02
その日、久々に夢を見た。日本で生きていた頃の夢だ。
学生は学業が本分という家の教育方針を元に、恋愛という寄り道をせず、必死に勉強し、いい大学を出て、大手アパレル企業に入社した。入社してからも服飾の勉強をはじめ、服にあうメイクや髪型などを幅広く勉強し、営業でもわりといい成績を納め、大きなプロジェクトに参加し、気がつけば27歳になっていた。残業続きで家と会社の往復で出会いがなく、結婚という名の不安がつきまとう27歳。
その日もいつもみたいに残業を終えるともう23時を回っていた。これからどう生きていくべきか、漠然とした不安について考えながら夜道を一人で歩いていると後ろからどすっと重たい音がした。それからすぐに腹部の痛みが走り、お腹をを抑えた手が真っ赤に染まった。そうなってはじめて自分が刺されたことを理解した。
それからどうなったかは覚えていないが、次に目が覚めたのは神様のいる世界だった。物語でよく聞く走馬灯があったのか、覚えていないだけなのか、そんなことを考えていると目の前にいる神様は私に死んだことをそっと告げた。そこで意識が覚醒した私は正直意味がわからなかったが、これだけは言ってやらねばならないと思った。
「・・・・・・こんなに。・・・こんなに、真面目に生きてきたのに。努力して、やりたいことを我慢して頑張って。それなのにこんなのあんまりじゃない!!!????神様なんてどうせいないんだろ、馬鹿野郎ーーーーっ!!!!!!!!!」
私は昔から少し短気だった。とはいっても、短気は損だと理解していた私は怒ってもいつも我慢していた。だから、生まれてこのかた我慢していた分、大爆発してしまった。それを今では後悔している。それは神様がこう応えたからだ。
「それならば、その頑張って努力して培ってきた知識、能力、外見そのままに転生してやろうかのぉ」
そうして私は異世界に転生した。日本で生きてきたそのままに、身体だけ再構築した形で・・・。
なので、高梨ありすは漫画やアニメでよく見る転生もののように、特別なスキルの付与もなければ、幼少期から過ごしていないのでこの世界に両親もいないし、小さい頃に教わるであろうあらゆることも知らなかった。ただ、身体を再構築したからか、日本で過ごしていたより多少は身体能力が上がったとは思う。ほんと雀の涙ほどの恩恵だけど。
だから、後悔はしているが、神様に会ったら再度言いたいことがある。
「馬鹿野郎ーーーーーーっ!!!!!」
と、大きな声で。
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目を覚ますといつもの部屋の天井があった。こじんまりした木造建築の家。何も物を持っていなかったので、もともとあった家具が中身は空の状態で申し訳程度に並んでいる。
昨日用意した冷たい水で顔を洗い、パーマもほとんどとれてしまった黒い髪を木製の櫛ですく。昔はこの櫛すらなかったが、レダレスにお願いしたら作ってくれた。ちなみに、化粧道具はないのでいつもすっぴんである。
クローゼットの中の数着しかない服からちょっと古めの茶色のワンピースを取り出して着る。これも服がないと言ったらレダレスがどこからか調達してくれた。そこまで考えるといいやつだなとは思う。地獄のスパルタ式体力作りと筋トレは鬼の所業だと思ったが。
朝御飯の支度をする。昨日仕込んでおいた山の木の実づけのイバリンゲーアの肉をフライパンで焼き、卵を落として目玉焼きも一緒に作る。それからテーブルに置いてあるパンを切り、お皿に並べた。このパンはありすのお手製だ。婚活の時に料理ができないとヤバイかと思って何故かパン作り教室に通っていたスキルがいかされるとは思わなかった。うん、今日のご飯も美味しそう。
「さ~て、レダレスを起こしに行きますか!」
起こしにいくというには似つかわしくない装備(右手に棍棒、左手に鍋の蓋)で、家の主の部屋の扉をがちゃりと開ける。
「レダレスーーーーっ、おきなさーーーい!!!!!」
大声で叫ぶと、カーンカーンという鍋の蓋が叩かれる大きな音が響く。ここが山の中にぽつりとある一軒家でなければ、ご近所さんから騒音被害を訴えられるであろうといつも思う。でも、ここはその山の中にぽつりとある一軒家なのだから手加減はしない。ひとしきり鍋蓋を叩いた後、ベッドの中を確認してみたがすーすーという規則的な寝息が聞こえた。
(毎日毎日、ほんと耳が詰まってんじゃないの???)
今度耳掻きでも作って貰おうかしら、と何万回考えたであろうことを思ってため息をついた。ちなみに、本人に言ったことはあるが耳掻きってなんだ?と言われた。この世界には耳掻きの文化がないのだ、とても気持ちいいのに・・・。
(しょうがないなぁ)
もう一度大きなため息をついてから、鍋の蓋を盾のように前にかざし、棍棒をレダレスの上から下へおもいっきり振り落と・・・している途中で棍棒を捕まれ自分の方へグーのパンチがとんでくる。
カーーーーンっ
拳と鍋蓋がぶつかった衝撃で少し後ろの方につんのめり、尻餅をつく。ここまでは予想の範囲内なので、事前に用意していたクッションでお尻の痛みはなかったが鍋の蓋を持っていた手はじんじんと痺れた。
「いったーーーーーいっ!!!!早く起きなさいよ、この毛むくじゃら男ぉーーーっ!!!!!!!!!!!!!!!」
きぃーっという女性の高いわめき声に寝ながらパンチをくり出した家の主の意識はパチリと覚醒し、「おぅ、おはよう」と事も無げに笑うのだった。