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真実と想いの業  作者: 神無月凍夜
第六章 逢魔之戦禍編
126/234

118話「光を待つ者」

 ――凜が穴に入ってから、三十五秒。


「……凜姉、来たんだ」


 ボソッと、そう言った來貴。その後粉砕した壁の残骸を乗り越え、辺りを見渡す。壁を粉砕した音で、聞きつけた者がやってきているかどうかを確認しているのだ。


 しかし、來貴がいる階層には誰もいない。ここは最重要の監獄であり、部屋は來貴がいた一つしかない。階層も狭く、直径60m程だ。それに加え、ここは原則立ち入り禁止。立ち入れるのは、重要な立場にいる者のみ。


 それを來貴は知らないが、どうやら人がいない事はわかったようだ。


 ――ゆっくりと、來貴は凜に近づく。


 それよりも早く、凜は來貴に近づいた。


「來くん……ねぇ、救けに来たよ?」


 そう言いながら、絡みつくように抱き着く凜。來貴はいきなりの事に動けなかったが、今はそっと抱き返した。五秒ほど無言で抱き合っていたが、來貴が口を開く形で声が響く。


「凜姉……血が出てるけど大丈夫なの?」


 來貴の問いに、凜は答える。家族に向けるような、いつもの笑顔を表情に付けて。


「うん……大丈夫。助けに来たんだから、これくらいじゃくたばれないよ。あ、それと來くん――」


 凜は來貴を放し、目を見て今の状況を説明した。


 今回アルヴァダ帝国に攻め込んできたのは、自分を含めて十三人。その内名前を知っているのはアギエルとイオネ以外いないため、凜はその名前を挙げた。


 そして攻め込んだ目的は、來貴を救出する事。救出が終われば、即撤退。殲滅が目的ではないからだ。


 各場所で、帝国に来た人たちとアルヴァダ兵たちが時間を稼ぐために交戦していると。アギエル曰く、交戦しているアルヴァダ兵は「神衛騎士団(ゴッドクルセイダース)」と呼ばれている者たちだと。


 そして、この凜たちがいるこの宮殿――レガリアの地上で、アギエルとイオネがドルナイトたちが交戦している事。


 その全てを、凜は來貴に説明した。


 來貴は情報を整理し、瞬時に理解する。そして、こう言った。


「――状況はわかった。……凜姉、家に帰ろう」


 その言葉に凜は目を見開く。何故ならば、來貴の口からその言葉がはっきり出るとは思っていなかったから。凜は來貴が、自分の気持ちさえあまり喋らないという事を知っている。自分の中で全て完結させることも。


 そんな來貴が、はっきりと「帰ろう」と口にした。その事に、凜は嬉しくなったのだ。


 そして凜は、こう言った。


「そうだね……帰ろう、來くん。――私たちの家に」


 "帰ろう"という言葉に込められている意味は、それぞれ違うだろう。だが、『失いたくない』という想いは、同じだった。


 ――凜が穴に入ってから、一分五秒。


 來貴の目が、敵に向ける冷酷な眼へと変わる。凜は來貴のその眼に困惑したが、次第に納得して自身の目も冷たくした。


「……出てきていたか、結月來貴。あれは、貴様では破壊できない作りだったのだが。何をした?」


 ドルナイトの、襲来だ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ――來貴はいつでも能力を発動できるように構えながら、凜に言う。


「凜姉……俺から離れないでね」


 同時に、凜を抱き寄せる。凜は突然の事に「きゃっ」と声を上げたが、次第に強く抱きしめて離れないようにした。


「……うん!」


 今凜は、來貴の顔は見えていない。顔を來貴の身体にうずくめているため、視界に入っていないのだ。


 ――そして來貴は、悪魔化(デーヴィス)を発動した。額に黒い紋様が現れ、背中に二対四枚の黒い翼が顕現する。


 ドルナイトは、來貴に接近。同時に右手を振り上げ、白黒の魔力を込める。まずは、目的の邪魔である凜を排除しようという考えからだ。


 しかし、來貴はそれを許さない。


 死黒暴滅(ブラック・デストロイ)を右手で発動し、黒い壁でドルナイトの右拳を防ごうとする。だが、ドルナイトはそう簡単には引っかからない。直前で來貴の後ろに回り、剣状にした白黒の魔力を突き出す。


 來貴は右手を後ろに向けて振り、黒い霧を噴出する。そしてそれはドルナイトが作り出した剣、加えて身体を覆う。


 ドルナイトは白黒の魔力で弾き、そのまま貫こうとした……が、一瞬で離脱し、出口がある方へ後退した。


 來貴はドルナイトの姿を常に視界に入れ続け、黒い霧をドルナイトの方へと向ける。


 ドルナイトは、黒い霧に当たった右腕と身体の表面を負傷していた。それらを再生しながら、分析と対策を練る。


(能力か……あいにく今の私に能力に対抗する術は少ない。何一つ能力が無い故に。法則の違いから、"これ"も通じないだろう……ならば、通じるものを使うしかないな)


 ドルナイトは更に、白黒の魔力を出す。その魔力が持つ強制力で、來貴の能力に打ち勝とうという算段だ。


 両手に剣を作り、接近する。來貴も右手に黒い霧を作り、他に()()能力を使って接近。


 両者が交差し――來貴がドルナイトを吹き飛ばした。


 吹き飛ばされたドルナイトは壁に当たり、來貴と凜は無傷である。來貴は右手を下すが、黒い靄は出し続ける。そのままドルナイトに近づき、口を開く。


「――先ほどの質問の答えだが……そっちが想定していた以上に、俺が強いだけだ」


 響いた声をドルナイトは聞きつつ、口を開く。


「……あの牢獄は、一段階の覚醒者程度なら止められる。それに加え、能力を寄せ付けない。普通に破壊できるとは思えんが――チッ、ルシファーか」

「その通り」


 ドルナイトが言い終えると同時に、來貴は一瞬で距離を詰めて蹴りを放つ。ドルナイトは跳んで躱して後ろを取り、白黒の魔力を一点に凝縮して放出する。部屋全体を包むような眩い光りの波動が、來貴を襲う。


 來貴は回避は不可能と判断し、右手に黒の刃を生成する。そして瞬時にに破邪と傲慢の力を加え、迎え撃つ姿勢を取る。


『おい、これ以上は……』

(大丈夫だ、これくらい)


 ルシファーが、來貴の心配をする。牢獄の壁を殴り壊す際、來貴はルシファーに能力を使わせてくれと頼んだ。自分が持つ能力だけでは、突破できなかったからだ。かつての敵、ローレ・イノセントの能力――腐敗の聖痕(ディケイ・スティグマ)の力を織り交ぜた白黒の攻撃でも、少し揺らぐ程度だった。


 故に、ルシファーが力を貸した。


 死なない程度の出力の制限と、もう一度呼びかけたら身体を一時的に貸すことを条件に。


 ――そして、來貴が黒の刃を振るう。


 破邪と傲慢を付与された黒の斬撃と、眩い白黒の波動が衝突する。


 それは衝撃波と爆発を生み出し、視界と聴力を奪う。爆発と同時に生じた黒煙と飛び交う階層の残骸を腕と魔力で防御しつつ、煙が晴れるのを待つ。


「……伊達に神はやっていないか」


 煙が晴れてきたころ、來貴はそう呟く。來貴の目には、無傷のドルナイトが映っている。


 ――今まで口を閉じていたい凜が、口を開いた。今なら、聞けると思ったのだろう。


「……ねぇ、來くん。それってどういう事? あ、後ルシファーってまさか……」


 凜がその続きを言う前に、來貴が口を開く。


「その話は、家に帰ってからしよう。……その時には、凜姉の事も聞かせてくれるか?」


 來貴は自分と同じように、凜の魂に凜以外の"誰か"がいる事をわかっていた。そして、人間から天使へと変わりかけていることも。だからこそ、こう言ったのだ。


 今、語るべきではないから。


「――わかったよ」


 凜はそう言って、口を閉じる。そして、來貴を()()()


 ――來貴は再び黒い霧を出す。今いる階層を覆い、逃げ場をなくすように。そして、黒い霧に死の恩寵を与える。触れれば死、逃れても段々と細胞が死んでいく凶悪な霧が完成した。


 ドルナイトは霧を吹き飛ばそうとしたが、肌でその霧の危なさを感じた。瞬時に地上まで繋がっている穴に入り、霧から逃れる。


 ――静かに、來貴はその様子を見ていた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ――凜が穴に入ってから、二分三十秒後。


 ドルナイトが穴から出てきて、そのまま空中を浮遊する。その数秒後に、黒い霧が穴から出でた。


 その霧を訝し気に見て、距離を取るアギエルとイオネ。騎士たちとイマジュアも、警戒して距離を取った。


 ――流動する黒い霧はドルナイトがいるの方へと接近する。それは、ドルナイトの眼下にいる騎士たちとイマジュアにも当たる程出ていた。霧を払うため、金髪の騎士が剣を構えて霧に近づく。


 しかし、それを静止する声が一つ。


「近づくな! 触れれば死であるぞ!」


 ――その言葉に、この場にいる全員が霧から距離を取った。そして白衣の騎士が、霧の進行を障壁で防ぐ。障壁に阻まれたため、アギエルとイオネの方へと動くと思われたが、動かない。


 この時点で、全員が誰かの能力のものだと確信した。


 そして、黒い霧は動く。更に穴から霧が発生し、やがて収束する。それは大きな黒い塊を生み出し、この場にいる全員の注目を集めた。


 やがてそれは分散し、中から來貴と抱えられた凜が現れる。分散した黒の霧は、來貴の背中に収束し、二対四枚の黒い翼として現れた。


 來貴は周りの状況を認識しながら、アギエルとイオネの方に降り立つ。


 その後、イオネが來貴をしばらく見つめる。かと思えば、ずかずか歩いて來貴に話しかけた。


「……貴様が、結月來貴か?」

「ああ」


 イオネはその後、アギエルの方を向く。アギエルからは、頷きが返ってきた。


「撤退する。空中を飛行し、アルヴァダ帝国を抜ける。そして、用意している潜水艇でニッポンへ行くぞ!」


 ――そして、イオネは飛び上がる。來貴とアギエルも、飛び上がってイオネへと近づく。


 それからレガリアを抜け出そうとしたが、白衣の騎士の障壁に阻まれる。しかし、イオネが瞬時に破壊したため阻むことはできなかった。


 ――撤退だ。


「追いかける!! ついてくるのだ!!」


 ドルナイトの号令とともに、騎士たちとイマジュアは飛び上がって來貴たちを追う。


 戦禍は、終わりに近づいている――。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 アルヴァダ帝国上空、音速を超える速度で繰り出される攻防の舞台。


 先頭は來貴と凜、中央にアギエルとイオネ、後方に騎士たちという配置で繰り出されている。來貴は戦闘で凜を連れながら逃げ、アギエルとイオネはついて行きながら騎士たちを食い止めていた。


 ――チラッと、來貴は後ろを覗き見る。


 規格外の領域で行われる、アギエルとイオネの戦闘。來貴はしばらく見ていたが、やがて前を向いて飛行する。いつか、そこに辿り着く事を決意して。


 そうして飛行する事、約五分。


 たまに攻撃がアギエルとイオネの包囲を抜け出し、來貴の元へ迫る事はあったが、來貴は全て回避していた。


(前方に気配……三人か)


 來貴が感じたのは、前方にいる少女の騎士たちの気配。警戒を強めながら、來貴は加速した。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ――前方に、少女の騎士。そして、薔薇に囚われている二人。


 そのまま通り過ぎるかという前に、少女の騎士と二人が來貴たちの姿に気付く。どうしようかと考えていた時に、イマジュアからの術の伝言を受ける。


 少女の騎士はすぐさま、來貴へ向かって薔薇の蔓を伸ばす。


 來貴は上昇し、薔薇の蔓を躱す。そして迫る薔薇の蔓から逃げながら、下へと位置取る。黒の刃を右手に宿し、蔓を縦に一刀両断。そこから死滅の力が蠢き、斬られた蔓は消滅する。続けて一気に繋がっている薔薇まで侵食し始める。


「そう簡単にはやらせないよ?」


 しかし、それは少女の騎士の能力にねじ伏せられた。


殺戮機械(キラー・マシン)の影響を揉み消しただと!?)


 來貴はその事に驚きつつも、距離を取ってアギエルとイオネを呼ぶ。一人での突破は難関と判断したためだ。


 ――しかし、アギエルとイオネは来ない。金髪の騎士、白衣の騎士、ドルナイト、イマジュアの相手が手一杯で来れないのだ。すぐさま少女の騎士を全員で突破して撤退するのが、最良だとわかっていても。


 來貴は薔薇の蔓を躱しながら、囚われている二人に近づく機会をうかがう。見たところ、まだ死んでいない。棘によって傷はあるが、あまり決定打にはなっていないようだ。しかし、時間をかけると流血で死に至るかもしれない。


 その二人を助け、少女の騎士の相手をさせてアギエルとイオネのところへ行く。そして距離を取らせて、その隙に撤退。


 頭の中で來貴はこれからの行動を構築し、実行に移す。


 ――覇壊の轟き(オーバー・ドライブ)を発動し、更に加速して飛行。その速度に目も明けられないのか、凜は目をつぶって來貴の身体に顔をうめる。


 加速して迫る先は、薔薇の蔓に囚われている二人。だが、少女の騎士がそれを阻む。來貴の前方に食虫植物を召喚。そして、そのまま凜ごと來貴を捕まえようとする。


 しかし、その食用植物は瞬時に切り裂かれて死滅した。その後、勢いのまま二人を縛っている蔓を斬る。瞬時に蔓が伸びたため、全てをズタズタにすることはできなかった。だが、二人がその後自力で抜け出したため、救出することには成功した。


 その二人に少女の騎士を相手するように言って、來貴はアギエルとイオネの方へと行く。


 瞬間、ドルナイトは狙いを來貴へと変更する。アギエルとイオネは、來貴の方を見向きもせず騎士たちの足止めをしていた。その事に騎士たちは疑問を覚えたが、気にせず戦闘を続ける。


 ドルナイトは白黒の魔力を右手に顕現し、魔力の波動を放つ。対して來貴は傲慢の力を使い、波動を直接防ぐ。


 その力は数秒間せめぎ合い、やがて暴発する。生じた衝撃波からドルナイトと來貴は距離を取り、様子を見た。そして衝撃波が収まった後、ドルナイトは來貴に急接近する。


 その勢いを使って徒手格闘を仕掛ける。手始めにドルナイトが右拳を放つが、來貴は躱して顔面目掛けて右ストレート。ドルナイトは背中を逸らして躱し、蹴りを放ち凜もろとも攻撃しようとする。


「……!」


 來貴は咄嗟に左足を振り上げ、ドルナイトの蹴りを防いだ。そして足に力を込め、ドルナイトを吹き飛ばす。ドルナイトが離れ、追撃に行こうとしたイオネをイマジュアが妨害する。


 その後、來貴の元にアギエルとイオネが来た。


 今が、仕掛けられる時――來貴は、黒い霧を出す。


「――死を与える霧エンブレス・オブ・デッド


 その霧の規模は、レガリアで出した時の比ではなかった。覚醒により増加した膨大な魔力を惜しみなく使用し、アルヴァダ帝国の空を覆う程濃密に繰り出し、回避できる範囲すら覆う。


 回避などできるはずなく、全員が霧に囚われる。しばらくは出てこれないだろう。ドルナイトとイマジュアの白黒の魔力、及び白衣の騎士の障壁で抵抗できるが、それすらも死滅させていくのがこの霧だ。


 この程度では死なないだろうが、時間は稼げるだろう。來貴は、そう思った。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ――その光景に、少女の騎士は絶句した。死の霧に囚われたドルナイトたち。死んでいるとは思わないが、確実にダメージは負っている。もし自分も入れば、ドルナイトたちと同じ道を辿るだろう。


 自分は二人を相手にしていて、そちらには行けない。しかし、それよりも前に助ける事が先決だろうと考え、相手をしていた二人を弾いて來貴へと迫る。霧の中に入るより、霧の発生源を潰す方が速い。そういう考えだ。


 ――しかし、前に立ちはだかるのはアギエル。その先には行かせない……と、目が語っている気がした。


「邪魔しないで!」


 少女の騎士は花の剣を召喚し、アギエルに斬りかかる。


 アギエルは、その斬撃を正面から防ぎ――横に流した。体勢を崩した少女の騎士の背中を蹴り、霧の中に送り込む。


「あっ……」


 ――少女の騎士は、誘い込まれていたのを悟った。そしてアギエルに憎悪の表情を向けながら、死の霧の中に入り込んだ。


「――今だ、撤退するぞ!!」


 イオネの一声で、來貴たちは再び撤退を始めた。

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