造り出された竜魔獣
憎たらしい魔法陣を潜ると、松明が焚かれた大きな広場に出た。
見上げると天井は高く、その先は真っ暗で空は見えない。
円形の広場は真ん中が闘技場のように柵に囲まれ、その外側は階段状に高くなり、前世で見たコロッセオのようだ。
湿った土の匂いはするが風もなく、空気が流れる様子は無い。
地中に作られた演武場なのか?
よく見ると広場の壁には所々に窪みがあり、魔鉱石のランタンが置かれていた。
松明だけでは暗い地下も、これだけの魔鉱石の灯り取りがあれば影すら出来ない程明るい。
だが、所詮は作り出された光だ。
お屋敷から攫われてから陽の光を浴びていない。
植物では無いにしても、何だか身体中がカビてきそうな気がする、泣。
妖魔術師に来いと言われて来てみれば、格闘ゲーのスタジオときた。
もしかせずとも天下一ナンタラならぬ、地下一武道会なのか、泣。
私が立つ舞台脇とは反対にある閉ざされた入り口から、何かの咆哮が聞こえて来た。
ああ、本当にここで乙女ゲーから格闘ゲーにストーリー変更なのか?
私が肩を落としウンザリしてると、分厚い鉄の扉が下から上へと軋みながら開けられた。
暗がりから姿を現したのは、魔鉱石で出来ているであろう頑丈な格子の向こうで、深紅の瞳に怒りを滾らせたあの巨大な銀狼だった。
は?
マジですか?
こいつと戦うの?
私が呆然としていると、会場内に皇帝の愉悦に満ちた声が響き渡った。
「中々に立派な魔獣であろう?此奴はその辺の知能を持たない野獣とは違う。其方が魅入られるのも当然だ」
声のする方に視線をやると、3階の高さ位のテラス席に立つ皇帝が妖魔術師と共に居るのが目に入った。
文字通り、高みの見物か?
「其方は知っているか?帝国の三神殿は力の象徴でもあるのだ。大神殿ターバルナは天空の力を、小神殿ウォドラは大地の力を、小神殿ナバルは生き物の力をな。それが昂じて、ターバルナは光魔法を、ウォドラは魔鉱石を、そしてナバルは生命創造を研究するに至った」
何だ?
ここに来て、頼んでも無いのに皇帝からの帝国史特別講釈か?
「中でもナバルの研究は実に素晴らしい。新たな生命体を生み出す事に成功したのだからな。その最高傑作が今、其方の目の前に居る魔獣だ」
こいつ、魔獣を実験で造り出したのか?
「初期には奴隷の血を使い、魔獣から魔人を生み出す事を試みたが何の変化も見られなかった。人族の血など魔獣の足元にも及ばぬものだ。そこで余は考えたのだ。人よりは多少強いこの卑しい竜の血が、少しは役に立つやも知れぬとな」
自分が立つこの場所からは皇帝の顔がよく見えないが、きっと瞳の色は真っ黒に違いない。
「我が息子ながら才能も魔力も無い哀れな第一皇子は、それでも使いようによっては役に立ってくれた。あれが第二皇子を殺めてくれたお陰で、竜の血を手に入れたからな」
その言葉に寒気と吐き気が込み上げてくる。
血を分けた我が子が死んだというのに、サンプルを手に入れたと喜んでいる。
本当にこいつ、頭がおかしい、狂ってる・・・。
「だが、竜の血を与えられた魔獣は、その血に耐えられず崩れて死んでしまうのだ。何度繰り返しても結果は同じだった。仕方無く余の血を使う事にした。そして成功したのが二体の竜魔獣、狼と鷹だ」
皇帝は研究に成功したマッドサイエンティストよろしく、滔々と語り続ける。
「しかし、浅ましい血は高潔な魔獣にも拒まれるらしい」
皇帝は口元を歪めて自虐的に笑っている。
「竜の血が気に入らなかったのか、鷹魔獣は血を吐き出して一年も持たずに絶命した。だが・・・」
彼は、魔鉱石の格子に鋭い歯を見せながら体当たりを繰り返す銀狼に視線を移した。
「此奴は、その屍すら喰らう程悍ましい獣だ。見るが良い、あの翼を。鷹から奪い、自らの物にしてしまう強欲さを。まさに竜の血を宿すに相応しい生命体だ」
竜の血を穢す事に快感を覚えているのか?
だが、やってる事は竜の血を掛け合わせた魔獣造り。
つまりは、竜の血を延々と伝え永らえる事ではないのか?
「竜の血を絶やしたいと言いながら、貴方がやっている事はその血を繁栄に導いている。何がしたいんだ?!」
怒声を上げた私を一瞥すると、皇帝は見下すような視線のまま口を開いた。
「側に居たと言うのに分からぬのか?あれの忍耐を?」
ジークさんの事?
「帝国史上存在しなかった力の持ち主でありながら、その力を押さえ得る忍耐。それを解き放つには其処らの魔獣などでは役不足だ。より強力な敵が必要なのだ。力ある生命体を創造する目的ならば、この忌わしい血など幾らでもくれてやる」
ジークさんの怨嗟竜化を仕向ける目的で、敵となる強力な生命体を新たに造ろうとしたのか?
「だが、其方の存在で計画は変更だ。其方と言う存在が分かっていれば、わざわざ面倒な実験を繰り返す事も無かったな」
どう言う意味だ?
「愛しい女が目の前で無惨な姿を晒せば、何も魔獣などと戦わずとも力を解放するだろうよ」
皇帝は愉快そうに笑っている。
初めて夜会で会った時と同じ表情だ。
何故、あの時、温かい人だなどと思ったのだろう?
人にあるその感情の欠片も見当たら無いのに。
「だが、折角骨を折ってまで生み出した竜魔獣だ。せめてあれの代わりに其方が相手をしてやってくれ」
皇帝が片手を上げると魔鉱石の格子が消え、銀狼が涎を滴らせながら前脚を一歩前に出して来た。
「余はこれで失礼する。これから来る大切な客をもてなすのでな。其方が暫し奮闘するならば、此処に案内してやろう」
そう言い残すと、皇帝は笑いながら踵を返して暗闇に消えて行った。
テラス席には妖魔術師が残り、先程の殺気を私に向けて放ったまま微動だにしなかった。
『ルナ!危ない!!』
毒ちゃんの叫び声と同時に、フッと頭に黒い影がかかった。
竜魔獣の銀狼が、その翼を広げて頭上から私を睨んでいた。
あれだけの巨体でありながら、音も無く移動しているなんて!
耳を劈くような咆哮を轟かせ、銀狼は上空から一気に下降し私に襲いかかって来た。




