90話「運命が動き出す時」
――アルヴァダ帝国にて。
「……三週間後が、決行の日だ。しくじるなよ」
ある一室の中で、男はモニターに向けて言う。画面は三分割されていて、それぞれに誰かが映っている。どうやら通信をしているようだ。
『……わかっています』
『大丈夫です』
『はい』
三者がそれぞれの返事を返し、男は頷く。その返事に男は満足し、通信を切った。そして、椅子から立ち上がり、何処かへと消えた。
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――軍事機関にて。
(アルヴァダ帝国の動きは無い。すぐ動き出すかもしれないから、警戒は緩めない方がいいだろう。……それよりも問題は、日本にいるアルヴァダ兵だ。……神奈川にいた兵共とは別に、うじゃうじゃと兵が来ている。さて、どう対処をするか……)
桂は、四方八方から来るアルヴァダ兵の対処に、頭を悩ませていた。來貴が殲滅したアルヴァダ兵は、陽動であった。神奈川以外では、日本海側や九州辺り、そして東北から侵入してきたアルヴァダ兵がいる。
――まんまとはめられたわけだ。と、桂は思った。神奈川にいたアルヴァダ兵たちは、見つかりやすく行動していた上に、殺人をしたことも無いような新人が多かったという。
ならば、見つかりやすいのは必然。
そのアルヴァダ兵たちは、関東へと行くと言っていた。一人のアルヴァダ兵を捕らえて拷問した結果、得られた情報だ。……何をする気なのかはわからないが、何かある前に全て殲滅しておいた方がいい。
桂はそう考えている。無論、日軍第零課の軍人たちも同じ意見だった。しかし、如何せん数が多いのだ。日軍第零課や幹部級の軍人を指揮官として部隊を組み、アルヴァダ兵が潜んでいる場所へと向かせようと考えているが、問題が三つある。
一つ目は、潜んでいる場所が分からないということ。大まかな範囲がわかるのみだ。二つ目は、部隊の編成をどうするかだ。指揮官に選ばせるのもいいが、どのみち時間がかかるのは間違いない。三つ目は、強いアルヴァダ兵の対処だ。
アルヴァダ兵は、強さを基準に細かく分けられている。
有象無象の銃兵の集まりである、十字大隊軍。
それより一回り以上強い兵の軍、造人尖兵軍。
兵の中でも精鋭だけが集まった部隊、聖邪闘鋭隊。
――その中でも、聖邪闘鋭隊が厄介だ。造人尖兵軍は問題ない。冷静に数で押して戦えば、まず負けることは無い。日軍第零課や幹部級の軍人ならば、問題なく対処出来るだろう。……その中でも上位の者が襲来しなければ。
桂ならば、一瞬の内にして聖邪闘鋭隊の兵を屠れるだろう。桂の強さは、日軍第零課の中でも突き抜けている。それが意味することは、桂が日本最強だと言うこと。
最高の才能を持つ來貴でさえも、桂は圧倒できる。……それ程までに、桂は強いのだ。
しかし、その身体は一つだけだ。一つの場所にしか、"最強"は訪れない。桂が行く場所は問題ないが、逆に行かない場所には問題が大ありだ。聖邪闘鋭隊が何処に潜んでいるかわからないし、造人尖兵軍もその数が多くなれば厄介になる。
日軍第零課と幹部級の軍人を各地に散らすのは、桂の中で決定した。しかし、桂自身が強力なアルヴァダ兵の妨害にあう可能性もある。その辺りも考慮して、決めなければならない。
「――桂さん、私に案があります」
部屋の中には、桂以外にも一人居る。いや……一人だけいる。
「……言ってみろ」
猫の手も借りたい状況なため、その者の案を聞く。
「桂さんは、妨害される可能性が高いです。……いえ、ほぼ確定と言っていいでしょう。桂さんの存在は、アルヴァダにとって脅威。……それは、私もです。そのため、桂さんと私を編成から度外視して決めましょう」
桂は何一つ表情を変えず、案の内容を聞く。
「……ジョセフさんを使います。彼は悪魔であり、私たちに迫る程の強さです。聖邪闘鋭隊が来ても問題は無いでしょう。……東京に、彼の部隊と唯羅行君を配置します。"來貴君"が殲滅したアルヴァダ兵は、東京の方角に向かっていたと聞きます。ならば、そこに目的とするものがあるのでしょう。ジョセフさんの力と唯羅行君の探知で、そこの守りを手厚くします。九州には軍事機関の支部がありますので、そこの軍と支部長、そして日軍第零課の軍人を一人――優波さんを派遣すれば問題は無いでしょう。日本海側には、桐生さんと京都の軍と支部長を。東北には、北海道の軍と支部長と白凪さんに行ってもらいます。……学校には、幹部の者を一人ずつ。軍事育成機関高校には、刀華さんに守ってもらいます。……ネズミがいる可能性もありますので。派遣する軍人たちに、武装や兵器も選ばせて持って行かせましょう。有効活用しなければ、腐るだけです」
随分と長い説明になったが、桂は全てを余すこと無く聞いていた。……そして、この案が理にかなっている事もわかった。
――ジョセフ・イニーガル。彼は悪魔だが、悪魔らしい事は何もしていない。寧ろ、軍事機関で10年以上真面目に働いていた。それが話題に出たことは無いが、その事実を桂と琴音は知っている。もう幹部のため、任せても大丈夫だというのがこの案の核だ。
それに、アルヴァダ帝国の狙いが学校である可能性だってある。学生が自衛をするのも手だが、未熟なため間に合わない可能性がある。だからこそ、軍人に守らせる必要があるのだ。
そして、学校を休ませると言うことも出来ない。もぬけの殻の所に、襲撃される訳にはいかない。休みとなって家でぬくぬくしている時に、アルヴァダ兵との抗争に巻き込まれれば大事になる。そのため、学校で軍人に守られるのが一番安全なのだ。
刀華と桐生の怪我は、三週間で治る予定だ。ならば、間に合う。怪我して早々悪いが、戦場へと来てもらうのだ。
この者の案は、全ての可能性を網羅して潰している。桂はこの案を採用し、その者とともに編成と配置の采配を始めた。
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――三週間後。学校は、何事も無く登校日だ。刀軍事学校の生徒たちは、全員が学校へと行っている。一部の生徒だけ戦に加わっている……と言う事も無く。その者たちは守ることが出来るため、学校を守らせて他の所へ人員を集中しようという事だ。
依頼は全て取り消され、それは軍事機関がこの戦に集中している事を表していた。
その案を出した者――『西宮寺琴音』は、アルヴァダ兵の妨害に遭い、関東から離れた場所にいた。
相手は二人。琴音が推測するに、どちらも聖邪闘鋭隊。一人では力不足なため、二人掛かりで抑えに来たと言うところか。
だが――。
(……あまりに拙い。アルヴァダ帝国では強いほうなのでしょうが、それでは私には敵いません)
――二人が同時に掛かってきたと同時に、前方を風で煽る。少し攻撃の軌道が変わり、互いが互いを攻撃した。所詮、琴音にとってはこの程度である。
そして、両手に雷を纏わせ雷撃を浴びせる。それは聖邪闘鋭隊の二人に当たり、渦を成す。渦から所々血が吹き出ながら、何かが軋む音と悲鳴が雷鳴に混じって聞こえてくる。
琴音はその中に風を加え、竜巻を作る。雷の竜巻が出来上がり、やがて天空へと還元された後――。
(……無傷、ですか。……いえ、無傷になった……でしょうね)
――それぞれ悪魔化と天使化をした、聖邪闘鋭隊の二人がいた。
琴音は、少し長期戦になるだろうと予測する。……しかし、それでも負けることは無いだろうと考えている。"それ"を使おうとも、琴音がいる領域に届くことは無い。琴音は兵器を数個持って来ているが、使う必要すら無いと感じていた。
聖邪闘鋭隊の二人が出した黒と白が織りなし、琴音へと襲いかかる。琴音は、深い『青の炎』を繰り出して黒と白を防ぐ。それは少し拮抗を演じた後、二人を飲み込んだ。
そして――――。
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桂も、アルヴァダ兵の妨害に遭っていた。その兵は、桂が今まで屠ってきたアルヴァダ兵とは一線を画す重々しい雰囲気を纏っている。
そのアルヴァダ兵が、桂は自身に匹敵すると言うことがわかっていた。……その者は、アルヴァダ兵、と言う次元にすらいない。表現するならば、"騎士"である。
桂に肉薄して、その"騎士"は蹴りを放つ。桂は腕で受け止め、力で押し返して弾く。騎士は体勢を崩し、隙を晒す。続けざまに、桂は拳を騎士に向けて放つ。しかし、その表情に焦りは無い。冷静に拳を躱しながら距離を取り、体勢を立て直している。
他のアルヴァダ兵ならば、先程の攻防の時間の間に屠れていた。だが、この騎士は生きている。だからこそ、手加減なんて出来ない。そうすれば、死んでしまうだろうから。例え斃せなくても、桂が死んだら日本の軍事機関は終わる。
ここは、勝たなければならない。……例え能力の情報を持ち帰られてしまっても。
――そして、騎士との格闘が始まった。殴る、蹴るのシンプルな攻撃に捻りや回転を加え、それを極限の速さで繰り返されている。
しかし、戦況は一切変わっていない。互いに魔力を使わず、ただ己の身体のみで戦っている。だが、これでは埒が明かない。桂は、一刻も早く戦線に行きたいと考えているため、ここで時間を稼がれるわけにはいかないのだ。
桂は能力を使い、戦況を変えようと。騎士も同じく能力を使い、桂に対抗する。
そして――――。
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――アルヴァダ兵たちは、指揮官に従い、日本軍と戦っていた。……その指揮官はかなりの強さだが、前線には出ない。与えられた任務を確実に達成するために、息を潜めているのだ。有象無象の兵士たちの指揮をしながら。
戦況は有利とも言えないし、不利とも言えない。日本軍に優秀な指揮官がいて、その者の指揮にかき乱されている。それに加え、強い軍人がアルヴァダ兵の突破を許さない。こちら側にも、強い兵はいる。
聖邪闘鋭隊は十数人こちらに来ているため、その者たちを当てて殺していくしか無い。
(……このまま行けば、勝てるかもしれない。だけれども、"彼ら"の時間稼ぎが終わってしまう。西宮寺琴音に、神藤桂。この二人が戦場に来てしまえば、負けることが確定する。速めに決着を付けないと……)
指揮官は思案する。自分が出向けばそれで終わる。しかし出来れば、彼らの勝利の報告を聞いてから動きたい。指揮官とて、西宮寺琴音や神藤桂と戦えば、負ける可能性はある。
……それどころか、神藤桂とは戦えば負ける。だからこそ、その"騎士"に神藤桂の足止めをやってもらっているのだ。西宮寺琴音には、聖邪闘鋭隊の精鋭を二人。これでも足りないほどだが、自分が出向くわけにはいかない。
だから自分より弱くとも、その二人に任せたのだ。
一カ所だけでも、包囲を突破出来れば良い。突破したならば、その場所へと移動する。指揮官は、ある兵へと通信をする。
『もしもし、聞こえてるかな? ……君の仕事が少し増えるよ。東京までの道を切り開いてくれないか? このままじゃ埒が明かなくて。君の本来の仕事もそこだし、丁度良いよね』
『……了解した』
――狙いは東京。
指揮官は、邪悪に笑った。
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――軍事育成機関高校にて。
今日も今日とて、授業である。各地では戦が始まっていると言うのにも関わらず、いつも通りの授業が行われていた。
今の時刻は午前10時で、二限目の途中だ。今日は校長である琴音と教師の一人である桐生が不在なため、職員室は少し忙しい。
それは刀華も同じで、学校にアルヴァダ兵が来ないか教師と言う名の軍人たちも気を張っていた。
今のところは、何も無い。良く耳を澄ませれば、生徒たちの声が聞こえる。何も知らない――と言うわけでは無い。残酷な世界で生き延びている、綺麗な生徒たち。……純粋と言うには、少し汚れすぎているから。
綺麗……と言うにも、血に塗れている。しかし、その血の中で美しく生きているのだ。だからこそ、こう表現できる。
――そんな生徒たちの一人である來貴も、今日は学校にいる。黙々と、学校で授業を受けているのだ。
「……來貴君、今日はやけに先生の数が少なくありませんか?」
隣の文奈が、授業中にそんなことを聞いてくる。実にどうでも良いことだが、嫌な予感がしている來貴は、半分冗談では無い答えを返した。
「――戦争でも始まっているのかもな。それで、先生がそれに駆り出されているのかもしれない」
來貴の言葉が、半分本気だと言うことが文奈には伝わった。その事実が本当かもしれない……それから来る恐怖を押し殺すように、文奈は言う。
「……冗談は止めてくださいよ」
文奈の言葉に、來貴が返す事は無かった。
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――琴音と桂はまだ、妨害した者と戦っている。そのため、戦には加わっていない。だからこそ、包囲網を突破されてしまった。
……日本海側、全滅。指揮官の指示により戦に加わった兵士により、日本軍は斃された。幸か不幸か、急ぎだったために頑丈な桐生と京都支部長は死亡していなかった。
だが、それ以外の者は殆ど死亡。
東京は、ジョセフと颯真が護っている。命運は、東京にいる"彼ら"に託された――――。




