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憤怒の腹黒皇子

バラーとの面会を終えて、直ぐさま屋敷に戻った。

日中は人目につく竜の姿になることを控えていたが、少しでも早く帰途に着くために姿など選んでいる余裕は無い。

竜の姿で高く飛び、かなりの速さで飛行した。


何者がルナを連れ去ったのか?

目的は竜牙剣を使って俺を殺す事だろう。

やはり第一皇子による陰謀か?


だが、本能が何かを警告している。

それだけでは無いと。

それが分からない。


帰り際、バラーが気になる事を言っていた。

竜牙剣はそれまで、数百年の長きに渡り皇城内に安置されていたと言う。

それが、現皇帝になってから神殿に置かれるようになったと。

まるで、皇帝が竜牙剣を遠ざけているかのようだ。


そして、バラーも気付いていた。

皇帝に対する違和感を。

優しい物腰の奥に、何か深い闇が垣間見える瞬間がある。

それが、亡き兄への想いから来るものなのか・・・?



屋敷の庭に翼をはためかせ舞い降りると、クロを先頭に執事のフレンツとルナの護衛を任せたアルバート、ゼルが屋敷から飛び出して来た。


「殿下!大変申し訳ございません!!」


3人が一斉に足元に跪く。

人の姿に戻り、ルナが消えた応接室に向かう。


「謝罪は後だ。状況を報告しろ」


怒鳴りたいのを必死で堪える。

揃いも揃って、目の前でルナを攫われるとは・・・。


「お客さまを応接室でお迎えしている時に、差出人不明の花束と白紙のカードがお嬢さまに届いたのです」


執事のフレンツが必死に報告してくる。

大方はクロから念話で聞いている。

ルナが連れ去られる前に、先触れ無く皇帝が来た事も聞いている。

だが、それ以外に客とは?


『会えば分かるよ、あの馬鹿女!』


肩に乗ったクロが毛を逆立てながら罵った。


女?

一体誰だ?


「実は、お忍びでグロードン公爵令嬢さまがお嬢さまにご相談にいらっしゃったのです」

「相談?」

「それは・・・」


俺の問いにフレンツは冷や汗を掻きながら言い淀んだ。


「第三皇子殿下の皇太子擁立を目的とした、公爵家との姻戚関係の提案でございます」


後ろに控えていたゼルが表情を変えず淡々と話した。

その瞬間、俺の足元に雷を纏った魔力が奔った。


「も、もちろんこれは非公式ですし、お嬢さまは大変冷静に対応なさり、今は公爵令嬢さまもご自身の意志ではなかったと謝罪なさっておいでですし・・・」


フレンツが焦って捲し立てる。


「ルナは?・・・ルナは何と言った?」


ルナの事だ、自身との婚約など解消して後ろ盾を選べと言うに違いない。

胸が重くなる。

まだ、ルナからの信頼を勝ち得ていない。

ルナ・・・。


「公爵家の対応の至らなさを一つひとつ挙げて、殿下へのお力添えとしては不足だと仰いました。お若くていらっしゃるのに鋭い見識をお持ちで、私は感服致しました!」


フレンツが興奮して話す内容は期待していたものでは無い。

身体の中心が冷えていく。


『ルナはね、ご主人さまは渡さないぞって。やれるもんならやってみろって言ってたよ』


クロが念話で教えてくれたルナの言葉に、冷えた身体の奥に何か温かいものが灯ったようだった。

聞きたかった言葉、ルナの想いを載せた言葉。

息を詰めていたことに気付き、小さく安堵する。


だが、今ここに、想いを聞かせて欲しいルナは居ない。

ギルアドやニクスが側にいるとは言え、妖術師の脅威を完全に排除出来るものではない。

だからこそ、封印した部屋から極力出さずにいたというのに。

部屋から出る口実を運んできた者のせいで、敵に隙を与えてしまったではないか。

紙から魔法陣を展開し、ニクスの魔力をも弾きルナを転移させるなど、ただの妖術師が成せる技では無い。

誰かが妖魔術師を造ったに違いない。




応接室の扉を乱暴に開けると、ソファーには金髪の娘が座っていた。

俺の姿を見るなり、弾かれたように立ち上がり礼をとった。


「どう言う事だ?」

「も、申し訳ございません。私の礼を逸した行動が、ルナさまを危険に晒す事態を招き・・・」

「お前の仕業では無いと言えるのか?」


小娘を睨み怒気を強める。

こんな愚か者のせいでルナが連れ去られたのだ。


「申し訳ございません・・・。ですが、断じて私は関わっておりません」

「証拠はあるのか?」


真っ赤になった顔で歯を食いしばりながら、娘は一瞬黙り込んだ。


「・・・ございません。ですが、ですが、殿下がルナさまを大切になさっていらっしゃるように、私にとってもルナさまは大切なお友達にございます!大切な方を貶める事は絶対に致しません!」


今度は泣きそうに顔を歪めながら声を荒げた。

女のヒステリーなど聞くに耐えん。


「友達だと?ルナを貶める建言をしたのではなかったのか?」


どの口が言うのか。

呆れるばかりだ。

小娘を餌に公爵家を叩きのめすのも悪くない。

だが今は、ルナの誘拐にどう関わっているのかを暴く方が先だ。


「あれは、私が浅慮でした・・・。殿下にもルナさまにも大変な無礼を働いたと後悔しております。・・・私はルナさまのお言葉で目が覚めたのです。あの方を、失いたくないのです!」


娘は泣きそうだった顔から、青い瞳を見開いて真っ直ぐ俺を見て言った。


「ならば誠意を示すのだな」


睨むように見据えてくる。

ルナも同じ眼をして何度も俺に挑んできた。


「ルナは何処だ?」


クロも念話が届かず、ルナが何処に連れ去られたのか分からない。

魔鉱石の指輪が奪われたか、魔術障壁がある場所に囚われているのか。


「分かりません」


娘の言葉に、俺の足元で雷が奔る。


「ですが、これが第一皇子の策略であるならば、恐らくはディルナー公爵領の一つ、アドラではないかと」


片眉を釣り上げて説明を促す。


「我々グロードンは、彼のお方(第一皇子)の度重なる蛮行に幾度と無く煮湯を呑まされて参りました。その為、間者を配して日頃より行動の把握に努めております。この数ヶ月はある騎士とお会いしている機会が多いようです。その者が頻繁に見かけられる土地がアドラです」


第一皇妃の生家であり第一皇子の後ろ盾でもあるディルナー公爵家。

帝都から南西に下った公爵領ベルガは、その肥沃な土地と温暖な気候で農耕や物流も盛んだ。

だが、更に西に進めば広大な湿地帯が広がり、密入国者や犯罪者の温床となっている都市アドラがある。

隣国セルバンとの国境も近く、ならず者の流入にも手を焼いている。

そして不気味な事に、古くから呪詛などを日常的に行う土着信仰が根強く残り妖術師の起源とも関係が深い。

西の小神殿ナバルも最近はアドラとの後ろ暗い癒着が指摘されており、帝国教エルーダの失墜になりかねない要素の一つだ。


公爵領ベルガ、アドラ、ナバルは共に近く、その関係には常に監視すべき帝国の闇がある。


「場所を知る者は?」

「週に一度、間諜と我が家の者が定期に連絡を取っております。4日後がその日にございますので、殿下をご案内出来るかと存じます」


4日・・・。

それまで、何も出来ずに此処で大人しくしていなければならないのか。

こうしている間にも、ルナが危険な目に遭っていると言うのに・・・!


アドラまでは馬で5日。

竜の姿であればものの数時間だが、敵に悟られる可能性が高い。

そのせいで、ルナに危害が及ぶ危険性がある。

もし、ルナに何かあれば・・・!

視界が赤く染まりそうだ。

意識を竜に乗っ取られては、怒りを晴らす為に全てを破壊してしまう。


駄目だ。

冷静に考えろ!

奴らは竜牙剣で俺を殺そうとしている。

唯一、竜牙剣を使うことが出来るルナの命を奪いはしない筈だ。


・・・それでも、心配は尽きない。

痛い思いはしていないだろうか?

泣いてはいないだろうか?


『ご主人さま、そんなに握ったら血が止まらないよ?』


クロの心配そうな声で、無意識のうちに握り込んでいた手から血が流れている事に気付いた。

俺の肩から腕を伝って、クロが掌を優しく舐めた。


『ルナなら大丈夫だよ。だって、ご主人さまを殴るほどの女傑なんだから』


クロも心配しているだろうに、俺を宥めてくれる。


『ああ、そうだな』


怒りに身を任せて怨嗟竜に成り果てる事こそ敵の思惑だ。

分かり切った敵の手中に嵌るなど、間違いなくルナに怒鳴られる。


考えるのはルナの事ばかりだ。

まるで取り憑かれたかのようだな。

思わず口元が緩む。


「殿下?」


無言でいた俺にゼルが声をかけてきた。


「三手に分かれる。俺が屋敷に籠っていると敵に思わせ、悟られぬようアドラとベルガへ二手に分かれて向かう」



「帝都にはゼインを残す。ターバルナから帰途にあるラドニアンは、そのままベルガに向かわせる。アルバートは俺と共に来い、アドラに向かう」

「殿下、私は?」


普段は命令を出している俺に口を挟むことの無いゼルが、会話に割って入ってきた。


「お前は屋敷に残れ」

「私も殿下にお供させて下さい」


命令には実直で無表情の男が、強い目つきで訴えてくる。

何を考えている?

ルナを守れなかった贖罪のつもりか?


「お前は俺の護衛だ。お前が動いていると分かれば敵に勘づかれる」

「何卒、我が失態に挽回の機会をお与え下さい」

「要らん」


普段のゼルであれは、これ程食い下がってくる事は無い。


「アドラに近い小神殿ナバルに護衛騎士として過去に配属しておりました。彼の地には明るいと自負しております」


違和感を覚える。

小神殿の護衛騎士は大神殿と同様、皇室親衛隊の分派だ。

皇室親衛隊を務めた後に就く部署の筈。

ゼルが皇室親衛隊に所属していた経歴は、俺が知る限り無い。

どう言う事だ?


チラッとアルバートを伺う。

彼は大神殿ターバルナの護衛騎士まで勤め上げた男だ。

アルバートも眉を顰め怪訝そうな顔をしている。


「いいだろう。見事に汚名を挽回して見せろ」

「はっ」


最近幾つもの違和感を感じる。

小さな綻びから大きなものが崩れ去るものだ。

アドラに発つ前に調べる必要がある。


「ゼインを呼べ」


指示しながらその綻びを見出すべく、俺はデンゼルを見下ろした。


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