110話「天使の力」
これで第五章 大罪編の本編は終わりです。
「まずは、君が今持つ力について説明しようか」
握手を終えた後、アギエルと凜は椅子に座って対面していた。ウルは、アギエルの近くで佇んでいる。何も言わず、話の内容を聞いているだけだ。
「選別の天使・カーニャの能力を君が今持っている状態だと言うことは、わかっているかな?」
「はい、わかっています。純白神聖ですよね」
そこわかっているなら話は早い……と、アギエルは呟く。
凜が持つ能力『純白神聖』は"あらゆる白を支配する能力"だ。來貴の死黒暴滅と同じく最高位の能力であり、同系統の能力である。
そして、アギエルは次の説明に入った。
「今君は、人から天使へと変貌している状態だ。カーニャの魂を取り込み、意思以外の全てを自身の身体と魂へ適合させている。……まぁ要は、少しずつ天使になり始めているという事だ。適合が終わるのは――速くて数日、遅くて十数日。その程度で、完全な天使となるだろう」
凜は話を噛砕き、自分の中で『時間が経ったら天使になる』と解釈した。その解釈は間違っていないが、その過程に必要なものを凜はわかっていなかった。
しかし、今それは問題ではない。凜は、魂という存在を知らない。その単語の説明を求めるため、凜は質問をした。
「あの……魂って、なんですか?」
その質問を聞いたアギエルは、想定していたかのようにある資料を取り出し、凜に渡す。それは、魂について事細かく記してある資料だった。
「その資料に、魂の事が細かく記してある。見ながらで良いから、話を聞いてくれ」
凜は無言で頷き、その様子を見たアギエルは説明を続けた。
「今から500年程前。この世界に、神が堕ちた。堕ちた神――ドルナイトたちは、この世界を破滅に導く事が目的だ。どうしてそうなったかはわからないが、それはどうでも良いことだ。この世界は、滅亡の危機に瀕している。今はまだ力を貯めている段階だが、あの神たちはいずれ動き出すだろう。それを防ぐため、私たちは強い仲間を集めているのだ」
そこでアギエルは、言葉を切る。呼吸のためではなく、次の言葉の重要性を上げるため。アギエルは資料を見る凜の方を見据えながら、その言葉を吐いた。
「……だから、協力して欲しい。全てが消えた後で、後悔をしたくないのなら。ただ君は力がまだ足りないから、天使たちから訓練を受けることになるが」
資料を見ながらアギエルの説明を聞いていた凜だが、協力して欲しいというフレーズを聴いて顔を上げた。
……世界が破滅の運命を辿っていることは、來貴の説明で知っていた。だからその部分は、少し聞き流していた部分もある。しかし、訓練を付けてもらえると聞いた凜は、來貴に少しでも近づけるかなと思っていた。
――だから、凜の答えは決まっている。
「協力させていただきます」
「その返事に、盛大な感謝を。……目的の事については、もういいか?」
アギエルは感謝の意を示しつつ、懸念している事を聞く。
「はい。もうわかっていますので。魂の事についても把握出来ました。資料、お返ししますね」
そう言って返された資料を、ウルが受け取る。そして、ウルはその資料を傍らの机の上に置いた。その一幕を見届けること無く、アギエルは凜に話しかける。
早速、凜に話したい案件があるからだ。これは凜には関係ないことだが、被害者は凜が最も関係が近い。そのため、凜に相談すれば手が出てくるかも知れないとアギエルは踏んだのだ。
「では早速相談なのだが構わないか?」
「はい、構いませんよ。何でも相談してください」
そう返事をした凜だが、相談を承諾したのには特に理由は無い。ただ、アギエルとは仲良くしたいと思っているだけだ。これから世話になるであろう天使と、険悪な仲になるのは良くないと思うから。
「……これから私たちは、アルヴァダ帝国に囚われている結月來貴を助けに行く。侵入手段、撤退手段、対抗手段は決まっている。だが……発見手段が無いのだ。だから――」
淡々と言うアギエルの相談とやらを聞いた凜は、その内容を把握して気が動転しそうになった。
思わぬ所で、來貴の行方を知ることが出来たから。そして、その行方が最悪のパターンだったから。アルヴァダ帝国の存在は、凜も知っている。その悪名と、実力も。一度、それを目の当たりにした。來貴は勝ったが、負けそうに――死にそうになっていた。
だから、心配が大いにこみ上げてきた。
「アギエルさん! 來くんは……來くんは、無事なんですか!?」
凜の動揺の声を、アギエルは何も言わず受け止める。そして、事実を告げた。
「――正直、無事かどうかはわからない。だが、無事である可能性は大いにあると思っている。だから、無事を信じて助けに行くんだ。話を戻そう。アルヴァダ帝国に捕らわれている結月來貴。そいつをどう助けるか……と言うかどうやって捕らわれている場所を特定するか。それを君に相談したかった。君は、彼の姉だろう?」
凜はアギエルの相談を受け、かなり思考を張り巡らせていた。関係を良くしようという感覚で聞いた事だが、自分にとっても重要な事であった。今までは待っているだけだったが、それに関わる事が出来る。手を出さないわけがなかった。
本当かどうかは、凜は真実だと考えている。來貴は今音沙汰が無いのだ。こちらから連絡をしても、何も無い。出掛けたきりなのだ。そのため、攫われているという可能性も考えられる。ならば、無事な可能性がある内に助ける作戦を考える。
居なくなってからでは、遅いのだ。
――來貴が居なくなっては、自分がここに居る意味が無くなるから。カーニャの命が無駄になってしまうから。だから、凜は來貴を助ける方法を一生懸命考える。
「しかし、姉弟の関係にあるからといっても見つけるのは難し――」
アギエルの呟きを遮るように、凜は言う。
「――見つける方法はあります」
「……ほぅ?」
凜の言葉に、アギエルは目を細めてニヤリと笑う。それは、凜に期待していると言っても過言では無かった。
「來くんは、私ならば必ず見つけられます。……私は、姉ですから」
そう断言する凜の目を、アギエルは神妙に見つめる。1秒も逸らさず、瞬きもせず。対する凜も、そのアギエルの目を見つめていた。
――ウルは凜の発言に眉をひそめていたが、何もしない。これは凜とアギエルの相談であり、ウルが口を挿むことではないから。
「根拠は?」
端的にアギエルが聞く。先程の説明では、関係において非常に近いから居場所を特定出来るという説明になっており、それは能力的や科学的根拠にはならない。
「私が來くんの姉だからです。……昔からの付き合いなので」
何も言わず、アギエルは凜の説明を聞いていた。例え、その説明が無茶苦茶なものだったとしても。凜の発言の裏側にある意図を、アギエルは既に見抜いている。
それは、この事を理由に來貴の救出に連れて行ってもらうこと。確かに、この言葉が事実なら連れて行けば作戦の遂行が円滑に進む。だが、それを行うには凜は弱すぎる。それを、アギエルは懸念しているのだ。
それ故に、何も言えない。どうするか、アギエルでさえも判断しかねているから。
――そうして見つめ合いが続く中、折れたのはアギエルだった。下を向きながら溜息をつき、口を開く。
「……わかった。彼と相談してみるよ。これは、私の一存で決められることではないからね。期待せずに待っていておくれよ」
アギエルの言葉に、凜は心の中で喜色をもらした。だが、あくまで可能性が出来ただけ。喜びはすぐに抑えた。
――それからアギエルは、イオネに後ほど話し合いの場を設けるためにメールをした。返ってきたのは、『23時からなら』という時間指定と承諾。アギエルも了承の返事を返し、その件は一端置いておくことになった。
「――この後は……そうだな、天使の力に慣れるためにウルと戦闘してみるか?」
アギエルの言葉に、凜はチラッとウルの方を見る。ただ、ウルは無表情で突っ立っているだけだった。しかし、凜と目が合った時に頷いた。それはつまり、ウルに戦う気があると意味している。そして凜も、それは同じだ。
アギエルは両者の意思を察して、他の天使にウルと凜が戦える場所を用意させた。その場所への案内も、その天使に押しつけた。
「二人とも、戦う意思はあるようだな。もうじきその場への案内人が来る。私は用事があるので、では。また会えることを祈るよ」
「あ……アギエルさん、また!」
凜の返事に微笑を残し、その場から去って行くアギエル。凜の心に、安堵を残す結果となった。
――しかし、それからウルと二人きりになった時の空気は最悪だった。凜とウルの間に会話など無く、ただ静寂が場を流れている。そして二人とも会話を始めようという気は無く、これから起こるであろう戦闘に闘気を高めていた。
極限の集中状態が作られている空間に、一人の天使が入って来た。その天使は、戦闘の場所への案内人。アギエルが言っていた者であった。
その案内人は二人の雰囲気に気圧されながらも、戦いの場へと二人を案内した。
案内人に凜とウルがついていき、数分が経過。戦いの場には、まだつかない。少し遠いためだ。静かに歩く凜とウルがついて来ているかを確かめ、案内人は方向転換をする。
凜とウルは、案内人を視界から見失うこと無くついていく。
――そうして、案内人が案内を始めてから九分。
「つきましたよ、ここがアギエル様が用意された戦場です。存分に戦ってくだされ。では、私はこれで」
案内を終えた天使は、そそくさとその場を去って行った。
二人となった凜とウルの間に、一陣の風が吹く。歩いて距離を取り、それぞれ構えを取る。集中力は極限まで高められ、いつ戦闘が始まってもおかしくない状況だった。
ウルが構えたのは、何の変哲も無い剣。少しの装飾もされていない他、名も与えられていない。戦いのために作られており、ウルの魔力によく馴染む。剣を構えたウルの迫力は、凜の目から見ても圧倒的なものだった。凜は、勝てるか解らなかった。
凜が構えたのは、カーニャからもらった刀――"蒼白"。それは、カーニャがかつての「友達」からもらったもの。しかし、カーニャはそれを使わなかった。もらった"蒼白"は名刀であり、信用に足る代物だと頭ではわかっている。
――刀を使うカーニャにとって、これ以上無いくらい適正のある武器だ。ただ、カーニャは使いたがらなかった。友達とは言っても、カーニャはその友達を好きになれなかった。不信感があるのだ。それ故に、何かあるんじゃないかと頭によぎってしまう。
他の天使に使わせても、何も無かったのに。だから、凜にこの刀を渡した。選別時に、武器を持っていなかったことを理由に。ただこれは……押しつけたと言っても、差し支えないが。
――そうして、始まる。戦いが。
剣と刀の金属音を合図に、まずは剣戟が繰り広げられる。全身に蒼とも白とも言える魔力を纏い、全力で攻撃を続ける凜。それに対し、余裕ありげなウル。凜は微かに焦りを持ちながら、ウルの剣を弾こうと斬撃を繰り出す。
「……それじゃ甘いね。まだ足りない」
しかし、ウルに先に刀を弾かれ、凜は素手になってしまう。眉間に剣を突きつけられ、凜は降参を宣言した。
それを聞き、ウルは剣を鞘に収める。それから凜に刀を取りに行かせ、再び戦闘態勢を取った。凜は戸惑っている。一回の戦闘で終わりではないのかと、そう思っていたためだ。その様子を見て、ウルは口を開く。
「……構えろ、結月凜。"天使"として、忠告と手ほどきをしてあげよう」
その言葉を聞き、凜は刀を構えた。
――そして、再び戦闘が始まる。刀と剣の打ち合いを合図に。
それからの戦闘も、全てウルの一方的なものだった。凜がどんな手を使おうとも、ウルに掠り傷すら負わせられない。
……ただ最後の一回だけ、ウルは能力を使った。その時の戦闘だけは、ウルは凜を褒めていた。
凜が疲労で地面に座っている様子を見ながら、ウルは忠告をする。
「……僕なんかよりも、アギエル様はずっと強い。そして、あの作戦はアギエル様と同程度の強者が集まっている。もし君が作戦に加わることになったら……その時は、生きることと結月來貴の発見に尽力する事をおすすめするよ。アルヴァダ帝国は、君が思っている以上に強大だから」
凜は地面に座りながら、ウルの忠告を聞いていた。そして、その忠告を凜はしかと心に受け止めた。アギエルの強さが本物なのは、あの時の対面で体感したからわかっている。だからこそ、弱い自分を憂っているのだと凜は思った。
――ウルは忠告を終えた後、ある天使に連絡をする。凜の対処を、その天使に押しつけるためだ。連絡を終えたウルは、凜に話しかけた。
「……結月凜。もうじき、この場に天使が来る。その者についていけば、家に帰ることが出来るよ。その前に何かしたいことがあるなら、その天使に言ってね。それじゃあ」
それだけ言って、ウルは凜の返事を待たずして何処かへ行った。それと同時に、ある天使が凜の前から現れた。
「初めまして、エルナです。先程あなたが戦っていたウルの妹です。これから山の麓まで案内しますが、何かありましたらお申し付けください」
一度の自己紹介で出た情報量の多さに、凜はその処理が遅れてしまう。しかしすぐ冷静になり、自分も自己紹介を返した。
「結月凜です。……早速で申し訳ないけど、シャワーはありますか?」
「ありますよ。この辺りは天使と悪魔たちの宿場となっていますので」
あるんだ……と思いつつ、エルナについていきシャワーのある家へと行く。そして、シャワーを浴びた。
十数分でシャワーを終え、同じ服を着て家を出る凜。汗と泥だらけだったはずだが、しかし、その服は汚れ一つ無くなっていた。不思議に思っていた凜だが、家の外にいたエルナから声が掛かった。
「服は、私の能力で綺麗にしておきました。汚れた服を綺麗な体で着るのは嫌でしょう?」
「まぁ……」
純粋な笑顔で言われた言葉に、凜はそう返す事しか出来なかった。
――それからは、凜が家へと帰るためエルナが山の麓へと案内していた。その間、凜とエルナは会話を繰り広げていた。ウルと二人きりだった時とは打って変わって、親しげな雰囲気がある。
そうして会話をしていく内に、山の麓へついた。
これで別れか……と思い、凜は別れの挨拶と共にエルナへ手を振ろうとしたが、エルナは凜から離れなかった。エルナは、凜へとお願いをする。
「もう少し……一緒に行ってもいいですか?」
凜は驚いたが、すぐに返事を返す。答えは、既に決まっていたから。
「うん、いいよ」
凜はエルナと会話をしていく内に親しくなり、敬語を使わなくなった。エルナは敬語を使っているが、これは癖のようなものである。
――麓からの道を歩いている凜とエルナだが、その間に会話は無い。しかし、その間に険悪な雰囲気は出ていない。親しげな雰囲気が場を支配しており、エルナは凜と歩く事を楽しんでいるように見えた。
しばらく会話が無かった二人だが、遂にエルナが話を切り出した。
「あの……凜は何故、カーニャを殺したのですか?」
その質問に、すぐに凜は回答出来なかった。カーニャを殺した――それは、『何故選別を突破したのか』と言い換えることが出来る。凜は、それをわかっていた。
エルナが少し遠回しに聞いたのは、カーニャと少し仲が悪かったから。エルナはカーニャが言う『天才』の部類に入るので、カーニャが埋もれた才能だと判明してから関わりたがらなかったのだ。
そしてカーニャとエルナは昔からの仲であるため、不純な動機で彼女を殺したというのでは、エルナが許せないからだ。
――凜は自身の内に持っていた"想い"を、エルナに答える。
「私の目標のためだよ。來くんの隣に立つ……それが、私の目標。でも、それには力と時間が足りない。私は……來くんが好きだから」
エルナは、静かにその"想い"を聞いていた。そして、納得した。これ程の想いならば、カーニャは安心しているだろうと。あの時のカーニャは、希望を持ちながら死んでいったのだろうと……そう思えた。
ならば、自分は何も言うべきでは無い。そう考え、エルナは別れを紡ぐ。
「……じゃあね、凜。また会いましょう」
――そう言って、エルナは山の方へ走っていった。凜も、「またね」と言いながら手を振って見届けた。
もう見えなくなった所で、歩き出そうとした凜。だが、身体に何かが入り込むような感覚を覚えた。
『――その想い、素晴らしい。私が宿るに値する』
頭に響く声。それは女性の高さをしていて、何処か落ち着く声だった。同時に、入り込む感覚は無くなっている。誰だ……と凜が問おうとしたところで、そちらから自己紹介が入った。
『我が名はミカエル。原初の天使の一柱にして、正義を尊ぶ者である。……そなたの名は知っているため、自己紹介はいらぬ』
あまりに急で、凜は言葉が出なかった。それを察してか、ミカエルは凜を落ち着かせようと口を開く。
『まぁ、知らぬ事は追々説明する。今は、家へと戻った方が良いのではないか?』
「……そ、そうですね。そうします」
――それから家に帰った凜は、琉愛に泣きつかれ里奈に大変心配された。
……そして、凜は気付かなかった。ミカエルが凜に宿った時の光景を見ている者が、いたことに。
次に幕間が入った後、第六章 逢魔之戦禍編が始まります。




