87話「いつも通りの授業」
――――そして、三限目。実戦訓練の授業である。今はまだ休み時間だが、やがて始まるだろう。さっさと第一戦闘場へ行かなければならないため、その準備をする。とは言っても、教室の後ろに置いてある"アレ"を取りに行くだけだが。
後ろの右端辺りにある、縦に長い青紫色の袋。それが、白天黒滅が入っている袋だ。その袋を肩に掛け、第一戦闘場へと向かうために教室を出る。
「來貴君、それ何ですか? 前聞いた時、答えてくれなかったじゃないですか」
ひょっこりと出てきた文奈が、俺に話しかけてきた。それを聞きたいがために、俺が準備を終えるまで待っていたのだろうか。
――昨日学校に行ったとき、文奈にこの袋の中身を聞かれた。銃剣が壊れたため、そのために出した武器だと言うことは伝えたが、それ以上の事は言っていない。……言う必要を感じなかったからだ。
「……三限目が始まれば、いずれわかることだ」
「……教えてくれないって事で良いんですね?」
ジトーッとした目で、こちらを見てくる文奈。……俺は足早に、第一戦闘場へと向かった。文奈が俺の脚に合わせて歩いてきて、ずっと同じ目で俺を見てきた。
――第一戦闘場に着くまで、気まずい空気だった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
――そして、第一戦闘場にて。1年1組の全員が集まり、琴音と怜次もここにいる。今回の実戦訓練は、二人が指導をするのだ。
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴った。三限目の始まりだ。來貴が号令をした後、琴音が今回の授業の流れを話す。
「今回は、二グループに分かれてやります。ひたすら戦って訓練をするグループと、基本的な動きを訓練し合うグループです。前者は私、後者は荒川先生がダメな所を指導をします。それぞれ好きな方に分かれて下さい」
琴音がそう言うと、約半分が離れていた怜次の方へと行った。その殆どが、クラスの中でも強くない方の生徒たちだ。ちなみに、文奈と黎と雫と來貴、そして瑠璃は琴音の方にいる。
そして、琴音が二人一組に組ませた後、訓練が始まった。來貴の相手は文奈である。真っ先に「組もう」と言ってきたため、相手がいない來貴は組んだのだ。來貴は青紫色の袋を端っこに置き、中から白天黒滅を取り出す。
――あまりに美しいその刀身に、文奈は見惚れてしまったが、すぐに自我を取り戻す。
「……それが替えの武器ですか。見たところ、刀のようですが……数が一つ少なく、銃の機能が無い状態で大丈夫ですか?」
少し煽るように文奈は言う。しかし、大丈夫だろうと文奈は確信している。それを読み取った上で、來貴はこう答えた。
「問題ない」
「……そうですか。では、始めますよ? 前までの私とは思わないで下さいね?」
――そして、文奈が動いた。その動きは前とは比較にならず、かなりの速度である。一瞬で距離を詰め、拳を來貴の顔に叩きつける。來貴は顔を逸らして躱し、文奈の腹部に膝蹴りを仕掛ける。しかし、バックステップで躱され、同時に風の弾丸が來貴に迫る。
來貴は脚を振り上げ、その風圧で風の弾丸を霧散させた。それだけに留まらず、來貴が生み出した風は、少し離れていた文奈へと迫っていく。文奈は能力で風の軌道を変え、周囲へと流す。
本気では無いとは言え、力と技術のみで能力による攻撃を防がれたことに、心の中で驚愕する文奈。
(……どんな力で蹴り上げればあんな風圧を出せるんでしょうか)
理不尽に思いつつも、文奈は攻撃を続ける。遠くから風で牽制しつつ、風の弾丸と風の刃で來貴を攻撃する。弾丸は上半身に、刃は下半身に放つ事で回避を難しくし、徐々に壁際へと迫らせる。
來貴はその事に気付いていたが、敢えてその戦術にはまっていた。……やがて、來貴は壁際へと追い込まれてしまった。來貴は迫ってきた風の刃と弾丸を回避しようと思ったが、近くにあるものを目にして止めた。
――今、來貴の近くにあるのは、青紫色の袋……つまり白天黒滅を入れる袋である。これが破れたらマズいと思った來貴は、白天黒滅を振り抜く。
真空の刃が風の刃と弾丸を斬り裂き、その先にいる文奈へ迫る。文奈は跳躍して回避し、來貴に肉弾戦を仕掛ける。風を纏い、來貴に直下蹴りを放つ。來貴は納刀し、能力を発動して上空を蹴る。
……瞬間、辺りを風圧が遅う。文奈は一瞬それに阻まれ、バランスを崩してしまった。そのまま來貴は跳躍し、文奈の上を取る。上から、黒銀の魔力を纏った拳を文奈に放つ。対して文奈も、來貴の方を向き風を纏った拳で対抗する。
拳と拳がぶつかり、衝撃波が生じる。そして数秒間拮抗した後、文奈が落ちた。着地時に受け身を取ったが、背中が痛むようだ。來貴も着地し、思ったことを言う。
「……文奈、前よりも強くなったか?」
その質問に、文奈は頬を膨らませながら答える。
「そうですけど……何ですか、その言い方は。まるで大したことないって言ってるみたいじゃ無いですか」
文奈から返ってきた答えに、來貴は返答に困ってしまう。
――実際、その通りだからなのである。確かに、文奈は前よりも強くなっていた。それも、比較にならないほどに。しかし、來貴の前には少し強くなったのと同じなのだ。文奈に才能はあるが、それは來貴と比べるにはあまりにも小さすぎる。
……一歩が違いすぎるのだ。文奈が強くなっていく以上に、來貴は強くなる。……世界一の天才の一歩は一端の軍人よりも遠い。
どう返答しようか迷っていると、文奈が自覚するように呟く。
「――そう、ですよね。來貴君は、私より強いですもんね。……そりゃあ、私が多少強くなったところで足元にすら及びませんか」
その自分を卑下するような呟きは、來貴の耳に届いていた。來貴は常人よりも耳が良いため、聞こえないように呟いていても聞こえてしまうのだ。
……どう返答しようか迷っていたが、今の呟きを聞いて何を言うかが決まった。來貴は文奈の元へ歩いて行き、肩の上に手を置く。
「文奈、そう卑下になるな。……まぁ、確かに、お前じゃ俺には勝てない。だけどな、文奈は十分強いよ。そこまで努力できる人間は……そういないからな」
來貴の言葉を聞いた文奈は、はにかみながら「ありがとうございます」と言った。そして、珍しいものを見る表情で言う。
「來貴君、今日は優しいですね。珍しい……何かあったんですか?」
「……おい」
思わず、來貴はツッコんだ。しんみりしていた空気が、コメディな空気に一気に変わったからだ。
――それから、來貴は文奈と戦いつつ、琴音に指導されて時間が過ぎた。三限目が終わり、今は休み時間だ。次の四限目は、適正訓練である。連続して身体を動かす授業のため、今日は萎えている生徒が多い。來貴もその内の一人だが、疲れてはいない。
それに、別の問題が生まれてしまったのだ。今來貴が持っている武器は、刀。銃では無い。來貴の適正に銃を選んだ。
――つまり。
(四限目、どうしようか。銃が適正のくせに銃を持っていない……本末転倒だ。……いっそ、サボるのもいいかもしれない。――いや、無理か)
しかし、安易にサボることが出来ない現状でもある。適正訓練は他のクラスと合同であるため、瞬く間にサボったことが広がってしまうのだ。それは別に問題ではないのだが、もう一つ問題がある。
來貴は、授業の出席日数が少ないのだ。依頼へ行っているため、頻繁に欠席をする。そのため、出席日数を稼がなければならないのだ。……それなのにも関わらず欠席をしてしまったら、単位が足りず留年……なんて事もありえる。
――ならば、どうするか。その前に、問題が一つ。これ……白天黒滅をどうするかだ。まず、使わない。銃の授業なのに、刀を取り出す者がいるだろうか。……否、いない。そのため、これは完全に置物と化した。
青紫色の袋に白天黒滅を収納し、來貴はそれを持って第一戦闘場を出る。
銃の適正訓練の授業場は射撃場のため、來貴が出て行くことに周囲は違和感を持たなかった。そして射撃場には向かわず、近くの男子トイレの中に入る。綺麗に掃除されて、とても広いトイレの中の、空いている個室に目を付けた來貴は、その中へと入り込む。
――そして、周囲を確認して監視カメラや他の人の目が無いか確認する。……その結果、一つの監視カメラが見つかったため、周囲に結界を張って見られないようにした。それらの動作が終わった後で、來貴は万物具現化の眼を行使する。
再現するものは、銃。と言うより、かつて使っていた銃剣そのもの。時間が無いため、あまりじっくりする事は出来ない。約一分の時間を掛けた結果、かつて使っていたものより数段劣る銃剣が出来上がった。來貴はそれをポケットから取り出した大きな黒い袋に隠す。
ちなみに、一瞬で再現したものだ。大雑把なものなら一瞬で再現出来るのだ。
そして、トイレを出て急いで射撃場へ向かう。軽く廊下を走り、射撃場へと急ぐ。残り時間は、約三分。割と射撃場の位置は遠いため、急がなければ間に合わない。
――そうして二分後、來貴は射撃場へと着いた。射撃場にはもう、來貴以外の生徒は来ている。担当の教師も、來貴の到着を待っていたようだ。
「遅いですよ、結月君」
來貴は謝罪しつつ、生徒たちが並んでいる中の自分の場所へと行く。
――そして、丁度チャイムが鳴った。男子生徒が号令をし、教師が授業の流れを大雑把に説明し、訓練を始める。
あらゆる距離での、正確無比な射撃。避けられないように、軌道を計算して打つ技術。瞬時に弾薬をリロードする素早さ。この三つが、銃を扱う者に必要とされている。そして、銃の適正訓練はこの三つを併せ持つ軍人を育てるのだ。
素早く鋭い斬撃。死角から攻撃する技術。攻撃を瞬時に受け流す反応速度。剣を扱う者には、この三つ。剣の適正訓練はこの三つを併せ持つ軍人を育てる。
――このように、適正訓練の中でも、種類が違うだけで、訓練の内容も変わってくる。來貴はそれの全てを兼ね備えているが、動くのが面倒なため銃を選んでいた。
黎と一緒に、適当にしながらも無駄なく訓練をする。約5m、約7m、約16m、約25m。その全ての距離の的を全て命中させたところで、授業は終了した。
四限目が終了したため、昼休憩である。黒い袋は、そのまま持ち続ける。再現した分だけの魔力が常に無くなっているが、我慢する。辻褄が合わないため、消すわけにはいかないのだ。……かといって、消さなくても文奈たちに不審がられる。
どうしようもない状況であるが、消さないことが最善策である事は変わりない。……いっその事、銃でも買ってこようか。金は有り余っているため、來貴はそう考える。
(……一応、銃は買っておくか。再現に魔力を使いたくないからな)
來貴はそう決意した時、丁度教室の前だった。來貴は教室のドアを開けて中に入る。中には、クラスメイトが半分以上いる。いない者は、まだ帰ってきていないか、他の所へ行っているのだろう。
持っている武器を後ろに置き、來貴はバッグから凜に渡された弁当箱を取り出した――――。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
――――俺は自分の席に座り、弁当箱の蓋を開ける。中には、色とりどりの料理。……全て、凜姉の手作りである。朝からよくこんなに作れるなと、俺は思う。
「……今日もお姉さんの手作りですか?」
文奈が聞いてくる。
「ああ」
その通りであるために、俺は短く肯定の返事をする。そして、文奈や他のクラスメイトの視線を無視して弁当を食べ始める。
――おいしい。
やはり、凜姉が作る弁当はおいしい。いつも言っている気がするが、まぁ気にしないでいこう。……ふと隣を見てみると、文奈も弁当を食べていた。誰が作ったのかはしらないが、美味しそうに食べている。
一目見ただけで目を逸らし、弁当を食べ進める。……意外に量が多いため、食べるのに少し時間が掛かる。それに冷えているため、早く食べすぎると胸焼けしてしまうのだ。
――十数分後、俺は弁当を食べ終わった。弁当箱をバッグの中にしまって、五限目が始まるまでの時間を潰す。昼休憩は25分あるため、暇なのだ。
――やがて時間が経ち、五限目が始まった。五限目は戦闘理論だ。……退屈なため、半分聞き流しながら授業を受ける。
戦闘理論はかなり難解だが、俺には理解出来る。幼い頃からの経験と、その本質を見抜く事。これが俺には出来るため、戦闘理論は難しくないのだ。隣で頭を抱えている文奈を余所に、俺は頬杖をつく。
そして、聞き流している内に授業が終了した。




