122話「帰ってきた家にて」
現在、來貴たちは昼食を取っている。時刻は午後一時を過ぎたころであり、そろそろ昼食を取ろうと思っていた頃だった。
しかし昼食は作っていないため、先ほど作り終えて今食べようとしている状況だ。
「「「「いただきます」」」」
そうして、作った昼食を食べ始めた。それからしばらく会話はなかったが、琉愛が口を開いた。
「……ねぇ、お兄ちゃん。今までどこ行ってたの? 一週間くらいいなかったけど」
唐突に繰り出された琉愛の質問が、來貴を刺す。ここで素直に、攫われてましたなんて言ったらどうなるだろう。來貴はどうやって答えようか、頭の中で必死に考えていた。
そうして言い訳が浮かんだが、それを言う前に凜が口を開いた。
「來くんはアルヴァダ帝国に誘拐されてたんだ。一週間して來くんのお仲間さんたちに救出されて、私は連絡を受けて迎えに行ってたの」
一部伏せてはいるが、概ね事実だ。ただし伏せているとはいっても、伏せているのは自身を救出した「お仲間さんたち」の詳細である。事実ではあるが、かなり胡散臭い。琉愛から何か言われるのは確実だろう。
そして、何故凜が連絡を受けたのか。連絡手段がどうなっているのか。それらも、不可解な部分だ。
――勘のいい琉愛ならば、気付くだろう。琉愛もアルヴァダ帝国の存在自体は知っている。その真相は知らないが、どのような国なのかは記憶していた。
凜の回答を聞いた琉愛は、目を細めて凜の方を見る。加えて、少し頬を膨らませている。気付いているのと、怒っているのがわかる証拠だろう。
「……なにそれ。胡散臭いんだけど。それに『お仲間さんたち』って、誰? それに、なんでお兄ちゃんは誘拐されたの?」
琉愛はまた質問する。しかし、凜は答えない。……なんだか空気が少し悪くなりそうな感じがして、來貴は凜に目線で訴える。『何故話したのか』――と。凜はその視線に気づき、來貴の方を向いてウインクしながら舌を出す。
そして、その動作に込められた言葉は――『言い訳はさせない』。來貴に凜の意図がそのまま伝わったわけではないが、大体は伝わった。それを受けて來貴は、もうどうにでもなれと目を閉じる。
「――ごめんね、琉愛。まだ言えない。でも、信じてほしい」
凜から出た、琉愛にとっては想定内の言葉。だが、大好きな姉を信じない……という選択肢は、琉愛には無い。
「……わかった」
それだけ言って、琉愛は食事を再開した。
「――もしかして凜、あなたも……?」
今まで口を閉じていた里奈が、核心を突くように口を開く。
「……うん、そうだよ。でも、私は"悪魔"じゃなくて"天使"だけど」
その言葉に、たいして驚かなかった里奈。悪魔もしくは天使になっている――というのが、里奈の予想だったからだ。予想の範囲内故、大した感情が生じなかったのだ。
「……そう。多くは聞かないわ。生きて帰ってきてくれるなら」
そう言って、里奈は食事を再開する。それ以降、昼食の場に声が響くことは無かった。
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――そうして、來貴たちは昼食を食べ終わった。食器を片付け終えたところで、來貴は凜と琉愛に呼ばれていた。
どうやら、話があるらしい。リビングの床に座らされている來貴は、何を言われるのかを予想してどう回答するかを考えていた。
「お兄ちゃん、スマホはどうしたの?」
琉愛からの質問。思っていたのとは違ったが、自分ができる回答が明白故にその後の空気が危うくなると來貴は危惧している。
何せ、スマホはアルヴァダ帝国に誘拐された時に壊されたのだから。
「……壊れた」
「そうなんだ」
凜と琉愛の反応は、思っていたより軽薄としたもの。予想通りだった――というのだろう。
「そっか。……まぁ仕方ないよね。――琉愛にも聞いてほしいことがある。多分、重要なことだから」
そう言って、凜は琉愛の意識を集中させる。琉愛の意識を集中させたところで、凜はその質問を繰り出した。
「――なんで來くんは、アルヴァダ帝国に誘拐されたの? それについては、私も知らなくてさ」
その凜の質問の答えは、琉愛も望んでいたもののようだった。それを裏付けるように、その質問が飛び出してから露骨に來貴に注目している。
――その質問を聞いた來貴は、顔色を変えない。いや、変える必要がないと言った方がいいだろうか。來貴があの時言い訳を考えていたのは、イオネたちの存在がバレる事。自身が攫われた理由に、イオネたちは関係ない。
故に、隠す気は無くなった。しかし唐突な事ではなく、理由がある。凜は、自分が天使であることを告白した。それとあの時の動作から、「隠さずに言え」ということが真意だと考えている。
それに、いつまでも隠していたままじゃいられないから。それでは、いつまでたっても『家族を信用する事』はできない。
「俺の能力"万物具現化の眼"を狙ってのことだ。これをどうやら俺から引き剥がすようだったらしい」
來貴が放った衝撃の回答に、凜と琉愛は驚愕する。能力を狙ってのことまでは範囲内だ。日本国内でも、能力を狙った犯行は多々ある。しかし、能力を"引き剥がす"なんて事は予想外だ。そんなことができるとは思っていなかったし、聞いたこともなかったから。
そして凜は、驚愕を露にしながら聞く。
「能力は取られなかったの!?」
「ああ。取られなかった」
その回答を聞いて、凜と琉愛はホッとする。
「でも……なんでその能力を狙ってたの?」
琉愛が聞く。確かに、その疑問が出てくるのは至極当然だろう。何故わざわざ、ただの学生である來貴の能力を狙ったか。それが、アルヴァダ帝国にどう必要なのか。それが、琉愛には引っかかっていた。
「――さぁな。ただ、アルヴァダ帝国の皇帝が必要なんだと」
その回答を聞き、琉愛は一旦納得した。
――前提として、琉愛はドルナイトたちの存在を知らない。來貴から告げられたため悪魔や天使と言った存在は知っているが、知識としてのみ。それらが何故存在しているか云々は知らないのだ。
凜もその真実は知らない。それはアギエルから知らされていないからだ。しかし、琉愛とは違いドルナイトたちの存在は知っている。ドルナイトは神であり、皇帝ではない。そして來貴の能力を狙っていたのはドルナイト。
それらの情報は、來貴とドルナイトの会話から得て判断した。それ故に、凜は來貴の回答に懐疑的であった。
「……それは本当なの?」
故に、真偽を確かめた。
「わからない。ただの憶測だからな」
「……」
憶測。有耶無耶であり、本当かどうかは凜もわからない。故に、そう言われれば凜は引き下がるしかなかった。
――そうして時間は経ち、話は終了した。
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現在、來貴は自室で休んでいた。一週間学校を休んでいたため送られてきた課題が机の上を支配しているが、やる気は無かった。ただでさえ一週間一度も気を抜けなかったうえ、大量に魔力を消費した。
要は、疲れているのだ。精神的に。身体は何ら問題はないが、やる気にはなれない。
――そんな中、ふと凜の事が頭に浮かぶ。
(……隠しさずに言え……か。――悪い、凜姉。隠してしまった)
凜と琉愛に本当の事を言わなかったのには、理由がある。そして、それは至って簡単。
(――だけど、知らなくていい)
そう。
知らなくていいから。來貴は、凜はまだ第一の選別を突破したばかりだと思っている。故に、言わなかった。いずれこちら側に来て真相を知るかもしれないが、その時はその時だ。
琉愛に関しては、こちら側に関与していない。ならば、巻き込む理由は無いのだ。
――そう。巻き込む理由は無い。
(さて、いつ行こうか……)
來貴が今考えているのは、いつ天照の元へ行くかだ。行こうと思えば日帰りで行けるのだが、行く時間が無い。課題をしなければならないうえ、新しくスマホを購入する予定がある。
金は腐るほどあるため、それについては問題ないが。そしてそれは、明日である。今日は土曜日で、しばらく休んだ後課題をやる。その後行けるかどうかはわからないが、おそらく無理だろう。
一週間ずっといなかった男が、帰ってきた日に無断でいきなり出かける事を許可されるだろうか。凜と琉愛に止められて、家にいさせられるのが目に見えている。
(……まぁ、仕方ないか。一週間後辺りに行こう)
來貴は、一週間後の今日に天照のところへ行こうと決めた。
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――そして、三時間後。休憩が終わった矢先にやっていた課題に一区切りがついたところで、來貴は里奈に呼び出された。
現在來貴は里奈の部屋にいて、そこで里奈と一対一で対面している。呼び出された理由は、來貴にはわからない。というのも、心当たりがありすぎて何を言われるか予想がつかないのだ。
――例えば、自身の力。かつて説明した時よりもはるかに膨大になっており、それを問われる。例えば、一週間行方不明となった真相。例えば、凜が言った「お仲間さんたち」の詳細。
このように、何個も浮かぶ。他にもいくつかあるが、上げ始めればキリがない。
「……あなたを呼んだのは、聞きたいことと話したいことがあるからよ」
聞きたいこと、話したいこと。それが何なのか、來貴は静かに待つ。
――そうして、里奈は告げた。
「まず初めに、あなたが『神藤一羽』かどうか」
「……ッ」
――來貴は、時間が止まった気がした。"それ"は、蓮也にも琉愛にも凜にも――誰にも言っていないことだ。それに繋がるようなことだって、柚那以外には口にすらしていない。
だが、何故か里奈は知っている。そのことに、來貴はひどく動揺していた。
(なんで、知っているんだ……? 言った覚えは無いのに)
來貴が心の中で狼狽している間に、里奈は続けて言った。
「これは、神藤桂さんから教えてもらったわ。神藤一羽として生まれたことから、私たちに引き取られるまでの過去を。……凜と琉愛は、このことをまだ知らないわよ」
里奈のその一言で、來貴は一旦冷静を取り戻す。そして、こう言った。
「そうだ……けど、何?」
少し、棘のある言い方。だがそれは、知られたことによる警戒故ではない。これから言われることの恐れ故だ。しかし、里奈は気にせず優しく言う。
「――何もないわ。ただ、確認したかっただけ。……今この家での生活はどう?」
唐突に出た質問は、今までの質問とはまるで違う。家族間で話すような、他愛のない話題。突拍子もなく出てきたその話題に、來貴は戸惑った。
「……満足してる」
「そう、ならよかったわ。……なんでこんなこと聞いたのかって顔してるわね。まぁ、それは簡単なことなんだけど」
來貴がとりあえず出した答えに、里奈は安心しているようだ。
「來貴。あなたは、ずっと家族の一員なのよ。だから聞いたの。というわけで、まだ聞きたい事があるわ。……桂さんから聞いたのだけど、弟の明人くんの事はどう思ってるの?」
サラリと、しかしどこか真剣に理由を言われた後、また質問を繰り出される。
「……どうしているかは知らないが、大切に思っている。実の弟だから」
「そっか。……ってあれ? どうしたの?」
「……なんでもない」
――來貴は里奈の質問に答えていく度、胸が痛くなっていた。何故かはわからない。ただ、その痛みは今まで負ってきた傷のどれよりも痛かった。
そのため、來貴は顔を伏せている。
「……來貴。過去を言わなかったことには、何も言わないわ。ただ、信じられなかっただけでしょう? それができた柚那ちゃんには、全部言ってたと思うし。……でも、私たちも信じていいんだよ?」
確かにそうだ。來貴は、雨宮柚那にのみ自身の過去と能力の全てを語っている。反対に、來貴も雨宮柚那の葛藤と事情を知っていた。
「――なんで」
紡ぎだすように、來貴は言う。
「なんで、俺は家族なの?」
來貴はこう考えている。今まで家族だったのは、自身が『結月來貴』だったから。違う存在である『神藤一羽』が出てきてしまえば、家族ではなくなる。しかし、神藤一羽でもいられるかどうかわからない。
「そうね……ん、難しいわね。ただ、敢えて言うなら――"家族"だって、言ってるからよ。凜も琉愛も、そう言ってくれると思うわ」
「……!」
結月蓮也に拾われた、孤児の男の子。
――それが、凜たちが認識している"結月來貴"だ。しかし、神藤家に生まれた世界一の天才である"神藤一羽"が出てきてしまえば、その認識が崩れてしまう。それを恐れて、今まで來貴はこれを言わなかった。
神藤桂が告げる形で、目の前の義母には知られた。
だが、家族だと言ってくれた。逝ってしまった義父と、同じように。
「――あり、がとう」
涙は、まだ流れなかった。義父の想いを知った時は、一人だったから泣けた。そして"結月來貴"でいられたというのもある。だが、誰かの前では決して泣かない。
それが、結月來貴なのだから。
「……そう」
里奈は微笑を浮かべながら、素っ気なくそう言った。




