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腹黒ヒーロー登場

「うっ!」


暴風の中に囚われた皇妃は、守るように両手で自身を抱きしめた。

皇妃が振り下ろそうとしていた扇子はバラバラになって飛んでいってしまった。

誰もが声を出せずに唖然とその光景を見守っている。

暫くして風が止むと、髪も服装も強風で煽られボロボロになった皇妃が風の繭から現れ、がっくりと両膝を折って地面に手をついた。

扇子を持っていた右手を覆っていたドレスの袖も、風で切られてまるでボロ雑巾だ。

破れた袖から覗く白い腕には、幾つもの赤い血の筋が見える。

どうやら扇子を叩き落すがために、風は集中的に皇妃の腕を切り付けたようだ。

周囲の侍女さん達が、慌てて皇妃に駆け寄っていく。


背後に温かい体温を感じ、私の肩を抱きながら現れたジークさんが私の顔を覗き込んできた。


「怪我は無いか?」


おう、ホントにこの人、神出鬼没だな。

さすがはヒーロー、乙女のピンチに颯爽と現れてくれましたね。

いつも通りの眉を顰めた美しいお顔だ。

仕事着なのか、初めて見る深い紺色の軍服姿のジークさんは、締まった制服のせいかそんな険しいお顔もますます麗しい。

隣には美少女公爵令嬢さん、後ろには腹黒美人さん、少し離れて控えている侍女兼護衛のジェニファーさんも入れれば、私の周りは美人だらけ。

ああ、世界は今日も美しい、笑。


「大丈夫です!」


先程までのカオスな状況も忘れて、私はジークさんを見上げながら元気よく答えた。

少しだけ、ジークさんの目が笑った気がした。

けれども直ぐに目の前で膝をつく皇妃に顔を向け、鋭い視線で睨みつけた。


「おのれ、この私に対しこのような所業が許されると思っておるのか?!」

「それはこちらのセリフだ、ゼル」


皇妃の怒声に低く静かな声で返すと、ジークさんは側近の方に指示を出した。

ゼルと呼ばれた側近さんは、テーブルにあった私のティーカップを押収した。

気が付くと庭園はジークさんと同じ色の制服を着た人たちに囲まれており、何だか物々しい雰囲気だ。


「第三皇子婚約者暗殺容疑で捜査する。この会場は封鎖した。捜査が完了するまで誰も移動する事は許さん」


「お前のような下賤な者に、何の権限があると言うのか?!」

「忘れてもらっては困る。俺は軍元帥の一角にして治安部隊を組織している。国で禁じられている猛毒ドラティアの密輸ルートを追っているうちに、後宮に出入りする者が捜査線上に浮かび上がった。皇后不在の中、後宮統括は皇妃の任だ。皇帝も訪れる後宮内に毒の持ち込みを許すなど、この責任をどう取るのか?」


髪は乱れ化粧は剥げドレスも擦り切れ、妖艶だった皇妃の姿は、今はまるで罪人のようにズタボロだ。

それでも目力は衰えず、目をギラギラさせてジークさんに噛み付いた。


「何を根拠にそのような嘘を?!妾に対するこの様な無礼、絶対に許しはせぬぞ!!」

「根拠?欲しくばくれてやる。ゼル」


側近のゼルさんは、ジークさんの元にあのティーカップを持ってきた。

地面に座り込む皇妃の目の前まで来ると、ジークさんは凶悪な目つきで皇妃を見下ろした。


「我が婚約者に飲ませようとした茶だ。歓迎以外に他意はないと言うのならば、今すぐここで飲み干してみろ」


ジークさんの言葉に皇妃は目を見開いて固まった。

ゼルさんが跪いてティーカップを渡そうとすると、皇妃は乱暴に手を振り上げティーカップを叩き落とした。


「近寄るでない!この無礼者!!」


ティーカップは地面に落ちて割れ、中身のお茶は地面に撒き散らされてしまった。


「ふん、証拠隠滅を図ったつもりか?残念だが、証拠の品は既に押収済みだ。言い逃れは出来ぬ。皇帝陛下もお怒りだ。覚悟するんだな」


無表情でジークさんはそう言うと、ゼルさんに指示を出した。

陛下のお怒りがショックだったのか、皇妃は大人しく侍女さん達と共に引っ立てられて行った。

ジークさんと同じ制服のジークさんの部下と思しき皆さんは、テキパキと動いて会場内のご令嬢や使用人さん達を誘導している。

それを遠目に眺めていると、近くでゼルさんの声がした。


「グロードン公爵令嬢、貴女にもお話を伺わなくてはなりません。拒否なさればニ心あると疑われかねません。賢明な行動をお願い申し上げます」


隣の美少女公爵令嬢さんは、一度静かに目を閉じて短く答えた。


「参ります」


私はつい心配になって、美少女さんの顔を覗き込んでしまった。

貴女のような美人さんが、悪事に加担なんてしていないですよね?

私の視線に気付いた公爵令嬢さんは、じっと私の顔を見つめた後、ツンと顔を背けて言った。


「心配される謂れはなくてよ」


ゼルさんに促されて美人さんは歩き出した。

無礼と知りつつ背後から声をかける。


「あの、今日は助けていただいてありがとうございました、グロードン公爵令嬢さま」


美少女令嬢さんは一旦足を止めて、チラッと振り返った。


「アンリエッタよ」


私は一瞬固まってしまった。

これは、お名前を呼んで良いとのお許しなのかしら?

嬉しくなって思わず満面の笑みになる。


「はい、アンリエッタさま!」


私の品の無い大きな返事に、顔を顰める事なく口元に笑みまで浮かべて彼女は歩き去って行った。

独りよがりと知りつつも美人さんのお友達になれたと舞い上がってしまい、私はへらへらと笑いが止まらなかった。


「その薄ら笑い、怖いぞ」


ああ、ジークさんも美人さんですね。

益々にへらーと笑ってしまう。


「美人さんに囲まれるって幸せですね」

「言っている意味が良く分からん。お前、命を狙われていたと言う状況を理解しているのだろうな?」

「勿論です!私の機転で危機的状況を華麗にスルーしたでは無いですか」


勢い込んで言うと、ジークさんはフッと目元を緩めた。

おっ?

いつもなら、ここは嫌味や突っ込みのお言葉をいただく場面だが?

腹黒さんが優しい目になったぞ?

変な物でも食べたか、ひょっとしてジークさんに化けてる誰か他の人なのか?

あっ、でも、今日は2本もフラグを自力で叩き潰したのだ。

もしかして、それを労ってくれているとか?


私がじーっと見ていると、ジークさんは私の頭に手を乗せて目を逸らした。

むぅ?

何だその反応は?

私はジークさんの顔が見たくて、彼の視線を追いかけて身体を動かそうとした。

しかし、頭に乗せられた大きな手が、そこを動くなとばかりに押さえつけてきて追うことが出来ない。


「閣下、尋問の手配が完了しました」

「分かった。後は手筈通りに」

「はっ」


ジークさんの部下さんが報告を終えて戻っていく姿を見送っていると、不意にジークさんの体温を感じた。

相変わらずの早業で、ジークさんは私を横抱きにした。

疲れちゃいるが、歩けなくはないよ?


「ジークさん、歩けますよ?」

「黙って抱かれていろ」


うーん、歩かなくて良いのは楽だが、今は抱っこされる理由が無い。


「抱っこされるのは(歩かなくていいので)嬉しいですが、黙っていることは出来ません。色々聞きたいですし」


私の言葉にジークさんはピタリと歩を止めてしまった。

あれ?

今更自分で歩けと言うのか?

どうしたのかとジークさんの顔を見上げれば、ジークさんは前を向いたまま無表情だ。

お?

この顔をした時は、確か不愉快って意味だったよな?

お姫さま抱っこしておきながら、やっぱり嫌になったということか?

仕方がない、勝手な俺様皇子さまだな。

私はジークさんから降りようと、彼の腕の中で藻掻き出した。

しかし、ジークさんの腕は私の身体をがっちりホールドしていて、離れることが出来ない。

おいおい、何がしたいんだ?

顔だけでなく身体も固まってしまったのか?

もう一度ジークさんの顔を確認しようと顔を上げると、ジークさんと視線がぶつかった。


おお?


見て驚いた。

何とジークさん、顔が赤いではないですか!

しかも、赤いどころか真っ赤ですよ、真っ赤!

どうしたんだ??

毒でも飲んだのか?!


「ジークさん?何があったんですか?酷く赤い顔してますよ?」

「・・・何でもない」


そう言うと、ジークさんは私の顔とは反対側に顔を俯けながら歩きだした。

照れているとか?

いや、先程の会話に照れる要素など無かった。

一体どうしたのか、ジークさん?


「毒なんて飲んでないですよね?」

「飲んでいない」

「重いなら歩きますよ?」

「重くない」

「熱いんですか?」

「熱くない」

「何で赤いんですか?」

「・・・少し黙っていろ」


むぅ、心配してやってるのにー。

毒を味見した様子もなかったし、体調は悪くなさそうだから、まあ良いか。


ジークさんに抱っこしてもらうのは2回目かな?

なかなかの安定感で居心地が良い。

ジークさんの温かさとフラグをへし折った安心感で、私は急速に眠りに落ちていってしまった。


その時、ジークさんが庭園の木々に潜む不審な物陰に殺気を漲らせていた事など、鼾をかき始めた私は知る良しもなかった。


お読みいただきありがとうございます!

週末はお休みして、週明けからまた次話を掲載していきます。

続きも読んでいただけると嬉しいです!

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