『マッチ(ョ)売りの少年』
雪が降る、とある冬の夜。
煌めく街の中心で、彼はそこにいた。
「マッチョはいかがですか? マッチョはいかがですか?」
彼は上半身裸で、街行く人に自分の作り上げたマッチョを売り込んでいました。
彼のマッチョはとても素晴らしい物、ですが彼らは見向きもしません。
「はぁ……なんで売れないんだろう……
売り込まないと、おばあちゃんに怒られちゃう……」
その時、吹雪が彼を襲います。
彼は自分の体を抱きしめて寒がり、近くにあった階段の段差に座りました。
「ああ……早く帰りたい……
そうするためにも、マッチョを売り込まないと。」
挫けてしまったけれど、彼は再び自分のマッチョを売り込み始めました。
「マッチョ、マッチョはいかがですか?」
しかしマッチョは売れません。近くにあった時計を見ると、
今日だと思っていたのが昨日に変わっていました。
「うう……こんなにいいマッチョなのに、どうして……」
気づけば人通りもなくなり、街の中心には彼しかいませんでした。
自分のマッチョを眺めながら、彼は白いため息を吐きました。
すると、再び彼に吹雪が襲います。
「ああ、いけない、このままでは凍え死んでしまう。
おばあちゃん、僕は自分のためにマッチョを使います。」
そう言って、彼はその場で腹筋をし始めました。
すると、それにより滲み出た汗が蒸発し、白いモヤが浮かび上がります。
「あ、ああ……!!」
なんということでしょう。そのモヤをよく見ると、
自分が欲しいと思っていたトレーニング器具がそこにありました。
「わぁい! これでマッチョが……!」
しかし、それに手を伸ばした瞬間モヤは消えてしまいます。
一瞬にして消えた夢のような物。彼は落ち込んでしまいます。
が、彼はクヨクヨしない性格でした。
「そうだ、もっと体をあっためたら……!」
そうして今度は、スクワットを始めました。
素早いスクワットで再び体があっためていると、
さっきと同じモヤが浮かび上がり、その中を見ると、
今度は美味しそうな料理と、沢山のプロテインが見えました。
「運動の後はプロテインだ……!」
そこに手を伸ばした瞬間、モヤは消えてしまいました。
彼はそれで一瞬落ち込んでしまい、体の動きが止まってしまって、
再び冬の寒さが彼の身に染みてしまいます。
「ダメだ、運動しないと体が……!!」
運動、運動、運動。
とにかくそれだけを考え、彼は体を動かし続けます。
モヤが出ようが、そこに自分の欲しいものがあろうが、
いつも通りの景色があろうが関係なく。
するとどうでしょう、モヤはどんどん空へと浮かび上がり、
降っていた雪がモヤによって溶け、雪雲がモヤによって雨雲へと変わり、
やがて雨が降り始めました。
しかし、そんなことなど気にせず彼は運動を続けます。
ただただ運動をしているうちに、
彼の体はマグマのように熱くなっていました。
そんな中、空へと浮かび上がったモヤが、神々しく光り始めました。
「……!!? な、なんだ……!?」
彼は空を見上げると、
そこには大笑いをしながらマッスルポーズを決める男達がいました。
背中には肉肉しい翼が生えており、頭には熱血色の輪っかがありました。
しかも、そこには数年前にいなくなってしまった彼のお爺さんもいました。
「お爺さん!」
彼のお爺さんはマッチョの男達を統べる者なのか。
囲うようにして男達は崇めていました。
まるで仏様のようなお爺さん。それを見た彼は手を伸ばします。
「はっはっはっは! さぁ、お前もここでマッスルしようじゃないか!」
気づけば彼は、お爺さんに手を引かれていました。
そのまま引っ張られ、彼は光と共に空へと飛んで行ってしまいました。
そして夜が明け、朝になりました。
「キャァーー!!???」
街に響く女性の声。何事かと駆け付けた人々は、その光景を見て腰を抜かします。
「な、なにぃ……!?」
「人が……凍り付いている……!?」
そこにあったのは、いや、そこにいたのは、
カチンコチンに凍りながらも、満面の笑みでマッスルポーズをしている彼でした。
身体は真っ白になり、唇も紫色になっている彼は凍え死んでしまっていました。
何があったのかは知らない人々。
「可哀そうに」と冥福を祈る者、「なぜこんなところで」と、原因を探る者。
「なんでこんなところでバカやってるんだ」と死人が前にいるのに無慈悲な者。
ただ、ここにいる人たちは知る由もないでしょう。
彼は年が終わる寸前、ひたすらに運動して幻想を作り出していたことを。
また、彼が生み出したモヤによって雪から雨へと変わったということを。
そして今、お爺さんと一緒に『あっちで』マッスルしているということを。
マッチ売りの少女の著者であるハンス・クリスチャン・アンデルセン様。
色々とすいませんでした。