81話「英霊たちの葬送式」
お待たせしました。第五章『大罪編』の始まりです。
――月曜日。この日は葬式のため、俺たちは学校を休むことになった。誰の葬式か……それは決まっている。親父のだ。朝食を食べた後、全員が葬式に出るような服を着る。そして支度をし、母さんの車でその会場へと行く。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
――車の中は、静寂に包まれている。葬式へと向かっている途中で、和気藹々と話せる空気にならないだろう。何もせず、ただ葬式場へ着くのを待っていた。喋ることもせず、動くこともせず。
そして重厚な空気のまま、車は目的地に向かっていく。その間も尚、誰も喋らない。
――やがて、俺たちを乗せた母さんの車は、葬式場へと着いた。変わらず、空気は重厚なまま。……他に来ている人たちも、同じ空気だ。……それが、より一体感を増して重くなっている。
葬式場の中に入り、家族が座る席に座って待つ。……そこは最前列で、立てかけられた親父の遺影がよく見える。同時に、飾ってある花束もよく見える。
そして時間が経ち、葬式が始まった――――。
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――――この葬式は、軍事機関の人間だけで行われている。……故に、普通の葬式とは手順が違う。死体を保管してから、いつ葬式をやるのは自由。一年後にやってもいいし、やらなくてもいい。……今回の葬式は、死んだ軍人たち全ての遺族が承認したため行われた。
これは一部が承認しなかった場合は、その遺族と死んだ者を抜きにして行われる。軍人の葬式には、選択肢が多い。
……このいずれかが、心の傷を癒やすことになるならば。……軍人という仕事は、常に死と隣り合わせだ。故に、仲間が死ぬことは珍しくない。だから、情報が漏れないように一カ所に集めて葬式を行うのだ。
そして今、葬式が始まろうとしている場の名は――"英霊葬儀場"。軍事機関で華々しく散っていった英霊たちを、送る場所だ。立場などは関係無く、軍事機関に所属していた軍人たちが死んだ場合は、ここで葬儀が執り行われる。
費用は全て、軍事機関本部が負担する。死んだ者たちの数が、万を超えようとも。……ただ、花束などのお供え物は、自分たちの費用から落とす事なるが。
……今回は、日帝戦争により決して少なくない数の軍人が死亡したため、その葬儀を執り行う。
立場が高い者を中央の上に置き、その横に高い順で全員分の遺影を並べられる。……中央にあるのは、蓮也のもの。最前列だからこそ、それがよく見える。今にも泣き出してしまいそうだった四人だったが、何とか堪えた。
――そして、司会が葬式を進行する。
「……まずは、散っていった英霊たちに、黙祷を」
その言葉と共に、この葬儀場にいる全ての者たちが黙祷を始める。……この黙祷が、葬式の始まりの合図だ。來貴たちも目を瞑って黙祷をし、死んだ軍人たちに敬意を示す。
数十秒間、黙祷をした後、司会の声により黙祷を止める。全員が目を開けたのを確認した司会は、葬式を進める言葉を言った。
「本日送る英霊たちの数は、約3550名。日帝戦争で死んだ者たちです。……この死と、彼らへの敬意を忘れないようにしましょう」
司会が言ったその言葉を、葬儀場にいる全員が噛み締める。近くにいてやれなかった、守れなかった、もっと一緒にいたかった。……殺した相手が憎い、復讐してやりたい。そうした未練と、様々な感情と共に。
そして、葬式は再び進む。同時に複数の坊主の軍人が現れる。
「では、御経を……」
司会の言葉と共に、現れた坊主の軍人が御経を唱え始めた。南無三……と、坊主の軍人が唱えるその様子を、葬儀場にいる全ての者が静かに見届ける。
――そして数分後、御経を唱え終わった。と同時に坊主の軍人たちは立ち上がり、控えの場所へと行く。全員から見えない場所で、静かに傍観しているのだ。
司会が坊主の軍人たちに礼を述べ、ある書類を取り出す。……その書類に書かれているのは、死んだ英霊たちの名前。一人ずつ読み上げ、この場にその名を永遠に刻むのだ。
「……結月、蓮也……」
――蓮也の名前から、読み上げられた。続けざまに、立場が高い者から名前が呼ばれる。そしてまた、また、また、また――名前が読み上げられる。……さすがに全ての――約3550名の名前を全部読むのは時間が掛かりすぎるし、司会の喉がやられるため、十回に分けて行う。
遺影も、全て置くが全て置いてある訳ではない。多いため、十回に分けて葬式を行うのだ。今は、約350名の英霊たちを送っている。そのため、その約350名の遺影とその遺族がここに集っている。……立場の高い者から順から、人数を分けているのだ。
そうして、司会は約350名の名を読み上げ続ける。……これが終った後は、締めの言葉を言って終了。司会は交代し、裏で休憩する。……そして、次の司会が終わってから交代する。
……こうして、英霊たちの葬送式は成り立っている。日本を守るために、様々な想いを以てその命を散らした英霊とその功績を、忘れぬように。
――そして、司会が約350名全員の名を読み上げ終わった。司会は水を飲んでから、締めの言葉を言う。
「これで、一回目の葬式は終わりです。死んでいった英霊たちの軌跡と、その想いをお忘れ無きよう……」
――その言葉と共に司会は、奥の方へと行く。奥の方にある部屋で休むのだ。……喉と心を癒やすために。
そして、この"英霊葬儀場"にいる者たちは、椅子から腰を上げる。來貴たちも、椅子から腰を上げていた。もうこの場所にいる意味は無いため、來貴たちは葬儀場を後にする。
來貴たちは里奈の車へ向かい、乗り込む。里奈が車の運転をし、家へと帰っていく――――。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
――――帰りの車も、行きと同じく静寂に包まれている。里奈も、凜も、琉愛も、來貴も。誰も、言葉を発することはなく。
重厚な空気に飲み込まれたまま、車は自宅へと向かう。和気藹々と、話せる雰囲気でもない。
蓮也が死んだ。……その事実に対して、少しは前を向けているだろう。……ただ、それでもショックだったという事には変わりない。蓮也は人柄が良く、多くの人に慕われていた。強さも伴っていたため、それは軍事機関に所属していて蓮也に関わっていた者の殆どがそうであった。
……今回の葬式には、人が沢山来ていた。英霊たちの遺族もいれば、親しい者もいる。この葬式は秘匿されているが、軍事機関に関わる者ならば誰でも来ていいとされている。
故に、葬式である人物がいたことに、來貴たちは気付いていなかった。
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――――時は少し遡る。一回目の葬式の時間へと。
――焔斗は、葬儀場の壁で一人佇んでいた。ただ無表情で、ただ暗い雰囲気で。焔斗がこの"英霊葬儀場"に足を運んでいる理由はただ一つ。
蓮也が、死亡したため。
……焔斗と蓮也は、親友とも言っていい関係だった。仕事だけでなく、プライベートでもよく会っている。そして、互いの子供の事や苦悩を愚痴り合う。……こうして、ストレスを溜め込まずに生活してきていた。
だが、その蓮也が死んだ。ストレスなどは、どうでもいい。親友の死は、数多の死を見てきた焔斗に浅くない傷を残した。
――蓮也は強い。学生時代、焔斗以外に負けたことが無かったほど。……そして、焔斗も強い。学生時代、蓮也以外に負けたことが無かったほど。
そして、二人は同僚で同じ軍に所属している。日軍第零課に所属していた軍人たちも、蓮也の死を惜しがっていた。
だからこそ、焔斗はその軍を代表して来ている。日軍第零課の全員が忙しいのもあるが、蓮也と一番関わっているから焔斗は選ばれた。
「……やはり、死は慣れない。慣れたくもないものだが」
ぼんやりと司会の言葉を聞きながら、焔斗は呟く。呟いた言葉は、周囲の誰にも聞こえていない。……焔斗は姿勢を崩さず、葬儀場に居続ける。
「――結月、蓮也……」
名を刻み込む流れに入った。焔斗はその名を聞いた時、忘れぬように目を閉じ、心の中でこう想った。
(蓮也がいたから、私はここまで来ることが出来た。……そして、蓮也は偉大な功績を残した。……それに。想いは、残っている)
焔斗の心に、傷は残っていない。傷痕はあるが、時期に癒える。
――焔斗は、葬儀場を後にした。
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俺たちは自宅に帰ってきた。その後は、各自部屋に籠もって何かをしている。俺は学校の宿題、凜姉と琉愛は勉強、母さんは仕事。各々が、それぞれの道でやれることをしている。
……もう、大丈夫そうだ。
数十分で宿題――一週間分のものを終えた俺は、伸びをする。先程の宿題は、いつの間にか俺の部屋に置いてあったものだ。……恐らく俺がいないときに届いたものを、凜姉か琉愛かが部屋に置いていったのだろう。
……昨日からやっていたが、如何せん量が多くてやる気が出なかった。……そのため、今日まで半分ぐらいまでしか終わっていなかったのだ。正直、今日休めなかったらヤバかった。
――ふと、俺は壁に掛かっている時計を見る。その時計が差している時刻は、12時半。……そろそろ、昼食の時間だろうか。いや、少し過ぎているか?
そんな事を考えていると、スマホが鳴った。画面を見てみると、凜姉からだ。俺はスマホを取り、電話に出る。
『來くん、昼食だよ。一階に来てくれる?』
「……わかった」
『うん、もう出来るてるから早く来てね』
そこで、電話は切れた。俺はスマホを机の上に置き、部屋を出る。
階段を降り、一階へと向かう。一階へ着いた後、リビングのドアを開けて中に入る。リビングの中では、三人が椅子に座って俺の到着を待っていた。
「來貴、早く昼食を食べましょ。冷めちゃうわ」
母さんに急かされ、俺は凜姉と琉愛の隣に座る。……母さんの方に座っても良かったのだが、二人が俺を手招きしていたからだ。
「「「いただきます」」」
四人で合掌をし、昼食を食べる。その間、あまり会話はなかったが、ゼロではなかった。……少しずつ、親父が死ぬ前に戻り始めている。……いや、変わり始めている。親父はもういない。なので、先程の表現は不適切だろう。
「――ねぇ、來くん」
突然、凜姉が話しかけて来た。そして、その手には箸。掴んでいるのは調理された唐揚げ。
「……はい、あーん」
「…………」
俺は何を見せられているんだ? 久しぶりに凜姉から"これ"をされたせいか、少し気が動転している。……そして、母さんと琉愛の目が痛い。「いきなり何しているんだ」……と、言われているようだった。
凜姉はそんな母さんと琉愛の目も気にせず、「早く食べて?」と俺にその箸を向け続ける。……無視しても、凜姉は強制的に食べさせてくるだろう。……まぁ、食べるか。別に嫌なわけじゃないし。
――俺は、凜姉の差し出した唐揚げを一口、食べる。
「……どう? おいしい? それ、私が作ったんだ」
文句の付けようが無いほど、おいしい。そんな事を考えつつ、俺は凜姉の質問に回答する。
「……おいしい」
「そう? ありがと!」
俺の回答に、凜姉は満足しているようだ。……それはそうと、琉愛がこちらをずっと見てきているんだが――。
琉愛は自分の箸で、近くの鮭を掴む。……そして、俺の方へと向ける。
「――お兄ちゃん、食べて?」
「…………」
琉愛からも、久しぶりに"これ"をされた。別に嫌なわけじゃ無いが、連続でされると俺はどう反応すればいいのかわからない。とりあえずまぁ……食べれば良いのか?
――母さんと凜姉が、ジトーッとこちらを見ている。凜姉が先程これをしてきた時と同じように。……だが、凜姉のだけを食べて琉愛のを食べないのは不公平だ。
――俺は、琉愛の差し出した鮭を一口、食べる。
「……おいしいかな、お兄ちゃん。その鮭……お母さんに手伝ってもらったけど、私が調理したんだ」
凜姉の料理には及ばないが、十分においしい。そんな事を考えつつ、俺は琉愛の質問に回答する。
「……おいしい」
「うれしい……ありがと、お兄ちゃん!」
俺の回答に、琉愛は満足しているようだ。
「「「「ごちそうさまでした」」」」
――なんやかんやあったが、昼食を食べ終わった。
葬式の後とは思えない、賑やかな食事であった。今までで、一番口数が多かったかもしれない。……これも、全員が前を向けているという証拠だろうか。
俺は凜姉の皿洗いを手伝った後、自分の部屋へ戻った。
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――その者は、静かに笑う。
「――ずっと前の問題すら乗り越えていない君に、"それ"は重荷なんじゃないかな?」
……続けざまに、その者は「それに」と呟く。
「……本当に、乗り越えているのかい?」




