昼食もフラれた
「蛇穴くん!」
私は想い人の名前を大声で呼ぶ。
振り返って私の顔を見るなり、彼は驚きながら早足で歩き出した。
「ちょっ!?なんで逃げるの!?」
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
謝りながら駆けてく蛇穴くんを私も早足で追いかける。
「逃げないでよ!なにもしないから!」
「なにかする人の言い方じゃないですか!」
やっと廊下の端まで追い詰めた。もう逃げられないぞうへへ……。
「はぁ……はぁ……な、なんですか……!?なんで追いかけてくるんですか……!?お金は持ってないですよ!?」
「お金なんていらないよ!」
そう慌てて言うと、え?とさっきよりももっと不思議な顔で困り出した。
「な、なら、なんで追いかけてきたんですか?」
「好きだから!」
「す、好き!?」
好きと言ってやった。正直に、ストレートに言わないと聞かないんだから。
綺麗な整ったお顔が真っ赤になってらっしゃる。可愛いやつめ。
「一緒にいたいの!一緒にご飯食べよ!?」
前のめりな勢いでそう誘う。でも蛇穴くんは、視線を右往左往させたあと、
「お、おおおお断りします!」
そう言って一瞬の隙をついて私の脇を抜けていった。
前世は忍者かなにかだったのかな?
「あ!ま、待ってよー!」
遅れて私も追いかける。逃がさない。絶対に、一緒にお昼ご飯を食べてやるんだ!
「結果ダメだったと」
「うえーん」
制服の袖を濡らす私をやれやれと見下ろすみっちゃんと、どうどうと背中をさするほーちゃん。
昼休みが始まった瞬間に教室を出た蛇穴くんを、私は片手にお弁当を持って追いかけた。
結局逃げられて、一緒に食べることはできなかったけど。
「しっかしなーんでこんなに可愛いようちゃんの誘いを断るのかねぇ。もったいないことをしたもんだねぇ」
おばあちゃんみたいな口調でそう言って私を慰めるみっちゃんの優しさに触れ、流れる涙の量が増えていった。
「ひっく……私、嫌われてるのかな……」
「そりゃないと思うよ?」
ほーちゃんがそうきっぱり否定してくれるけど、なんでそんなにきっぱり否定できるんだろう。
「だって、嫌とは一言も言われてないんだからさ」
「あ、そっか」
すっ、と顔を上げて涙を拭う。ほーちゃんのおかげで心もスッとした。
「嫌われてないなら大丈夫だね!良し!次だ!」
「好かれてるわけでもないと思うけどね……」
ほーちゃんが小声でなにか言ってたけど燃えてる私の耳と心には届かない。
そんなことより次の作戦を考えなきゃいけないんだ。恋する乙女は忙しいのだ。
「うんうん!その切り替えの良さはようちゃんの持ち味だぞ!」
「ありがとうみっちゃん!」
みっちゃんのおかげで元気ももりもり。
蛇穴くんとお近づきになるにはどうすればいいのか……蛇穴くんのことはなんにも知らないけど、頑張るぞ!
「蛇穴くん!おはよう!」
一番最後に教室に入ってくる蛇穴くんに、大きい声で朝の挨拶をする。これで会話への発展を目指すのだ!
「お、おはようございます……平榀さん」
「うん!下の名前で呼んでくれていいんだよ!」
「い、いえ……遠慮しておきます……」
いけずな蛇穴くん。そんなところも好きだぞ!
「今日はいい天気だね!」
「今日、雨ですよ……?」
そういえばそうだった。今朝、傘をさして登校してきたというのに、それさえも忘れてるらしい。でも会話はできてるし、関係ないね。
「私にとっては雨でもいい天気なんだよ!それよりさ、今日のお昼、一緒に食べない!?」
「遠慮しておきます!」
そうさっきよりも強く否定して走って教室を出ていった。
ぽかんとしている私。今なら鳥が止まれるんじゃないかってほどに、石のようになって動かなくなっていた。
「ふぃー今日もセーフと……おお?ようちゃん、どったの?真っ白に燃え尽きてるよ?」
教室に入ってきたみっちゃんがそう言って怪訝そうな顔で私を見てくる。
「は、はは……」
渇いた笑いが思わず口から漏れる。
でも会話はできたし、まだまだ誘うチャンスはあるんだ。絶対、ご飯を一緒に食べるぞ!
「蛇穴くん!」
「ごめんなさい!」
「蛇穴くん!」
「ごめんなさい!」
事あるごとに謝っては逃げられて、結局一緒にいられない。
ううむ、どうすればいいんだろう。私にできることは、押して押して押しまくることぐらいだし……。くぅ、蛇穴くんの情報が欲しい。
「なにかいいアイディアをくださいな」
「はいよ……ってアイディアが思いついてるわけでもないんだけど」
困ったときはお友達に頼ろう。というわけで今ほーちゃんにアイディアを聞いている。ほーちゃんは頭が良いから、なにか思いつくかなって思ったんだけど。
「んー……なら、お弁当作ってあげれば?」
「へ?どして?」
「その……蛇穴くん、だったけ?お弁当作ってきたって言えば、さすがに断りきれないんじゃない?」
「なるほど!人の情につけ込むんだね!」
「確かにそうだけどそう体なしに言われると辛いからね?」
お弁当を作って、渡す!完璧な作戦だ!心優しい蛇穴くんなら、受け取ってくれるでしょう!
「いいなぁーわたすもようちゃんの作るお弁当食べたーい」
「なにその一人称」
ほーちゃんがふふっと笑いながらみっちゃんの一人称にツッコむ。
「知らない?今流行りの芸人」
「んー知らんなー」
「マ!?損してる!これを見ろ!」
スマホをほーちゃんの顔に突きつけているみっちゃんと、スマホを見て笑っているほーちゃんに感謝しながら、私は愛する人へのお弁当の献立を考えていたのだった。
「うえーん」
「今度はなにやらかした」
手に大量の絆創膏を貼っている私を見て、大体のことを察したみっちゃんがよしよしと私の頭を撫でる。
「お弁当、作れなかったんだな……」
私は料理が下手だった、ということが昨日になってようやく分かりました。
お弁当を作ろうとしたら手を切るわ、煮崩れ起こすわで散々でした。
「い、一応作ってぎだげど……ごんなもの、蛇穴くんにわだぜないよぉぉぉ……」
「おお、怨霊が出すような声出てらぁ」
みっちゃんにそう言われても私は泣き止まない。
「お弁当、一応は作れたんでしょ?どれどれ……うん!?ダークマター!」
「ちょっ、みっちゃん……」
「あ、ごめんごめん」
思わず感想をありのまま言ってしまったみっちゃんをたしなめるほーちゃん。
事実、私が作ったものはダークマターという言葉がぴったりだった。
ごめんよ食材さん……。
「うう……蛇穴くんに、食べてもらおうと思ってたのに……」
こんなのは渡せない。食べさせてはいけない。
「んー……まぁ、渡すだけ渡せば?」
「ほーちゃん……これ、渡していいものなの?」
食べて食中毒になっても仕方ないと思われる代物。渡しちゃダメだって私でもわかる。
「いや、食べてもらわなくても作ってきたって事実が大事で……どれだけ好きかって証明にはなるっしょ」
「あ、なるほど」
涙がスイッと、逆再生みたいに引いていった。
「うーん。この切り替えのはやさ、何回見ても素晴らしいね」
「ありがとう!みっちゃん!」
「元気が出たならそれでいいや」
よーし!渡しに行っちゃうぞー!絶対に追いついてみせるからね!蛇穴くん!
「さら……」
「ごめんなさい!」
「せめて最後まで名前呼ばせてよー!」
お昼休み、私の声を聞くなりビクッと肩を跳ねさせ、大慌てで走っていく。
「廊下を走っちゃダメだよー!」
「走りたくて走ってるわけじゃないです!」
むぅ、止まってくれない。しかも中々に逃げ足が速いぞ。
こんな時こそ、お友達に頼ろう。
「かもーん!みっちゃん!」
「へいよ!」
私の合図とともに廊下の角からみっちゃんが現れる。
「え!?」
ぶつからないようにギギーッとブレーキをかけて止まる蛇穴くん。
振り返って逃げようとするけど後ろからは私がきていることを忘れられちゃ困るね。
「も、もう許してください!お金ももってないですから!」
「お金なんていらないって言ってるでしょ!」
「じゃ、じゃあなにが目的ですか!?」
「蛇穴くんの愛!」
そう勢いに任せて言うと、ヒュー、とみっちゃんが口笛を吹き、蛇穴くんの顔が朱に染まる。
「まぁまぁ蛇穴ちゃん、ようちゃんのお話だけでも聞いたげてよ」
茶化すように気楽な口調でそう言って、みっちゃんが私にウィンクする。
「お、おはなし、ですか……」
全く乗り気じゃない蛇穴くんに私は左手に持っていた包みを両手で、まるで賞状を渡すようにして出した。
「これは……?」
「お弁当、作ってきたの!食べ……なくてもいいんですけど!その、失敗しちゃって……」
蛇穴くんの表情が少し変わった。お弁当を作ってきたってことが関係してるのかな。
いや、私の手を見て、変わったみたいだ。少し悲しそうな顔をしてる。
「ぼ、僕なんかのために……こんなこと、しなくていいですよ」
「私がやりたいからやったの!蛇穴くんに私の気持ちが届けばって、そう思って私が勝手にやったことだから!」
そう言い返すと、蛇穴くんはまた困ったような、悲しそうな顔をして、包みに手を触れた。
「……いただきます」
「ほ、ほんと!?」
ですが、と蛇穴くんが険しい顔で続ける。
「これっきりにしてください。僕なんかのために、あなたの手がそんなになるのは……正直、辛いです」
「あう……」
蛇穴くんにとっては、蛇穴くんのために誰かが傷ついたりするのが、嫌だったらしい。
でも、そんな風に言ってくれて、嬉しい。
「心配、してくれてるの?」
「……そうですよ」
肯定してくれた。そのことにまた、顔が熱くなって、胸がはずんだ。
でも蛇穴くんが、お願いですから、とまた話を続けた。さっきよりも、険しくて、辛そうな顔で。こんなこと、言われるなんて思ってなかった。
「もう僕とは、関わらないでください」