111話「結月凜 ~あの日の想いを~」
――凜は自分の部屋で、ミカエルの説明を聞いていた。
しかしただ聞いているわけではなく、自身の精神にてミカエルと直接対話をしている。今凜の目の前にいるのは――黒い髪と青の瞳を持つ、露出の多い白い服を着た女性。ミカエルだ。
『最初は、私について説明しよう。名と生まれは省く、既に説明している故。年齢は10億歳以上、能力は二つ持っている』
凜はミカエルの話を聞きながら、かつての自分に似ているなと思った。黒い髪に青い瞳は、人間だった頃の凜と同じ特徴だ。琉愛と里奈も同じだが、なんとなく凜は自分と似ていると思っている。
何故なら、ミカエルの顔は少し凜に似ているところがある。凜の魂に入ったから等ではなく、偶然だ。
――年齢や能力については、天使だからそれくらいはあるだろうと考えるのを放棄している。
『話についてきていることを前提に続きを言う。次は能力の詳細だ。私の能力は、正義之聖神と断裁の執光。正義之聖神は"勝利を司る能力"で、断裁の執光は"善悪の代償を強要させる能力"だ。これのみではわからぬと予想できる故、追加の説明をしよう』
実際に凜もよくわかっていなかったため、追加の説明は助かっている。"勝利を司る能力"はなんとなくわかるが、"善悪の代償を強要させる能力"はよくわからない。
『正義之聖神は、全ての"勝負の結果"を操ることができる。勝利にも、敗北にも仕向けることが可能だ。勝負の解釈は、あらゆる範囲に及ぶ。優劣が付き結果が出るならば、全てが勝負という解釈だ。この能力の使用例を挙げよう。一つ、殴り合いにて自身に攻撃が命中することなく勝利となる。二つ、力の押し合いにて自身の力を強化したり弱体化したりできる。三つ、相手を弱体化させることができる。使い方は様々だ。しかし、能力等で抵抗されると強制力が薄まるのには注意を要する』
その説明を聞き、なんとか凜は理解することができた。要は、どんな勝負も自分の思い通りにできる――因果律操作の能力だと。ただその範囲が広すぎであり、できることが多すぎるが。
勝利や敗北にも過程があり、その過程さえも操れる。それ故、強力。否……その過程を操れるから、正義之聖神は強いのだ。
『断裁の執光は、善悪――言い換えて"行為、業"に対して自身の命令を強制させることができる。"走れ"から、"死ね"等命令の種類は多い。この能力保有者の前にいるだけで、自身の命令を強要させられる。能力等で抵抗するしか、背く道はない。能力の使用例を挙げる。一つ、目の前で佇む存在に料理等をさせられる。二つ、自身や他の者に殺意を持った者を"死ね"と命じて葬れる。三つ、意識外の接近に対して止まれと強制的に命令させる範囲を作れる。範囲は、自身を中心として直径約150mほどだ。四つ、能力の強制停止を命じられる』
かなり複雑であったが、凜はなんとか理解できた。要は、ただそこにいる存在を思いのままに操れる。そして、範囲としてそれを設定できる。それが、この裁断執行。
全ての善悪――業に対し、代償として命令を下す。それは、ただ生きているだけでも代償を強要する。独裁者、執行者の力だった。
勝負に関係する事を司るのが正義之聖神ならば、勝負に関係しない事を司るのが断裁の執光。二つの能力が噛み合っていて、かなり強力だ。直接的な攻撃力も、正義之聖神で生み出せる。
隙などない、無敵の能力とも言えた。ただ、その代償がどれほど大きいかを理解していればの話だが。必ず勝てるまでに身体を強化する……それに、身体が耐えられるのか。能力に動きを強制される……その動きについていけるのか。勝利を求む能力に、精神が耐えれるのか。
それを、凜が考慮していないわけではなかった。
『理解し得たか?』
『はい、なんとか理解できました……』
本当に、なんとかという感じだ。凜は來貴のように賢いわけではないため、複雑なものの理解には時間がかかる。だが、理解しなければ話が進まないのだ。
うむ、とミカエルは頷き、一つ指を立てる。それが何を表しているか凜にはわからなかったが、とりあえず説明を待つことにした。
『そして、次は私たち"天使"という存在についてだ。何か知っていることはないか?』
ミカエルからそう質問され、凜は自身の記憶の棚を引き出す。しかし、出てくるのは來貴や來貴が話したことばかり。來貴は悪魔であるため、天使の情報は一切出てこなかった。
『……いえ、魂のこと以外にはありません』
『そうか、ならいい。ならば、天使についても一から説明しよう』
凜の答えも想定していたようで、ミカエルは指をさらに一つ立てた。
『一つ、天使は人間の上位存在だ。魂の格……という意味でな。その辺りはいいだろう、魂の詳細を知っているようだしな。それに加え、天使は皆例外なく能力を保有している。故に子を成すのが難しく、寿命も最初は1000年以上ある』
凜は静かに、ミカエルの説明を聞く。來貴が言っていた悪魔と対照的だなと思いながら。
『二つ、天使はある力を使える。その力の名は、天使化。身体に紋様が出て、背中から魔力色と同じ色の翼が顕現する。そして眼球が淡く光り、欠損すら再生する再生能力を得るのだ。身体機能と能力の出力も上昇するぞ。まぁ平たく言うと、天使全員に存在するパワーアップだ。……しかし、天使としての力が弱すぎると使えないがな』
ミカエルの能力に比べて、かなりわかりやすい力であったため、すぐに理解ができた。ミカエルが保有している能力が、理解しずらい代物だっただけかもしれないが。
そして凜は、元々來貴から悪魔化の説明を聞いている。名称と見た目を変えただけで、効果は全く同じだと考えたら、思考が楽になった。
『天使についての説明はこれで終わりだ。あまり長くしたくはないのでな。……最後に一つだけ、聞こう』
――ミカエルが醸し出す雰囲気が、がらっと変わる。凜は無意識のうちに、緊張感を覚えた。
『凜、貴様は何を理由に力を振るう? 今も昔も、覚悟が半端な者は戦いで散る。そうなってもらっては、困るのでな』
力を振るう……戦う理由。凜が持つ"理由"は、今も昔も変わらない。それの移り変わりなどなく、半端なんて理由は凜が許さない。何故ならば、それは凜の想いを否定することになるから。
(私は、あの日から――)
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凜が生まれたのは、蓮也と里奈が27歳の時だった。その時は仕事が忙しくなく、貯金にも余裕があったため子を作ったのだ。
能力が宿っているかどうかは生まれたばかりではわからなかったが、蓮也と里奈は協力して幸せになるよう凜を育てた。その努力もあってか、凜は不自由なく笑って過ごしていた。その笑顔は純粋で、仕事で疲れていた蓮也と里奈の疲労した心と身体を癒した。
一緒にいれる時間は仕事の関係上少ないが、凜がそれに不満を垂らすことはなかった。
――そうして、凜が五歳になった頃。再び、生命が生まれた。凜の妹だ。琉愛と名付けられたその赤ん坊は、凜の目に新鮮には映った。
家族が増え、凜はまた幸せなことが増えた。父や母と一緒にいる時間の他にも、愛おしい妹と一緒にいる時間である。その幸せに繋がる理由は、全て愛であった。
――そうして凜が九歳、琉愛が四歳になった時。
蓮也が、ある子供を連れてきた。白く長い髪を雑に結び、擦り切れた服を着た男の子。そして何よりも……その子はとても哀しい目をしていた。しかし、哀しげな目は、男の子の端正な顔立ちを際立たせる要因となっていて、儚い雰囲気を醸し出している。
だが、凜にはそれが男の子が寂しい思いをしていると感じさせた。
「この子を、うちで引き取ることになった。……大丈夫か?」
いきなりの事に全員が驚いたが、その男の子を引き取るのに反対した家族はいなかった。しかし、その男の子に名前は無い。だから、自分たちでいい名前を名付けることとなった。
しかし、なかなかいい名前は出なかった。いざ名付けようと張り切っても、なかなか案が出ないのだ。時間として、30分ほど経っていた。
そこまで呆然としていた凜が、突如口を開いた。
「"らいき"……って、どうかな?」
それは、なんとなく思いついた名前。つけたままのテレビの番組に、出てきた言葉を合わせただけだ。どのような意味が込められているのかは、わからない。だが、それはこれから込めればいいのだ。尚、凜はそこまで考えていなかったが。
その名を吟味するように、黙り込む蓮也と里奈。琉愛はまだ幼いため、よくわかっておらず純粋な目で蓮也たちを見ている。
「……それにするか」
「そうしましょう」
――結果、男の子の名前が決まった。漢字をあてはめ、名は"來貴"となった。七歳であり、凜の二歳年下で琉愛の三歳年上。凜の義弟、琉愛の義兄となった。
それからは、いつも通りの日常だ。ただ、凜と琉愛が能力を発現させ、凜が軍事機関の小学校に通っているなど今までとの差異はあるが。
――來貴が家族になってからしばらく経っているが、來貴はあまり馴染めていない。勉強を教えられているが、一人で全て理解できるためあまり教えることはない。能力の制御もしっかりできている。
要は、教えることが何もない。そして話す話題もないため、関わることがない。会話は最低限だけなので、まだ家族との間に壁があるように凜は見えた。しかし、來貴と話す話題が無いのは家族共通の話なので、凜は話しかけられなかった。
――ある日。凜は、勇気を出して話しかけることにした。話題は、学校の話と家の話。学校や家に慣れたかとか、自分たち家族をどう思っているかとか。
結果、会話は成り立った。しかし、途切れ途切れになることが多く、微妙な空気が流れていた。
その後、凜は何度も会話し、馴染みやすくなるように來貴を「來くん」と呼び、自分の事を「凜姉」と呼ばせた。そう呼ぶようになってから、だんだん來貴は家族になじみ始めた。
凜以外にも、蓮也や里奈と話したり、琉愛と遊んだりして距離が近づいているように見えた。
――そうして、数か月。來貴は馴染むことができた。一番仲が良いのは凜だが、琉愛や蓮也たちとも話せている。
來貴が家族と馴染み、数年。凜が六年生、來貴が四年生となった頃だ。
――凜と來貴は、家のリビングである事を話していた。
「來くん、困ったことがあったら私に言ってね?」
笑顔を浮かべながら、凜は言う。それは純粋に來貴を心配している言葉だった。いつも何も言わず、無茶をする來貴への。
対して來貴は、少し目をそらしながら凜へと言う。
「……そう言う凜姉こそ」
來貴だって、心配なのだ。頑張りすぎて、全然休まない凜の事が。
「――だったら、お互いに困ってる状況の時には助ける……って、約束しない?」
凜は來貴の手を取り、真っすぐ目を見据える。そして、來貴の答えを待つ。
「……うん、約束する」
「それじゃあ、決まりだねっ!」
――その約束に込められているものは、単に互いの心配だけではない。家族に対する"想い"が、それぞれの形で込められている。想いに対する、確固たる理由も。
これは、幼き頃の約束。何でもないように交わされたが、高校生となった今も――來貴と凜はその約束を覚えている。
そして、数か月ほど経った頃。
「助……けて」
「助けは来ねぇよ。もうお前は家族と会うことは無い」
――凜は、誘拐された。手足を拘束され、口は開けずにいる。魔力を使っても、その拘束は破れそうにない。
凜を誘拐したのは、とある日本の敵対国の下部組織。誘拐した目的は、凜を使って金を稼ぐことだ。凜は容姿や頭脳等あらゆる面が優れており、素材としてはうってつけなのである。
これからどうしようか、下衆な想像をしている者もいる。凜は小学六年生とはいえ、身体はある程度出来上がっている。やるのも、できなくはない。そう言う目線を露骨に向けられ、凜は嫌悪を隠せなかった。
誘拐犯たちは油断せずに、侵入者がいないかを確認しながら下衆な視線を凜に向ける。
(來くん……助けて……)
――しかし、誘拐した相手が悪かった。
静かに、侵入する影が一人。もちろん、來貴だ。
來貴は凜が帰ってこない事を心配し、覇壊の轟きと万物具現化の眼で蓄積したあらゆる能力を使って居場所を特定した。掛った時間は、約三十分である。
結果、居場所を特定して凜が誘拐されていることがわかった。ついでに、周りに屈強な男が何人もいることにも。來貴は、凜が何もされていないことを祈りながらその場へと疾駆していた。
――そして今、その場へと到着したのだ。派手に侵入しても凜を人質に取られてはまずいため、一人一人音もなく葬って凜が誘拐されている部屋へと来た。
凜は來貴の存在に気付いたが、今声を上げると気付かれる。そう思い、黙って助けてくれるのを待った。
來貴は音も無く、部屋を警備している男二人を葬る。気付かれることなく、その二人は死んでいった。死体から噴き出た血が、凜と來貴の服にかかる。それを気にせず、來貴は凜の拘束を斬った。
――その瞬間、凜は來貴に抱き着いた。恐怖から解放され、涙を流しながら。
「怖かったよぉ……」
來貴は再現していた武器を消し、何も言わず凜を受け止める。
――そして、涙の裏で凜は無意識に來貴に惹かれていた。
軍人という仕事に、向ける目や感情は様々だ。憧れ、侮蔑、誇り、嫌悪。そのうち、凜は憧れに入る。何故ならば、父や母の背中を見てきたから。その手腕を、実感したから。主な関わりが家族しかいなかった凜は、尊敬の対象は両親なのだ。
故に、両親の存在やその仕事が憧れとなっていった。だが今回、何もできずに誘拐された。光りも見えず、知らない人たちしかいない場所。
そこから助けてくれたのは、かつて『困ったら助け合おう』という約束をした來貴。
もともと気にかけていたし、今回約束を守ってくれたし、その姿もかっこよかったし――と、凜の中で想いが渦巻く。そしてなんだか來貴に抱き着いているのが恥ずかしくなり、自分から離れた。
「か、帰ろっ! 來くん! パパたちも心配してると思うし……」
「ちょっ、凜姉……」
凜は強引に來貴の手を引っ張り、帰路をたどった。
ただ凜が誘拐されていた建物の外に、蓮也と里奈が来ていた。どうやら、凜と來貴が長い時間いなかったことに心配して探していたらしい。
二人の姿を見た瞬間、蓮也と里奈は衝撃を受けた。それはそうだろう。娘と息子が、血まみれの服を着ているのだから。里奈はすぐに回復の魔法をかけて、蓮也は車の中に置いていた医療器具や着替え、そして買ってきていた食べ物を渡した。
実際二人は怪我もしていないため苦笑いしかできなかったが、蓮也と里奈の対応は焦りを感じるとも暖かかった。
――この日を境に、凜は來貴にベタベタになって甘くなった。要は、ブラコンが発症したのだ。今までも少しブラコン気味ではあったが、露骨に悪化したのはこの日からである。
ただ來貴も凜のことを大切に思っているため、邪険に扱うことは無い。それが、悪化を促進させた要因の一つとなっているのだろうか。
どちらにせよ、中学生になっても高校生になっても、凜は來貴の事を想っているのだ。
あの日から、ずっと――。
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――そして、凜は告げる。その想いを。
「私には、來くんとの約束がある。"お互いに困ってる状況の時には助ける"っていう……昔、私は來くんに助けられた。そして、私は來くんを想ってる。助けられた日から、この今まで。だから、今度は私の番」
凜は、深呼吸する。ミカエルは、まだ何も言わない。
次に聞く想いに込められているのは、単に來貴への恋心だけではない。軍人としての信念や、その信念を保つための強さも込められている。その全てを持っていなければ、語ることなどできないから。
「私は、私自身の想いのために力を振るう。來くんを助けるために、私も命を懸ける」
來貴を助ける。來貴の今の状況下においては、無理難題どころではないだろう。生半可な強さと精神では、振るい落とされる――散るだけだ。しかし、凜はまだ振るい落されていない。それどころか、その振るいを超えようとしている。
かつて來貴が凜を助けたときは、命を懸けていた。それと同じように、凜も命を懸けて助けるだけ。
ミカエルは凜の想いを聞き、凜に聞こえるように呟く。
『及第点……と言ったところか。まぁ、いいだろう。そちらで進展があるまで、ゆっくりしておくといい』
――そして、世界が光りに包まれた。




