83話「表裏の世界」
現在の時刻は、23時。夕飯も食べ終わり、風呂にも入って、もう寝る準備は出来ている。ベッドの中へと潜り込み、睡眠をしようと目を閉じる。
……この一週間、とても忙しかったと來貴は感じている。明日から学校へ行くことになっているが、それまでに疲れは抜いておきたい。そう言う意味でも、いつもよりも早く寝るのだ。
――そして。
宵闇の中に、來貴の意識は誘われる――――。
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――――俺は、暗闇の中で目を覚ます。そこは黒に包まれていて、無重力のような感覚の空間だった。何も無いその空間で周りを見渡していると、後ろに誰かいる事に気付いた。
身長は、俺より少し低いくらいだろうか。約175cmと言ったところ。髪は黒で、瞳の色は金。顔は……まるで、生き写しかのように俺と同じである。……そして、その表情には飄々とした笑みを浮かべている。
……なんだ、こいつは。気持ち悪い程俺に似ているし、光りの無い状態でこいつだけ見えるというのもおかしい。
『……ここは、君と僕だけの世界。……初めまして、かな。そんなに構えなくても大丈夫だよ。僕に戦う意思はない。僕は……そうだね、君と同じさ。君と同じ、結月來貴。……でも、ちょっと違う部分もあるかな。逆もそうだけど、僕のことは……まぁ、ドールって呼んで。今日は、君に言いたいことがあったからここに呼んだんだ』
――今の言動を聞くに、"もう一人の俺"……と言う事か。戦う意思がないという言葉……今は、信じよう。だが、いつから俺の中にいたのかがわからない。恐らくは、何年も前からいたのだろう。後、この世界には"光"が無い。なのに、見えている。
……どういうことかわからないが、普通ではないのだろう。……それに、"ドール"と言う名前。仮の名前なのだろうが……人形?
名前に込められた意味を探っていると、その"ドール"から声が掛かった。
『聞いているのかい? ……聞いてるんだね。じゃあいいや、話すよ。……よく、聞いてね? 君は乗り越えなければならない。蓮也の死も、"彼女"の死も。それはわかっているようだから、ここは省こう。……ここからが本題だ。君は、自分自身の事をよくわかっていない』
眼を見据えて、言われた言葉。その言葉の真意が、俺には読み取れなかった。
(……よくわかっていない……ね)
どういうことだろうか。考えるよりも、聞く方が早いと思った。それ故、ドールに向かって聞く。
「……どういうことだ?」
その俺の質問に、ドールはニヤッと微笑む。そして、口に手を当てる。その動作に、俺は妙な悪寒を感じた。
『……文字通り、だよ。君は、自分自身の事をわかっていない。だから、僕は君の前に現れた。君に君自身の事を教えに来た』
そう言って、ドールは万物具現化の眼らしき能力を使い、あるものを再現した。
――出されたのは、鏡。等身大の大きさで、俺の全身がよく映っている。光りが無い中で姿が映るわけがよくわからないが、そこは一旦置いておこう。
『よく見えるだろう、自分の事が。……これを、こうすると……』
ドールがそう言い、指を鳴らす。……すると、鏡に映っていた俺の像が溶け出し、水が生まれた。……そして、それは鏡の中の半分より少し下までを飲み込んだ。
俺がなんだと思う前に、ドールは喋る。
『これは、君が君自身の事を理解出来ているかの度合いを表したものだよ。まぁ、適当だけど。大体あってるはずだよ。……これを見てわかる通り、君は半分も自分の事を理解していない。真実を知らないと言う事もあるけれど……君は、過去から目を逸らしている。……違うかい?』
ドールのその質問に、俺は舌打ちをする事で答える。
『ふふ、正解みたいだね。……さて、前置きはもう終わりだ。本題に入ろう。君は、過去を乗り越えて自分自身の事を知らなければならない。……それは、君自身の目的のためにも必要さ。答えが出たら、僕の所に来るといい。……そのためにも一つ、助言をしてあげよう』
そう言って、ドールは歩いて俺の方へ歩いてきた。そして、俺の真横へと立つ。
『……意思を捨てるなよ』
囁くようにして呟かれた言葉は、俺の耳へと届いた。
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――――目が覚めた來貴は、現在の時刻を確認する。時刻は、午前3時。起きるには、まだまだ早い時間帯だ。……とは言っても、寝不足な感じはしない。……何故なのかは知らないが、寝たことになっているのだろう。
「……意思……か。捨てるつもりは無い。俺は俺のままに動く」
呟くように、來貴は言う。そして、白天黒滅を入れる袋を再現した。
(……そう言えば、これを入れるものが無かったからな。適当に作ったものだが……まぁ大丈夫だろう)
そして、その袋の中に白天黒滅を入れた。丁度、入る大きさだ。……中身の無くなった箱を再びリビングの中に押し入れ、再びベッドの中に潜り込む。眠気は無いのだが、暇だからだ。
……目を瞑っても、眠れない。なので、寝転がるだけにしている。……ただ、時間が過ぎるのは遅い。
(……暇だ)
故に、來貴は脳裏に「暇だ」と言う事実がちらつく。そして、心の中にも出てきている。……來貴はベッドから出て、学校へ持って行くバッグを確認していた。銃剣を入れるスペースを取らなくても良いため、中身がスカスカである。
教科書等は殆ど学校に置いてきていて、いつも必要なものだけバッグの中に入れている。それで全ての教科をカバー出来るため、準備などはほぼしていない。だが、何か取りこぼしがないかチェックしているのだ。
チェックの結果、取りこぼしや忘れなどは無い事がわかった。……そのため、もうする事は無い。時間は、10分と経っていない。
來貴は、ベッドに潜り込んで暇を潰すことにした。
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――そして、時刻は午前6時。そろそろ、凜たちが起きる頃だ。來貴は、ぼんやりとそう考えながらスマホの電源を落とす。
そろそろ部屋から出てもいいかと考えていると、部屋のドアがノックされた。
「來くん、起きてる?」
聞こえてきたのは、凜の声。その声に、來貴は応じる。
「起きてる。今行く」
そう言ってベッドから出て、來貴は部屋から出る。そして、凜と共に一階のリビングへと行く。
リビングで朝食を食べ、学校へ行く準備をする。部屋から出たところで、琉愛に話しかけられた。
「お兄ちゃん、その袋は……って、アレだよね」
「……そうだ。これの中には入らないから、こっちの方に入れてる」
それから玄関まで談笑しながら行った後、そこから二人分かれて学校へ行った。途中、凜と合流して一緒に学校へ行った。……それまでに見た凜と琉愛の表情は、前よりも明るくなっていた。
「――それじゃあ、帰りね。來くん」
「……ん。また、凜姉」
高校の敷地に入った後、分かれてそれぞれの教室へと行く。
來貴は、一週間ぶりに入る教室に、重い足取りのまま向かう。……そして、教室のドアを開ける。教室内には、文奈、雫、黎の三人がいた。珍しい光景に、來貴は心の中で少し驚愕する。
ドアを開けた音で、そちらの方を見た三人は、その方向にいた來貴に気付いて近づいてきた。
「來貴君……大丈夫なんですか? 昨日、休みだったみたいですけど……あと、怪我も……」
心配そうに、文奈はそう聞く。最大限、來貴の事を気遣った言葉。何があったのかは、大体聞かされている。……それは、雫も黎も同じだった。
そして、その言葉を來貴は読み取れない訳ではない。
「ああ、大丈夫だ。……悪かったな、心配させて。怪我は……無い」
來貴の答えを聞き、文奈たちは安堵した。
――それから、学校生活が再び始まる。
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授業が終わり、來貴は凜と一緒に家に帰ってきていた。……だが、少し白天黒滅に慣れておこうと思い、山奥へと行ったのだった。
――山奥で、來貴は刀――白天黒滅を振る。かつて使っていたとは言え、それは何年も前の話。……今とは、何もかもが違うため、いざ実戦となって使えないとなっては困るのだ。
普通に振る、力を込めて振る、魔力を込めて振る、能力を使って振る。何度かのパターンを試して問題無いと判断できたら、刀を納めた。
――そして、家に戻っていった。
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――時刻は午前0時。寝ようとしていたところ。
再び、俺はあの世界へと来ていた。行き方はあの一回で分かったため、あっさりと来ることが出来た。暗闇の中、ドールと俺の姿のみが見える、無重力のような空間の世界。そんな世界の中で、俺がドールを探そうとするよりも早く、そいつは俺の目の前に現れた。
『一日ぶり……だね。今日も来てくれたんだ。早いね、さすが世界一の天才だ。理解が異常な程速い。……それで、答えは?』
流れるように、飄々とした雰囲気から真面目な雰囲気へと変貌するドール。……俺は、こう答えた
「……今一度、過去を知ろうと思う」
俺の答えに、ドールはフッと笑う。
『……その意図は? 過去を通して、僕がいつからここに居たか、自分がなんなのか――そして、僕の正体を知ろうというわけだ』
「……ああ」
否定するわけでも無く、俺は頷く。……やはり、俺だから全てわかるのだろうか。そんな事を考えている間に、ドールは続けざまに話す。
『……それじゃあ、この世界の事を教えよう。それは、これが終わってからだ。……ここは、君と僕だけが入れる世界だ。それ以外の者は、何人たりとも入れない。それは何故か……わかるかい?』
その質問の答えは、この世界に入った瞬間からわかっていた。……簡単な事だからだ。
「……俺の心の中にあるから」
俺が出した答えに、ドールは『正解』と言う。そして、止まること無く話し続けた。
『やっぱり、君は頭がいいね。……僕もだけど。それじゃあ、続きだ。僕は、君の過去を全て知っている。僕は君自身でもあるから、当然だ。……その僕は、どのような存在であると思う?』
この世界の事から、いきなり変わった。ドールの正体について……だろう。俺と同じものは感じるが……何処か、違う。俺には無い何かが、アイツにはある。逆に、アイツには無いものも、俺にある。
ドールからは、悪魔の力を感じない。……逆に、異質な何かを感じる。……恐らくそれが、ドールの正体だ。
『――どうやら、僕の正体にたどり着いたようだね』
「――ッ」
その瞬間……ドールの姿が消えた。俺が探す間もなく、後ろから拳を飛んでくる。間一髪で防いだ俺は、体勢を立て直してドールに蹴りを放つ。
しかし、防がれる。すぐに脚を戻し、構えを取る。
――そして、拳を放つ。ドールも拳を放っており、拳と拳がぶつかった。
ドォンッ!
ぶつかった瞬間、この世界に衝撃波が吹き荒れる。それは、俺とドールには影響しない。その程度では、俺の身体はブレないのだ。
――そして、格闘技での戦いが始まる。
殴る、蹴ると言うシンプルな攻撃のみの戦い。時には魔力も使い、ドールの攻撃を防ぐ。ドールが何故急に攻撃をしてきたかはわからないが、それは倒した後にでも聞けば良い。
……しかし、強いな。俺と同じならば、強さも俺と同等と言う事だろう。……ならば、決着は付かないのだろうか。ここでは何故か能力が使えないから、純粋な格闘技と魔力の組み合わせの技で決着を付けるしかない。
――ドールの蹴りを、腕をクロスさせて防ぐ。脚を後ろに引き、ほぼ同時に勢いを付けてドールの脚を跳ね返す。ドールの体勢が崩れたところで、防御されていない身体に蹴りを入れる。
ドールを吹き飛ばしたが、倒せていない。……やはり、これくらいじゃ倒れないか。
俺は距離を詰め、その勢いと魔力を乗せた拳を放つ。黒銀の一閃を放つそれは、ドールの金の輝きを放つ拳に防がれた。そして、この戦いは激化する。
そうして戦うこと数分、俺がドールを殴ろうとしたところ……。
『――強いけど、やっぱり僕とは差があるね』
……俺の知覚を超えた速度の拳が、襲いかかった。防ぐことも出来ず、それは俺の顔面へと吸い込まれるように当たる。
「ぐっ……!?」
数十メートル吹っ飛んだところで、俺は着地しながら体勢を整える。顔から出る血を拭き取り、目を向けた先にはいつのまにかドールがいた。
『……これが、僕の正体だ。……と言っても、わからないか。……じゃあ、言うよ。僕は、万物具現化の眼の残留意思と君の意思によって作られた、もう一つの人格さ。……わかったかい? 神藤一羽君』
その言葉に、俺はドールを睨んだ。




