121話「ただいま」
――現在、來貴たちは潜水艇の中にいる。その操縦はイオネ配下の専用の悪魔がやっており、イオネたちは誰もやっていない。ただそもそも、誰も操縦できる状況ではないが。
全員がどこかしらに傷を負っているため、互いに治療および応急処置をしている。故に、誰も操縦席についていないのだ。そして、治療は主に"原初"を宿していない者たちが行っている。
原初を宿している者たちは、彼らの能力行使による自傷、それがないイオネとアギエルも大きく消耗しているため、治療を手伝えなかった。特に酷いのは、覚醒すらしていない凜。その凜は、別の部屋に運ばれ治療されている。
命に別状は無いが、出血量は多い。しかし潜水艇に入った時点で意識は無く、集まる場での治療では安静にさせられない。故に、寝かせて安静にして治療した方がいいと判断されたのだ。
他の者たちは、全員が集合する場所で治療を受けていた。來貴や他の者に関しては、覚醒をしているためそこまで酷くはない。だがやはり、消耗は激しい。まだ來貴は呼吸が荒く、"彼"と"彼女"は身体の疲労が蓄積している。
現状誰も口を開いておらず、開いても治療の経過報告のみ。全員が全員、何かを話せる元気や気力が無かったのだ。
そうして、ただ時間が過ぎていく――。
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――そして現在、ようやく全員の治療が終了した。
重々しい空気が場を支配しており、仄暗い静寂を助長している。イオネもアギエルも口を開かず、静かに日本への到着を待っているようだった。
來貴も既に呼吸を整えて、静かに腰を下ろしている。來貴も口を開いていない。話す話題も、理由も無いから。そうして潜水艇に揺られながら、静かな空気が支配し続けていく。
――しかし、それは唐突に終わりを迎えた。
「……結月來貴」
イオネが、來貴の名を呼ぶ。
「……何だ」
來貴が、それに返事をする。
そのやり取りが行われて数秒、イオネが口を開いた。
「……今後、どうするつもりだ? 今の貴様は、一段階以上の覚醒を終えている悪魔の一人であり、大罪の能力を宿す身。本来ならば、我らと共に来てもらいたい。だが、聞いたところ貴様は学生だろう」
來貴はその話を聞きながら、どうするかを考える。まず考えたのは、イオネが言いたい事。要は、イオネたちについてくるかどうかだろう。しかしどうやら、軍事機関の学校に通っていることも知っているらしい。
その辺りは凜辺りから聞いたのだろうかと來貴は考えつつ、口を開く。
「家に帰る。それだけだ。……ただ、今後何か用があるならそれには応じよう」
何故なら、家に帰ると凜に誓ったから。一緒に家に帰って、「ただいま」を言わなければ誓った意味がない。
――イオネはその回答を聞き、目を閉じながら言う。
「なら、それでいい」
――そこからまた、静寂が場を支配した。しかし、空気は先ほどより重くない。何故かと聞かれれば、誰も答えることはできないだろう。ただ、先ほどの会話が、空気を少し軽くしたのは間違いなかった。
それからしばらく、潜水艇に揺られる。その間誰もしゃべる事は無かったが、全員が全員考え事をしていたため、誰も空気を気にしていなかったが。
そして唐突に、女性の天使がアギエルに耳打ちする。
「……少し席を外す」
そう言って、アギエルは何処かへ行った。それに入れ替わるように、女性の天使はアギエルが座っていた場の近くに座った。
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――そして、凜が寝ている部屋にて。
凜は既に目覚めていて、その時近くにいた女性の天使から安静にするように言われている。そのため、この部屋から出ることはできない。今凜は、ずっと來貴の事を考えていた。
來貴が今、どうなっているのか――など。生きていると思っているが、ミカエルが消えて代わってからの記憶が凜にはない。故に、どうなっているのか不安なのだ。
そう悶々としていると、突如部屋の扉がノックされた。
「凜、少しいいか?」
扉越しに聞こえた声は、アギエルのもの。凜は「どうぞ」と言い、アギエルの入室を許可する。
そうして扉が開き、アギエルが部屋に入ってくる。部屋に入ったアギエルは、凜が横になっているベッドの近くにある椅子に座った。
「……何か、用ですか?」
凜が、アギエルに問いかける。
「ああ。聞いておかなければならないことがあってね」
その一言を聞き、凜の表情は少し強張る。一体何を聞かれるのだろう……そう言った感じで身構えているのだ。
「そんなに身構える事じゃない。……ただ、聞きたくてね。君が、これからどうするのかを。だが、君は学生。そう簡単に動ける身分では無いだろう。だから、私たちについてくるのかどうかははっきりさせたいんだ」
一瞬、凜は質問の意味がわからなかった。だが、すぐに質問の意味を理解した。その後の言葉で、言いたいことがわかったからだ。自分が学生であることは、既にアギエルと話した時に言ってある。それに加え來貴の事もいろいろ話した。
最初は話すのを躊躇したが、アギエルたちがそれぞれの国の軍事機関と繋がっている事を知った後はためらいが無くなった。凜が躊躇っていた理由は"同業者じゃないから"であり、同業者であるなら話せない理由は無いのだ。
アギエルたちについていけば、強くなれるだろう。何が待ち受けているかはわからないが、それでも乗り越えていけるだろ。
しかし、凜は約束がある。來貴と一緒に、家に帰るという約束が。
――それを踏まえて、凜が出した結論は。
「すみません、ついていく事はできません。……私には、帰る家と相手がいるので。あ、でも何か用があるならいつでも言ってください。その時は応じますから」
その結論に、アギエルは納得したように微笑を浮かべる。最初から、その結論をわかっていたかのように。
「そうか――なら、今後第二の選別を行う。君なら、大丈夫だろう」
そう言うと同時に、アギエルは立ち上がる。そして、扉の方へと歩いた。
「それでは、また。私はここで失礼させてもらうよ」
そう言って、アギエルは部屋から出ていく。部屋に残った凜は、アギエルが零した「第二の選別」という言葉に緊張を覚えていた。
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――そうして、潜水艇に揺られて約一時間三十分。
ようやく潜水艇は、日本へと到着した。通常はもっとかかるはずだが、術によって大幅に短縮させている。
人が一切いない場所へ着陸したのち、操縦席にいる者以外全てが潜水艇から出た。その後、潜水艇はイギリスへと帰った。來貴は回復した凜と一緒に家に帰ろうとしたが、マサハスに呼び止められた。
「何かあるのか?」
來貴はそう言って、マサハスの返事を待つ。
「ああ――少し、来てくれ」
そう言って先を歩くマサハスに、來貴は凜に「少し待ってて」と言ってからついていく。そうしてついていくと、やがて森の中に入っていった。そこから少し進んだ場所で、マサハスは來貴の方を振り向く。
そしてマサハスは、口を開いた。
「……これは、お前だけに聞いてほしくてな。あまり時間は掛けたくない故、結論から言おう。――お前の、第三の選定の突破を認める。この後、神様――そうだな、天照様のところに行くといい。そこで、全てを教えてくださるだろう……」
いきなりの事に、さすがに來貴も驚いた。問い返すことはしなかったが、しばらく理解できなかった。
「ああ、それと――」
マサハスの声で、來貴は我に返る。それと同時に言われたことを瞬時に理解し、今後の予定をどうするか考えた。
「――天照様のところで真実を聞いた後、オレと戦え。これは第三の選定の悪魔としてではなく、オレ『マサハス・ロンディーネ』としての挑戦だ」
その後に言われたことの方が、衝撃的だった。しかし、理解と返答は早かった。
「――わかった。その挑戦を受けよう」
來貴がそう言った後、マサハスは呟く。
「感謝する」
――その後、來貴とマサハスは別の道を歩き始める。來貴は来た道をそのまま辿り、マサハスはそのまま森の奥へ。
そして、來貴は凜の元へ戻ってきた。
「早かったね、來くん。……それじゃ、帰ろっか」
優しい声音でそう言いながら、凜は來貴に手を差し出す。
「……うん」
來貴はその手を握り、凜と一緒に歩き始めた――。
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――そして、來貴と凜は家に帰ってきた。現在の時刻はわからない。だが、太陽は完全に上っており、正午を過ぎているように思える。
現在既に手はつないでおらず、離している。家の前まで来たため、もう繋ぐ必要はないと來貴が離したのだ。凜は不服そうだったが、納得して手を離した。
「家、誰かいるのか?」
來貴が、凜に聞く。
「いや……わからない。でも、インターホンで呼べば出てくるでしょ」
そう言って、凜は軽い手付きで家のインターホンを押す。來貴は「それでいいのか」と思ってしまったが、もう凜に任せることにした。
ピンポン……という音が鳴り響き、しばらくしてドタバタと音が聞こえる。
それからバタッとドアが壊れそうな勢いで開き、中から琉愛が出てきた。
「お兄ちゃん!! それに……お姉ちゃんも。――どこ行ってたの?」
琉愛の目が、ジトーっとしたものになる。そしてその目線は主に來貴に向けられていて、思わず來貴は目を逸らしてしまった。凜は苦笑いしながら來貴の方を見て、その後琉愛に里奈がいるかどうかを聞く。
琉愛曰く、里奈は今寝ているらしい。起こしてこようかと琉愛は言ったが、寝ているなら寝かせてあげようと凜は言う。里奈は日々仕事で疲れているからだ。
「――あら、帰ってきたの」
噂をすれば……だろうか。そしていつ起きたのだろうか。里奈が、來貴たちが離している玄関先にやってきた。
「とりあえず、家に入りなさい」
里奈が言う。その言葉に、來貴と凜は頷く。そして、家の中へと入っていった。しかしその途中で、凜は來貴の方にくるりと振り返る。
「あ、來くん。"あれ"言わないと」
凜が來貴に催促する。そう言われて、來貴は照れくさそうにしながら言った。
「――ただいま」
それに応じるように、声が発せられる。
「――おかえりっ!」
來貴が、家に帰ってきた瞬間だった。
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現在、イオネたちは――。
「……それで、どういうことだ? アギエルよ」
「……何のことかな」
――日本にて滞在している廃村で、対話していた。対話しているのはイオネとアギエルのみで、他の者たちは村の家で休憩している。しかしイオネは、アギエルに聞きたいことがあるらしくそれで休憩はまだしていなかった。
「惚けるなよ。結月凜の事だ。結月來貴の姉――だけならまだいい。学生とはいえ、軍事機関の関係者だろう。何故引き入れた? あの契約を忘れたとは言わせぬぞ」
イオネが、静かにアギエルを睨む。対してアギエルは臆することなく、平然と薄ら笑いを浮かべている。
「忘れていないさ。私たちが君らの傲慢奪還に協力する。その代わり、私たちの目的を邪魔しない。そして、軍事機関にも手を出さない。……だろう? 私たちが手を出したのは、軍事機関の関係者だ。軍事機関そのものに手を出したわけではない。それに、凜には内密にするように言ってある」
覚えていたようだ。それに加えて、イオネから繰り出されるであろう反論を全て潰す言葉を添えて。イオネはしばらく黙っていたが、やがて溜息をつきながら口を開く。
「……まぁいい。話はそれだけだ。……それにしても、疲れたな」
「そうだね。……こんなに全力を出したのは久しぶりだよ」
イオネは溜息をつき、アギエルはそれに同調する。
――その後、しばらく廃村に吹く風に身を任せながら佇んでいた。しばらくそうしているうちに、アギエルが口を開いた。
「――神衛騎士団の強さは、予想以上だった。私たちも、このままじゃいられないな」
「そうだな……我も、鍛え直す時が来たようだ」
イオネとアギエルは、それぞれ滞在していた家に戻っていった。
これで戦争は終わりです。まだ逢魔之戦禍編は続きますが。




