ひとつベッドの上で
ドラゴンさんの温かい背中の上で深い眠りについていた私は、いつお屋敷に着いたのか気付きもしなかった。
知らない間にお風呂に入れてもらえたようだがそれでも起きず、死んだように眠っていたらしい。
気付いたら暗闇の中、柔らかなベッドの上で何かに包まれていた。
然も何となく硬い。
その上、温かいと言うよりは、やや熱いし重い?
・・・何だろ、これ?
掌でぺちぺち触ってみる。
おう?
ドラゴンさんにしては何だか筋肉質だ。
彼には鱗の間に柔らかな鬣があってビロードのような感触だった筈。
触りながら眠い頭で考える。
重い瞼を持ち上げ続け次第に焦点が合ってくると、それが人の肌だと気が付いた。
?!
硬くて重いそれに気付かれないよう、ゆっくり恐る恐る顔を上げる。
暗がりの中、差し込む月光の筋で照らされていたのは、瞼を閉じたジークさんの美しいお顔だった。
急速に頭が冴えてきた。
これは良くないシチュエーションだ。
未婚の男女が同じ布団に入るとは、互いの将来が危うくなる。
この人、何考えているんだ?
ここから抜け出そうと、ジークさんを起こさないように少し身じろぎしてみる。
が、筋肉の塊である彼の腕はやたらと重く、身動きひとつ出来ない。
むう。
眠るジークさんにガンを飛ばしてみるが、当然気付く気配は無い。
仕方なく、ここぞとばかりに無防備なイケメンの寝顔を堪能する。
伏せられたまつ毛は長く、鼻筋は通っていて唇は少し肉厚だ。
このお顔は一度、間近で見た事がある。
そう、あの時・・・。
スースーと寝息が聞こえる、その少し厚い唇に自然と目が引き寄せられる。
柔らかかったけれども弾力があって、私の唇を覆ってしまうほど大きくて熱っぽかった。
そんなことを思い出していたら、顔に血が集まりだして動悸がしてきた。
いかん、いかん。
興奮している場合ではない。
さて、どうしたものか・・・。
ひとり悩んでいると、私の方に向けられていたジークさんの身体が仰向けになり、腰にあった彼の腕も外れて身体が軽くなった。
お!
こりゃ、ラッキーだ、笑。
私は息を殺してジークさんに視線を向けたままゆっくりと距離をとり、背中からベッドの縁へとモゾモゾ移動した。
片足がベッド下の床に着いたので、掛布団の中に潜って上半身を隠しつつもう片方も床に着けようと足を伸ばした。
が、その時、掛布団ごと上半身をぐいっと引き上げられてしまった。
うげ。
「何をしている?」
ベッドの上に引っ張られたと思ったら、布団で簀巻きのままジークさんの膝に乗せられた。
身動きが取れず、布団から辛うじて顔だけ出したところでジークさんと目が合った。
金眼の双眸が、暗闇の中でも綺麗に見える。
寝ていたところを起こされて機嫌が悪いのだろう、ジークさんは無表情だ。
「えーっと、喉が渇いたので・・・」
ジークさんは無言で右手をベッドサイドのテーブルに伸ばし、置いてあった水差しを取ってグラスに中身を注いだ。
「水だ」
短く言うと、私にグラスを差し出してきた。
ありがたく頂戴する。
冷たい水は胃袋から乾いた身体全体に染み渡るようだ。
そう言えば、折角お屋敷に戻って来れたのに、約束の美味しいご飯をまだ頂けていない。
まだ夜も深そうだ。
朝になったら、たらふくご馳走になろう。
ごくごく水を飲み干すと、ジークさんが空のグラスを受け取ってくれた。
「まだ飲むか?」
「ありがとうございます、もう大丈夫です」
「朝まではまだ時間がある。もう少し休むといい」
そう言ってジークさんはグラスをもとのテーブルの上に戻した。
「はい、ではもう少し休みます。おやすみなさい」
私は布団から藻掻き出てジークさんの膝から降りようとしたが、直ぐに彼の腕に捕まった。
「何処へ行く気だ?」
ジークさんもまだ眠いのか、金眼が細く眇められている。
美人さんの眠そうな顔って凶悪だな、怖い怖い、汗。
「自分の収監部屋に戻ろうかと・・・」
「此処でいい」
「いえいえ、ここはジークさんのベッドです。ご一緒させて頂く訳には参りません」
「構わない」
「いえいえ、私が構うんです」
何の押し問答だ、これ?
「俺と同じベッドは嫌なのか?」
「未婚同士は不味いでしょう」
「婚約しているのだから問題ない」
「いやいや、ダメでしょう。問題ありありです」
「何故だ?」
「何故って・・・」
「夫婦になるのだから問題ない」
「夫婦になる・・・の・・・おっ?!」
鳩尾あたりが苦しくなった。
え?
夫婦になるの?
婚約は偽装でしょうに?
解消する予定でしょう?
身体の血の気が引いていく。
「ルナは嫌なのか?」
「へ?あ?嫌って・・・?」
何と答えて良いのか言葉が出てこない。
この人、私と結婚する気なの?
どうしたんだ、ジークさん?
私が返事も出来ずに唖然としていると、美人さんは拗ねた顔で俯いた。
「まあ、俺が好かれていない自覚はある」
ジークさんは掛布団ごと両の腕で、膝上の私を柔らかく包んだ。
「俺に時間をくれ。ルナの信頼を得られるように努力する。だから、側に居て欲しい」
ジークさんの温かさに包まれながら顔を上げると、彼は少し泣きそうな瞳で私を見下ろしていた。
「えっと、そんな、無理に一緒にならなくても、ちゃんとジークさんの呪いを解くお手伝いはしますよ?」
ジークさんは何故そんなに切羽詰まっているんだろう?
確かに頭にきて怒鳴りはしたが、ちゃんと謝ってくれたから約束通り協力はするよ?
何がそんなに心配なのか・・・。
?!
そうか!
アレだ!
あの時の魔力交換みたいな現象!
アレに違いない。
つまり、ジークさんはアレが欲しいが為に側にいてくれと言っているのか。
ジークさんの中で溜まってしまった竜の魔力。
それを私の闇の魔力で癒して生命力としてジークさんに戻す。
確かに、解呪まで当面の間は理想的な対処法だ。
だが、しかし!
アレをするのは、やはり恥ずかしい事この上ない、涙。
「ひょっとして、あの時の、あの・・・アレ、ですか・・・?」
自分でも何を言っているのかよく分からない。
きっと顔も赤くなっているだろう、周りが暗くて良かった、汗。
要領を得ない言葉を並べてしまった私に、ジークさんは私の頭を撫でながらフッと笑い声を漏らした。
「ルナから貰ったあの力で、竜毒は大人しくなった」
「それは、良かった、です、ハイ・・・」
恥ずかしくなってジークさんの顔を見ていられない。
つい言葉尻が萎んでしまう。
ジークさんは私の頭のてっぺんに吐息をひとつ落として言った。
「ルナは嫌だったのか?」
うっ。
何をですか?・・・なんてボケるのも恥ずかしい。
嫌って言うか、困ると言うか・・・。
うぅー。
ジークさんの腕に力が入り、私の顔が彼の胸に押しつけられた。
「俺は、またしたい。ルナと口付けを交わしたい。何度でも」
うひっ。
ジークさんの声に甘さがあって、妙に色気を感じてしまう。
いやいや、何度もしなくていいでしょう?
ジークさんと魔力交換するのは構わないのだけれど、やり方がちょっと、私の精神が持たないと言うか・・・涙。
「ルナ」
囁くような優しい声で呼ばれ、ジークさんの吐息が影と共に近付いてきた。
「あ、あのっ!他に方法無いんですかね?あの、えっと、魔力交換みたいなアレですけど・・・?」
咄嗟に身を引いたが、焦ったせいで声が裏返ってしまった。
ジークさんはちょっと困ったように、眉をハの字にして私を見た。
おや、困り顔も可愛いかったんだ。
私がボーッとしていると、それを見てジークさんはまたフッと柔らかく笑った。
どうしよう。
ここに戻ってから、ジークさんが優しくて変だ。
声にも艶があって、もしや、私は誘惑されているのか?!
「色々試すのもいいかも知れないな」
お、ちょっと意地悪顔になったぞ。
でも、いつものジークさんのそれより、何だか嬉しそうに見える。
「色々、ですか?」
「ああ、そうだ。例えば・・・こんな」
そう言って、ジークさんは素早く私を膝の上から下ろしベッドの上に組み敷いた。
ひっ!
ジークさんの顔が近付いてきて、思わずぎゅっと目を瞑ってしまう。
すると、ジークさんはリップ音を立てて私の額に優しく口付けた。
「やはり、これでは足りないな」
ジークさんはそう言って、ニヤニヤしながらゆっくり顔を離した。
「どの方法が一番満足できるか、これから探すのが楽しみだ」
口角を上げて笑うジークさんの顔は意地悪顔だと思うのに、いつもの腹黒顔に見えないのは彼が変わったせいなのか、私がそう思ってしまうだけなのか?
どう答えていいか分からず、真っ赤になっているであろう私は掛布団を頭から被って身を隠した。
すると、布団の上からジークさんが抱き締めてくる。
布団越しにジークさんのクスクス笑う声がした。
余裕のジークさんを前に、狼狽えてしまう自分を悔しいと思う。
その一方で、こんな優しいジークさんも素敵だな、と喜んでいる自分がいる。
先程の恥ずかしさも忘れて、何だか楽しい気持ちになってきた。
同じベッドで眠るのは良くないけれど、布団を被ってお互い見えないならセーフかな?
そんな都合の良い言い訳を思いつく自分に呆れてしまう。
それでも彼に離れて欲しくなくて、私は布団越しにジークさんの腕を捕まえながら眠りに落ちていった。




