109話「選別の天使」
「ハジメマシテ、結月凜さん。……あなたに、命を捧げられる程の"想い"はありますか」
選別の天使、カーニャが降臨した。
家の屋根から飛び降りてきた彼女は、ゆっくりと凜に近づく。対して凜は身構えて、警戒を顕著にする。今の状況はとてもマズいためだ。現在凜は、武器も何も持っていない。つまりそれは、対抗する手段が無いに等しい。
だから、少しの間時間稼ぎをすることにした。
「あなた……誰?」
凜がそう聞く。カーニャは足を止め、手を叩きながら答える。
「ああ……自己紹介を忘れていましたね。私はカーニャ。選別の天使です」
カーニャ……選別の天使。凜はその名称を覚えた。もしかして、來貴の言っていた選定の悪魔と関係あるんじゃ――そう考えた凜は次の質問を繰り出す。
「カーニャ、っていう名前だっけ。あなた、何か目的があるんじゃないの?」
その質問の答えは、返ってくる事は無かった。
凜と約二メートルの所まで接近したカーニャは、代わりにあるものを凜に投げ渡す。
反射的に凜は掴んで取り、取ったものを見る。
(刀……?)
凜が手に持っていたのは、刀だった。シンプルな青い鞘に、無骨な装飾が良い味を醸し出している代物である。勿論、今日は百々海と出掛けていたのでそんな代物は持っているわけが無い。カーニャが投げたものである。
何故、カーニャがそれを渡したのか。何となく察することが出来たが、する意味がわからなかった。
「それを抜いて……私と、戦いましょう? 答えは、私に勝った時にでも――」
その言葉が聞こえた時、カーニャはもうそこには居なかった。気付いたら目の前に居て、何処から取り出したのか白い刀を振り下ろしていた。凜は瞬時に抜刀し、斬撃を防ぐ。嫌な金属音が辺りに鳴り響くと同時に、衝撃波が周囲に吹き荒れる。
幸か不幸か周りには誰も居なかったため、建造物にしか被害は無い。
――しばらく鍔迫り合いが続く中、たまらず凜は抜け出して屋根の上に逃げる。そして、屋根を飛び移って別の場所へと移動する。この場所だと分が悪い他、魔力を使った本気の戦闘が出来ない。
そのため、屋根の上を伝って本気が出せる場所を探している。町中及び屋根上は勿論駄目だ。ヘマをする事は無いだろうが、屋根が崩れる可能性がある。
カーニャは何もせず凜について行っているが、いつ攻撃してくるかわからない。そのため、カーニャの方にも注意を向けていた。
――屋根の上を駆けて、十数分経っただろうか。凜に少し疲れが見え始めたところで、ある山の近くについた。凜は一気に跳び上がり、山の木へと移る。そして、山の開けた所へ着地した。……そこは、奇しくも來貴の「選定」が行われた場所と同じであった。
「……ここでやるのね。いいよ、存分にやり合いましょう!」
カーニャが白の散弾を出し、それを全て凜へと放つ。一つ一つの弾の軌道を見極め、凜は刀に魔力を込めて切り落とす。
――両者が動くのは同時だった。互いに刀と云う得物を振りかざし、刃を以て斬り裂かんとする。刃同士の斬りつけ合いが続き、攻撃は互いの攻撃で防ぐと言う状況に変化は無い。
左、右、上、下、斜め。あらゆる角度から斬撃を放つも、その角度に対応した斬撃が飛んでくる。勝負は、ずっと平行線だった。そんな状況に、凜は考え込んでいた。
(このままじゃ、先に体力が切れた方が負ける。同じ攻撃と行動を繰り返しているから、最早気力勝負だよね。……今まで以上の魔力出力と、集中力。この二つで、押し切る……!)
凜は距離を取り、深呼吸する。魔力の出力を上げた後、凜は世界がひどく静かになった気がした。
――だが、今はそれでいい。蒼色の光りを放つ刃は、今まで以上の速度でカーニャに迫る。カーニャはそれを想定していたため、落ち着いて白の魔力を纏った刃で防ぐ。
刃と刃で力勝負をしていたが、途中で両者離れる。それと同時に凜はカーニャの後ろに回り、その勢いを使って回転斬りを仕掛けた。カーニャは斬られる寸前に気付き、身体を左に倒しながら刀身で斬撃を逸らす。
凜に一瞬隙が出来たところで、カーニャは右回し蹴りを仕掛ける。間一髪、凜は防御に成功した。しかし、左腕に確かなダメージを負った。
カーニャはすかさず、白の散弾を繰り出す。しかし、凜に全て斬り捨てられる。再び斬撃が来ると踏んだカーニャは、刀を構えた。しかし、飛んで来たのは膝。刀をすり抜けて、飛んで来た魔力の膝がカーニャの腹部に命中する。
威力と速度はかなりのもので、カーニャは数メートル吹っ飛んだ。凜はその体勢のまま右足だけで跳躍し、魔力で射程を伸ばした後ろ回し蹴りを放つ。こめかみを狙う軌道のそれは、カーニャに命中する事は無い。
カーニャが能力による白の散弾で、凜を狙ったからだ。それを躱すため、凜は攻撃を中断せざるを得なくなった。しかしそのまま着地はせず、魔力の足場を形成し跳び上がる。上空で白の散弾を躱しながら体勢を整え、眼前にカーニャを見据える。
対するカーニャは白の刀を正眼に構え、凜を見上げた。白の魔力を身体に纏いながら。
――そして、両者激突する。カーニャは跳び上がり、凜の元へと向かう。しかし、凜は構わず技を放った。
「蒼刃無間!」
凜の蒼刃が、一つの斬撃と共に無数に枝分かれする。メインの蒼刃に込めた魔力が、衝撃と共に霧散していき無数の斬撃を生んでいるのだ。もちろん、ただのこのこやってきたカーニャではない。
「白条一閃!」
横薙ぎの白が、一つの閃光となって凜へと襲いかかる。
――勝者は凜。一と無限では、無限が勝った。凜の身体には腕に切り傷二つで済んだが、カーニャは身体に幾つもの浅くない傷がついていた。
カーニャと凜の身体は、共に地面へ堕ちていった。凜は足で着地したのに対し、カーニャはドンっと全身を強打した。……恐らく、もう動けないだろう。凜はそう考えた。
「……さて、あなたの目的を教えてくれる?」
凜がカーニャを見下ろしながら言う。カーニャは目を閉じ、何も語らない。身体のダメージで喋ることが出来ないようだった。
数秒経った後、カーニャは静かに口を開いた。
「……あなたの心の内を見極め、力を与えるかどうかその基準を満たしているか選別すること。……あなたは、その基準を満たしたわ。私の死と同時に、あなたに私の力が強制的に与えられる」
これが、選別。來貴の時とは状況が異なるが、これを乗り越えたのか……と凜は熟考する。力を得られれば、來貴の隣に立てるかもしれない……その考えを頭の片隅に持ちながら。
凜はカーニャをすぐには殺さず、経過を見ていろいろ喋らせることにした。
「……選別を行う目的は、世界の破滅を防ぐこと。神たちから……ね。第一の選別では、選別対象者の"想い"を見るわ。あなたには、その剣筋から想いを感じ取れた。弟に対する、想いをね。詳しい事は、後ほど誰かが教えてくれるわ――」
後半になるほど、カーニャの声はしぼんでいった。それはつまり、カーニャの命が短いことを意味している。ただ凜は何も言わず、その命を見届けた。
そして、意外な事実も判明した。カーニャがあの戦いの中で、凜が來貴へ向ける想いを理解したらしい。どうやって理解したかは知らないが、凜は心にとめておくことにした。
「――最後に、私の能力を言うわ」
告げられる、カーニャの能力。凜は、これまで以上に注意して耳を傾けた。
「純白神聖。それが、私の能力……」
――そして、カーニャの命は果てる。直後、凜は胸の辺りに何かが入り込むような感覚を覚えた。
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カーニャは命の果ての寸前に、過去の憧憬を思い出していた。
まずは、生まれた頃。カーニャ・ストラトスと名付けられた彼女は、何不自由なく育てられた。自分が欲しいと言ったものは買ってくれて、家族とは仲が悪いなんて事は無く良好だった。
能力――純白神聖が発現した時もそれからも、親との仲は変わっていない。カーニャも変わった様子は無く、友達も普通だった。
しかし……その能力を、上手く扱えなかった。鍛えても、本質理解が限界だと言われた。埋もれた才能だと、判明した。
それが解った後も、誰かの対応が変わることは無かった。皆、優しかった。だが――周りの天才たちを見ていると、どうしても劣等感を抱いてしまう。友達にもそう言う者たちは居たため、自然と関わらなくなった。
最高位の能力を持っているはずなのに、それを扱えない自分。もし自分に、能力を扱う才能があったならば……そう思う事は、何度もあった。皆は「それでも大丈夫」と言ってくれていたが、自分の気持ちを知らないからそう言えるのだろうと思った。
劣等感と周りの差から、カーニャは何も信じられなくなった。
――そうして100年の時が経ち、学校を卒業したカーニャは既に独りで生活出来るようになっていた。趣味も何も無く、生きるために淡々と仕事をする日々。楽しいなんて、思わなかった。
そんな日々を過ごす中、来たのは勧誘。
『選別の天使にならないか?』
ある"天使"からだ。それは、今までとの決別。自身が持つ"傷"を共有出来る仲間たちとの出会い。選別の天使になると言うことは、そういう事だった。
――カーニャが承諾するのは、速かった。選別の天使になる事を決意した。例えその道の果てに、どんな結末が待っていようと。
それからは、自分と同じ埋もれた才能の仲間や何かしらの"欠陥"を持つ仲間たちと楽しく過ごした。今まで自分が興味の無かった事にも、その仲間たちと共に挑戦したりした。
選別の天使になってからは、楽しいことが沢山あった。学生時代には出来なかったことが沢山出来たし、心の底から笑うことが出来た。カーニャにとって、実に幸福だったと言えよう。
――そして仲間たちと気持ちを曝け出し合ったため、相手の気持ちを察知する技能が身についた。今や、どうでもいい産物ではあるが。
今から迫る死と言う結末にも、カーニャは何も思っていない。この道を選んだときから、覚悟していたことだから。
自身の傷も、仲間たちとの舐め合いの唾で癒えた。現世に、未練はもう無い。
だが、もし叶うなら。自身が逝った後の未来を、この目で見たかった。世界の破滅を回避した未来はきっと、素晴らしいものだから――――。
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胸の感覚は数分で収まり、凜の脳内にはカーニャの記憶が入り込んできた。それにより能力の使い方は理解出来たが、まだ使えそうに無い。完全に定着していないのだろう。
凜は刀をその辺に置き、グッタリと地面に座り込んだ。疲れたからだ。屋根の上を、刀を持ちながら全力疾走。それから間髪入れずに追ってきたカーニャとの戦闘。
休憩しながら、凜は自分の状態に違和感を覚えた。段々と身体が別物になっていくのを感じる。これが『天使になる』と言うのは、こう言う変化なのかと、凜は勝手に納得した。
(一気に天使になる訳じゃないんだね……來くんがどうだったのかは知らないけど、多分一気に悪魔になったよね。帰ってくる前と後で見た目から変わってたし)
來貴にあって、自分に無いものがあるのだろうか。凜は、そう推測した。
スマホで現在の時間を見ながら、琉愛と里奈が心配する時間のためそろそろ帰ろうかと考えていたところ。
「……!」
――凜の後ろに、誰かが飛来した。
「初めまして、結月凜さん。僕の名前はウル。ただの案内役です。……僕たちの長が、あなたを呼んでいます。ついて来てくれますか」
「……わかりました」
怪しいとは思ったが、凜はついていくことにした。木々の間を縫って疾駆するウルになんとかついていく中、周りを見れば見るほど森が深くなっていくのを感じる。
複雑な地形だなと思いつつ、帰るときはどうしようか凜は不安に思った。
――そうしてついた先は、何処かの村のような場所だった。着地し、息を切らすこと無く歩き出すウル。それに対し、少し息を切らしている凜。なんとかウルについていき、その長がいるところまでたどり着いた。
その長というのは……アギエル・エーゼリオン。彼女は、村の奥の家に陣取って椅子に腰を下ろしている。
「……まずは、第一の選別突破おめでとうと言っておこう、結月凜。私はアギエル・エーゼリオン。天使たちを纏めている者だ。よろしく頼む」
アギエルは、立ち上がって凜に握手を求める。
「よろしくお願いします、アギエルさん」
――凜は、その握手に応じた。
次で大罪編が終わります。




