竜の守りが見せた夢 1
冷たかった筈の身体が何だか温かい。
首を巡らせて辺りを伺う。
何処か広い庭園にいるようだ。
先程まで居た薄ら寒い古屋と違い、陽射しも暖かく小鳥の囀りも聞こえる。
近くには噴水もあって、水音も耳に心地良い。
でも、どうして私、ここに居るんだろう?
妖術師に頭を踏みつけられて、そこから意識が遠くなったのだっけ。
あれ?
もしや、ここ、天国??
たかが踏まれるだけで、私、死んじゃったの?!
そんなに柔だったの??
って言うか、ヒロインってそんな簡単に死んでいいの?
乙女ゲーのエンディングが雑すぎる・・・涙。
私が悶々としていると、背後の生垣から声がした。
『此処に居たのかい、ルーネリア』
振り返ると、金髪に緑の瞳の青年が麗しい笑顔で近付いて来た。
うん?
ルーネリアって誰だ?
疑問に思う私に、金髪のイケメンさんは何の躊躇も無く私の頬に手を添えた。
おい!
ちょっと待て!
驚いて後退る私に目を見開いて、彼の方も私に驚いているようだった。
『どうしたの?何かあったのかい?』
『え、あ、あの・・・?』
あれ?
自分の声がおかしい。
こんなにキンキン声だったか?
考え込む私の肩を今度は優しく引き寄せたイケメンさんは、反対の手で私の髪の毛をひと房掬った。
その手にある髪を見てギョッとした。
ひえ??
髪の毛が黒い!!
何で?
私は両手で自分の顔をペタペタ触ってみた。
そして、気が付いた。
これ、私じゃない!?
もう、次の世に転生したというのか?
・・・はあ、今度は何に生まれ変わったのだろう?
自分の身体を見下ろすと、ルナの年齢よりももっと上のようだ。
前世?の時よりも胸は豊かだし、手足も長く身長もありそう。
一番大事なのは美人かどうかだ。
急ぎ確認せねば。
『あの、顔、を確認したいのですが・・・』
金髪イケメンさんにお願いすると、彼は微笑みながら優しく言った。
『どうしたの?君はとても美しいよ?何か心配な事でもあるのかい?』
ええ、そうです。
貴方がどう思うかでは無く、美人かどうかを私自身で納得することが大事なんです。
うんうん頷くと、彼は可笑しそうに笑って私を噴水まで案内した。
水面に浮かぶ自分の顔を覗き込む。
『よくご覧、見事な黒髪に縁取られた白い顔、青い瞳は清らかなせせらぎの色だ。どこもおかしなところなんて無いさ』
うーん、確かに美人さんのようだが、何か引っかかる・・・。
何処かで見たことあるような顔なのだ。
然も、何となく苦手な印象が・・・?
『ルーネリア・・・?』
背後の金髪イケメンさんが、水面に映る私の顔を心配そうに見ている。
『申し訳ございません。一瞬、夢を見ていたようで、少し混乱しているようです』
私の言葉にイケメンさんは眉を顰め、私を噴水の淵に座らせた。
『いつもの元気なリアが私に敬語を使うなんて、本当に辛かったのだね?話してごらん?』
私の隣に隙間なく座る金髪イケメンさんは、私の顎に手を添えて視線を合わせてきた。
うへ!
確かにツラいです、今現在、汗。
この場をどう乗り切れば・・・。
『兄上、此処にいらしたのですね?』
声のする方へ顔を向けると、12〜13歳くらいの黒髪の男の子が庭園の入り口から此方に歩いてくるのが見えた。
取り敢えず助かったー汗。
『アル、何か用かい?』
『お忘れですか?私に剣の稽古をつけてくださるお約束です』
アルと呼ばれた少年は、そう言って持っていた2本の模擬刀を青年に見せた。
『ああ、すまない、忘れていたよ。明日でもいいかな?』
『そう言って、また先延ばしにするおつもりですか?いくら婚約者と過ごす時間が楽しいとは言え、皇太子でいらっしゃる兄上が約束を破るのでは周りに示しがつきません』
凄いな、この子。
小さいのに難しい言葉を淀み無くスラスラ言えるなんて。
この少年のお陰で、今置かれた状況が少し分かってきた。
どうやら私は、皇太子の婚約者ルーネリアなる人物に転生?したというところか。
そして、このお隣の金髪イケメンさんが皇太子で、目の前のアルという少年がその弟なのか。
『分かった、分かった。では訓練場に行くとしよう』
皇太子がそう言うと、アルは嬉しそうに顔を綻ばせた。
『やった!今日は兄上の時間が空いているとライリーから聞いていたのです。夕食までは付き合っていただきますよ?』
『ライリーの奴め、皇子の一日の予定を簡単に話してしまうなど、従者失格だな』
皇太子は笑いながらアルの頭に手を乗せて乱暴に撫でた。
『ルーネリア、今日の埋め合わせはするよ。今日は疲れているようだから、ゆっくり休むといい』
『ありがとうございます』
私の言葉に、アルも驚いたように私の顔を見た。
『どうしたのルーネリア?いつもの言葉使いと違うけど?』
うん?
この子って、どんな言葉使いしてたのさ?
『大丈夫だよ。最近、妃教育で休めていなかったから疲れが溜まっているんだよ。数日休息をとれば、いつものリアに戻るさ』
笑顔を貼り付け二人を見送る私を背に、皇太子はアルにそう言い聞かせた。
二人が見えなくなってから、背後の噴水の淵に腰を下ろす。
大きく溜息をつきながら、もう一度水面に映る自分の顔を眺めた。
何でこんな事になっているのだろう?
前世の前世も記憶にあるのに、また転生?
3人の人格など一度に扱えるものではない。
然も身近な人間は、またもや皇族。
そんな偉い人たちに不審に思われたら、今世?も死亡フラグに追いかけられるに違いない。
早いところ今回のストーリーからも脱出したい、涙。
項垂れていると、視線の先の胸元に何か温かさを感じた。
?
何だろう?
ドレスの上から胸元を押さえると、何か硬いものが触れる。
ペンダントか何かかな?
周りに誰かが居たら端無いと思われそうだが、それでも構わず胸元に手を突っ込んだ。
すると、獣の牙を模ったペンダントが白く光っていた。
こ、れ・・・?
バラーさまから頂いた、もとい預かった竜の牙のお守りでは?
うん?
と言う事は、前世?から今世?は続いているの?
そう思った瞬間、お守りは突然視界を真っ白にしてしまう程の強い光を放った。
何これ?!
そして気付くと、石の壁に囲まれた小さな空間に居た。
小さな祭壇もあり、此処で何かを祈る場所だろうか?
『ルーネリア』
振り向くと、先程のイケメン皇太子が爽やかな笑顔で、大事そうに持つ宝箱を掲げて見せた。
『以前から君によく話していたものだよ』
皇太子は祭壇に宝箱を置くと、宝箱の鍵穴に手を当てて何か詠唱し始めた。
箱の周りに光が輪のように煌めき、カチリと音がして箱の蓋が少し浮き上がった。
皇太子が蓋を開けて中を見せた時、驚いた。
え?
これ、ひょっとして竜牙剣?
あの時、第一皇子の目の前で意気揚々と粉砕して見せたあの剣が、目の前の箱に破壊される前の完全な姿で収まっているのだ。
??
・・・と、言うことは、もしかして、私はルナでいた時の過去に居るのか?
『あの、今は帝政何年になるのでしたっけ?』
皇太子はキョトンとした顔を向けてからクスクス笑い出した。
『ふふふ、忘れてしまったの?妃教育が厳しいのかな?今年は帝政2041年、父上の即位オルド歴24年になる』
!
帝政2041年?!
ルナでいた時代は帝政2070年だった。
つまり、29年前に転生したのか??
過去に転生?
これはラノベでよくある、過去に戻ってやり直しを目指せってパターンなのか?
でも、ルナじゃない別の人間でやり直しって何すりゃいいの?
竜牙剣を壊したのが間違いで、コイツを後生大事にしておけという運命の導きなのか?
そっかー、これ、そんなに大事な物だったのかー。
箱の中の竜牙剣を繁々と眺める。
破壊する前に見た時と違い、今、目の前にある剣は虹色の輝きを放っている。
おや?
姿形はそっくりだが、一目で魔力を持つ本物の剣だと分かる。
第一皇子が見せた物はやっぱり偽物だったのだろう。
壊して正解、笑。
ほくそ笑む私の肩に皇太子の手が乗せられた。
『以前話したように、この剣は皇帝が代々受け継ぐ大切な物、皇帝の証とも云うべき物なんだ』
イケメン皇太子は愛でるように剣の刀身を撫でた。
『言い伝えでは、始祖竜の牙を鍛えたもので、守りの剣とされているんだ』
『守りの剣?』
イケメンさんは、ちょっと困った顔で私を見た。
『それ以上の事は分からない。本来、この剣は皇帝だけが知る存在だ。書物にも残されない、皇帝から皇帝へと伝わる秘匿されたものなんだよ。私はまだ皇太子だから、この剣の役割を知るのはこれからなんだ』
うん?
なら何故、今その存在を知っているんだ?
私が眉間に皺を寄せていると、私の言いたい事が分かったのか、皇太子は片目を瞑って悪戯っぽく笑って見せた。
『私がまだ小さい頃に、祖父が内緒でよく見せてくれたのがこの剣なんだよ。いつかお前が受け継ぐものだと言って』
おいおい、そんな国の機密事項を、簡単に見せたり教えたりする国のトップって、大丈夫なのか?
然も、婚約者とは言えまだ皇族にもなっていない小娘に教えちゃうあたり、この国の行く末が心配だ。
私が青い顔で黙っていると、イケメンさんは眉をハの字にして私の頬を指でなぞった。
『大丈夫だよ、心配は要らない。秘密は守るからね』
いやー、すでにルーネリアに話してる時点で守られてませんけど?
心の中でイケメンにツッコミを入れていると、またもや胸元が温かくなり竜の守りが輝き出した。
目の前にいた筈の皇太子は白い光で霞んで見えなくなった。
白く眩しかった光は、先程まで居た空間を広く押し広げ、目を凝らすとそこは一面白亜の大広間だった。
ここは見覚えがある。
そうだ、バラーさまと初めて会った大神殿だ。
ふと、自分の頬が濡れている事に気付く。
床に座り祈禱台に手をついて、以前眺めた祭壇上の竜神像を見上げている。
何でここで泣いているんだ?
よく分からず涙を手の甲で拭っていると、背後から子供の声が聞こえた。
『そんな乱暴に拭ったら、ますます顔が腫れてしまうよ?』
振り返ると、皇太子の弟アルくんがハンカチを差し出していた。
私が受け取らずにいると、子供らしからぬ困った顔をしながら持っているハンカチで私の涙を拭い始めた。
この子の方がルーネリアより大人っぽいな。
『兄上のお加減は、やはりあまり良くないようだね』
おや?
皇太子は病気なの?
その治癒祈願に婚約者のルーネリアが、此処で祈りを捧げていたのかな?
情報が無い中、不用意な事を言う訳にもいかず私は黙って聞いていた。
すると、アルくんは吐息がかかる程グッと顔を近付け、声を落として私に言った。
『この前、君が言っていた竜牙剣の事だけど、それが本当に守りの剣なら兄上に使った方が良いのかも知れないね』
へ?
この子にも喋っちゃってるの、機密情報を?
皇太子に、その婚約者に、皇太子の弟皇子。
何とも口の軽い皆さんだ。
イカンでしょう、この国、汗。
私が驚いて彼の瞳を見ていると、アルくんはフッと目元を緩ませて視線を合わせてきた。
『大丈夫だよ。僕はいつでもネリーの味方だ。どうしたらあの剣を使って兄上を助けられるのか、調べてみるよ』
そう言って、アルくんは私の頭を撫で始めた。
10代前半の子供の所作としては違和感を感じる。
・・・何だか不気味なんですけど?
『ありがとう、アル』
怖くなった私は、身を引いて彼の手から離れた。
それが面白くなかったのか、アル少年は冷気のような冷たい視線を放った。
だがそれは一瞬の事で、直ぐに子供がよく見せるあどけない笑顔を作った。
この感じ、どこかであった気がするのだが・・・?
何か引っかかる感覚が度々あるのに思い出せない。
目の前の少年に漠然とした不安を抱きながら、気が付くと私は竜の守りを握りしめていた。
私の不安に応えるかのように、またしても竜の守りは白く輝き出した。




