皇城の夜会にドナドナされる 1
更に一週間、寝る間も惜しんでダンスとマナーの淑女教育を受けた。
もう、自分で言うのも何ですが、前世の期末試験前の追い込みさながらの頑張りぶりでしたよ。
しかし、所詮は付け焼き刃。
パーティーなんぞはボロが出ないうちに退散したい。
その日は朝から、侍女さん達に洗濯物よろしく湯船でゴシゴシ石鹸で洗われ、お風呂から上がったのは実に昼過ぎだった。
夜の会と書いて夜会の筈だが、何故朝っぱらから準備せねばならないのか。
お風呂の後はマッサージやら化粧やらで、更にドレスの着付けが終わったのは何と夕方だった。
これから本番だと言うのに、もう既に一日頑張ったので眠くなってきた。
ソファーに座って項垂れていると、侍女さんがジークさんの来訪を告げてきた。
「何をしょぼくれている?」
げっそりとした顔を上げると、私とは対照的に恐ろしく整った姿のジークさんが立っていた。
普段は好き放題に向いている髪の毛先を、今夜は綺麗に撫で付けている。
前髪も片方は上げているので、黄金の双眸がこれまでに無いほど綺麗に拝める。
今まで髪でよく見えていなかったけれど、肌の色が私より白そうだ。
黒地に金糸の刺繍が袖や襟などの縁に施された軍服は、艶やかな黒髪と煌めく金眼に合わせた装いなのだろう。
マントを翻すその姿はもう、皇子さま以外の何者でもない。
私がぼーっとジークさんを観察していると、彼は口角を上げてお決まりの意地悪顔を作った。
「何だ、俺に見惚れているのか、婚約者殿?」
私は反論できずに頷いた。
「ジークさんって本当に皇子さまだったんですね」
黙っていれば色男だが、喋ると台無しだ。
「意地悪しなければずっと素敵なのに」
私が残念そうに言うと、ジークさんは通常運転の無表情に戻った。
ジークさんがこの顔になる時は不快って意味だよな。
「お前の働き次第だ、ルナ」
ジークさんはそう言うと、私に片手を差し出してきた。
やっぱり行かないといけないのかー。
私はジークさんの掌に自分の手を預け、よっこらせとばかりにソファーから立ち上がった。
侍女さん達に見送られ、馬車留めまでイヤイヤ歩く。
マイヤー先生が見ていたら、淑女らしくないと怒られていただろう。
でも、本当に楽しくないし行きたくないんだよう。
馬車の扉の前まで来ると、思わず足が止まってしまう。
「ルナ、担がれたいのか?」
横から、絶対零度の冷気を垂れ流すジークさんの声がした。
思いっきり大きな溜息を聞こえよがしに吐いた後、仕方なく馬車に乗り込んだ。
何度も言うが、本当に行きたくない・・・泣。
私の後にジークさんが乗り込み、向かい合って座る馬車内はふたりだけだ。
護衛のアルバートさんとジェニファーさんは、後ろの護衛馬車で追走予定なのだそう。
ジークさんが御者に指示を出すと、とうとう馬車は皇城の本宮目指して走り始めてしまった。
人生で二度目のドナドナだ。
ここからの脱走は難しい。
ジークさんと護衛のお二人合わせて精鋭3人、彼らを出し抜くのは至難の技だ。
朝から今の今まで、準備に体力も精神力もごっそり削られた。
もう私には脱走はおろか、ジークさんの意地悪に耐えられるだけのHPも残っていない。
「何だ、随分と大人しいな。お前でも緊張するのか?」
ほらきた、いつもの嫌味だよ。
もう面倒くさいです。
お前って言われても、ぐーパンチ繰り出す元気もありません。
私のことは放っておいてくれ。
私は目を瞑り、黙って頷いた。
「初めてであれば無理もなかろう。出来得る限り俺がフォローする。だから俺から離れるな」
うん?
この人、真面目に私が緊張していると思っているのか?
少し驚いてジークさんを見る。
彼は至極真剣な面持ちで私に言った。
「俺が渡すもの以外口にするな。皇帝から問われる以外自分から喋るな。良いな?」
目をぱちくりさせてしまう。
彼は本当にお飾りの婚約者を期待しているのだ。
余計な事はするな喋るなと言うお達しだ。
お前にゃ無理だと言われているようで少し淋しい気もするが、皇族の真の婚約者など自分に務まるシロモノではない。
端から期待などされていないのだから、こちらが気負う必要はないのだ。
それが分かれば、少しだけ気持ちが軽くなってきた。
とは言え、最難関のダンスだけは避けたい。
「了解です。では、ダンスもせずに退散出来ますね?」
「それ程気が向かないのであれば仕方あるまい」
うっしゃぁー!
急に視界が晴れてきた気がするぞ。
そうと聞けば、意外に簡単な役回りだ。
ただジークさんにくっついて、喋らず踊らずニコニコしていれば良いのでしょう?
何だ、私頑張れるんじゃないか?
夜会だってものの2〜3時間も有れば終わるでしょう?
「ジークさんのことは何と呼べば良いですか?」
私が真面目に聞くと、ジークさんは目を丸くした。
「お前でも要点は分かっているのだな」
「今日3回目です」
「何がだ?」
「私のことをお前と言ったのは3回目です」
キッと睨みつけると、ジークさんはまた無表情になった。
「今夜、お屋敷に戻ったら回数分ぶん殴りますので覚悟しておいて下さい」
ジークさんと同じように口角を上げてニヤリとして見せる。
淑女の微笑みなんてジークさんには無意味だ。
夜会の後は楽しいお仕置きの時間だと思えば、少しは頑張れるってもんだ。
私がほくそ笑んでいると、ジークさんはフッと柔らかな眼をして私を見た。
「何だ、少しはやる気になったか?」
いつもならその言葉にいちいち反発していただろうけれど、今夜は違った。
言ったセリフはいつもの意地悪なジークさんなのに。
口を開けると挑発的な目をするジークさんが、今は見た事もない優しい瞳をしている?
それはきっと、いつもと違う皇子さまの格好をしているからなのだろうと、そう思った。




