束の間の優しい逢瀬
両の掌に集まる温かな光。
この光に触れていると左眼も温かい。
そして身体の芯に響く、今一番会いたい人の声。
「ジークさん?!」
『ルナ!無事か?!』
「本当にジークさんの声ですね?!」
『ああ、怪我はしていないか?』
光の中を覗き込むけれど、姿を確かめる事は出来ない。
久しぶりに聞くジークさんの声は、心配そうな気遣うものだった。
「大丈夫です。ジークさんこそ体調は変わりませんか?竜毒さんに襲われてませんか?」
つい、勢いよく矢継ぎ早に聞いてしまった。
ジークさんが笑った気がした。
『心配無い』
「安心しました」
私の居ない隙を見計らった竜毒さんの攻撃は、今のところ大丈夫そうだ。
『今、何処にいるか分かるか?』
「それが、良く分からないんです。どうも魔法が発動できない魔障壁?に囚われてるみたいで。第一馬鹿皇子と何処かの三男さんと妖魔術師に攫われた後、気を失ったらここに閉じ込められてました」
『魔障壁か・・・』
「神殿にあるものなのですか?」
『そうとも限らない。だが必ず助け出す。だから、ルナ、危ない事はするな』
こんな時でも、ジークさんは、私がじっとしていない人間だと分かっていて釘を刺してくるんだな、笑。
「色々したいのですが、魔法は使えないし拳も蹴りもダメでした。外に出る何か良い方法はありますかね?」
『既に遅かったか・・・』
ジークさんの溜息が聞こえてきそうだ。
「そうだ!ジークさん、色々お話ししたい事があるんです!私、過去に渡って竜毒さん2号を捕まえてきました!」
『は?』
「どういう原理か今はさっぱり分からないんですが、絶対解明して、ジークさんにくっついている竜毒さんを引っ剥がしてみせます!虫とか蜘蛛に突っ込んで、ジークさんを虐めていた分の憂さを晴らしますから!」
暫し無言になったジークさん。
あれ?
もしかして、もう会話が途切れちゃったのかな?
どうしよう。
まだ伝えたい事が沢山あるのに、汗。
すると、ジークさんの震える笑い声が聞こえてきた。
「・・・ジークさん?」
『・・・ふっ、ああ、いつものルナだな』
?
どうしたんだ?
『泣いていないか心配だった』
うっ。
そんな優しい声で言われたら、泣きたくなる・・・。
「ジークさんの声で元気が出ました」
さっきまで本当に泣きそうだった。
やっと聴けたジークさんの声。
これで、ジークさんに触れる事が出来たなら・・・。
「ジークさん、お願いがあります。約束して貰えますか?」
『どうした?』
泣きそうな自分を奮い立たせたくて、私は話を変えた。
ジークさんは、私の言葉に少し緊張した声になった。
「私がここから出られたら、沢山ご飯を食べさせてください」
私が真剣に言うと、先程と違いジークさんは緊張を解いた声で笑いながら返事をくれた。
『ああ、分かった。好きなだけ食わせてやる。肉とケーキが好きなのだったな?』
「それと、もう一つ、約束して下さい。絶対に怨嗟竜にならないって」
私の言葉にジークさんの笑いが途絶えた。
「私、過去に渡った時に、折角手にした竜牙剣を失くしちゃったんです。なので、誰かが剣を拾って怨嗟竜になったジークさんを刺したりしたら困るので。あ、因みに馬鹿皇子が持ってたのは偽物っぽかったので、粉々にしてやりました」
一瞬の沈黙の後、ジークさんが声を立てて笑い出した。
初めて聞くジークさんの大笑いに驚いてしまう。
ジークさんが壊れた?
顔が見えないから、普段と違う様子のジークさんに心配になる。
『ははっ、本当にルナは読めない。いつも予想外の行動に出る。一緒に居て飽きる事が無いな』
むう。
それは褒め言葉ですよね?
ジークさんは楽しそうだが、何となく小馬鹿にされている気もしなくはない。
『ああ、約束する。そんなバケモノにはならない。夫がそんなモノになったら、夫婦生活に支障がでる』
「おっ、夫っ??ふ、ふうふっ生活っ?!」
ジークさんの明け透けな物言いに、思わずどもってしまう。
こんな時でさえ揶揄うことを忘れないジークさんは、やっぱり腹黒さんだ、汗。
『ルナ、誰か来る気配がする』
毒ちゃんが私の膝で飛び跳ねた。
「ジークさん、誰か来るみたいです。また連絡しますね」
『ああ、分かった。気を付けろ。無茶はするな』
もしかしたら、もう連絡出来ないかも知れない。
不意にそう思って、私は早口で話しかけた。
「早くジークさんの元に戻りたいです」
視界が熱いもので歪んでくる。
『ルナ、お前を・・・』
掌の髪留めは急速に光を失い、左眼の温かさが消えたと同時にジークさんの声が聞こえなくなってしまった。
・・・酷いな、ジークさん。
最後の言葉が私の嫌いな『お前』だなんて。
今度会ったらぐーパンチだ。
そう、最後になんてしないから。
絶対に、もう一度ジークさんに会うんだ。
その時、パキッと掌で音がした。
見ると、髪留めに施された黄金色の石が砕けて砂のように崩れ、煌めきながら空間に溶けていってしまった。
あの時、この髪留めに触れてくれた時、ジークさんは私の身を案じておまじないをかけてくれたのかも知れない。
こうやってジークさんの声が聴けたのも、そのお陰なのかな?
ありがとう、ジークさん。
ありがとう、金の髪留めさん。
細いピンだけになってしまった髪留めさんを握りしめる。
私がひと時の逢瀬に心を温めていると、背後のノブ無し扉をノックする音がした。
身の危険を感じたのか、毒ちゃんが私の掌に飛び乗ってきた。
私は慌てて握っていた金の髪留めさんと共に、毒ちゃんをドレスの胸元に押し込んだ。
その直後、こちらが返事をしないのに扉が内側に開かれ、お仕着せを着た無表情の女性が二人入って来た。
「身支度のお手伝いに参りました。こちらへどうぞ」
腰を折り頭を下げる二人は、返事も聞かずに扉の外へと私を誘導した。
視線は下で、目を合わせようともしない。
何だかお人形さん相手にしているみたいで怖いんですケド・・・。
待望の部屋の外だと思ったが、扉の外は真っ暗闇で何も見えない。
私の前を歩く侍女さんは、手にランタンを持って真っ直ぐ廊下と思われる暗闇を歩いていく。
ランタンの灯りはほんの少し先しか見えないから、何処へ行くのかも分からない。
私の後ろにはもう一人の侍女さんが居る。
ここで侍女さんたちを脅しても何処へ行けば良いか分からないから、今逃げるのは得策では無いだろう。
私は黙って侍女さんに追ていった。
侍女さんが前方の暗がりに手を翳すと不思議な事に扉が浮かび上がり、ゆっくり左右に開け放たれた。
促されて中に入るとそこは広い湯殿で、湯船には湯が張られ既にもう二人、侍女さんが待機していた。
これはもしや、風呂に入れという事なのか?
背後で扉が閉まる音がして振り返ると、後ろに居た侍女さんが私のドレスのリボンを解き始めていた。
「ちょっとお待ち下さい!あの、一体何をするおつもりですか?」
慌てて身を引いて我が身を抱き締める。
「身支度を整えよと主さまからのご命令です」
侍女さんは顔を上げる事なく淡々と答えた。
「貴女方の主さまとはどなたです?」
「お会いになれば分かります。さあ、主さまをお待たせしてはなりません。急ぎ身支度を整えましょう」
そう言うと、今度は3人がかりで私のドレスを脱がせ始めた。
おいおい、のっぺらな無表情の女性たちに羽交い締めにされるって、かなり怖いんですケド・・・汗。
ドレスの胸元には毒ちゃんと髪留めさんが居るのだ。
何処かに乱暴に捨てられたりしたら堪らない。
『毒ちゃん、上手に隠れられる?』
私は念話で話しかけてみた。
『おお、やってみるぞ』
腰のリボンが解かれて緩くなった胸元からスカートの裾へと、毒ちゃんは素早く移動していった。
あとは踏んづけられないようにお祈りだ。
ほっとしたのも束の間、下着も剥ぎ取られて湯船に連行されてしまった。
こんな状況下でも久しぶりのお風呂だ。
ここに来るまでに殴られ蹴られ引っ張られで、あちこち汚れたり傷ついたりだったから、お風呂で少しはゆっくりしたい。
そう思って湯船の縁に頭を預けていると、侍女さんに頭をお湯で流された。
石鹸を泡立てられると急に眠気が襲ってきた。
ウトウトしている私を気に留める様子も無く、侍女さんたちはせっせと私を洗ってくれた。
起こされて湯船から上がり身支度を整える。
鏡台の前に座らせられ、化粧やら髪やらと無言で支度していく侍女の皆さん。
殆ど眠っている間に淑女の装いが完成していた。
「それでは失礼致します」
四人の侍女さんたちは腰を折り礼をすると、部屋から出ていってしまった。
その内の一人が、私の着ていたドレスも持って出て行った。
ハッとして、ひとり残された部屋の中を見回す。
「毒ちゃん、どこ?!」
返事がない。
どうしよう、毒ちゃんも連れて行かれちゃったの?!
急に心細くなってオロオロしていると、湯船の方から水の跳ねる音がした。
『ここだぞ』
急いで湯船まで行くと、お湯の中を気持ち良さそうにスイスイ泳ぐ毒ちゃんが居た。
「ちょっと、いつからそこで泳いでるんですか?」
『ルナが上がった後、隙を見てここに居たぞ』
毒ちゃんは気持ち良さそうに平泳ぎをしている。
まあ、楽しいなら良いけどね。
はっ!
「毒ちゃん、髪留めさんは?!」
唯一、今ジークさんと繋がっていられる心の拠り所だ。
あの子が無くなったら・・・。
『ちゃんとそこにあるだろう?』
毒ちゃんの視線を追った先に、湯船の縁に置かれた髪留めさんがいた。
無事な姿を見て安堵する。
お湯に落ちないように手に取り、愛しさのあまり頬ずりしてしまう。
ジークさんが口付けてくれた黄金色の石はもう無いけれど。
それでも、この子が見せてくれた優しい力に応えたい。
『おい、また誰か来るぞ』
今度は誰だ?
来客の多い日だ。
毒ちゃんはタオルの上に飛び降りて手足をパタパタさせた後、私の掌に飛び乗った。
毒ちゃん、それで身体を拭いたつもりなのかい?
カエルなだけに、濡れていないと身体壊しちゃうからこれ以上は乾かせないのか?
かなり濡れている毒ちゃんを、髪留めさんと一緒にドレスの胸元に突っ込んだ。
背後から扉をノックする音が響く。
返事をする気にもなれず扉の前に立って待っていると、左右にゆっくりと扉が開かれていった。
そして扉の外に立っている美丈夫を見て驚く。
「お迎えに上がりました」
彼が優雅に腰を折ると、後ろで一つに束ねた黒髪が近衛服に掠れてサラサラと音がした。
「何故、貴方がここにいらっしゃるのですか、デンゼルさま?」
初めから苦手だった黒髪のイケメンさんは、私の問いかけにも顔色一つ変えず、相変わらずの人形顔で私に手を差し出して来た。




