86話「誓いと雨」
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『――どうだった? 自分の過去は』
……俺は、ドールの問いに対して答える。
「……最悪だった。だが、知らない事と知っている事が混じっていたな」
ドールが見せた俺の過去には、俺の知らない事が混じっていた。……例えば、俺が校長と関わりがあったこと。……俺は、"その記憶"を覚えていない。生まれてすぐの記憶を覚えている俺が、忘れているとは思えない。
だったら、この違和感はどう説明する? それに、あの過去は全てでは無い。……まだ、空白の部分がある。
『……じゃあ、教えよう。もうそこまでたどり着いたみたいだからね』
ドールが手を離し、こちらへ向く。そして、自分の手を胸に当てて告げた。
『僕は、ある目的によって作られた。……それは、ただ一つ』
――ドールは胸に当てていた手を下ろし、俺の肩を叩いた。……そして、告げる。
『……君のためだよ。一人で抱え込んでしまう君が、辛さで閉じこもってしまわないように。だから、僕は君の辛い記憶を奪っている。……それが、神の意思の化身である僕の役目さ』
そう言ったドールは、俺の肩から手を離して目を逸らした。……そして、続けざまに言う。
『……僕は、君の中にいる人形。君の力を吸収しているのさ。……だからいない方が、良いんだよね。だから、頑張ってね。來貴』
ドールがそう言った直後、世界が光りに包まれる。――恐らく、これでもう終わりだという事だろう。……けど、ドールはまだ消えない。……そんな、気がする。俺が真の意味で、"それ"を乗り越えられた時……それが、ドールの命日だろう。
――ぼんやりと俺がそう考えていると、視界が光りに包まれた。……数秒後、光りが晴れた。辺りを見渡すと、まだ日は昇っていない。……時間を見てみると、午前3時だった。
……今日は、学校がある。しかし、まだその時間までは程遠い。……だけど、俺はずっと目を逸らしてきた。柚那が死んだことは、頭ではわかっていた。
――來貴、ここわからないから教えてくれる?
――……どうしたら、來貴みたいに強くなれるかな?
――また怪我したの? ……無茶しないでね、來貴には死んで欲しくないから。
――ずっと、一緒にいようね。來貴。
……柚那との思い出が、頭の中を駆け巡る。ズキリ……と、心が痛む。柚那と一緒にいた約一年間は、本当に楽しかった。いろいろあったが、俺は柚那に沢山のものを貰って、救われた。
……そうだ。俺は、行かなくちゃいけない。貰った分だけのものを、柚那に返さなくちゃいけないから。
(……ただ、俺が認めたくなかった。心の中に、穴がぽっかり空いたようだった。……でも、前に進まなくちゃ行けないんだ)
けど、それは言い訳には出来ない。柚那の葬式に参加せず、墓参りにすら行かなかった俺は――。
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――來貴は、家を飛び出していた。外は秋雨前線の影響で土砂降りの雨だったが、そんなものは関係無い。
ただひたすらに、がむしゃらに、あの場所へと走る。今までその命を散らしてきた軍人たちの、魂が眠る場所へと……。
午前三時の夜道には、それなりの人や車の通りがある。その者たちの殆どは、軍事機関の仕事終わりの軍人たちだろう。その者たちは、奇異なものを見る目で駆け抜ける來貴をチラリと見ていた。ただ一瞬だったため、その正体はよくわかっていないが。
雨でずぶ濡れになる中、ただひたすらに走る。目的の場所まではまだ遠い。
(……もうちょっとで……待っていてくれ、柚那)
――來貴が行こうとしている場所は、軍事機関である。正確に言うと、軍事機関にある、共同の墓場。軍事機関や軍人たちの存在は、あまり知られてはならない。そのため、身元が発覚するのを防止するため、軍事機関の元で作られた墓場に埋葬されている。
その場所は、軍事機関の人間だという事をその墓場の監視者に示すことが出来れば、中に入ることが出来る。
軍事機関は24時間ずっと開いていて、誰かしらはいる。そのため、こんな時間に行っても誰かはいる。
――そして赤信号の道路を跳び越え、入り組んだ軍事機関本部までへの道を駆ける。……その道中で、帰る途中の軍人たちがいたが、來貴は目もくれない。ただ一つの目的のために、無駄な時間を割く暇は無いのだ。
そして、軍事機関本部へと着いた。次は、墓場へと向かう。そうして足を進めたその途中で、來貴は意外な人と出くわす。
「……來貴? こんな時間に、何してるの?」
――里奈だ。丁度仕事終わりなのだろう。土砂降りの雨の中で傘を差し、駐車場へと向かっている。その途中で、少し止まっていた來貴を見つけて話しかけて来たのだ。
「……って、ずぶ濡れじゃないの。こんな土砂降りの中で走ってきたのね? とりあえず、車の中に来て。そこで身体拭いて」
里奈のその言葉に、來貴は別の方を向く。その視線の先には、墓場がある。
「……いや。やらなくちゃいけない事がある」
來貴の視線の先を辿った里奈は、全てを察した。義理とは言え、息子の成長に笑みを浮かべて「わがままな子ね」と呟く。
――里奈は、來貴に言葉を掛ける。
「そう。……風邪、引かないようにね」
そう言ってから、里奈は帰っていった。義母の気遣いを察しながら、來貴は軍事機関本部の中に入る。入り口は雨水が入っているため濡れていたが、中は濡れていなかった。……ただ、來貴が入ったことで中も濡れてしまったが。
……來貴は服が濡れているのを意にも介さず、墓場の監視者がいる所へ向かう。
――濡れているのを見た監視者に心配されたが、墓場へ行く許可は取れた。……早速、來貴は墓場の中へ入った。
雨の降る音が辺りを支配する中、來貴は歩いて目的の墓へと向かう。墓が建てられている場所はわからないが、何となくそこだろうと言う場所へ、來貴は行く。
何かぼんやりと、本能がそこだと言っているのだ。向かう先が柚那の墓だという根拠は無い。しかし、"そこにある"と來貴は思っているのだ。
監視者の人に聞けば良かったか――來貴はそう考えたが、今更戻るのは面倒だ。本能に従うまま、來貴はそこへ向かう。
――数分後、來貴は本能が示した場所へとついた。
……そこには、雨宮柚那と彫られている。來貴の本能が示していた道は、あっていたようだ。
來貴はそこに膝をつき、手を合わせて黙祷をする。……一年以上、來貴は目を逸らしてきた。……今、來貴は目の前の事実に目を向けた。
数秒間の黙祷の後、來貴は目を開く。……そして、告げる。
「……柚那。今まで、逃げてきてごめん。俺……ようやく、前を向けるようになったから。だから……頑張るよ。柚那以外にも、全てを明かせるようにするから」
その言葉を言い終えたとき、來貴の元に突風が吹いた。そして、突風と共に声が聞こえた。
『……うん、來貴なら大丈夫だよ。だって……私が愛した人だから――』
その声は、來貴の耳にはっきりと届いた。……來貴は口元を僅かに緩め、最後に「……ああ、俺はもう逃げない」と呟く。……そして、墓場から出た。
――來貴が墓場から出た頃には、あれだけ降っていた雨は止んでいた。來貴は能力で自分の服や髪を乾かしつつ、走って家へと帰る。現在の時刻は午前4時30分。……少し遅れると、凜と琉愛に夜中に家を抜けていたことがバレてしまう。
……そうなればどうなるかわからないため、來貴は足早に家へと向かっている。結月家から軍事機関本部までは意外と距離があるため、時間が掛かっている。そして服と髪が乾ききる頃には、家へと着いていた。
――慎重に鍵を開け、家の中へと入る。家の中は静かだったが、一つだけ音が響いていた。それは、足音。それが誰のものなのかは、すぐに判明した。
「おかえり、來貴。一応、服と髪は乾いているようだけど……お風呂沸かしてあるから、入って来なさい。服は、あなたの部屋から取ってきてあげるから」
里奈のものである。恐らく里奈は、來貴が帰ってくるまで起きていたのだろう。……仕事から帰ってきて疲れているはずなのに、申し訳ないと來貴は思った。
なので來貴は、里奈の言う通りに風呂に入って来た。約十分間入った後、里奈が持っていた自分の服に着替えた。脱衣所から出た來貴は、里奈に「聞きたいことがある」と言われてリビングに来ていた。向かい合って座る中、來貴が話を切り出す。
「……母さん、話って何?」
その質問に対し、里奈は答える。
「……あなたが軍事機関本部に何をしに行ったのかは、敢えて聞かないわ。だけど、これだけは聞かせてほしいの。――柚那ちゃんには、会えたの?」
來貴がやったことをわかった上で、里奈は質問する。來貴の答えは、既に決まっていた。あの場所に行った時点で、目的は半分達成したようなものだ。……そして、目的は達成できた。伝えたいことも伝えられた。
だから、短く來貴は答える。表情を引き締め、目に意思を宿して。
「……ああ」
「――そっか。なら、いいの。この事は凜と琉愛には黙っておくから、はやく部屋に戻りなさい」
「わかった」
――そして來貴は、自分の部屋へと戻った。
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「――お兄ちゃん、起きてる?」
部屋のドアがノックされると同時に、聞こえる琉愛の声。俺はベッドから降りて「起きている」と伝える。するとドアの向こうから「わかった! 先に降りてるね!」と言う声が聞こえた。それと同時に、ドタバタと足音。
降りたのだろうと考え、俺も部屋から出て一階へと向かう。リビングのドアを開けた先には、凜と琉愛が席に着いていた。……母さんは、寝ているのだろう。夜まで起きていたのだから、きっと疲れているのだ。
「「「いただきます」」」
――三人で合掌をし、凜姉が作った朝食を食べる。黙々と朝食を食べ続けて数分、俺は朝食を食べ終わった。
皿を片付け、俺は学校へ行く準備をする。行ったりきたりで忙しいが、そんなことは言っていられない。
やがて準備を終え、俺は凜姉と一緒に学校へと行く。最近宿題の量が多いため、あまり行きたくないが。……まぁそんな事を言って休んだら、凜姉に引っ張り出されるため出来ないけど。
「――そう言えば來くん、夜中に音がしんたんだけど……知らない?」
突然響いた凜姉の言葉に、俺は心の中で動揺する。……もしかしたら、夜中に抜け出した事がバレたかも知れない。あの時速く走りすぎたため、足音が大きかったのだろう。
「……さぁ? 雨の音じゃ無いのか? 昨日、土砂降りだったらしいし」
その場で嘘を考え、凜姉に言う。凜姉はしばらく考え込んだが、その後納得して、俺に「早く学校行こう!」と言った。
――――そして、学校についた。凜姉と別れて一年一組の教室に行き、中へと入る。教室は既に、数人のクラスメイトが来ていた。今の時間帯は、普段来ている時間よりも少し遅いため、誰かしら来たのだろう。
その内の二人は知人で、他二人は関わりの無い人。どうでもいい分析をしつつ、俺は席につく。中身を取り出し、引き出しの中に入れる。そして、バッグを机の横に掛けて準備完了……あ、これ入れてなかった。
白天黒滅が入っている袋が壁に立て掛けられているままなのに気付き、俺はそれを片付ける。何処だ……と言われれば、教室の壁である。ここの教室は無駄に広いので、スペースが余っている。
そのため、後ろのスペースを使って武器を隠している。俺の位置から真横が最奥の窓で、ここより後ろの壁に窓は付いていない。武器を隠すためだろう。
(……今日、授業で久しぶりにアレを使う事になりそうだ)
今日の授業には、実戦訓練がある。昨日は無かったため、今日、初めてお披露目することになるだろう。実戦で使うのは数年ぶりだが、あの銃剣よりも扱いやすい。加減を間違えることは無いだろう。
……何故かは知らないが、この刀は、俺が再現する武器よりも強い。どんなに万物具現化の眼を使っても、これ以上の力を性能を持つ武器を再現する事は出来ない。……それに、分かったことがある。
あれは、ドールと近しいものを感じる。……それが何なのかは俺にはわからない。もしかしたら、ドールは何か知っているのかもしれない。
(……次会った時に聞いてみるか)
俺はそう決意し、授業が始まるまでの時間を文奈と話して潰した。




