第53話【魅惑の演奏者】(前編)
前回、 エンタルテ王国の首都 トルムティアに着き、 全能の武器の伝説について手掛かりを求めて王国随一の名探偵、 フメラ・ミフェルダの事務所を訪ねた……
「君達、 怪盗を知っているかい? 」
「怪盗! ? 」
この世界にも怪盗なんているのか……
「怪盗ってあの物を盗む……」
「そう、 物を盗むあの怪盗さ……私は奴を三年も追い続けている」
何か推理小説みたいな展開になってきたな……読んだこと無いけど……
「それでその怪盗が何かしたのか? 」
「実は昨晩、 王城にこんな紙が届いたんだ……」
そう言ってフメラが胸ポケットから一枚の紙切れを出した。
『これは! 』
その紙切れには『予告状 三日後の夜十時にて、 王国一の秘宝を頂きに参上します。 〝f〟』
と書かれていた。
洒落てやんなぁぁ……流石怪盗だ。
「これは奴からの予告状だ、 そして明日、 私は怪盗 f を捕まえる準備をすべく王城に行かなくてはいけないのだ……だから情報収集の件に関しては……」
「待ってくれ、 王城に行くなら俺達も一緒に行くよ」
もしかして王様が俺達を呼んだのってこの怪盗の事かもしれないしな……
「えっ、 でも王城には呼ばれた者しか……」
「それなら大丈夫、 こう見えて俺は一国の王様なんだぜ? 」
それを聞いたフメラはポカーンとした様子だった。
イージスは色々と素性を晒すと突然フメラは土下座してきた。
「も、 申し訳ありません! ! まさか国王のお知り合いだとは……それにあの噂に聞くメゾロクスの国王だったなんて! 」
「いやいいって……今の俺は冒険者だし、 それに変な上下関係とかあまり気にしないタイプだから」
「じ、 じゃあせめて敬語で……コホンッ、 ではイージスさん、 明日私と一緒に王城へ向かう……それでよろしいですね? 」
「あぁ」
そしてイージス達は一度フメラと別れ、 街を見て回ることにした。
「そういえばエンタルテ王国には有名な音楽家もいるそうですよ、 ここトルムティアに拠点があるとか……」
「へぇ、 コンサートとかも行ってみたいな……」
そんなことを考えているとイージス達の耳にヴァイオリンの音色が入ってきた。
音のする方を見ると何やら広場に人だかりができていた。
イージス達はその人混みを掻き分けて広場の中央を覗いてみると……
「あの人は……! 」
一人でヴァイオリンを演奏する青年がいた。
夜空のように青く暗い色の髪に、 月を思い浮かべさせるような美しい銀の瞳をしている。
ミーナとヒューゴが興奮してるみたいだが……有名な人なのか?
すると青年がイージスに気付くと優しい笑顔でイージスを見た。
何だ……俺に向けたのか?
そんなことを考えていると青年の演奏が終わり、 周囲から拍手が送られた。
「皆さん、 今夜はありがとうございます。 明後日の舞台でのコンサートも楽しみにして下さいね」
そして集まっていた人達は散っていった。
人がいなくなった広場に残った青年はヴァイオリンを片付け、 イージス達の方へ向かってきた。
「どうも、 初めまして。 私はフロン・デルフェラーテと申します」
「あぁ……どうも……」
イージスがたどたどしくしているとミーナとヒューゴが興奮した様子でフロンに話し掛けてきた。
「フロンさん、 私あなたの大ファンなんです! 」
「世界が認める天才音楽家なんて滅多に会えないから嬉しいぜ! 」
「有名人なんですね、 フロンさんって……」
俺はこの世界について全然知らないから初めて聞いたわ……
「いえいえ、 有名人なんて大したものじゃないですよ……」
フロンは軽く謙遜する。
「……???」
世間知らずのザヴァラムもイージスと似た反応をしていた。
そしてしばらくフロンはミーナとヒューゴの相手をした後、 別れを告げた。
「では皆さん、 明後日のコンサートも是非聴きに来て下さいね」
「お、 おぅ……」
何か不思議な青年だったな……
その後、 イージス達は街を散歩してその日は終わった。
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翌朝……
「よし、 じゃあ城の方へ向かうぞ」
イージス達はフメラと待ち合わせているエンタルテの王城へ向かった。
王城に着くとディランテが出迎えてくれた。
「フメラ殿、 よくぞ参った! それとイージス殿も」
「フメラの依頼に便乗して来てしまったが大丈夫だったか? 」
「実はフメラ殿と同じ件で話をしようと思っていたのだよ。 」
……そうだったのか……まぁいいならいいか……
そしてディランテはフメラと一緒にイージス達を客室へ案内した。
本来なら武器の伝説について詳しい話をしたかったんだが……まぁ怪盗に宝を盗まれそうになってる訳だしこれはこのあとでもいいかな……
「では早速だが怪盗Fについて何か対策はあるかね? フメラ殿」
するとフメラは深く考え込む仕草を見せた。
おぉ、 探偵らしいな……
しばらくするとフメラは顔を上げた。
「うん、 無い! 」
『ズコーーー! ! 』
まぁ予想はしていたが……
「でも大丈夫です! 怪盗Fは絶対に捕まえます! 」
「……フメラ殿が言うならば信用できるな」
ん? ディランテは随分とフメラを信頼しているみたいだな……
「ディランテはフメラをどうしてそこまで信頼しているんだ? 」
イージスが聞くとディランテは答えた。
「それは……フメラ殿の姉にも世話になっていたからな……」
フメラにお姉さんがいたのか……
「……それに関しては私が話します」
そしてフメラが話し始めた。
「私の姉は……世界一の名探偵だったのです……世界中を旅して回って……様々な事件を解決して回っていたのです……姉は本当に頭が良かったのです……」
するとフメラは段々涙目になってきた。
……なるほど、 お姉さんは殺されたってところか……
今にも泣きそうな顔になっているフメラの代わりにディランテが話した。
「あれは猛吹雪が吹き荒れていた夜のことだ……彼女はいつも通り事件を解決した後、 家に帰る途中だった……」
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数年前……
「早く行け! 早く向かうんだ! 」
エンタルテで衛兵達が大騒ぎしている。
この時、 世界で一番の名探偵 へランデ・ミフェルダが何者かに攫われたのだ。
攫われた現場には一枚の紙が落ちていた。
『知恵なる命を持ってその平和が保たれる。〝f〟』
その紙を見た国王は急いで衛兵達に街中を捜査させた。
しばらくすると捜査していた衛兵の一人が街の中央広場にて血を流して倒れているヘランデの亡骸を発見した。
その血は積もった雪を赤く染めていた。
現場には一人の男がヘランデの死体を見つめていた。
男は衛兵達の追跡を掻い潜り、 逃走した。
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「衛兵からの報告はこれだけだった……」
「……なるほど……」
つまり怪盗Fはフメラにとっては仇ってことか……
「だから怪盗Fは絶対に捕まえてみせる……そして聞きたい、 あの時……何があったのかを……」
まぁ突然お姉さんを殺されたんだものな……何か理由があるんだろう……
「っと……この話はまた今度、 今は怪盗Fの対策をしないと」
「何か策はあるのか? 」
イージスが聞くと今度はフメラは自信満々の様子で腕を組んで胸を張った。
「ふっふっふ……私が何者かご存じ無いですな? 」
「おてんばな自称名探偵だろ? 」
「違わい! ! 」
フメラはツッコミを入れた。
まぁさっきからなんとなく感じてはいたがフメラから何か違うオーラを感じるな……
「ミフェルダ家の人間は少し特殊な力を宿していてな……意識を時の流れに乗せて何が起こるのか予知したり過去に何があったのかを見ることができるんだ」
「あっ! それ私が説明を……」
時空操作系の能力か……
(はい、 時空操作魔法の下位互換の能力です。 その時間には干渉はできませんが全ての真実を覗くことが可能です。 能力自体は戦闘には向きませんがその希少性は非常に高いものとなっており、 能力所持者は現在確認できるのは世界に一人のみです。)
へぇ……すげぇレアな能力ってことか……
「ディランテ様にイージスさん達が来るのを知らせたのも私なのですよ! 」
フメラはドヤ顔しながら言った。
なるほど、 だから伝言を……
「……行動は別として意外と凄いんだな、 フメラは」
「それどういう意味ですかぁ! ! もぉ! 」
するとフメラは一つため息を着くと立ち上がった。
「さて、 とにかく行動あるのみ! まずはその秘宝のある場所に案内していただけますかな? 」
そしてイージス達はディランテに案内され、 王城の宝物庫に来た。
……ほぉ、 中々に頑丈な魔法壁だな……入るには真正面から鍵を開けるしか無いな……しかもこの鍵、 複雑な魔法を何重にも重ねられているから開錠にも時間が掛かる超特殊な鍵だな……怪盗Fはどうやって盗むつもりだ? 監視役の衛兵も相当な数だしな……ってか何分析してんだ俺……盗賊じゃあるまいし……
イージスがそんなことを考えている間にディランテが宝物庫の鍵を開けた。
「あれがこの国一番の秘宝、 インガルストーンだ」
何もない薄暗い部屋の奥に一つの石があった。
その石は青色に輝き、 物凄い生命エネルギーを放っていた。
……ジースさん
(スキル、 鑑定を発動します)
ほぅ……死者をアンデットではなく完全な状態で生き返らせることができるんだな……ゲームで言うところの蘇生アイテムか……
「大昔では死者を蘇らせることができる技術が普及していたようだが、 今ではその技術は失われ、 石を錬成できる魔法使いがいないのだ……そしてこの石こそ最後の一つ、 これが無くなればもはや手に入れる手段は無い……」
……メゾルなら量産できるなんて言えない……なんなら作り方もたった今習得しちゃったしな……
「……いかがかな? フメラ殿」
「うーん……この警備にこの鍵……Fはまず鍵から盗むと考えられますなぁ……鍵はディランテ様の他に持っている人物はいますかな? 」
「持っているのは私だけだ、 そして鍵もこの一つしかない」
「なるほど、 では鍵を私かイージスさんに渡しておいていただけますかな? 」
……え、 俺! ?
「未来を先読みできる私か圧倒的な戦闘能力を持つイージスさんの方が鍵を守れると思いますので」
まぁ確かにそうだがディランテは大切な鍵を他人に渡すかなぁ……
ディランテはしばらく考え、 答えた。
「分かった、 鍵はイージス殿に渡そう」
「では私は時間を先読みしてどこからFが来るのかをイージスさんに教えます」
……かなりあっさりだな……色々と……
そしてイージスは鍵をディランテから受け取りその場を後にした。
フメラと共に城を後にしたイージス達は怪盗Fについての聞き込みをするついでに街を観光することになった。
「いやはや、 イージスさん達と一緒にいると心強いですなぁ! 」
「本業は魔物退治なんだけどな……」
「まぁたまにはこういうのも悪くないと思いますよ? 」
確かにミーナの言う通り、 ずっと魔物を倒すだけが仕事ではないしな……
イージス達はしばらく街を回った。
……………
数時間後……
「いやぁ、 流石は怪盗F! 手掛かり一つもありませんなぁ! 」
怪盗Fの情報を未だに掴めないでいた。
「これ以上は埒が明かない、 終わりにしよう」
そして聞き込みを終わりにしたイージス達は酒場へ向かった。
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酒場にて……
「そういえばイージスさん達はどうして旅を? 」
食事中、 フメラは何気なく質問した。
「うーん……何て言えばいいか……ちょっとした趣味……っとでも思ってくれ」
「……なるほど、 まぁ余計な詮索は探偵としては良くないことですからこれ以上は止めておきます」
「そうしてもらえると助かる」
ゼンヴァールを倒す為の手段を探している……なんて、 そんなこと言われても信じもしないだろうからな……何より関係のない人を巻き込む訳にはいかないしな……
「そういえば王城で話していましたがお姉さんが亡くなってしまった当時の時間を覗くことってできないんですか? 」
ミーナがフメラに聞いた。
「……それは無理なのです……何故だかその時間軸、 その現場の光景に改ざんが入っていて正確な映像を見れないのです……」
「それって何者かが魔法を使って見れないようにしているってことか? 」
「そうみたいなんです……でもこんな高等技術、 ミフェルダ家の人間以外にできる人はいないのです……」
なるほど……フメラの能力では当時の映像を覗けないと……ジースさん
(解析結果、 主様の能力であれば直接その時間軸に飛び、 当時の光景を直接目にすることが可能です。 )
なら見てみるか……
(なお、 現在の主様の能力値では年単位の時間操作は他の時間軸、 世界等に歪みが発生し崩壊する可能性がありますが、 それでも実行しますか? )
あ……やっぱりいいや……
イージスがジースとそんなやり取りをしている内に食事が終わった。
「では私は事務所に戻りますのでここで」
「あぁ、 いよいよ明日だ、 あまり無理するなよ? 」
「分かってますよ! 」
そしてイージス達はフメラと別れた。
さぁて……こちらでも怪盗の対策をしておくか……
怪盗の予告時刻まで、 あと1日……
後編へ続く……




