89話「第三の選定」
彼の悪魔、マサハス・ロンディーネが、來貴と接触した。その場所は、地上200mの上空。互いに上空へと浮かび上がりながら、会話をしている。風で会話は掻き消されているが、來貴の耳にはしっかり届いている。
――來貴は魔力の足場を作り、その場に留まる。……そして、こう返す。
「……初めまして……だが、誰だ?」
鋭く目を細めながら、來貴は聞く。上空を漂う強風に吹かれながら。
「オレはマサハス・ロンディーネ。……第三の、選定の悪魔だ」
第三の選定の悪魔、マサハス・ロンディーネ。その言葉に、來貴はより警戒を強くする。遂に来たか……と、身構えながら。マサハスは來貴の様子を見つつ、空中を駆ける。來貴もマサハスを追いかけ、魔力の足場から跳び上がって加速する。
マサハスは音速を遙かに凌駕する速度で、ある場所へと向かう。來貴も引き離されないように、能力を使って音速の数倍の速度で跳ぶ。
――僅か数十秒、その駆け引きは続いた。マサハスは急に方向を変え、速度を落としながら"その場所"へ着地した。來貴も速度を着地寸前で殺し、着地する。
「よくオレの速度について来れたな。まぁ、これくらいやってもらわないと困るが。……で、結月來貴よ、この場所がわかるか?」
その言葉に、來貴は周りを見渡す。着地した時点で來貴はわかっていたが、現在地が何処辺りなのかを知りたかったから見渡したのだ。
「……その様子だと、ここに来た時点でわかっていたようだな」
マサハスは、感情に身を任せながら言う。
「――そうだよ、ここは第一の選定が行われた場所だ……!」
そう言ったマサハスは、冷静さが少し欠けているように來貴は見えた。……第一の選定。そこで來貴は、その"悪魔"を殺して力を吸収した事しか覚えていない。
……だが、それ以外に何も起こっていないのが事実である。來貴は、その"出来事"を完全に記憶していた。
「オレがお前に会いにきたのは、第三の選定の悪魔としてじゃない。マサハス・ロンディーネとして、ネルの……オレの彼女の、名誉を示すためだ!」
――マサハスは構え、瞬時に來貴へと迫る。來貴も"白天黒滅"を抜刀し――――。
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一方、その頃――――。
「來貴君、今日も依頼でいませんね……」
文奈が呟く。その呟きは、自分の席で発したものだ。しかし、近くに雫がいるため、雫には聞かれていた。それを知った上での呟きであるため、文奈は気にしていないが。
――――軍事育成機関高校で、文奈たちは暇していた。一週間に一回は依頼で欠席する來貴に、少々文句を言っていたところであるが。
「そうね……ようやく来たと思えば、また依頼……忙しいわね、來貴は」
遠い方を見ながら、雫は言う。文奈の席に手を置き、雫は黎の方を向く。……黎は、別の友達と話をしている。來貴がいないため、暇なのだろう。雫と文奈とも話せるが、女子二人に混じるのに少し気を引いているのだ。
実際、文奈も暇である。いじれる相手がいないのだ。雫はいい反応をしないし、黎もあまり反応しない。來貴にもダメージは無いが、そんな事はいいのだ。話し相手が雫と黎と來貴以外にクラスにいないが、一番話すのは來貴である。
だからこそ、暇なのだ。雫と駄弁って暇を潰せているが、それでも來貴と話した方がいい。雫を卑下しているわけでは無いが、文奈は來貴の事を好いている。だからこそ、なのだ。
――そうして再び授業が始まろうとし、全員が席に着く。その一分後に授業が始まる。
文奈にとって、その授業は退屈なものだった。長ったらしい教師の説明の上、既に理解出来ている範囲。その範囲の予習は既に終えているため、わかってしまっている。たまに予想外の部分が来るが、それでも理解出来たため、早く終わってほしいのだ。
教師の説明を聞きつつ、文奈はチラッと左の方を見る。
(……空席……ですね。やっぱり。……明日は来るでしょうけど、学校生活が退屈になるので来てほしいです)
欠席している來貴の席を横目見て、ホワイトボードの方に目線を戻す。
――そして、授業が終了した。
文奈は、退屈な日を過ごした。
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――――マサハスが持つ剣と、來貴が持つ白天黒滅がぶつかり、火花が散る。來貴の白天黒滅による斬撃に耐えられる剣は、この世に数えるほどしかない。來貴はそれを知らないが、マサハスが持つ剣はかなりのものだと肌で感じた。
対してマサハスは、力の差を感じていた。総合力では互いに勝るとも劣らぬが、単純な筋力では來貴の方が上である。……剣と刀の鍔迫り合いは、段々と來貴が押してきていた。マサハスは刀を流し、体勢を崩した來貴に斬りかかる。
來貴は瞬時に身体を捻って左足を振り回し、マサハスの剣を弾く。マサハスが剣を離さなかったため、マサハスごと跳んでいったが。
マサハスは受け身をして、ダメージを受け流す。剣にダメージは無いが、手が少し痺れている。魔力を通して無理矢理治し、そのまま魔力を身体に宿す。黒紫の光りが、マサハスの全身と剣を包む。來貴も黒銀の魔力で全身を包み、備える。
マサハスは更に雷を使い、速度を上げて來貴の力に対抗する。いきなり雷が出てきたことに動揺しつつも、來貴はマサハスの攻撃を対処する。しかし、段々と速度が力に勝り始めた。身体に、少しずつ傷がつき始めてきた。
その原因は、一つ。
(雷で速度が上がり続けている……それに、能力が使えない……どうなっている?)
――來貴は能力を使用できていない。いや……使用出来ない。それは、マサハスの能力下にあるからだ。"それ"よりも上位に位置する万物具現化の眼は使用出来るが、再現した能力は"それ"以下なので使用出来ない。
それに、万物具現化の眼は再現するだけなので、今使用しても意味が無い。詰まるところ、來貴は覇壊の轟きも、死黒暴滅も、地獄門も使用出来ないと言う事だ。
最後に残ったのは――――。
(仕方ない……使おう)
――――瞬間、來貴の身体から漆黒が溢れ出る。それは全身を飲み込み、やがて融解する。中から現れたのは、悪魔化をした來貴。
背中から二対四翼の黒い翼が生え、額には黒の紋様が浮かんでいる。そして眼球が黒く染まり、かすり傷が治っている。
來貴はマサハスの剣を躱し、左拳を叩き込む。剣に防がれ直撃はしなかったが、マサハスは数メートル地を滑った。
――來貴は追撃を試みたが、それは叶わない。
「……ぐっ!?」
來貴が攻撃を受けたと認識した時には、もう吹き飛ばされていた。それは蹴りだと言うことしか、來貴にはわからなかったのだから。
霞む視界で目にしたのは、雷と魔力を纏うマサハス。……しかし、雰囲気が変わっているように見えた。静かな雰囲気から、荒々しい雰囲気に。何か、使ったのだろうか……そう思いながら、立ち上がる。攻撃の傷は、もう治っていた。
「……使え」
マサハスは、静かに言う。
「……能力を、使え」
もう一度、マサハスが静かに言う。
來貴は、二回言われて意味がわかった。動詞一つじゃよくわからなかったが、主語が加わって気付いた。……そして、今來貴は能力が使えるようになっている。マサハスの能力が解除されたからだ。
覇壊の轟き、死黒暴滅、地獄門。そして……殺戮機械。四つの能力を使用し、ただ一つの技に全てを込める。
悪魔化により、一時的に身体と魂が強くなったからこそ出来る芸当だ。
マサハスも、自身が持つ最高の技を繰り出す準備をする。
「――黒銀餓狼死滅刃!」
覇壊の轟きによる、身体能力の強化。死黒暴滅による、黒銀。地獄門による、地獄を生ける飢餓の狼。殺戮機械による、死せる力。
その全てを、白天黒滅に込めた一撃。かつての銃剣であれば、その身が耐えられなかった一撃。
刀に現れた陣から、狼の上顎と上頭部が出現する。後方に狼の幻影が現れたと同時に、來貴は駆ける。血に飢える狼が、遠吠えを上げながら。
対してマサハスは――。
「――消失の雷鳴斬!」
身に纏った雷を剣に乗せ、餓狼と化した來貴へと迫る。雷が音を轟かせながら。
ウルオオオォォォ!!!
ゴロゴロオオオォォォ!!!
狼の咆哮と、雷鳴が轟く。やがて接触を果たしたとき、轟音が鳴り響き、土煙が空を舞った。
――來貴は、身体へのダメージに思わず膝をついた。そして、煙が晴れた先には。
「…………」
無傷のマサハスが、そこに立っていた。
マサハスと來貴は、総合力では互いに勝るとも劣らない。……それは、己の身体と武器のみで戦った場合である。能力などを加えると、マサハスに軍配が上がる。
來貴は立ち上がり、マサハスの方へと向く。
そのタイミングで、マサハスは口を開いた。
「――彼女は……ネルは、強かったか?」
その言葉の真意は、來貴にはわからない。憶測でしか、判別できないから。しかし、ただ一つ浮かんできた。
「……強かったさ」
強かった。ネルは、強かった。物理的な意味では無い。あの時は確かに強かったが、今では取るに足らないほどだ。……心が、だ。一度の邂逅だけだが、ネルは相当な覚悟を持ってあの役目をやっていたこがわかった。
來貴は『選定の悪魔』の真実を知らない。しかし、その役目が過酷な事は、ネルとオリケルスの様子を見て察した。
だからこその、発言だ。全ては知らない上でだが、それでいい。全てを知るのは、きっと彼――マサハスのみであろうから。
「……今日は帰る。また、会いに来るぜ」
――そう言って、マサハスは空中へと跳び上がる。そして数秒、空の彼方へ消えた。
來貴はその様子を見届けた後、悪魔化を解除する。そして、軍事機関本部へと向かった――――。
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――――軍事機関本部の前に、俺は来ていた。
あの後、突如響いた轟音を確認しようと来たマスコミや警察たちが来たため、隠れて山を抜け出した。抜け出した後、あの山がどうなったかは知らないが、軍事機関がなんとかしてくれるだろう。
あそこには、俺とマサハスの魔力が残っている。それ故、戦闘があったと特定され、事実がもみ消されるだろう。……俺に何か来そうだが。
現在時刻は12時半であり、そろそろ昼食の時間だ。何が言いたいかと言うと、俺は腹が減っている。
だからこれをさっさと終わらせて、帰って昼食を取りたいのだ。
本部の中へと足を踏み入れ、エレベーターで五階へ行く。数々の部屋がある中で、一番奥の部屋の前へと立つ。
ノックをして、返事が来るのを待つ。
「……どうぞ」
「失礼します」
返事が来たため、俺は扉を開けて中に入る。中には、横長の机とそれを挟んで長椅子が二つ。……そして、奥の方の長椅子に校長が座っている。
「思っていたよりも遅かったですね、來貴君。あなたほどの実力なら、数時間ほどで終わると思ったのですが」
校長のその言葉に、俺は返事をせずに対面の長椅子に座った。
「なんで遅かったのかは聞きません。……一つ、聞きたいことがありましてね。他に聞かれたくなかったので、この場へと呼びました」
遅かったと決定されているのは置いておき、俺は校長の話に耳を傾ける。
「――あなたの記憶に、私の姿はありますか?」
「――ッ」
すぐには、答えられなかった。
姿……それは、何を意味しているのだろう。そして何故、今その質問をしてきたのだろう。それはきっと……わかっている。俺が、この刀を……"白天黒滅"を携えているからだろう。
昨日依頼の伝達をしたとき、白天黒滅を携えているのを見たのだろう。これは、神藤桂――親父から貰ったものだ。だから、その質問をした。
……その答えを、既に俺は持っている。しかし、それを言うのは阻まれていた。
(ない……そう言えば良いだけなのに、何故か言いたくない)
――そう、言いたくないのだ。それを言えば、校長が哀しむような気がして。
「答えられないならば、それでいいです。……きっと、いつか答えは出るでしょうから。……もう行って良いですよ」
――胸になんとも言えない寂寥を覚えつつ、俺は家へと帰っていった。
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マサハス・ロンディーネは、ジョンの家でエオに來貴の事を話していた。ジョンは出かけている最中だ。
「結月來貴は、強かった。……まだ15歳とは、思えないほどにな。何も無しだったら、実力はほぼ互角だ。……だけど、能力が拙い。魔力の使い方も、少し雑だ。それに、本当の力を発揮していないように思える」
含みがあるマサハスの言葉に、エオが疑問を覚える。
「それはどういうことですか? マサハス様」
エオがそう聞くと、マサハスは目を閉じる。……あの時を思い出しているのだ。そして数秒間目を閉じた後、告げる。
「……心の中に、何かがある。恐らく……いや間違いなく、"それ"のせいで力を発揮出来ていない。しかし、才能は俺より……誰よりも上だ。"それ"を克服出来れば、間違いなく最強になるだろう」
「……そうですか。彼には、頑張って貰いたいですね」
マサハスの言葉に、エオはそう返事をした。その返事はあまりにも身勝手なものだが、それくらいが丁度いいだろう。
そして、マサハスは呟く。
「それに、アイツはネルの――悪魔たちの意思を継いでいる。ならば、大丈夫だろう。その別のものが、心の内にあったとしても。マズい方向に行ったなら、周りの人間がなんとかしてくれる。……オレたちも、密かに導けば良い」
「……そうですね」
マサハスとエオの表情は、明るいものだった。
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