125話「真実を知る時」
來貴と天照は床の座布団に座り、机を挟んで対面している。天照がお茶を一口啜った後、口を開く。
「……さて、何から話しましょうか」
天照が、湯飲みを置きながら言う。それから顎に手を添え、頭の中の記憶を取り出す。その中から、どれから話すのが適切かを考える。
まず、最初に思い浮かんだのは――。
「――あなたが乗り越えてきた悪魔の選定と、天使の選別の事から話しましょう」
最初に語られるのは、悪魔の選定。第一、第二、第三と來貴が踏破してきたもの。第三は口頭で伝えられただけだが、第一と第二の選定は確かに突破した。選定者の、死を以て。
「あなたも知っている通り、選定は三回行われます。これは選別も同様に三回です。……そして、これが何故行われるか。それは、原初の悪魔及び原初の天使の力を継がせるためです」
來貴は少し目を開き、驚きを表す。予想外だったために、ちょっと驚いたのだ。だが、考えてみれば納得できることだった。
今の來貴には、ルシファーの能力が宿っている。同じく選別突破者である凜にも、ミカエルの能力が宿っていた。イオネやアギエル、その他の者はどうか知らないが、能力が宿っていることは確かだ。ただ、いつ宿っていたか・いつ宿るのかはわからないが。
ならば、言っている事は確かなのだろう……と、來貴は思った。
「力を継がせられるなら、対象は誰だって構いません。人間でも、天使でも、悪魔でも。ただし制限はあります。"選別"の対象に悪魔は入らず、"選定"の対象に天使は入りません。理由は単純で、力が適さないからです。選別は原初の天使の力を継がせるためにあるものであり、悪魔の身には扱えません。選定はその逆、原初の悪魔の力は天使には扱えないからです」
だから、自分が選ばれたのかと。來貴はそう思った。しかし、それなら人間を選定する必要はないんじゃないかと考えてしまえた。
だがその疑問は、すぐに解決することになる。
「ですが選定対象が多いわりに、選定に値する者はそういません。天使や悪魔の中でも、両手で数えられるほどでした。ですので、人間にも選定をしました。もちろん値する者は少なかったですが、いないというわけではありません。……例えば、あなたとか」
その答えを聞き、來貴はこう纏めた。
(……要は、才能か)
能力を継がせても、扱えなければ意味が無い。その点來貴は、世界一の才能を持つ。ルシファーの能力――傲慢之邪神も、扱うことができた。來貴が見た他の選定突破者も、原初の者たちから受け継いだ能力を持て余していなかった。
「そして第一の選定及び選別突破者の数が14人になった時、第一の選定と選別は終了します。理由はお分かりですね?」
急に、天照が來貴に問いかける形となった。その事に動揺することもなく、來貴は返答する。
「……原初の悪魔と原初の天使を合わせた人数が、14人だからだろう」
「正解です、よく知っていますね」
笑みを浮かべながら、天照はぱちぱちと手を叩く。知っていることを前提に質問してきたくせに、答えたら「よく知っていますね」と称賛するのは何なのだろうか。
しかし、問い詰める気にはならない。何故なら、どうでもいいことだから。天照に話を聞きに来たのであって、どうでもいいことに時間を浪費するつもりはないのだ。
「後は、選定突破者に選定者の力が宿る原理を話しましょう」
來貴はそれを聞き、ある事を頭がよぎる。
(凜姉も、俺の時のように痛みを経験したのか……?)
來貴の時には、身体の節々が再構成されていくような痛みを感じた。しかし、凜がどうなのかはわからない。そもそもその原理を知らないため、來貴が経験したものが本来のものなのかすらもわからない。
――仮に凜がそうだったとするならば、來貴はあまりこちら側に来てほしくなかった。家族を守るためにこちら側に来たのに、その家族がこちら側に来てしまうのはいかがなものかと思っているのだ。
「選定者が選定突破者を殺害した時に、選定突破者の魂に選定者の力を直接送り込むことが第一段階。そこから身体に少しずつ力を流していくことで、種族を悪魔及び天使に昇華させていきます。これが第二段階です。そして、それが全身にいきわたることで、種族が変わります。この三段階で、力を行使できるようになります。これは速くて数日、遅くて数週間はかかります。その例であるあなたの姉、結月凜さんは、三日で終わりましたよ」
それを聞き、來貴は疑問を覚えた。
何故なら、自分が経験したことと全く違ったから。だったら、自分は何故ああだったのか。その疑問が顔に出ていたのか、天照はすぐに答えた。
「あなたは例外です。あなたは、ドルナイト――神の因子を持っているでしょう。それがある場合、魂を経由して直接流しても耐えられます。そのため、あなたは一気に体内へと力が流れました。逆に無いと耐えられませんが」
だから、自分の場合はああなったと。何故それを知っているのかどうかはこの際置いておくが、神の因子を持っている場合は自動でそうなるのだろうか。
――來貴の中に、新たな疑問が芽生えた。それもお見通しだったのか、天照はその疑問の答えを出す。
「……あれは、あの子たちが勝手にやったものですよ。あなたが力の奔流に耐えられることを知り、直接力が流れるように仕組みました」
仕組んでいたことだったと知り、來貴は腑に落ちた。しかし、そうする必要があったのだろうか。少なくとも、最終的な戦いまではまだ時間がある。
――あまり急ぐ必要はないのではないだろうか。
來貴は、そう思った。
「ですがあなたは、オリケルスの力も取り込んだでしょう。それによってようやく、人間だった部分が悪魔に変貌しました。普通は第一の選定のみで十分です。その前までは半分人間半分悪魔なので、その理由も教えましょう。……まぁその前に、それが何故かわかりますか?」
いきなりそう聞かれたが、來貴は考える。……ただ、知らないのでわかるはずもなかった。そして答えあぐねていると、天照が口を開いた。
「その理由は単純で、あなたが強く、ネルが弱いからです。力の差があまりにも開いていたため、悪魔の力に染まりきることができませんでした。オリケルスの力も取り込むことで、ようやく完全な悪魔へと変貌する事に成功できました。……ちなみにこれも、あの子たちの計画です」
それを聞き、皮肉なものだなと來貴は思った。強さと才能が必要なのに、それがあるから悪魔になりきれない。二人の選定の悪魔の力を取り込んで、ようやく完全な悪魔となれたのだ。
――そう、思えてしまう。
「これで選定及び選別の話は全てです。では次に――私たち、"神"の事について話しましょう。先程の話に繋がることもあるので、聞き逃さないようにしてくださいね」
天照が自分を指差しながら言う。
「まず、"神"の定義――それは、三段階の覚醒を終え、更に理を超えた超越者たちの事。正式な種族名称は『神霊』です。一般的には神と呼ばれることが多いですが。そして神が神たる所以として、その魔力にあります。神が持つ魔力は神力と呼ばれ、『聖邪』の力が宿っています」
その言葉に、來貴は僅かに反応した。かつてマサハスが零した言葉であり、気になっていたことの一つであったからだ。
「……では、その聖邪の力である神力について説明しましょう。まず"聖"が、聖純の事であり、根源たる白の力を持っています。そして"邪"は、邪悪の事であり、根源たる黒の力を持っています。聖純・邪悪の力は、それぞれ天使と悪魔の魔力に混じって変質しています。それにより、天使の場合は『聖力』、悪魔の場合は『邪力』が変質した魔力の名称です。ちなみに神霊は、聖の力が強い場合は『聖神』、邪の力が強い場合は『邪神』という風に分類されます。私のように両方が強い神霊もいますが、特に名称はありませんね。……そしてあなたの"魔力"も、"邪力"と言えるほど変質していますよ」
邪力――特に変わった感覚はないが、変わっているのだろう。來貴はぼんやりとそう思いながら、話を聞き続ける。
それよりも、來貴が気になったのは神力だ。聖と邪を両方持つ神力は、二つを合わせた上位互換と言っても過言ではないだろう。それ故に、神は『理を超えた』なんて無茶苦茶なことを断言できる。
ちなみに天照が言った『聖神』と『邪神』だが、それぞれ聖純と邪悪しかないわけではなく、その力の方が強いだけでもう一方も宿している。
「……まぁ、聖邪の力の話はこれくらいでいいでしょう。次に神が持つ力です。神は、比類なき"権能"を所有しています」
そう言うと同時に、天照は右手に焔を灯す。その火は小さく、儚い。しかしその緋色は色濃く、確かな存在感があった。その証拠に、緋色の火に内包されている魔力――"神力"には底が見えない。
見ただけではただのちっぽけな炎に見えるが、その実態は極限まで凝縮された高魔力の火である。もし來貴がそれを食らえば、どうなることやら。
「まぁ、小さいですもんね。これが強くないと思えるなら、食らってみます? ……跡形もなく消し飛ぶと思いますが」
――僅かに、火が強くなった気がした。それは、來貴が死を連想するには十分な威圧感だった。
「……遠慮しておく」
來貴はそう言って、続きを話すように目線で促す。その視線を受け、天照は右手の火を消し口を開く。
「あら、そうですか。では、続きを話しましょう。"権能"とは、全ての神霊が持つ独自の理を操る力です」
理という単語に、來貴は聞き覚えが無かった。能力がその独自の法則を操る力だとは知っているが、理が何なのかはわからない。ただ、神霊という種族は悪魔や天使などとは格が違う。彼らが持つ能力とは格が違い、神が持つ権能はそれの上位互換と言っていいのだろう。
「権能は理を超越しているため、同じく理を超越している神力でないと力を行使できません。……今、"理を超越している"のに"理を操る力"だと言われ、違和感を覚えたでしょう?」
まさしくその通りだった。先程天照は、権能を『独自の理を操る力』だと説明した。しかし先ほど、権能は『理を超越している』と言った。超越しているのに、超越する前のものを操る。これが、來貴の抱いている違和感だ。
その言葉通りならば、権能は理を超越していないともとれる。だが、それだと理を超越しているという天照の言葉が嘘になるのだ。
「結論から言うと、権能は理を超越しています。先程は言い方が悪かったですね。権能が持つ『独自の理』というのは、その権能でしか行使できない力の事です。それは神力を通して操る事で理を超越した力を発揮できます」
――それなら、権能は理を超越していると言っても間違いないだろうと來貴は思った。
「それでは次に、神の"序列"について。その基準は単純で、強さで決まっています。下から"最下位神"、"下位神"、"上位神"、"最上位神"、"絶対神"となっています。ちなみに私は"絶対神"です」
つまり、今目の前にいる天照は一番強い神霊の内の一人だということになる。……失礼だが、一見強そうには見えない。だが、天照の権能を見た後なので自分とは比較にならない程強いと來貴は思っている。
「そして、その序列の名は『神霊威階列』と呼ばれています。五段階からなる、力による序列です。年を重ねていればいるほど、上の威階にいる傾向にあります」
言い終えた天照の目が、少し鋭くなる。それに來貴は少し臆したが、顔に出すことはない。
「――では、世界の構造の話に移りましょう。これを話さなければ、この後話すことについていけませんので」
そうして、天照の口から世界の構造について語られた。
――世界は、理によって管理されている。世界とそれを取り巻く宇宙、その全てを内包した星界、全ての星界を意味する全星。その全てが。
その理の名は『全星の理』。全てを強制する、ドルナイトが創造したシステム。ただ、神霊には適応されないが。
全星の理は大きく分けて五つで構成されており、そのどれもがかなりの強制力を持っている。
――存在の理。物質、世界、生物。そして星そのものの"形"の在り方を定義している理。
――強制の理。理及び概念や法則の"強制力"を定義している理。
――星世の理。全星にある"事象"――星の因果を定義している理。
――誕生の理。森羅万象の"始まり"を定義している理。
――終焉の理。森羅万象の"終わり"を定義している理。
この五つの理が互いに作用し合い、世界を構成している。そしてそれを"概念"が明確化し、"法則"がより細分化して適応させた。それにより、世界は理に縛られている。
星の因果とは、巡り廻る全て――輪廻転生、能力魂刻、全星歴録、運命胎動、自然作用を導くもの。それはドルナイトが創造したシステムであり、星世の理を構成する全てだ。
ドルナイトが全てを創造し、全星の理がそれを維持している。それが、今の世界だ。
「――そして最後に、世界の起源について語りましょう」
最後に語られるは、世界の歴史。根源たる白黒から、混沌たる今に至るまでの軌跡。
――全ての世界は、原初神により創造された。
無限ともいえるほどに幾つもの星界が平行として存在し、まずは原初神が創造した神霊たちにより一つ一つの世界で開闢がなされた。
その結果、世界は神力が充満し他の生物が存在できない環境となっていた。故に、神とその眷属しか世界には存在していなかった。そして、神たちはそれぞれが存在する世界で、栄華を誇っていた。あらゆる神が共存し、まだ『全星の理』が存在しない世界。
――この時代は、神々が最大の栄華を誇った『超常時代』と呼ばれている。この時代の神々は、優れた英知と絶大なる権能の力であらゆるものを生み出し、実践していた。
それは今の人類の発明よりも優れているものが多々あり、後世の人類にも一部が使われ、伝承されている。だが途中で、支配域や神々同士のトラブルが問題となり、ほぼ全ての神霊の間で戦争が勃発した。権能の力があらゆる栄華を破壊し、神霊の中でも完全に死滅した者も出た。
この戦争は『神覇大戦』と呼ばれ、神の間で一生戒めとして語り継がれる戦争となった。
この大戦で星界、いや全星は荒れ、やがて滅亡した。そうして混沌たる全星が消え、全ての根源である白黒が最後に残った。
しかし神々は、全星が存在しない程度では死なない。そこで決着がつくまで戦争を続けようとした。だが、これ以上は無視できぬ状況だった。ドルナイトは神々を抑え、戦争を止めた。しかし、大戦が残した傷跡は消えない。
その事を噛みしめながら、神々は新たに創られた世界で新たなる全星を見守ることとなった。
――そして、再び全星は創造された。同時に、前と同じようにならないために『全星の理』も創造された。
神々は、世界に影響が及ばないよう上の独自の世界――神界で生活するようになった。その世界は完全に独立しており、全星とは別にある。そこは前と同じように神力で満たされているが、全星には繋がっていないためそちらに影響はない。
そうして新たな全星では、前の神々の文明では見られなかった存在が見られた。
初めに、白黒と感情を起源とした能力を元に創造した、原初の悪魔・原初の天使。これらが、最初の生物となった。
それからは魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類の順に新たな生物が生まれ、それと並行して悪魔と天使の数が増えていった。身体は人型となっているが、性別は別であり、無性のドルナイトとは違い男性と女性の悪魔や天使が生まれている。
そしてドルナイトは、彼らに能力を与えた。ただ一回一回手動でやるのは面倒なので、星の因果に悪魔及び天使として生まれた子は能力を魂に刻まれるという改変を施した。
能力を持った彼らは、永劫ではないが長き時を生き続けた。ただその中でも、原初の悪魔や原初の天使は、永遠とも呼べる年月を生き続けた。
そして時が経ち、奇しくも悪魔や天使、神と同じ身体の形をした生物――人間が誕生した。そして、他の神は人間に知恵を与えた。……そこから、人間はかつての神のように発展をし始めた。
美しさも、醜さも、かつての神々と同じように持ち合わせていた。それ故戦争も起こったが、神たちはただ見守っていた。
人間も星の因果から能力を導かれていたが、最初の段階では気付いていなかった。現在から約一万年前に、その存在に気付く事が出来た。ただ、それが戦争の原因ともなったが。
傷跡はあるが、この世界の人間は世界を滅亡させずに生活している。
「――大まかですが、これが今までの歴録です」
確かに大まかではあったが、かなりの情報量があった。來貴は一言一句逃さず覚えているが、普通じゃついていけない。
「來貴さん。私がこれらを話した理由が、わかりますか?」
そう言った天照の眼は、今までで一番冷たくあった。だがその奥に、穏やかな雰囲気が見え隠れしていた。
「……さぁ?」
來貴は人の心が読めるわけではないので、答えを濁した。その後何個か予想の答えができたが、答える気にはならなかった。
「知る必要があったからです。あなたはもう、知らないままではいられない。何故なら、こちら側へ来たから」
來貴は、三段階の覚醒の先を行く可能性を秘めている。その時、これを知っていなければいろいろと苦労するだろう。それ故、天照は教えた。もっとも、教えると約束したことを忘れたわけではないが。
「この後、マサハスと戦うでしょう。その後、連絡を入れてくるであろう悪魔の事を頼るといいですよ。……その時に、もっと詳しいことを知れるでしょうから」




