108話「戦禍の前触れ」
――來貴たちが抵抗している中、悪魔と天使たちは急ピッチで準備を進めていた。猶予を五日とし、それまでに準備完了及び來貴救出を実行しようという手筈だ。
潜水艇の用意、ある程度の人員の確保は完了している。ただ、少し戦力面に不安があるのと作戦がまだ決まっていなかった。そのため、それをどう補うかイオネとアギエルは話し合っていた。
「――戦力面に関しては、我々が本気でやるしかない……か。連れてきた奴らを鍛え上げるにしても、一日二日じゃ付け焼き刃にもならない」
「そうだね。……向こうの最高戦力には、こちらもこちらの最高戦力で対校するしかない。そして、その最高戦力は私たちだ。君と私と――彼女たちぐらいだろうか。一段階以上覚醒している者を数えたが」
「……ああ。作戦を決行するのはそのメンバーになるだろう」
ふむ――と、アギエルは頷く。そして逡巡する。作戦決行の人員は、それで問題ないと考えている。だが、肝心なその作戦がよく決まっていないのだ。
この三日間の間で何回か議論したが、結局その戦力面の差が原因で決まっていない。しかし、戦力差はどうしようもない問題であり、作戦は思考力次第でどうにかなるのだ。
時間を掛けるならばこれしかないと、二人は考えていた。ある程度は固まっているが、來貴を奪還するまでの道のりが決まっていない。奪還してからは敵を妨害しながら撤退と決まっているが、奪還するまでは不透明なのだ。
まず、來貴が何処に居るかも分からない。そして、どのように捕らえられているかもわからない。拘束されているか、されていないか。それがわからないのだ。
ルシファーにはもう何も残っていないため、こちら側から向こう側へ通信する手段は無い。そのため、見つけるには虱潰しに探すしか無いのだ。そして、それがとても難しいとわかっているから、イオネとアギエルは頭を悩ませていた。
(……時間はあまりないが、最善の策を考えるしか無いな)
イオネはそう決意し、思考に耽った。
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選別の天使――選定の悪魔と対をなす存在であり、悪魔の選定と間違えないように選別という名が取られている。これは、逆も然りなのだが。
その選別の天使の一人である、カーニャ。彼女はアギエルの命に従い、選別対象となる者を選別していた。
――『選別』は、誰も彼もにしていいわけではない。それは『選定』も同じ事であり、この戦禍に巻き込まれるだけの覚悟と素質を持っているかを見る……それが、第一の選定及び選別の役目。
そして、それを担うは――"未来に運命を託した者"や、"死後に希望を残した者"だ。
ネルはどちらかと言うと、死後に希望を残した者である。どちらだと分けるのは難しいが、敢えて別に呼称するなら……「現実を好きになれなかった者」だ。マサハスという希望はあった。ただ、隣に立つ事は出来なく会える時間も少なかった。
マサハスと付き合ったのは選定の悪魔になってからだが……それ故に、ネルはこの道を選んだ。
死を以て力を託す、この"役目"を。しかしそれ故に、人数は多くない。寧ろ、とても少ない。
――カーニャは町を歩きながら周囲の人間を品定めし、いい人材がそこらに転がっていないか気ままに探す。
アギエルの命は、"選別に値する人間を見つけ、その人間の情報を持ち帰れ"というもの。迅速にやれとも言われているため、カーニャは場所と条件を絞って見つかりやすいようにしている。
チラチラと周りを見ながら、町行く人をヒラリと躱す。
一時間程歩いたが、めぼしい人間は見つからなかった。
(ついてないなぁ……)
そう心に愚痴をこぼしながら、捜索を続けるカーニャ。歩いて行く内に小腹が空いてきたため、そこら辺の店には行って腹を満たしつつ人材を探そうと考えた。
人材の他に店が捜索対象に入り、カーニャはその足を少し速める。何か食べたいという欲があるからだろう。
――そうして数分、カーニャはある店に目を付けた。それは、近頃新しく建てられたスイーツ店。新設ながら有名で人気があり、それなりの人が店を訪れていた。カーニャは店に入ろうとする人たちの列に並び、入店できるのを待つ。
待ち時間の中でも、カーニャは人々の鑑定を行っている。小腹が空いていたとしても、アギエルの命は無視できないからだ。
チラチラ見たり見なかったりして数分。
――カーニャは、ようやく店の中に入ることが出来た。案内された席に腰を掛け、メニューに目を通す。色とりどりのスイーツたちが目に入り、カーニャはどれにしようか迷ってしまう。
しばらくメニューとにらめっこしていると、大きな"魔力"が店内に入るのを感じた。思わずカーニャは、バッと感じた方向に顔を上げてしまう。
そこにいたのは――――。
(女子高生……かな? でも、あんな魔力はただ者じゃない)
――――二人組の、女子高生だった。身長はどちらとも170cmくらい、一方はモデル体型の美人で、もう一方は誰もが振り返るような絶世の美人。
容姿故に目立つこと以外は、普通の女子高生に見える。しかし、だからこそ……カーニャから見て絶大とも言える程の力を持っているのかが、わからなかった。
とりあえずカーニャは店員を呼んで注文を済ませ、その女子高生たちを観察する事にした。
注文した品が来るまでの間は、バレない程度に女子高生たちの会話に耳を傾けた。幸い席が近くだったため、会話の内容は聞くことが出来た。
結論から言うと、その会話の内容はよく理解出来なかった。二人の事情に踏み込んだものなのだろうと、カーニャはぼんやりと推測した。もっとよく見て、その女子高生たちの人間性を理解しよう――と思いながら、届いたスイーツを受け取った。
ぱくぱくとスイーツを食べながら、どうやって情報を集めようか考える。とは言いつつも、カーニャの中では答えが決まっているが。
こういうことは、全て情報収集が得意な天使に丸投げする。そして情報を纏め、アギエルに報告する。これで決まっていた。
持たされていたスマホで、その天使に連絡を取る。事情を説明すると、その天使――ウルから「了解」と返事が来た。続けざまに、カーニャは女子高生の特徴と自身の現在位置を説明する。
カーニャの勘では……誰もが振り返るような絶世の美人の方だ。そちらの方が魔力が大きく、何か想いを持っていそうである。全て勘であるが。
女子高生が会計を終えて出て行った少し後に、カーニャも会計を済ませて店を出る。そして、バレない程度に距離を取り、尾行を始めた。しかし、ウルが来たら彼に任せるが。ウルの方が適任であり、情報を集められるかと思っているからだ。
ウルの到着を待ちながら、気付かれないように尾行するカーニャ。見れば見るほど美人だなと思い、溜息をつきたくなってきた。
――十数分経った後、ウルが来た。目配せして会話も無く自然と交代し、カーニャは帰還した。
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――数時間後。情報収集を終えたウルは、カーニャにその情報を送信していた。名前、家庭事情、通っている高校、魔力量等。カーニャに転送し終えたウルは、東京の町を歩いて消えた。
――そして、情報を転送されたカーニャは。
その全てに目を通し、纏めようとパソコンを開く。スマホの情報をパソコンに移転し、一つ一つの情報に補足をつけ整理する。
名前:結月凜
父は死亡。母、弟、妹の家族構成。
軍事育成機関高等学校に通っている。
魔力量はそこらの天使並み。
アルヴァダ帝国に攫われた弟(結月來貴)がいる。
結月來貴の姉。
ウルが持って来た情報の全てを纏め、アギエルへと送った。ついでに、メールに『軍事機関に関係ありますが大丈夫ですか?』と。アギエルはイオネとの契約で、アギエルたちは軍事機関には手が出せなくなっている。
逆にイオネは、アギエルたちの選別に手を出せないが。情報を送信し終えたカーニャは、ベッドの上に寝転がる。一時間の捜索に十数分の尾行、その上情報整理。途中休憩したとは言え疲れたため、少し眠りたいのだ。
そうして、カーニャは眠りについた――――。
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――――アギエルは、パソコンへ送信された情報を確認していた。送り主は、カーニャだった。
選別対象。
そのタイトルで送信されたメールには、選別対象――結月凜の情報が事細かく記されていた。それに目を通し、選別するかどうか吟味する。
魔力があるならば、選別を行っても良いと考えている。しかし、アギエルが懸念していたことが見事に現れた。結月凜は、軍事育成機関高校に通っている。それはつまり、軍事機関に関係があると言う事だ。
それならば、契約に反することになる。その代償が何か知らないが、面倒なことになるだろうとアギエルは考えていた。しかし、手を出すなと言われているのは軍事機関である。
軍事機関の関係者ならば、手を出しても良いのではないか。それに学生ならば、そんなに繋がりは無いはず。結月來貴の姉という意味で、関係はありそうだと一瞬頭をよぎったが――それについてはもう、考えないことにした。
それから、アギエルはイオネに質問をした。
『手を出してはいけないのは、軍事機関だけか?』
その質問の答えは、20秒ほどで帰ってきた。
『ああ』
その答えを聞き、アギエルの口元は歪む。結月凜を監視し、"選別"が開始出来る状況に当たり次第選定を開始するよう、カーニャとウルに命じた。ウルも命じたのは、監視をサポートさせるためだ。
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凜は現在、百々海と出掛けていた。來貴が居なくなって結構な時間が経ったが、凜は絶望していない。何故ならば、必ず帰ってくると信じているからだ。
自分の知らない所にいようとも、來貴なら――。
そう考えているため、來貴の事は心配していない。ただ、一抹の寂寥感はあるが。
そして今は百々海と共に、町を歩いている。特に目的は無く、行きたいところがあったら行く、したいことがあったらそれをやる、と言う感じだった。
先程スイーツを食べて腹が満たされたため、今は動こうと思い歩いている。十分以上歩いていたが、途中で百々海がゲームセンターに入りたがったため、ゲームセンターへ行くこととなった。
近くのゲームセンターへと入り、クレーンゲームなど百々海がやっているものを凜が見守る。逆に、凜がやっているものを百々海が見守るパターンもあった。
一緒に同じゲームをプレイするパターンもあった。凜も百々海も、ゲームセンターを楽しんでいた。
そうして最終的には、ボウリングで勝負する事となった。
先攻は凜で、後攻は百々海。美人な女子高生二人がボウリングをしていると言う事で、他の客もそちらの様子を見ていた。
まずは、凜の投球。持つのは七キロのボウリングのボール。それを雑に片手で掴み、下投げで転がす。ボールは勢いよく転がっていき、ピンに命中。速度は時速45km以上出ていて、結果はストライクだった。常識外れなその投げ方に、百々海と見ていた客は驚いていた。
百々海は七キロのボウリングの球を片手で持ちながら、凜に説明する。
「違うわよ凜。ボールは……こうやって投げるの」
次に、百々海の投球。フォームも完璧で、見ていた客に興味を抱かせた。
……ただ、速度が普通では無かった。最低でも、時速60km以上は出ている。それがピンに命中したらどうなるか。ピンは全て弾けて倒れ、ストライク。幸い壊れなかったが、何回もやれば壊れそうだ。
百々海の投球を見た凜は、そうやるんだ……と呟いていた。
――見ていた客は、開いていた口が塞がらなかった。この子たちの何処から力が出ているんだろう……と思っていた。
それから、凜も正しいフォームで投げ、百々海と同程度の速度と精度を出していた。結果は当然、全てストライク。凜が一回だけスペアとなったが、あまり問題では無かった。
見ていた客も段々と減っていき、自分のゲームに集中している。時々聞こえる轟音に、身体をビクッとさせながら。最初は話しかけようとしていた客もいたが、ボウリングの様子を見てそれを止めたようであった。
そうして迎えた最終結果は、凜が一回スペアでそれ以外ストライク。百々海が全てストライクだ。得点は、凜が279点で百々海が300点。百々海の勝利だった。凜は悔しかったが、それ以上に楽しかったため良しとした。
――時刻は午後6時。もう良い時間だったため、凜と百々海は話をしながら帰路を辿った。
「今日は楽しかったね」
「うん。また遊ぼう」
楽しそうに会話をしている凜と百々海。自宅の道の分かれ道についたため、またねと行ってから百々海はその道を歩いて行った。
凜も、自宅に帰るために道を歩いて行く。
――――その時だった。
「ハジメマシテ、結月凜さん。……あなたに、命を捧げられる程の"想い"はありますか」
選別の天使、カーニャが降臨した。




