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さようならクロ、さようなら腹黒皇子

テントを飛び出した勢いのまま森の中を駆けると、馬の群れが休息をとっている河岸に出た。

魔族との戦闘がひと段落ついたとは言え、兵士の皆さんは甲冑を着たままで警戒を解いていない。

そんな中、不用意に近付いた私の足は、地面に落ちていた枝を音を立ててへし折っていた。


「誰だ?!」


あーっ、これは面倒臭いことになったなー。

私は疲れと共に溜息を吐き出した。

林の中から現れた私を見て、兵士の皆さんは一様に怪訝な顔をした。

そりゃそうだ、こんな所にボロボロになった女か男か分からん奴が居たとなっちゃー不審者でしかないだろう。

さあ、何と言って誤魔化そうか・・・。


「何者だ?!」

「あー、怪しい者ではございません」

「そこを動くなっ!」


兵士の皆さんは腰に佩いていた剣を手に怒鳴った。

怪しさ満点な自分が怪しく無いよーだなんて、誰が信じるんだ?

自分で言って苦笑いをしてしまう。

こんな所で捕まってあの腹黒の前に突き出されたら、それこそいい笑い者だ。

うーん、どうしたものか・・・。


「そこで何をしている?!」


あー、またまた面倒臭いのが・・・。

皆が声のする方を振り返ると、そこには夜会で会ったジークさんの部下のゼインさんが立っていた。

最初、私に鋭い視線を向けていたゼインさんは、私が誰なのか思い付いたようでハッとして急に片膝を落とし跪いた。

お?

これはこの場を上手い事やり過ごせるかも?


「これは失礼しました、ヴェ・・・」

「ご機嫌よう、ローウッドさま。少しお話がございますの。お時間頂けますか?」


自分の正体を衆目に晒される前に、彼の声に被せてゼインさんにニッコリ笑いかけた。

私が右手を差し出すと、彼はその手を取ってガバッと勢いよく立ち上がった。


「もちろんです!さあ、こちらへ。お前ら、剣を納めろ!持ち場へ戻れ!」


唖然とする兵士の皆さんに大声で指示すると、ゼインさんは彼専用と思われるテントへ私を案内してくれた。

彼のテントはジークさんのものより少し小さめだったが、厚手の毛布が地面に広げられていた。

ゼインさんに促され、私は毛布に腰を下ろした。

後ろから彼の従者と思われる男性もテントに入って来たのを見て、私は地面に座ろうとするゼインさんにチラッと目配せをしてみせた。


「私の腹心です。口は堅く頼りになる奴です、心配は要りませんよ」


さすがはゼインさん、私の意図を汲んでくれた。

まあ、本当に大丈夫かどうかは分からんが。


「では二つほどお願いがございますの」

「私で出来る事でしたら何なりと」


ゼインさんの声は緊張感があり、あの夜会で見せた時のような気安さは無く、此処が戦場の只中である事を実感させた。


「お言葉に甘えて、馬を一頭お貸し頂きたいのです」

「女性の身で供も付けずにですか?一体どちらに行かれるというのです?」


ゼインさんはお説教するみたいに強い口調で問い質してきた。

面倒だから、正直に言ってしまおう。


「殿下の御命令ですの」

「命令?」

「はい、とっとと帰れと」

「とっとと・・・?」


私の品の無い物言いに、ゼインさんは目が点になっていた。


「それと、もう一つ。・・・ローウッドさまは、味方ですか?」


私は両眼に力を込めてゼインさんの瞳を覗き込んだ。

ちょっとした威嚇だ。

そんな事をしても、彼が嘘をついているかどうかなんて見破る力は無いけれど。


暫し無言の時間が流れた。

ゼインさんの真剣な眼差しがフッと緩んだ。


「面白いお方だ。そう問われて敵だと答える者がいるとでも?」


確かにその通りだ。

けれど、彼は味方だと思えた。


「ローウッドさまだからこそ、お話しします。この軍に、この場に、裏切り者がいます」


ゼインさんの目が細められた。


「茶色の髪を束ね、口元に黒子のある者がこの部隊にいますね?殿下を孤立させ亡き者にしようと狙っています」

「ヴェルツ嬢は何故それを?」

「少々、面倒な力を持っているので」


それ以上、詳しく話すつもりは無い。

さあ、信じるのか信じないのか、好きに選んでくれ。

目でゼインさんに訴えてみる。


ゼインさんは瞬きもせず深い茶色の瞳で私を見据えた。

焦げ茶色の瞳って冗談を言っている時は愛嬌のある色だけれど、こうして真剣な時はとても落ち着いていて安心感をくれる色なんだな。

ゼインさんは意を決した目で頷いた。


「承知しました。殿下の周りに配慮しましょう」


この人が敵だったら仕方がない。

お手上げだ。

まあ、ジークさんは手助けなんか要らないって私をポイした訳だから、勝手に自分で何とかするでしょ。

ゼインさんの言葉に私も頷く。

私がジークさんにしてあげるのはここまでだ。


「では、私はこれで」


私は立ち上がりゼインさんに淑女の礼をとった。


「この辺りにまだ魔族が潜んでいる可能性もあります。夜明けまであと少しです。お休みになってから出発されてはいかがですか?」


ゼインさんは少し心配そうな顔をしてくれた。

まあ、見た目に傷だらけでボロボロだからね。

淑女の姿とは無縁だし。

だが、こうしているうちにあの腹黒に見つかると面倒なので、命令通りとっとと退散したい。

但し、アンニャロウの屋敷になど戻らんけどね、ふん。


「ご心配には及びませんわ」


私は笑顔でテントを出ると、馬が休憩している河岸に向かい歩き出した。


「ご令嬢お一人、単騎での行動は危険です。誰か警護の者をつけましょう」


この人、本当に良い人だな。

戦場では足手纏いにしかならない、こんな小娘の心配をしてくれるなんて。


「不要です。ただでさえ大切な馬をお借りしてしまうのです。大切な兵力は、どうか殿下をお護りする為にお使い下さいませ」

「しかし、御身に何かあれば、我々は殿下からどんな罰を受けるか」


だから、そんな心配要らないんだってば。

ゼインさんはなかなか私を解放してくれないどころか、何となく引き留め作戦にでている気がする。

そこへゼインさんの従者さんまで加わってきた。


「閣下、この先の山道が岩で塞がっているようです。岩を撤去するには半日ほど要するとの報告が入っております」


む?

今起きた事ではないだろうに、何故このタイミングで報告するのか?

わざとらしいなー。


「では、他の道から参ります」

「他の経路は崖沿いの細い道で、それこそ馬で通るのは危険です。先行部隊がこの地を訪れた際、何騎かが犠牲になりました」


私がジト目で睨むと、従者さんは苦笑いでそう話した。

ならば仕方あるまい。


「岩で塞がった道は何処です?」


見れば私が諦めるだろうと思ったのか、ゼインさんも少し安心したような顔つきになった。

従者さんが引いて来てくれた黒毛の軍馬に乗り、従者さんが手綱を持って馬を誘導する。

ゼインさんの乗る軍馬の後ろをゆっくり追て行くと、暫くして闇の中に松明を焚いて作業をしている兵士さんたちの姿が見えてきた。


「作業ご苦労。状況はどうか?」


ゼインさんに声を掛けられ、皆一斉に手を止めて敬礼をした。


「大岩を一つ破壊し五つ撤去しましたが、まだ岩の先は見えて来ません」


疲れているだろうに、兵士さんの一人がきびきびと報告してくれた。

最初はデマカセかと思っていたが、目の前には本当に私の3倍の高さはあろうかと思われる岩山が道を塞いでいる。


「開通までの時間は?」

「昼までには・・・」


魔族との壮絶な戦いの後、休息もままならず、夜を徹して作業する兵士の皆さんは一様に疲労の色が濃い。


「この道が使えなければ、皆さんは帝都に戻る事が出来ないのですか?」


従者さんに声を掛ける。


「魔族との戦闘では、奴らはよくこういった岩と共に我らを奇襲してくるのです。ガレオンは岩で囲まれた渓谷が多く、足場が良好な道こそ敵の急襲に遭うのです。今回はこの経路も襲われると予想して囮を使い難を逃れましたが、ご覧の通り敵の落とした岩で塞がれたままです」


「今回の作戦では足場の良い経路は敢えて使わず、河から北上する部隊と森の中を進む部隊に分けて魔族を挟み討ちにしました。進軍の工程は厳しいものであった為、帰路ぐらいは楽をしたいものです」


従者さんの言葉に続いてゼインさんが振り向きながら答えてくれた。

こんな岩くらい、ジークさんが吹っ飛ばせばいいじゃないか。

何処かのお屋敷吹っ飛ばすなら、寧ろその力はここで発揮すべきだ。


「この辺りの地盤は硬いのですか?」

「はい、岩盤は硬く、通常であれば地崩れの心配はありません」


従者さんの答えに頷く。

成る程、では大きな振動でも上から岩が降って来たりはしないのね?


「皆さん、後ろにお下がりください」


私は馬から降りてそう言うと、岩で出来た山の前に立った。


「何をなさるおつもりか?」


ゼインさんの言葉を無視して左掌に魔力を募らせた。

おや?

いつもより、やたらと力が簡単に、然も渦のように大きく集まってきた。


うりゃっ!


気合い一発、光の爆撃弾を岩山に投げつけた。

閃光弾のように岩山が輝き、爆音と共に真ん中がごっそり吹き飛んだ。

普段の自分の光り玉であれば大穴は空くだろうが、ここまでの破壊力は無い。

うーん、やはり疲れ過ぎて魔力もハイなのか?


「こ、これは・・・?」


背後からゼインさんの驚く声がした。

振り向いて狼狽するゼインさんにニッコリ笑ってみせる。


「さあこれで、皆さまも休憩してから帝都に戻れますね」


私が従者さんの引く馬の元まで戻ると、顔を上気させた従者さんが喜びを露わにしていた。


「有難うございます!これで帝都に戻れます!」


事の成り行きを唖然として見ていた兵士の皆さんも、安堵と喜びの声をあげ始めた。

良か良か。


「この馬は比較的気性の優しい子です。お嬢さまをお護りしてくれるでしょう」


従者さんはそう言って、私が黒毛の軍馬に跨るのに手を貸してくれた。

最初の引き留め作戦は何処かへ飛んでいったらしい。


「ご配慮、痛み入ります」


薄汚い格好で傷だらけの私を、令嬢扱いしてくれる従者さんに笑顔でお礼を言う。

あの腹黒も、これくらい気が利けばいいのに。


『ルナ、本当にご主人さまを置いていくの?』


恐らく、ジークさんの側に居るであろうクロが心配そうに念話で語りかけて来た。


『大好きよクロ、今までありがとう。あの馬鹿で孤独な皇子さまの側にいてあげてね』


私は目を瞑り念話でクロにそう告げると、ジークさんから借りた指輪を左薬指から抜き取った。

その瞬間、クロが何かを叫んだ気がしたが、もう声は聞こえなくなってしまった。


「ローウッドさま、もう一つだけお願いがございます」


馬上からゼインさんに手を差し出す。


「これを殿下にお返し下さいませ」


ゼインさんは彼の掌に置いた指輪を見るなり、更に狼狽え出した。


「いけません!殿下がお許しになる筈がありません!」


うん?

何を焦っているんだ?

あー、痴話喧嘩の末、婚約破棄だーって指輪を叩き返すとか思っているのかな?

まあ、間違っちゃいないが、根本から既に間違っている。

私たちの婚約は偽装だからね。

本物の婚約指輪なんてそんな色気のあるもの、腹黒から貰っちゃいないよ。


「これは婚約指輪ではございませんよ。殿下からお借りした魔道具です。今の私よりも殿下に必要なものですわ」

「しかし!」

「それではしかとお願いしましたよ、閣下」


私は笑顔でゼインさんにそう告げると馬に拍車をかけ、自身が作った岩の大穴を抜けて討伐の地を後にした。


さあ、これで私は自由だ。

このストーリーから、とっとと退場だ。

早くこの国を出て次の物語へ移るのだ。


クロやドラゴンさんの事を想うと目の奥がツンとするけれど。

さっき見たジークさんの瞳を思い出すと、もっと苦しくなってくるけれど。

ジークさんは何であんな事をしたんだろう?

あんな、あんな、キ・・・。

いやいや、今日あったことを考えてはいけない。


だから私は思い出すまいと、無理にでも新しい物語の筋書きを考えようとした。


お読みいただきありがとうございます!

週末はお休みして、週明けからまた次話を掲載していきます。

続きも読んでいただけると嬉しいです!

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