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新たなフラグ?

皇城の夜会は光と音と人で溢れていた。

前世でもこんなに眩い光景を目にしたことが無い。


ジークさんが動くと、それを視線で追い探るように遠目で観察する者ばかりだ。

近付いてくる者はいない。

先ほどの皇帝とのやり取りで、特に親子仲が悪い訳でも無さそうだった。

その出自や育ちから、周囲貴族には敬遠されているのかな?


ジークさんにエスコートされ会場の出口近くの壁側まで移動してきた。

お、もうお帰りですかね?

内心両手をあげて万歳をしていたのだが、後ろから声をかけてくる人がいた。


「ジークバルト殿下」


ジークさんと共に振り返ると、そこにはゴツイ顔でいかついガタイの熊のような軍服の中年男性が、その容姿に似つかわず人の好きそうな顔で立っていた。


「ゼインか」


ジークさんは厳めしい顔で答えた。


「殿下が夜会に出席されるのは珍しいですね。明日は槍が降るでしょうな」


ガハハと豪快に笑う男性に、思わず目をぱちくりしてしまう。

ジークさんはその言葉に溜息で答えた。

この人、私だけに溜息吐いているんじゃなくて、周りの人間全員に対して吐いていたのかー。

答えるのが面倒くさい、つまりはやっぱりコミュ障って事だね。

ゼインさんは私に視線を移し、熊のごとく大きなお口でにかっと笑った。


「これはこれは、噂の婚約者さまですね?初めてお目にかかります、ゼイン・ローウッドと申します。軍部幕僚の任についております。お見知りおきください」


ゼインさんはそう言って大きな身を屈めると、私に手を差し出してきた。

ジークさんの仕事仲間なのかな?

私はあまりよく考えず、条件反射でその手に自分の手を乗せようとした。

が、次の瞬間、自分の手はジークさんにぎゅっと握られていてゼインさんの手には届かなかった。

つい訝し気にジークさんを見上げてしまう。


「俺の婚約者に触るな」


あれ?

この人、ジークさんにとって敵なの?

喋っちゃいけない人のひとりなの?

ジークさんに目で訴える。


「ルナ、こいつは俺の部下だ。挨拶してやれ」


なーんだ、味方なんじゃん。

淑女の礼をとりたいところだが、ジークさんに手を握り込まれて動けない。

ちょっと力を入れて手を引き抜こうとしたが、ジークさんは微動だにしなかった。

むう。

仕方が無いのでその場で軽く膝を折り、にっこりとだけ笑って挨拶した。


「ルナ・ヴェルツと申します。今後も殿下をお支え下さいませ」 

「おお、噂に違わぬ愛らしいお方だ。良き方を得て殿下も益々職務に励まれるだろう」


ほう、私が愛らしいとな?

この人、良い人ですね、笑。

当然です、今夜は朝からゴシゴシ磨かれて、今の私は何処から見ても女優なのだからね。

涙ぐましい努力を讃えてくれる人は、皆良い人だ。


「それにしても、殿下がそのように嫉妬深いとは知りませんでしたよ」


ゼインさんは愉快愉快と目が無くなるほど細めて笑っている。

隣のジークさんから漏れ出るオーラがやや不穏だが、その冷気が届かないのか目の前のゼインさんは常夏の世界にいるようだ。

きっと職場でもこのふたり、真逆の世界に生きてるんだろうな。

ゼインさんのスルー力にやられて、寧ろジークさんの方が苦手意識をもっていそう。

精神的にやり込められているジークさんを見るのは実に面白い、笑。


「これ以上おふたりの邪魔をしていると殿下に殺されそうなので、私は退散いたします。ヴェルツ嬢、またお会いしましょう」

「ご機嫌よう、ローウッド様」


ゼインさんは、その大きな体を揺らしながら人波に混ざっていった。


「人の好さそうなお方ですね」

「あいつはあの調子で始終喋り続ける」

「ふふふ、殿下の事がお好きなのですね」

「勘弁してくれ・・・」


私の言葉にジークさんは嫌そうな顔をしたが、ふたりの雰囲気からジークさんもまんざらでは無さそうだ。

そうして出口に向かおうと身体の向きを変えた時、またしても後ろから声をかけられた。


「もう帰るのか?」


振り向くと線の細い、それでいて視線は鋭い男性がこちらを見て不敵な笑みを浮かべでいた。


「夜会は始まったばかりだ。そう逃げるように帰らなくても良いのではないか?」


長めの金髪に碧眼をもつ美形さんだが言葉尻に棘があり、それだけでブサメンに認定だ。

白地に金糸の刺繍が施され、近衛兵の様な服装をしている。

キンキラしていて黒のジークさんとは対照的だ。

外見は如何にもオレ皇子ーってな感じなので、こいつが噂の第一皇子なのかな?


「こちらが自慢の令嬢か?」


ジークさんはこれまでに無いくらい眉間の皺を深くして、鋭い視線を向けている。

その眼光だけで人を殺せそうだ。

私は挨拶するべきか悩んだが、ジークさんが手を握って離さなかったので不敬と知りつつ膝を少し折り目線は下げず、直ぐに身体を起こした。

自分からは名乗らず、心の中でうぜーっと叫びながらにっこり微笑んで見せる。


「ふん・・・、名は何と言う?」

「不要だ。行くぞ」


ジークさんは低く唸るように言うと、私の腰に手を回しグイグイ引っ立てて行った。

ひーっ。

今まで見た中で一番怖いジークさんだ。


「奴が第一皇子だ」


私にだけ聞こえる声でジークさんは教えてくれた。

ジークさんの大股の早足に着いていけず小走りになる。

高いヒールなのでご容赦願いたいのだが、ジークさんが怖すぎて抗議出来ない。

すると突然、ジリっと左眼が疼いたと思った途端、左眼の視野に蒼白い魔法陣が浮かび上がってきた。

瞬きしたいのに自分では無い何かに制御されているかのようで、自分で瞼を閉じる事が出来ない。

足がもつれてドレスの裾を踏み、身体が前に倒れてしまった。


「ルナ!」


ジークさんの呼ぶ声が聞こえるのに、身体が勝手に震えて返事が出来ない。

頭が痛い、ガンガンする・・・。


『見つけたぞ』


何処からか男の声がした。

床に倒れ込む前に、ジークさんが後ろから抱えてくれた。


「しっかりしろ、どうした?」


答えたいのに声が出ない。

さっき聞いた男の声は誰なの?


視線を会場に向けて声の主を探す。

自然に茶色のフードを被った男に視線が定まった。

着飾った紳士淑女が集う中、不審者ですと言わんばかりの格好なのに誰も彼を気に留めていない。

瞬きを許されない左眼は涙目になり、視界がぼやけて男の姿をしっかり捉える事が出来ない。

フードの男は真っ黒な瞳でニヤッと笑ったように見えた。

左眼から自分の意識が吸い取られていくようで、気が遠くなる。


「ルナ!ルナ!聞こえるか?」


ジークさんの声に我に返る。


「あそこに変な人が・・・」


不審者に視線を固定させたまま、そう言うのが精一杯で言葉が続かない。

ジークさんが周囲に鋭い目を向けた瞬間、私の左眼の視界から男が消えた。

やっと左眼の力が抜け、何度も瞬きを繰り返した。

後ろから支えてくれていたジークさんは、腰に回していた手を膝裏に入れて私を抱き上げた。

思わずギョッとしてジークさんの顔を見ると、ジークさんの金眼が大きく広がり私に驚いている様子だった。


「目を伏せていろ」


短く言うと、ジークさんは片手で私を抱きながらもう片方の手で自分のマントを外し、私に巻きつけながら歩き出した。


言われた通り目を伏せて、ジークさんの腕の中で小さく丸くなる。

魔法陣の残光が残る左眼を摩った。

やっぱりここに来てはいけなかったのだ。

乙女ゲーの夜会なんて、フラグ大量発生の相場じゃないか。

私だったらそんな所にノコノコ行かないよーなんて思っていたのに、結局ノコノコ行ってこのザマだ。

女優顔が聞いて呆れる。

次は何のフラグが立ったのか・・・。


私は投げやりな気持ちで、ジークさんに抱かれながら会場を後にした。


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