106話「来たる日の為」
來貴がいなくなって、二日が経過した。凜たちは來貴の身に何かあったのだと確信していて、既に軍事機関にも連絡をして捜索を開始していた。
しかし、見つかっていない。いくら何でもおかしいと感じているが、それでも今は待つしか無い。手掛かりが何一つ無いのだから。凜たちの頭の片隅には、常に來貴の安否がよぎっていた。
無事を祈りつつ、凜と琉愛は学校へと行き、里奈は軍事機関へと行く。軍事育成機関高校の修築が終わり、今日から学校が再会なのである。学校再開……と言うより來貴が行方不明になるまでの間は、家族と過ごしたり勉強をしたりして時間を潰してきた。
だが來貴が行方不明になってからは、來貴が無事がどうか気になって気が気でなかった。そのため、ずっと家で來貴の連絡を待ちながら過ごしていた。
しかし、今の今まで連絡が来ることは無かった。だから、こうして今は日常に戻っている。
一人で通学路を歩きながら、來貴の事を凜は考えていた。ちなみに学校の修築はすぐに終了し、すぐさま学業は再開されている。
(……來くん、無事だよね?)
――そうこうしている内に、凜は学校に着いた。それから教室へ行き、自分の席に座る。
一人教室の中で過ごす中、凜は琉愛の事を考える。琉愛も自分と同様、來貴の事が好きなのは目に見えて解る。対抗意識とかではなく、自分と同じように來貴の事を考えているのかとぼんやりと思っていたのだ。
……きっと、同じように頭から離れていないだろうなとも思っていた。だって、実際に自分がそうであるから。出生は知らないが、幼き頃から過ごしてきた家族。
その家族が、今自分の知らない所にいる。無事かどうかすらも、わからない。來貴との繋がりが全て絶たれている中で、考えないようにいられるかと言うのは無理な話なのである。
悶々としていると、いつの間にか来ていた百々海が話しかけて来た。
「――一人で何頭抱えてるの。來貴君がいなくなって心配なのはわかるけど、心配しすぎてちゃ身が持たないわよ」
百々海は肩を叩きながら、凜に目線を合わせた。凜は、自分の肩を叩いた人物の方を見る。そして初めて、自分に話しかけたのが百々海だというのに気付いた。
百々海は、それを察知して凜に一言言う。
「もしかして、見るまで気付かなかったの? ……少し、別の事をした方がいいんじゃない?」
「そう……かな」
百々海やその他の凜と親しい者たちは、來貴が行方不明になった事を知っている。情報収集のため、凜が連絡したからだ。その誰からも有益な情報は返ってこなかったが、見つけ次第報告するという人脈を得ている。
小学校から一緒に凜の事を見てきたからこそ、百々海は凜が今どう思っているかがわかる。凜は、來貴の事が心配。これだけではなく、他の想いも多く渦巻いている。それは凜自身でしかどうすることも出来ないが、対処出来るようサポートする事は出来る。
だから今は、笑って迎えられるよう待つしか無い……と百々海は思っているのだ。そのため、百々海はいつも凜としている事をやろうと口を開く。
「……一応、同じ学科に属する後輩だからね。私もあなたも心配なのは当然よ。だから……放課後、何処か遊びに行かない? 私も凜も、今日は何も無いでしょ?」
――いきなりの事で、凜は言葉が出なかった。この構文で、出てくる言葉では無いだろう。そんな事が頭をよぎり、呆けている様子の凜。
だが何とか頭を回し、その誘いに対して返事をする。
「……いきなりすぎるでしょ、水月」
それに対して、百々海から返ってきたのは。
「じゃあ、行かないの?」
「…………行く」
何だかんだ言って百々海と遊びに行くのは楽しいため、承諾する凜だった。
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――一方、琉愛は教室で読書をしていた。二日前、來貴の連絡を待っていた時に読んでいた本の続きだ。
その内容は頭に入ってきているが、何処か來貴の事を考えている自分がいる。そのせいで、いつもは入ってこない周りの喧騒が、耳にずかずかと入り込んでいた。
琉愛はうるさいなとは思っていない。いつも同じような喧騒が、教室を包み込んでいるから。だが、自分と周囲の違いが――密かに、焦りを募らせていた。
(……いまいち没頭出来てない)
そして琉愛も、それを自覚していた。その焦りによる影響で、集中力が低下していることも。
今は何も情報が無いから、待つしか方法は無い。それを、琉愛はわかっているはずだった。しかし、考えないようにする……なんて、出来るのものなのだろうか。大好きな兄が、突然パタリといなくなった。
こんな状況で、焦らない方が琉愛には無理だった。
「――焦りが見え見えよ、琉愛。……お兄さんがいなくなって心配で、焦ってるのはわかるけど……今は待ちましょう?」
琉愛に話しかけてきたのは、友達の桐生美弥。美弥は琉愛に話しかけながら、近くの席に座る。
美弥も、情報収集のため連絡をした内の一人だ。ただ、連絡したのは凜ではなく琉愛だが。
――そして琉愛は、美弥の言葉にこう返した。
「……わかってるよ、そんな事。でも……考えずにはいられないんだ」
本にしおりを挟んで閉じ、視線を美弥の方に向ける。その瞳にいつものような元気さは無く、不安と焦りが入り混じっていた。
それを見抜いてか、美弥は更に琉愛の方に近づく。そして手を握り、囁くように言った。
「……きっと大丈夫だよ、お兄さんは。帰ってきたときに、恥じらわず迎えられるようにしなくちゃ……ね?」
その言葉を聞いて、琉愛から焦りは無くなった。來貴がいつ帰ってきてもいいようにする……のと、美弥の声で落ち着いたのだ。
父――桐生仙千とほぼ全てが同じである美弥は、声で人を落ち着かせることが出来る。安心する……と言うのだろうか。そんな声色をしている。性格、声、能力、容姿。仙千をそのまま女性にしたような娘が、美弥である。
そんな美弥に、琉愛はある提案をした。
「……ねぇ、放課後何処か遊びに行かない? しばらく行けてなかったしさ」
その誘いに、美弥は少しぽかんとした表情を浮かべた。しかし、すぐに返事をする。
「わかった、付き合うよ」
――それから、琉愛と美弥は楽しそうに談笑していた。
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神藤桂は、眉間に皺を寄せていた。書類の数々を処理しながら、どうやって來貴を奪還するかを考える。
普通に奪還するのは無理だろう。自身より強い者が、何人もいるような国だ。……そんな国に、桂や他の者たちでは勝てない。ただ、蹂躙されるのみだ。侵入する手段はある。だが、奪還する手段が無いのだ。
そのため、どうする事も出来ない。無事に帰ってくることを、祈ることしか出来なかった。
だからこそ、眉間に皺を寄せている。機嫌を悪くしている。仕事をこなしていく度、段々と機嫌が悪くなっていく。そして、呪っている。自分の弱さを。あの時、來貴を守ってやれなかったことを。
――全ての書類の処理が終わった後、桂は軍事機関本部を出た。自身に残っている依頼をこなすためである。
その内容は、違法入国者の殺害。その入国者たちが敵国の者たちである事はわかっているため、情けを掛ける必要は無い。桂はその者たちが発見されたと言う大まかな場所へと行き、能力を使用する。
そして一瞬のうちにして人数と正確な居場所を特定する。それから近づく事も無く、能力で葬り去った。
――崩れ去った残骸を見届けることも無く、桂は帰還した。
――時刻は、午後11時。軍事機関の仕事を終えた桂たちは、神藤家宅に集まって話をしていた。
話し合いの場にいるのは、神藤一羽の関係者たち――桂、陽子、琴音、比謝矼、鮮花の五人だ。明人もそうであるが、今は子供であるためにこの大人の問題には加えていない。
そして、議題は――結月來貴の関係者に、神藤一羽の事を言うべきか。
これである。桂たちは、來貴の口から話すべき事だと思っていた。しかし――いつ、無事に帰ってくるかもわからない。速めに真実を伝えるべきだとも、全員が思っていた。
話すか話さないかを決めるため、今回話し合いをしている。
しかし、意見の食い違いが起こり、順調と言えるものでは無かった。來貴を連れ去れた焦りと、今まで何も知らせていなかった結月家の者たちへの罪悪感があるからだろうか。
雲行きが怪しい中、話し合いは続く――――。
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――――そして、話し合いが終わって次の日になった。結論から言うと、大人である里奈だけに言おうということになった。ただ、先祖返りに関することは隠しておこうと決めてある。それを凜たちに話すかどうかは……里奈次第、と言う事だ。
琴音が里奈を話が出来る部屋に呼び出し、そこで桂が神藤一羽の事を話す。この手筈となっている。
――今この場には、桂と琴音と里奈の三人がいる。琴音と桂は重みがある面持ちで、緊張した雰囲気を放っていた。対する里奈も、何故呼び出されたかはわからないが、同じように緊張した面持ちと雰囲気でいる。
しばらく沈黙が続く中、桂が口を開いた。
「……ここに呼んだのは、ある事を話すためだ。結月來貴――神藤一羽の事を」
その言葉に、里奈は目を見開く。里奈は、神藤桂の存在を知っていた。軍事機関最強の軍人として。その最強の軍人から、來貴の事が出てくるとは思わなかったのだ。それに加え、まるで知っているかのような口振り。
まさか……と、里奈は思った。それを肯定するかのように、桂は話を続ける。
「結月來貴は、俺と血が繋がっている。元々、神藤一羽の名を持っていた。……話せば長くなるが、どうか聞いてほしい。これは俺たちの罪でもあるから」
驚愕を隠せていない表情でありつつも、里奈は頷く。その様子を琴音が見る中、桂は話し出した――。
一羽が生まれてから、神藤家で幸せな日々を過ごしたこと。その一羽が、世界最高の才能を保有していたこと。三歳の頃に、血の繋がった弟が生まれたこと。
六歳の頃に、アルヴァダ帝国に狙われ神藤家から西宮寺家に逃がしたこと。それが失敗し、一年間の間放浪して生活していたこと。その間、数多の罪を足場に生きていたこと。その罪を、桂が葬ったこと。
それから、結月蓮也に拾われたこと。
そして――数日前、その才能と身体を狙われ桂より強いアルヴァダ兵に襲撃され、誘拐されたこと。
その全てを、里奈に話した。その時の里奈の反応は、驚愕と同情だった。過酷な運命を歩んでいる事への、驚愕と同情。まさか來貴にこんな事情が隠されているとは、思わなかったのだ。
しかし里奈は、來貴の義母である。その事実を受け止め、向き合っていかなければならない。
「――これが、あの子が歩んできた人生の隠していた部分だ。その様子なら、あの子は家族たちにも話していなかっただろう」
「……はい、初めて聞きました。話してくれてありがとうございます」
里奈はそう返事をしつつ、この真実をどう取り扱っていくかを考える。まずは、凜と琉愛に言うべきか否か。
來貴の事情が伝えられたのは、里奈は自分が大人だからだと思っている。來貴も凜も琉愛も、まだ子供。重すぎる真実と隔たれた壁に、すぐには目を向けられないだろう。
そのため、まず自身に話した。そして、それをどうするかは自分次第。里奈はそれを、考えを巡らせた内に理解出来た。
丁度考えが纏まった時、桂から声が掛かった。
「……考えは纏まったか。一応言っておくが、それをどうするかは君次第だ。そして――最後に、俺と琴音から言いたいことがある」
自分の考ている事は、全て見透かされていたと言う事か。そして、考えが纏まるまで待っていたという事だろう。里奈は軽く恐怖心さえ覚えたが、表に出さず後半の言葉に意識を向けた。
それは、かしこまったような態度と声だ。軍事機関でも高い立場を持つ桂や琴音が、そんな態度を取る必要は無い。里奈は、何を言われるかわからなかった。
「すまなかった……伝えられるタイミングは、いくらでもあった。しかし、これほどまでに遅くなってしまった」
「……すみませんでした。私たち関係者で話し合っても、いつ伝えるべきかはわかりませんでした。來貴君の幸せと意思も、尊重すべきものですから」
桂と琴音から伝えられたのは、謝罪であった。予想外の事に、里奈は何も言えなかった。
もし自分がその立場にいたのならば、わからなくなってしまっただろうから。家にいる來貴は、少なくとも自分たちを好いている。ただ、自分から何か言うことが少なかっただけであって。
元いた家の家族を憂い、罪を重ねてきた來貴の心は……そう簡単に、推し量れるものではないだろうから。
だからこそ、里奈はこう言った。
「……そう言わないでください。その答えは、簡単には見つからないでしょうし。それに、あの子は強いです。ただ、心が寂しいだけで。……今は、信じて待ちましょう」
里奈の言葉に、桂は静かに「そうだな」と返す。その表情は、微笑を浮かべていた。まるで、安心しているようであった。琴音も、ホッとした表情でいる。
――それから、桂は里奈を仕事に戻した。琴音を帰りの案内に連れさせて。一人となった部屋で、桂は思う。
(……アルヴァダ帝国には、手は出せないだろう。俺の息子というだけで、同盟国の軍人は動かせない。ドルナイトに狙われていて、神の能力を持っている……と言っても、信じてくれないだろうな)
アルヴァダ帝国に攻め込むのは、日本の戦力のみでは無理だ。それに、軍人たちが何の大義名分も無しでは動かないだろう。他の同盟国――アメリカ、ロシア、イギリスの戦力を借りるとしても、その国の軍人たちは真実を知らない。まぁ話していないだけという可能性もあるが。
そのため、自分たちの手で奪還するのはほぼ不可能に近い。來貴の方から帰ってこれるかはわからないが、何年経とうとも待つと桂は覚悟している。勿論待つだけでは無く、更なる高みを目指して鍛錬も忘れずに。
だから、桂は來貴に向かって想いを飛ばす。
(……今、お前がどうなっているかは知らない。言えるのは、生きろ――とだけだ)
――それから、桂は鍛錬を行った。




