91話「激動するアルヴァダ」
――――東京に侵入したアルヴァダ兵たちは、日本軍に見つからないように動いていた。見つかってしまえばそれで終わりなため、その場にいるアルヴァダ兵たちは、ほぼ全員が緊張で心臓がバクバクしている。
……指揮官ともう一人の者を除いて。
指揮官のアルヴァダ兵は笑って飄々としているが、油断は欠片もしていない。失敗が許されないと言う事は、指揮官が……この場にいる全員が、分かっていることだから。だからこそ、緊張している者が多いのだ。
人間らしく、命に縋り付いて保身をしている。緊張していない者は、自分以上に大切なものがあるか……それとも、確固たる信念があるのか。どちらにせよ、それを持つ者は強い。……この集団の中で、頂点に立つほどに。
(……成功、させないとね。"僕"には、やるべきことがある)
邪悪な笑みを浮かべていたとは思えないほど、真剣な表情の指揮官。その心は、目的の達成とすべきことで二分割されている。
……そして、目的の達成のための作戦は今、始まる――――。
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マサハス・ロンディーネは、アルヴァダ軍が日本に侵入してきていることを知っていた。同僚からの連絡で知ったが、自分は何も出来ない。……いや、何もしないと言うのが正しい。
マサハスは、選定の悪魔である。ジョセフのように日本の軍事機関に所属しているわけでも無いし、なんなら日本の国籍も無い。日本の国籍を持っているジョンの所に隠れ住んでいるだけであり、自分がしゃしゃり出る場面では無い。
エオもジョンも、その戦が終わるまで家で待機をしている。……一週間ほど前にマサハスが会いに行ったと言う、少年の動向を見守るためにも。
第三の選定は、第一・第二の選定とは文字通り『格が違う』。ネルよりも、オリケルスよりも、マサハスの方が圧倒的に強い。更には、第三の選定の悪魔を"認めさせなければならない"。ただ力を示すだけだった今までとは違い、心身共に昇華せねばならないのだ。
(頼むぞ……彼女とオリケルスを殺した男なんだ。この場所で折れてもらっては困る)
マサハスは、これから何が起こるかわかっている。東京にアルヴァダ兵が侵入してきているのも知っている。……その内の何名かが、軍事育成機関高校の方角へ向かっているのも知っている。エオとジョンが観測した結果、得られた情報だ。
だからマサハスは願う。
いつの日か、世界が破滅の未来を回避することを願って。
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――――琴音は、勝利した。
聖邪闘鋭隊からの、妨害としての刺客二人を殺した。取るに足らない相手であったが、傷を付けても付けても再生してしまうという点が面倒だったと琴音は思っている。
悪魔や天使でない聖邪闘鋭隊が、どういった原理でアレをやっているのかは知らない。だが、そこにアルヴァダ帝国の陰謀が絡んでいるのは簡単に推測できた。
目の前に転がっている、二つの死体。腕や足など、身体の一部を消失しているそれは、それぞれ二対四翼の黒い翼と白い翼を生やしていた。……だが、それは根元からちぎれていたり、もがれていたりしているものが殆どである。これは琴音がやったことであり、彼らが死んだことで再生が出来なくなっているのだ。
……そして、それは段々と消え始めている。魔力が宿主を無くしたため、世界へと還元されようとしているのだ。
――琴音は、手に青い炎を点す。それからそっと手を前に出し、炎を死体へと移動させ、発火させる。二つの死体は勢いよく音を立てて燃え上がり、灰すら残さず燃え尽きた。
その様子を確認した後、琴音は走る。東京に、アルヴァダ兵が侵入してきていないか確認するためだ。今いる場所は、大阪。彼らが持っていた兵器により、ここまで転送された。桂がどうなっているかはわからないが、恐らく自分と同じ目に……妨害に遭っているだろう。
しかし、琴音がその場に行くことは出来ない。まずその場を知らないし、行ったところで終わっている可能性がある。……そして何よりも、足手纏いになるのだ。桂の妨害相手は、琴音の妨害相手たちよりも強い可能性が高いと琴音は考えている。
ならば桂の邪魔はせず、自分は東京の安否を確認しようと思ったのだ。アルヴァダ兵が、侵入しているかどうか。軍事機関本部が、被害に遭っていないかどうか。軍事機関本部には幹部を残してあるので大丈夫だと思うが、一応確認する。
そして――軍事学校に、アルヴァダ兵は来ていないか。来ていたならば、琴音は今すぐそこへと向かうだろう。
琴音は、まず軍事機関本部にインカムで連絡をした。
数秒後に、軍人の一人が出た。琴音は簡潔に、アルヴァダ兵がそちらへ行っていないかを聞く。
――どうやら来ていないようだった。しかし、東京には侵入しているようだったので、気をつけるように忠告をしてから通信を切る。
そして次に、刀華に連絡を入れた。インカムでは無く、持っていたスマホで。
『……もしもし、琴音さん、どうかしましたか?』
刀華は、少し気張った声で言う。
「刀華さん、そちらへアルヴァダの兵は来ていませんか?」
『来ていませんが……いつ来るかわからないので、不安です』
琴音は、ひとまず安心してホッと息をつく。
『そう言えば、何かあったんですか? こちらの安否を確認するなんて。……戦場にいれば、分かることだと思うのですが』
疑問に思い、そう問いかける刀華。溜息を吐きながら、琴音は言う。
「……ちょっとだけ他より強いアルヴァダ兵二人に、大阪まで飛ばされましてね。今の今まで戦っていました。それで、関東の状況がわからなかったのですよ」
『……大変だったんですね』
励ましの言葉を、刀華は琴音に贈る。琴音はそれを好意的に受け取り、「ご心配ありがとうございます。でも心配要りませんよ」と返した。
『では、もう切りますね。次の授業がありますので』
「わかりました。頑張って下さいね」
『はい!』
それから、刀華が次の授業があるというので電話を切った。
(元気ですね、私の後輩は……)
――琴音にとって刀華は、学校での後輩だ。かつて軍事育成機関高校で、一緒に学んだ仲。しかし、学年が同じでは無い。刀華が一年生の時、琴音は三年生だった。そのため、その期間は一年だけである。
だが、その期間の内で刀華はかなり琴音に影響を受けた。戦い方、考え方、得意なもの、苦手なもの。全てが全て同じというわけでは無く、自分の意思をしっかり持っているが、殆どが琴音と同じだ。
公私の区別はついているが、琴音と刀華はかなり親しく喋っている。
琴音が卒業してからも、頻繁に連絡を取り合っていた。……刀華が勉強で分からないところも、琴音が教えていた。
琴音は教師を目指していたため、そのまま大学――軍事大学へと進学した。……軍事学校で教師になるには、ただその意思を示すだけでは駄目だ。軍人専用の教育を学べるこの大学で教員免許を取り、それを軍事機関本部に本物だと示して、初めて軍事学校の教師となれる。
刀華は26歳で、教師生活四年目。琴音の思想に賛同し、教師となる道を目指した。当然同じ大学に進学したため、そこでもよく一緒に居た。
琴音は29歳で、教師生活七年目。最初は数学等を教えていたが、強さと家柄、そして上からの指令を理由に学校長を掛け持ちする事になった。
(……過去に縋り付いてしまいましたか)
――少々、足を止めすぎたと琴音は判断する。
とりあえず、日本海側から侵入していると情報をもらったので、そちらの方へ行く。日本海側で防衛をしていた桐生に、連絡を入れながら。
琴音は最短ルートで東京へ向かいながら、アルヴァダ兵が紛れていないか探索する。この辺りにはいなさそうだが、一応。その間にも桐生と通話しようとしているが、一向に連絡は付かない。
連絡が取れない状況にあるのか、もしくは――。
(……止めておきましょう。この考えは、危険です)
――そこで、思考を止めた。連絡は諦めないが、ほぼ無理だと考えよう。
東京に着くまで、約一時間掛かった。タクシーなどを使うのも考えたが、生憎金を持ち合わせていない。銀行で引き出せば済む話だが、それまでに消費する時間がもったいなく、そもそも魔力を使って走った方が速かった。
そのため、琴音が東京についた頃には、魔力の残量が半分を切っていた。
琴音がふとスマホを見てみると、桐生からの電話があった。琴音は、すぐに折り返し電話をする。
『もしもし、西宮寺さん。折角怪我から復帰したと思っていたら、また怪我をしてしまいましたよ……。申し訳ございません、電話は今まで治療を受けていたので気付きませんでした。何か私に伝えたいことでもあるのですか?』
会って早々、桐生は溜息交じりにそう嘆息する。どうやら、治療を受けていたようで、そのせいで電話に出られなかったようだ。桐生は、数日前に怪我から復帰したばかり。今回の怪我はそれよりも軽いが、また怪我を負わされた。
再びベッドの上に戻ることになった事を、琴音は心の中で手を合わせる。
「はい。アルヴァダ兵は何処へ行ったか、予測は付きますか?」
その質問に、桐生は思案する。そして、答えた。
『……そうですね。東京へ行くことはわかっていますが、それ以外は……あ、一つ言っていましたね。軍事機関……と、呟いていたのが聞こえました。恐らく、軍事機関に関わるものを目的としていると思われます。――それでは、頑張ってきて下さい』
そして、桐生との通話が切れた。これは、桐生なりの気遣いなのだろう。速く行きたい琴音の、時間を取らないための。
琴音は、その気遣いをありがたく受け取り、軍事機関本部へと向かった――――。
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――――桂は、未だに"騎士"と戦い続けていた。琴音が勝利した時も、東京に着いたときも尚。騎士と桂の強さは、ほぼ互角だ。僅かに騎士の方が上回っていて、戦況が騎士の方に傾いているが、桂が気力で持ちこたえている。
能力の性能では桂の方が上であるため、そこを押しつけて自身の領域に引きずり込めば、勝つことが出来る。
そして、桂は能力の出力を上げた。
騎士の顔は、仮面でよく見えない。しかし、焦っているようには見えなかった。騎士は冷静に桂の攻撃を捌きつつ、一瞬の隙を突いて反撃する。桂もその反撃を躱し、攻撃を続ける。
そして騎士は、桂の攻撃を腕で受けた。しかし、それは騎士が思っている以上に強かった。騎士は数メートル吹っ飛んだ後、一回転して着地した。
騎士も能力の出力を上げ、桂の思うがままにならないようにする。
戦いは、まだ続く――――。
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――――授業は淀みなく続いていた。もうすぐ、三限目が終わろうとしている。來貴は、胸騒ぎがしてやまなかった。今すぐこの場から離れたかったが、それを本能が止める。
……ここから離れては駄目だと。
來貴は窓の外をチラ見しながら、授業を受ける。内容は頭に入って来ているが、それをあまり気にしている様子は無い。
そして、窓から視線をホワイトボードに戻した。授業を適当に流し、終わるが来るのを待つ。
――それから数分間、來貴は少し授業に集中していた。その時、ふと窓の外を見たときだった。
「……!」
來貴は目を見開く。
來貴が目にしたのは、数人のアルヴァダ兵。來貴は戦が起こっていることは知らないが、服装から見てそう断定した。……その中には、見知った姿もある。
彼らは学校に侵入して間もなく、見つかった。当然だろう。この軍事育成機関高校の警備は、他の学校とは比べ物にならないほど高い。かなりの数の防犯カメラと、各場所を巡回している教師――軍人がいる。それに、彼らは正門から堂々と入った。……見つかるのは、当然のことだった。
――授業は、中断された。來貴たちは、外から出ないように言われた。アルヴァダ兵たちは、教師たちがなんとかするから、大人しくしていろとのこと。そう言って、教師は教室から出て行った。
生徒たちは大人しくして、その顛末を見届ける様子を見せる。ここの生徒たちは冷静で思慮深い者が多いため、自分がしゃしゃり出るような真似はしなかった。
そしてその言葉通りに、すぐに刀華と怜次と伏見、他教師……そして、凜と竜二と瞬華と彩月がアルヴァダ兵のいる所へと出てきた。凜たちは、強いために駆り出されたのだろう。
他の三年生たちは、学校内の護衛と戦闘が激しくなったときに避難指示をさせる為に出ていない。
――対話などは無く、教師たちはただ侵入してきたアルヴァダ兵を殺すのみである。……そして、刀華はその内の一人の顔を見て、顔を顰めた。
「――今日は、アイツは来ないのか?」
「……ジーレスト・オヴェイロン……!」
「覚えてんのか、オレの名前。……まぁ、アンタじゃ勝てねぇよ。さっさと結月來貴を連れてこい。さもなくば、お前たちを殺す事になる」
ジーレスト・オヴェイロン。來貴と戦い勝利した、彼のアルヴァダ兵。いや……槍の騎士の再来だ。




