93話「相反する想いと心」
「登場が随分と遅いじゃないか……結月來貴!」
ニヤリと笑いながら、ジーレストは言う。來貴はジーレストをキッと睨み付けながら、鋭く言葉を発した。滅多に見ない來貴の雰囲気に、抱きかかえられている凜は少し怯えている。
「もう、後悔はしたくなっただけだ」
――しかし來貴の意思を感じ、凜の怯えはすぐに消え去った。それはジーレストも同じなようで、ニヤリとした笑みを消す。
「……凜姉、俺にしっかり掴まって。……そうじゃないと、振り落としてしまうかもしれない」
「――うん!」
凜は短く返事をし、來貴にがっしりと抱きついた。
來貴が本気で戦うには、凜たちを避難させなければならない。学校内に入れば、まず戦闘に巻き込まれることは無いため、來貴は学校内に自分以外を避難させたいと考えている。軍事学校は、かなり頑丈に出来ている。
こう言った襲撃・生徒同士の騒動が起こる可能性や、常日頃戦闘訓練を行う場所を設けているため、建物の作りを頑丈にしているのだ。窓ガラスも強化ガラスにしていて、簡単には壊れないよううにしている。
來貴も窓ガラスを壊すのは苦労する……と言うよりマズいと思ったため、窓を開けてそこから跳んで凜の元へと行ったのだ。
「……その意思、その力。オレに見せてみろ!」
ジーレストが叫ぶ。同時に、幾十もの数の紅の雷が、空中を駆ける。來貴は"白天黒滅"に魔力を込め、迫り来る雷を斬り裂く。
地上まで、約400m。それまで凜を無事に護りながら、ジーレストの攻撃を捌かなければならない。考える間にも、紅の雷と紅の風は迫ってくる。魔力を纏った刀で弾いているが、一つの手で弾くには限界が来る。
來貴は回転し、地面に顔を向ける。同時に黒銀の魔力の壁を作り、ジーレストの視界を遮ると同時にそれを足場に蹴って地面へ急接近する。
思わず凜は目を瞑って、來貴に抱きつく力を強める。
地上まで、約20m。來貴が着地する予定の場所の周辺には、刀華たちが静かに見守っている。來貴は身体を回転させ、凜が怪我をしないように身体を反らし足を伸ばして着地する。
この間、約3秒である。
來貴は凜を降ろし、ジーレストの方を見る。既に黒銀は晴れていて、その槍の騎士の姿がよく見えている。空中に風を使って浮かび、槍を構えて來貴の方を見ていた。その目線は來貴のほうを向いていて、他の者たちは視界に入っていないようだった。
「――凜姉、学校内に避難してって全員に伝えて。……ここだったら、凜姉たちも巻き込まれる」
静かに、來貴は言う。一瞬――凜は頷こうとしたが、頷く寸前に気付いてしまった。その言葉が、意味することを。
「でも……それじゃあ來くんが! あのアルヴァダ兵に一人で戦うことになるんだよ!? 私たちでも歯が立たなかったのに……無茶だよ!」
凜が悲痛に叫ぶ。自分たちが背負うものを、たった一人の弟に背負わせようとしている事実に。來貴は凜より遙かに強いが、それがどれ程なのかを凜は知らない。いや……どれ程なのかを知っていたとしても、きっと凜は來貴一人に背負わせないだろう。
だからこそ――失わないために、叫ぶのだ。刀華たちも話を聞いていて、自分たちも一緒に戦うと言っている。……しかし、それでも、來貴は一人で戦おうとする。
「――!」
來貴が刀を振る。瞬間、空中が紅く弾けて散る。ジーレストが放った、紅い雷の残滓だ。來貴は次々放たれるそれを防ぎながら、目配せをして速く避難するように言う。
凜たちは歯を食いしばりながら、走って学校内へと入っていった。
――來貴はその様子を見届けた後、一気にジーレストへと接近する。空中へと跳び上がり、白天黒滅を大きく振った。空中を移動し、ジーレストは斬撃を躱す。しかし、真空の刃が伴って接近してきたため、紅の風で吹き散らすと共に來貴を攻撃する。
來貴は空中で体勢を整え、魔力の斬撃を放つ。しかし、紅の雷に防がれてしまう。
(……覇壊の轟きのみでは、攻撃が単純になってしまうな……他の場所に離れられれば良いが、そうなれば本気を出すことになる。そうなった時に出る被害は、レノルドの時とは比べ物にならない……かと言って今のままだと、攻撃して防いでの繰り返しだ)
どう戦おうか考えている最中、ジーレストが槍を突き出す。來貴は刺さる直前で反応し、槍の先端に刃を当てて逸らす。ジーレストは槍を戻し、距離を取る。
――そして、戦いは激化した。
ひたすらに斬りつけ、來貴は地面に落とそうとするが、ジーレストの方が長物のため上手くいかない。來貴は魔力の足場を使わないと空中に浮けないため、風を使って飛べるジーレストに対しては、長く戦うと不利なのだ。
ジーレストが槍での斬撃を繰り出すが、來貴に躱される。攻撃直後の無防備な隙を狙い、來貴は横に刀を一閃。ジーレストは身体を捻って回避する。
中々決着が付かない状況に、來貴は少し焦りを感じていた。
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(來くん……焦ってる?)
凜たちは、もし來貴に何かあったときのために、玄関近くの一階の教室に留まっている。そしてその場所から、來貴とジーレストの戦いを見守っているのだ。
だからこそ、來貴の様子を見ることが出来た。だからこそ、來貴が焦っている事に気づくことも出来た。遠目でも、凜には來貴が焦っている事がわかったのだ。
その原因を、凜は簡単に推測することが出来る。來貴の努力と強さを、一番知っているから。
來貴はその強さを持つ故に、勝負の決着はすぐにつく。長引くなんて事は無いし、仮にそうなっても來貴有利に状況が進む。しかし、今回は違う。來貴有利とも言えず、ジーレスト有利とも言えない。このまま長く続けば、ジーレストが有利になる。
覇壊の轟きによる魔力消費に加え、空中に留まるために魔力を使っている。これだけでも多いのに、攻撃にも魔力を使っているのだ。いくら來貴の魔力が多くとも、それだけ使っていればいずれは魔力が無くなる。そして、動きが多いため体力も消耗する。
対してジーレストは、風を使って飛んでいて、それで移動出来るため魔力と体力をあまり消費しないのだ。体力は少し消費するが、それでも來貴程ではない。
來貴はそれをわかっているため、焦っているのだ。今のままじゃ駄目だから。焦っているため、來貴の攻撃はジーレストに簡単にいなされている。ジーレストの攻撃もなんとか捌けているが、当たるのも時間の問題だろう。
(頑張って……來くん)
自分たちの力では、足手纏いになってしまう。ただ見ているだけだが、せめて心の中で凜は來貴を応援した。
――しかし、その応援は虚しく響き渡る。
ドガンッ!
遂に攻撃に当たってしまった。槍の薙ぎが腹部に命中し、かなり大きく吹っ飛び、壁に激突したのだ。凜たちがいる教室の外の壁に。
凜は見てしまったのだ。傷付いている來貴を。腹部と両腕から血を流し、力無く壁にもたれかかっている様子を。少し見てから、死んでいないのはわかった。しかし両腕が取れかけていて、"白天黒滅"を右手から落としている。
「來くん……」
凜は、思わず手で口を押さえた。人間のこう言う姿を、凜は何度も見たことがある。だが、來貴のこう言う姿を、凜は見たことが無かった。……それ故、想像してしまった。想像し得た。
(來くんが……負けちゃう?)
その可能性を、考えていなかったわけでは無かった。……寧ろ、その可能性の方が高かった。しかし、凜は來貴が負ける姿を想像していなかったのだ。凜の中で最強である來貴が、負けると言う事を。
だからこそ、凜は行動を起こした。
「――來くん!」
教室の窓を開けて飛び降り、來貴の傍に駆け寄る。そして、身体に触れた。手に來貴の血がついてしまうが、凜はそんなことどうでもよかった。ただ、來貴に傷つかずにいてほしかった。しかし、來貴しかジーレストに勝てる可能性が無いため、こうするしかなかったのだ。
「……大丈夫だ、凜姉。まだ……動ける」
來貴は立ち上がろうと、腕を動かそうとする。だが、動かない。動けないのだ。腕からは血が溢れ出ていて、骨も斬られて内臓も傷ついている。それ故に、まともに動かせない。
足は動くが、それだけでは立ち上がれなかった。來貴の眼には光が灯っているが、それだけで動けるわけでは無い。そして、それは死を意味する。
「來くん……もう良いから。私たちが戦うよ……私だって、琉愛だって……お母さんだって、來貴が傷つく所は見たくないんだから。……みんな大好きなんだよ、來くんの事が」
來貴の手を強く握りながら、凜は言う。その眼には、涙が浮かんでいた。
――凜の言葉に、來貴はハッと眼を見開いた。
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(……俺は、まだわかっていなかったな)
來貴は、嘆くように心の中で呟く。結局、わかっていたつもりでもわかっていなかった。凜や琉愛たちは、自分を嫌うことは無い。そう思っていたのは、來貴だけだったのだ。
恐れていたのは、來貴だけでは無い。凜たちも、來貴を失うこと――傷つくことを恐れていたのだ。
(……もう後悔しないようにここに来たのに、これじゃ前と変わらない。これだと、凜姉たちを哀しませるだけだ。俺が本当に大切なのは、俺の心か? それとも、大切な人たちか?)
――答えは簡単だった。
大切な人たちの方が、重い。來貴はその二つを天秤に掛けるならば、自分の子供じみた心などよりも、凜たちの方を選ぶ。凜たちに嫌われたくないと言う想いと、凜たちを助けたいと言う気持ちが、來貴にはある。
しかし、そのために用いる手段は相反している。嫌われたくないならば、何もしなければ良い。助けたいならば、本気を出さなければならない。
――だが、何があっても嫌われる事はない。悪魔としての、姿を出そうとも。それは直接口には出ていないが、來貴は察することが出来た。
自分も、凜たちの事が大好きなのだ。來貴も、凜たちが何かを隠していたとしても嫌いにはならない。それは逆も然りであり、凜たちも、來貴が何かを隠していたとしても嫌いにはならないのだ。
來貴の意識は、少し朦朧とし始めている。血を流しすぎたからだろうか。しかし、そんなものは関係無い。護るためには、立ち上がらなければならない。凜に手を離してもらい、足を振り上げて立ち上がる。
「大丈夫なの……? 來くん」
そう言った凜の声は、震えている。來貴は、未だに血を流している。その量も、もう血溜まりを作るほどになっていた。
「ああ……大丈夫だ。だから、見ていてくれ」
――ジーレストが、紅を纏って來貴へと迫っている。かなり離れた場所であるため、接近に少し時間が掛かっていた。
凜は既に窓から教室内に戻っていて、静かに見守っている。來貴が勝つと、信じている。ならば、それに応えるしかないだろう。
――來貴は護るために力を振るう。
駆け出すと同時に、來貴が黒い繭に包まれる。やがて黒い繭と、ジーレストが纏う紅が激突した。
拮抗こそしていたが、ジーレストは來貴を押せていない。そして、黒い繭は段々と膨張し、やがて爆破した。ジーレストは瞬時に距離を取って爆風を回避したが、身体中に少し傷が残っている。
辺りは黒に包まれ、凜たちは何も見えない。しかし、來貴は、ジーレストの姿を捕らえていた。
――そして、黒は來貴へと収束する。來貴の背中へと移動した後、二対四翼の黒き翼を生み出した。それだけでは無く、腹部と腕の傷が完治している他、額にあの紋様が浮かんでいた。眼球も黒く染まっているが、凜たちは背中の翼以外気付いていない。
いつの間にか、その右手には"白天黒滅"が握られている。黒い繭に包まれた時点で回収し、腕の傷は完治していたのだ。
――悪魔化である。それを理解したジーレストは、獰猛な笑みを浮かべた。
「……ようやく、全ての力を出す気になったか。……ならば、オレもそれに応えよう!」
ジーレストは、紅を纏った槍で刺突する。対して來貴は、黒銀を纏った刀で一閃を繰り出す。
――両者、激突する。




