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「うきゃーーーー!!!!もう無理もう無理!!!」
「ほら、早くしないと今日も一匹を狩れずに終わるぞ~」
だから頑張れ~、というやる気のない応援が大きな岩の上からふってくる。
(人の気も知らないでぇ~~!!毒ナイフでひと突きっていっても、近づいたところですぐぺしゃんこよ~~っ!!!)
そう、私こと高梨ありすは今日のご飯を食いっぱぐれないために、猪を10倍ほど大きくした出で立ちのモンスター、イバリンゲーアを絶賛狩猟中なのです・・・!
この超絶大きな猪、見た目の狂暴さのわりには弱い部類のモンスターとして扱われていて、庶民の食卓にも普通にあがっているものらしい。
そうとはいっても私は転生してきたばかりの日本人OL。武器も魔法も使ったことがなければ、鶏やうさぎをさばいたことがあるわけでもない。
それなのに、急にこんなにでかい猪を狩れと言われても無理なんです。
ということで、現在、小さなナイフをぶんぶんふりながら懸命に逃げているわけです。
「もう日が暮れるぞ~~」
「わかってるわよ!!」
そう言うとありすはひときわ大きな木の後ろに回り込み、イバリンゲーアの様子を確認する。大きな体躯でどすどすという大きな音が近づいてくるのは正直怖すぎるが、どんくさいことで有名なイバリンゲーアはその勢いのまま木にぶつかって怯み、予定通り足を止めてくれた。その隙をみはからい、ありすは予め仕掛けておいたトラップの綱を切り、イバリンゲーアの上に自作した木の檻を落とした。
ここに来て3ヶ月半・・・。
意味のわからないスパルタ式体力作りと筋トレを2ヶ月、実践を1ヶ月半・・・。といのは嘘で、実践が無理と判断して、実践修行の途中からトラップ作りのスキルを積むために1ヶ月、やっとイバリンゲーアと対峙するところまでいったというところだ。
綱を切った後も油断せずに走り、隠れた岩影から様子見をする。順調に事が運んだ事がわかり、思わずにんまりとしてしまった。
(ついに、ついにやってやったわ・・・!!!)
内心でガッツポーズしてから、拳を天に突き上げようとした瞬間。
「お~、やっとやったか~。27歳にして初めての捕獲おめでと~。普通は6歳で狩るモンスターだけどおめでと~。ちなみに普通はこんな大がかりな罠なんて使わずにナイフ一本で簡単に狩れるモンスターだけどおめでと~」
せっかくの達成感が間延びしたお祝いの言葉で台無しになる。現に内心で突き上げようとした拳は行き場をなくしぷるぷると震えている。いや、多分内心じゃない、実際に震えている。
「あんたねぇ!!!私がここにきたの3ヶ月半前よ!か弱い女の子よ!!!もっと何か言いようがあるんじゃないの!!?この毛むくじゃら男!!!!!!」
「そのか弱い女の子が一人で生きていけるように狩りを教えて、住むとこも与えて、なんなら穀潰しにしかならないけどご飯も毎日与えた素敵な恩人に毛むくじゃら男とかいう女の方のが気がしれねぇわ」
今できる精一杯の睨みをきかせて振り返ったというのに、男はそんなのどうでもよさそうにあくびをしている。
毛むくじゃら男こと、レダレス=フェイダは確かにありすの恩人とも言える人だ。何も知らないありすにこの世界で生きるためのいろはを教え、住む場所とご飯をくれた。初めて会ったとき、その髭と髪がぼさぼさすぎてお化けと叫んで気絶したことを本当に許してほしいと今でも思っている。えぇ、本当に。
(ちゃんと身なりを整えたらすっごいイケメンなのに。もったいないなぁ)
アパレル勤務だったありすは一度だけどうしてもその身なりに我慢できずに、レダレスの髭をそり、髪をきれいに整えたことがある。綺麗な翡翠色の瞳に長いまつげ、綺麗な輪郭、イケメン過ぎてどこかの王子様のようだとその美しさを褒め称えたが、顔面をさらすのが相当に嫌らしく、次の日から紙袋を頭から被るようになってしまったので諦めた。人が嫌がることはしちゃいけないってね、小学生の時に道徳で習ったし。
「で、これどうすんの?死ぬまで待つの??それまでお前は何も食べない気?」
「うるさいわね~~~、わかってるわよ!!!」
転生する前だってお肉は食べてた。それが、死んだ動物の肉だということも理解していた、食べるために殺していることも・・・。
それでも酪農家でも何でもなかったありすには動物の命をうばうことには躊躇いがある。他の人にやってもらっていたことを自分がやらなくてはいけない。そう思うと例え仕事とは言っても、世の食卓に食材を並べるために日々頑張ってくれていた人たちに感謝しかない。ご飯だけじゃない、他のことも、当たり前ではなかったのだと理解していたつもりだったのに、そんなこともこの世界にきてよく考えるようになった。
「ごめんね・・・」
檻に閉じ込められておとなしくなっていたイバリンゲーアの前に立つ。ナイフには毒が仕込んである、モンスターには即効性の効果があるが、人には害のない毒。それを突き刺せばそれで終わりだ。
「いただきますって本当に大切な言葉だったんだなぁ」
「お前何いってんの?」
ヤバイやつを見る目で見られても、何も感じないくらい。そのくらい心の中は落ち着いている。先程までぎゃーぎゃー騒いでいたのが嘘みたいだ。
動物を殺す、生きるために。
深く息を吸って、吐き出した。持っているナイフでイバリンゲーアの足をひとつきすると、大きな身体は力をなくし、檻に寄りかかるように傾いた。
今後はいろんなものにちゃんと感謝をして生きていこう。・・・毛むくじゃら男に素直に伝えるのは照れ恥ずかしくて無理そうだけど。
何事もなかったように後ろを向いて疲れた~と言えば、事も無げにそれじゃあ捌くぞといわれて巨大猪の解体ショーを見せられた。
ごめん、まだそこまで耐性ない。
気持ち悪くなってその日はエンド。ちゃんと捌くとこまで自分で出来るようになるまでに、また時間を要したことはいうまでもなかった。