蠢いた。


ダメだ!

破裂してしまう!


何をすれば良いか分からないのに、私は銀狼の元へ駆け出した。

銀狼は、瞳の色を赤と青に変化させながら巨体を大きく揺さぶっている。

その荒々しい動きとは違い、先程の銀狼の声は深く穏やかな声だった。

それでいて、とても辛そうな・・・。


銀狼は高潔な魔獣だ。

それを無理矢理、皇帝の持つ竜の血で穢されて化け物に造り変えられた。

こうして竜毒が暴れる中でも、魔獣の誇りを失わない。

魔獣として終わりたいと。


私は、地面に転がり荒い呼吸を繰り返す銀狼に手を伸ばし蛇の戒めを消した。

その瞬間、両の瞳が真紅に変わり、竜魔獣は私の肩と胸に前脚の爪を食い込ませて馬乗りになった。


『ルナ!』


毒ちゃんが焦った声を上げる。

身体に食い込む爪に痛みを覚えるも、私は黙って銀狼の瞳を見つめた。

このまま竜魔獣に殺されるかもしれないというのに、心は落ち着いていた。

この子はそんな事はしないと思えた。


苦しそうに息をしている銀狼は私を掴む前脚の爪に力を入れたが、それ以上動くことは無かった。

食い込む爪の痛みに歯を食いしばりながら左掌を大きくなった竜毒に向けて翳し、ゆっくり魔力を集中させる。

眼を瞑り、私の中の竜の力に問いかける。


『こんな事をする為に、あなた方竜族は血を繋いできたのでは無いですよね、始祖竜さん?』


生命を弄ぶような、そんな勝手な所業を自然の理が許しはしない。

眼を見開き銀の魔獣に巣食う竜毒に叫ぶ。


どうか、あるべき場所に戻って!


私の叫びに応えるように掌に集まった闇の魔力は、虹色の光を纏う初めて見る美しい色を広場一面に放った。

闇の光に照らされた銀狼の瞳は濃い青となり、その表情は穏やかなものに変わっていった。

私の身体に食い込んでいた爪の力も抜け、狼はふらついて巨体を横に倒した。

私は慌てて起き上がり、銀狼の胸元を確かめた。


おお!

あの禍々しい肥大した竜毒が見当たらない!

始祖竜さんが願いを聞いてくれたのか。


良かったと喜んだのも束の間、銀狼の呼吸が浅く動いていないように見えた。

急いで血でベタ付く口を上下に開け、大きな背中を必死で撫でる。


息をして、死なないで、お願い!


『ルナ、此奴はもう・・・』

「まだだ!まだ生きてる!死んでない!」


もっと早く竜毒を取り除いていれば、もっと早く竜毒に気付いていれば!


銀狼の半分閉じた瞼から除く濃い青の瞳は、次第に光を失っていった。


こんな、こんな・・・!!


空の下、大地を駆り多くの魔獣の上に君臨する美しい銀の狼。

こんなところで、こんな風に死んで良い筈が無い!


眼から温かいものが溢れ、視界が滲んで良く見えない。


「ほう、死んだか。竜の血を与えられながら、所詮は獣、大した力は無かったな」


音もなく直ぐ背後に現れた妖魔術師が嘲るように言った。

その言葉に心が急速に冷えていく。


私は息をしなくなった銀狼の頭を抱きながら、自分でも気付かぬうちに闇の魔力を全身に募らせていた。


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